決行*2
そうして3日後にイサクを迎えに行き、6日後には治癒の魔法を使える者達を『講師』として迎えに行き……そして当然、『訓練』のために集められた兵士達も居ることで、ファルクエークの駐屯地は随分と賑やかになっていた。
「いよいよだな」
ランヴァルドは1人呟いて、ふ、と息を吐き出す。
……いつの間にやら、随分と大事に巻き込まれるようになったものだ。ネールと一緒に洞窟の奥の遺跡で死にかけたことを思えば、本当に、随分と遠くまで来たような心地になる。
「おお、マグナス殿!そちら、準備はいかがですかな?」
「ええ。問題ありませんよ。後はオルヴァーが兵士達に戦いの前の演説をし終わったら、いよいよ開始ですね」
話しかけてきたイサクにそう返しながら、ランヴァルドは、さて、と遺跡の方を見る。
駐屯地から遺跡までは、一応、互いに目視できるようにしてある。今もランヴァルドは物見櫓の上から遺跡を見ているが、特に問題もなく、今日も遺跡はそこに在る。……これから、問題を起こす訳だが。
遺跡ではなく地上へと目を向ければ、駐屯地前の広場でオルヴァーが演説している様子が見える。
堂々と演説する様子は、正に選ばれし者。北部の荒々しい戦士達にも好かれ、尊敬される姿そのものだ。こうして幾多の兵を束ねて、従えるだけの能力があるオルヴァーだからこそ、やはり、ファルクエークの領主に相応しい。
弟の姿を見て嬉しくなりつつ、ランヴァルドはふと視線を動かし……ネールを見つける。
「ん?ところで、マグナス殿。ネールさんは……」
「ああ、ネールなら、そこに居ますよ。最前列です」
そう。ネールは、オルヴァーの演説最前線に居た。そこで、周囲の猛々しい様子に少々戸惑いながらも、その内周りの兵士達に合わせて、『おー!』と拳を天に突き上げてみたり、ぱちぱちと拍手をしてみたり……。
他の兵士達に混ざって、突然ぽこんと小さい者が混ざっているので、まあ、そう意識して見ればすぐに見つかる。一際綺麗な金髪も、よく目立つのだ。これはランヴァルドが見慣れているからすぐ見つけられるだけかもしれないが。
「おお……ネールさんも、気合十分ですね」
「ええ。あいつは張り切ってますよ」
ネールは、大いに張り切っている。『ドラゴン やっつける!』とのことで、既にドラゴン狩りの覚悟まであるらしい。
「まあ、大本命が来てくれりゃあ、いいんですが」
「そうですなあ……情報がいち早く回るよう、王城で小細工はしていますがな。まあ、古代人の彼女が何処に居て、どのように情報を得るかによっては、中々厳しいかもしれませんしなあ……」
……ネールの意気込みはさておき、今回の本命は古代人だ。
彼女が来てくれなければ、この実験にも意味は無い。
これだけの費用と時間をかけて準備したのだ。『来てくれよ』と祈りつつ、少々胃が痛くなってくるような心地のランヴァルドであった。
オルヴァーの演説も終わったところで、いよいよ、遺跡を再稼働することになる。
ランヴァルドは、イサクに預けておいた遺跡の部品を受け取ると、ネールと共に古代遺跡へと向かう。
「……緊張してるか?」
道中、少々硬い様子のネールにそう聞いてみると、ネールは難しい顔で、こく、と頷いた。
ランヴァルドはそれに少しばかり笑って、ネールの頭を撫でる。
「そうか。俺もだ」
……今回の、遺跡の再稼働について。発案したのはランヴァルドだ。だが、責任を取れるのはランヴァルドではない。
多くの者の命を危険に晒す策だ。死者が出ないよう、可能な限りの対策はしてきたが……それでも、必ず安全だとは言い切れない。
何より、古代人だ。あの古代人が来た時、魔物含めて、遺跡はどうなるのか。それが、全く予想できない。
「……上手くいくさ。きっとな」
ランヴァルドはネールより自分自身に言い聞かせるようにそう言うと、前を向く。
遺跡が、そこにある。
