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クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
第一章:とんだ拾い物
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悪徳商人と野良の英雄*2

 ランヴァルドは、注意深く目の前の少女を観察する。

 背中に届くくらいの髪は、恐らく金髪なのだろう。そして肌は元は滑らかに白いのだろうが……しかしどちらも、泥や血に汚れていて、色が判然としない。

 体つきは、随分と小柄だ。年の頃は分からないが、体躯だけで見れば、8つかそこらだろうか。いや、もしかしたら十を超えているのかもしれないが……南部人は北部の者よりも小柄だ。北部出身のランヴァルドには今一つ、南部人の子供の年齢が読めない。

 少女の服装は……端的に言ってしまえば、浮浪児のそれであった。洗ってはいるらしいものの、古びて、ほつれて、落ちない血の染みをいくつも残している。あの恰好だと、この辺りはまだ南の方とはいえ、寒いのではないだろうか。

 ……そして、幼いながら整った顔の中、濃い睫毛に囲まれた海色の目が、迷うようにランヴァルドを見つめていた。




「あー……ええと、助かった。ありがとう」

 ランヴァルドは戸惑いつつも、少女にそう、礼を言った。一応、『ただ誠実な商人のふりをするか、ただ黙って笑ってりゃ女にも受けがいい顔だ』と評されたこともある笑顔を意識しつつ。

 すると少女は戸惑った様子で、おず、と一歩下がり、視線を落とし……しかし、ふと、ランヴァルドの足元を見ると、何故か慌ててランヴァルドに近づいてくる。

『俺もさっきの金剛羆みたいにするつもりじゃないだろうな』とランヴァルドは警戒したが、少女はただ、ランヴァルドの傍までやってくると……そこに座り、背中の背嚢をそっと下ろした。

 背嚢、とはいっても、獣の毛皮を簡単に鞣して、それで荷物を包んで、木の蔓で口を縛ってそのままぶら下げてあるような、そんな簡易的なものである。もしかしたらこの少女が自分でこしらえたものなのかもしれない。が、使われている毛皮は氷雪虎のものである。言うまでも無く、凶暴な魔物の、高級な毛皮だ。

 更に、その背嚢もどきから出てきた品物も、とんでもない代物ばかりだった。

 透き通って美しい見た目から、内包している魔力の多さがすぐ分かるほどの魔石。恐らく大鬼(オーガ)のものであろうと思われる立派な角。最高級の薬草……。

 ランヴァルドが『これを全部売ったら一体いくらになるんだ……?』と職業病じみた計算を始めた隣で、少女は最高級の薬草を手に、そっと、ランヴァルドの右脚を指差した。

「え?」

 ランヴァルドが戸惑っていると、少女はやはり黙って、しかし心配そうな表情で必死に訴えるように、薬草を指差し、ランヴァルドの右脚の傷を指差し、そして、薬草をランヴァルドにずいずいと差し出してくるのだ。

「……くれるのか」

 いよいよ戸惑いながら尋ねれば、少女は『伝わった!』とばかり、にこにこと頷いた。そして、ランヴァルドの手に薬草を載せて、嬉しそうにしているのである。

 ……これは、と、ランヴァルドは瞬時に計算を巡らせた。

 商人をやっている以上、ランヴァルドは人の心の機微を推察するのが得意である。そして今、目の前の少女からは、完全な善意と、そして、無知が感じられた。

 なので……。

「なら……その、こっちを貰っても、いいか?」

 ランヴァルドは、少女の目を見ながら、そっと、少女の背嚢の中身であった魔石を、指差した。

 この魔石は最高級の薬草以上の値がつくであろう代物だが……果たして、少女はランヴァルドの読み通り、なんら躊躇することなく笑顔で頷いて、魔石をランヴァルドに渡してくれたのである。




 魔石を受け取ったランヴァルドは、すぐさま自分の右脚に治癒の魔法を施し始めた。

 ……質のいい魔石の魔力を使えば、ランヴァルドでも十分に傷を癒やすことができた。

 それは魔法であるが故に、薬草を塗布するよりも早く、深く、傷を癒やしていく。それこそ……切断された脚の腱が、再び元通りになるくらいまで。

 今まで使ったことが無いほどの濃厚な魔力を扱ってみて、ランヴァルドは『質のいい魔石とはこれほどの物なのか』と感銘を受けた。脚を動かしてみて、そこに痛みも引き攣れも無いことを確認して、再度、魔石の効力に驚かされる。同時に、『ああ、これは上質な魔石に高値が付くわけだ』と納得した。


 何はともあれ、ひとまずこれで、窮地は脱した。

 脚をやられ、死を待つだけであったランヴァルドは、少なくとも自力でこの森から逃げることができるようになったのである。

「ありがとう。おかげで助かったよ」

 少女にまた礼を言えば、少女は……興奮気味にランヴァルドの手を指し示し、ランヴァルドの脚を示して、目を輝かせている。

 ……少女はどうも、喋らないらしい。だが、なんとなく、言いたいことは分かった。

「ああ、魔法が珍しかったか」

 ランヴァルドがそう言えば、少女はやはり興奮気味に何度も頷いた。

 これは、容易に推測できたことだった。何せ、魔法を使える人間は然程多くない。都市部にはそれなりに居るし、一定以上の身分の者ならば教養として魔法を学ぶものだが……田舎の方では、村に一人も魔法を使える者が居ないことも多い。

 この少女は野生同然の暮らしをしているように見受けられる。ということは、魔法など見たことが無かったのだろう。

「こちらへ」

 なら丁度いい、と、ランヴァルドは笑って、少女に手招きした。すると、まるで警戒するところのない少女がやってきて、ランヴァルドの目の前に座った。その様子は中々に愛らしい。まあ、凶暴な魔物の返り血に汚れていなければ。

「ここ、怪我してる。治しとくぞ。女の子の顔に傷が残っちゃ、事だからな。ほら」

 そうしてランヴァルドは、少女の右頬……そこに一本走っていたかすり傷をそっと手で撫でながら、治癒の魔法を使った。

 魔石にはまだまだ十分に魔力が残っていると見えて、あっさりと、少女の傷は消え失せた。

「他に怪我は?」

 ランヴァルドが問うと、少女は半ば夢見心地な様子で頬を撫でてみて、傷が消えていることを確かめて、興奮気味に目を輝かせている。……他に怪我があるかは気にしていないようである。

 ならいいか、と、ランヴァルドは魔石をちゃっかり自分のポケットにしまった。それから、少女が荷物を背嚢もどきにまとめるのを手伝ってやって……さて。

「ここで会ったのも何かの縁だ。あんた、これから森を出るなら、同行させてくれないか」

 ランヴァルドは、そう切り出したのである。




 護衛の依頼、としなかったのは、この少女が信用できるものか、少々測りかねていたから。

 野生の暮らしをしているような少女相手に、真っ当な契約を結ぼうとしてもそれは難しい。そもそもこの少女は、本当に人間だろうか。

 彼女はあまりに強く、そして美しいが、これは人間の歓心を得るためにこうした姿に化けた魔物の類なのではないか、と少しばかり疑わないでもない。

 それから……ランヴァルドがついさっき、全財産を失ったから、でもある。

 今、ランヴァルドの財産といったら、剣と、衣類。そして懐に入れてある銀貨数枚に銅貨数枚、といったものである。装身具の一つもあればよかったのだが、それも大体、売ってしまったのだ。北部へ運ぶ武器を購入するために。今となっては悔やまれるが……。

 ……護衛を雇うには金が要る。そしてランヴァルドには金が無い。だから、『護衛のお願い』ではなく、『同行のお誘い』なのだ。

「どうだろう。俺はついさっき、一緒にこの森に来た奴らに置いていかれちまってね。寂しいもんだから、町まで道連れが欲しいんだが……」

 如何にも人が良く、そして無知であろう少女にそう提案してみれば……案の定。少女は、目を輝かせて嬉しそうに、うんうんと何度も頷いて見せたのだった。




 ……そうして。

 ランヴァルドは、少女と共に魔獣の森を抜けることになった。

 少女は何やら、道連れができたのが嬉しいのか、いたく上機嫌であった。時々、ちら、とランヴァルドを見上げては、ほわ、と笑みを浮かべている。ランヴァルドはその度、できるだけ笑みを返してやるようにした。

 何せ、今のランヴァルドの命綱は、この少女一人である。

 この少女にまで置いていかれたら、いよいよランヴァルドはこの魔獣の森を生きて出ることはできないだろう。だから、この命綱の機嫌は取れるだけ取っておくに限る。

 ……全財産を叩いて買いつけた武器を全て奪われたのは、あまりにも大きな痛手だった。だが、それでも、人生を投げ出すわけにはいかない。ランヴァルドは生きて、生き延びて……必ずや、成功しなければならないのだから。


 ……だが。

「うわっ!?」

 やはりここは危険な魔獣の森である。

 ひゅっ、と風を切る音が聞こえたと思ったら……上空からランヴァルド目掛けて襲い掛かってくるのは巨大な鉤爪。鋼鉄鷲だ。鋼鉄より硬い爪を有する、大きな猛禽の類である。

 思わずランヴァルドが身を竦めると、横で少女が地を蹴っていた。

 少女は易々と高く跳躍すると、そのままランヴァルドの頭上へ迫りくる鋼鉄鷲に向けて……その手のナイフを突き立てる。

 ナイフは鋼鉄鷲の腹へ突き刺さった。ぎええ、と鋼鉄鷲の鳴き声が上がる中、一緒に落下してきたそれを少女は簡単に捕まえて、そして、改めてナイフで首を切り、仕留めた。

「……ははは、助かったよ」

 いとも容易く、鮮やかに魔物を迎撃してみせた少女を見て、ランヴァルドはいよいよ恐怖じみたものを感じた。

 ……魔物も怖いが、この少女も中々に怖いぞ、と。




 鋼鉄鷲を仕留めた少女は、鋼鉄鷲の爪を抜いて、背嚢へ放り込んでいた。……鋼鉄鷲の爪は磨けば装飾品にすることもできる。狩猟のお守りとして流通しているものだ。尤も、そう高値では売れないが。

 ……そしてランヴァルドは、少女が見向きもしなかった鋼鉄鷲の尾羽を、そっと、数本抜き取って持っていくことにした。鋼鉄鷲の中で高く売れる部位は、これだ。

 鋼鉄鷲の羽は矢のよい材料になる。魔力を秘めた矢羽根を用いることで、矢は普通にはあり得ない距離を、まっすぐに飛んでいくようになるのだ。風の魔法と組み合わせれば、変幻自在に矢を飛ばすことができるようになる。

 ランヴァルドもそうした矢を数度使ったことがあるが、高級品なだけのことはある、と思った覚えがある。

 ランヴァルドが羽を抜き取っていくのを、少女は首を傾げながら見ていた。特に、止める様子も無い。……どうやらこの少女は無知故に、魔物の素材のどれが高く売れるのかを知らないらしい。

『これは好都合だ』とランヴァルドは笑う。

 今のランヴァルドは、全財産を奪われた直後だ。これからまた商売を立て直すには、とんでもない労力が必要になるだろう。

 だが、ひとまずここで銀貨数枚分でも稼げれば、多少は今後が楽になる。鋼鉄鷲の尾羽数枚に使いさしとはいえ上等な魔石。これらがあるだけでも、何も無いよりはずっとマシだ。

 だから、少女が見逃した高価な素材は頂いていく。失った財産には到底及ばないが、それでも、より多くを求めてランヴァルドは目を光らせるのだ。

 ……ということで、その後もランヴァルドと少女は度々魔物に襲われ、その度に少女があっさりと魔物を仕留め、ランヴァルドもちゃっかりとそのおこぼれに与りつつ進んでいくことになった。




 そうして、一刻程度歩いただろうか。

「……おお、晴れてるな」

 森を抜けた途端、青空が広がっていた。森に入る時には雨が降りそうな天気だったというのに、いつの間にか晴れたらしい。南部の秋らしい、穏やかな天気である。

 晴天とやや傾いた太陽とを見上げつつ、ランヴァルドは『まあ、命があっただけでもマシか』とため息を吐く。しかし、やはり失った財産は痛い。渋面になりつつ、これからどうするか、頭を悩ませる。

 ……が、そんなランヴァルドの顔を覗き込んで、少女が心配そうにしていた。それに気づいたランヴァルドは、『ああ、何でもない』と笑顔を取り繕ってまた歩き始めた。


「あんたは町に住んでるのか?」

 ランヴァルドは少女にそう、尋ねてみる。だが、少女は首を傾げて、ふるふる、と首を横に振るばかり。……ということはやはり、野生の暮らしをしている、ということだろうか。

「えーと、家族は?居るか?」

 居ないだろうな、と思って聞いてみれば、案の定、少女は暗い面持ちで、ふる、と首を横に振った。

「そうか。すまない。辛いことを聞いたか」

 だが、ランヴァルドが謝れば、少女は少しばかり笑みを取り戻して、ふるふる、と首を横に振る。

 そしてまた、にこにこと町に向かって歩き出すので……ランヴァルドは『やっぱりよく分からん』と思いつつも、少女の後を追って町へ向かう。


 ……少女はどうやら、魔獣の森の西の、一番近い町へ向かっているらしい。

 ランヴァルドとしても、異存はない。本来なら今頃は魔獣の森を北に向かって抜けて、北の小さな村に到着している頃だったが、積み荷を奪われた以上、予定していた道を辿る理由はどこにも無かった。

 荷物も何も無しに野宿するほど馬鹿ではないし、そもそも、やはり、疲れた。今はとにかく、早く休みたかった。




 魔獣の森から西に位置するこの町は、その名をカルカウッドという。

 魔獣の森の恵みを目当てに冒険者が集い、冒険者の需要を見越した武器屋や薬屋が軒を連ね、また、魔獣の森で手に入る物品の買い取りを行う店が並び……そうして小規模ながら活気づいている町である。

 そんな町の門を抜けて、ランヴァルドはようやく、一息ついた。

「いやあ、助かった。おかげで無事に町に着いたし、寂しくもなかった。ありがとう」

 礼はいくら言っても無料である。ランヴァルドは少女に笑顔で礼を言い、さて、これにて……とばかり、別れようとする。


 だが。

 少女が、ランヴァルドを離してくれない。

 ランヴァルドの服の裾を控え目に掴んだまま、くいくい、とランヴァルドを引っ張っていこうとするのだ。

「え、お、おい、どこへ行くんだ?」

 尋ねてみても、少女はやはり、喋らない。ただ、にこにこと笑顔でランヴァルドを引っ張っていくばかり。

 ……そうして少女が、町外れの路地裏の方へ入っていくものだから、いよいよランヴァルドは緊張してきた。これは、路地裏に連れ込まれて殺されるのか、と。


「……いらっしゃい。なんだ、またお前か」

 が、ランヴァルドの警戒はまるで必要が無かったようだ。少女がランヴァルドを連れて入ったのは、路地裏に面した店だった。

 尚、どう見ても、真っ当な店には見えない!

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― 新着の感想 ―
ランヴァルドさんは少女のぽやぽや具合に勝てるのか!おそらく多分きっと一緒にぽやぽやするに違いない!
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