遺跡の中は、以前入った時から変わりがない。ランヴァルドとネールとオルヴァーで囲んだ焚火の跡も残っているほどだ。
ランヴァルドは幾分緊張しながら古代魔法装置の部屋まで向かい、そこでネールと共に、装置の復旧を始める。
「ネール。ここに魔力流してくれるか。ああ、そうだ。ありがとう」
遺跡を稼働させるためには、稼働のための魔力が必要だ。だが、それはネールが補ってくれる。
ランヴァルドは『これで大丈夫だよな?合ってるよな……?』と緊張しながらも、装置を修復していき……そして。
「よし……じゃ、最後に、これだな」
制御盤の前に立つ。
……今までに幾つもの古代遺跡で、魔力が噴き出て吹雪が吹き荒れる中、これで装置を止めてきた。だが今回は、それと真逆のことをするわけだ。
「……いくぞ」
ネールがこくりと頷いて、ランヴァルドの手に、小さな手を添える。ネールの魔力を借りながら、ランヴァルドは制御盤を操作していき……そして。
……ごうん。
重い音を立てて、遺跡が、動き始めた。
ランヴァルドとネールはすぐさま退却した。走って遺跡を出て……そして、そこで既に戦っている兵士達の姿を見る。
「加勢する!ネール!やっちまえ!」
ランヴァルド自身も一応剣を抜きつつ、ネールを嗾ける。するとネールは直ちに魔物へ飛び掛かっていき、文字通りの瞬殺を繰り返していくのだ。
「ああ、兄上!よかった、遺跡から脱出できたんですね!」
……するとそこで、丁度戦っていたオルヴァーの姿を見つけてランヴァルドは頭を抱えたくなった。
「お前は指揮に戻れ、オルヴァー!お前に何かあったらどうするんだ!」
「兄上こそお戻りになってくださいよ!何かあったらどうするんですか!」
「ネールが遺跡の止め方は知ってるんで大丈夫だ!」
「俺、怒りますよ!兄上ぇ!」
が、頭を抱えたいのはオルヴァーもそうであるらしい。
……戦いに血が昂っているのか、普段より荒々しく吠えたオルヴァーは、その勢いのまま、炎を纏った剣を大きく振って、目の前の魔物を一刀のもとに切り伏せた。
「領主自ら戦うことで上がる士気がありますので。俺は残ります。ですが、皆に愛される参謀が危険に晒されていては、兵も落ち着いて戦えません。兄上は撤退を!」
ランヴァルドは『何だ!?皆に愛される参謀って!』と混乱したが、『俺が居ても役に立たないことは確かだ!そして目の前で人が死んだら当然士気は落ちる!成程、オルヴァーはやんわりとそう言っているんだな!?』と別の方向から納得した。
「ネール!ここは任せるぞ!一旦、魔物が落ち着くまで俺は駐屯地へ戻っているから!」
ということで、ランヴァルドがそう叫ぶと、ネールが光って『わかった』と合図してきた。光る英雄は便利である。
ランヴァルドはそれを見届けると、さっさと駐屯地の方に向かって走る。……情けなくはあるが、頭脳労働担当は、こういう時、立つ瀬が無いのであった!
「おお、マグナス殿!ご無事で何より」
駐屯地へ戻ると、物見櫓の上からイサクが手を振ってくる。なのでランヴァルドもそちらへ上がると、遺跡の周辺の戦いの様子がよく見える。
「始まりましたな」
「ええ。……後は、古代人が来るかどうか、ですが……」
ランヴァルドは目を細めて、戦況を見守る。……問題は無いだろう。魔物は生まれた端からネールが片付けているし、ネールの撃ち洩らしはオルヴァー達、ファルクエークの兵士が十分に片づけられる。
一度、魔物の数が落ち着いたら、後はネール無しでも当面は維持できるだろう。ネールは適度に休憩させてやらねばならないだろうから、そこの合図はこの駐屯地から専門の兵が行うことになっている。
「ところで……来るとしたら、古代人は、どこから来るのでしょうかな」
「ああ、それなら北限の方の遺跡から、ですかね。或いは……」
ランヴァルドはイサクに答えるべく口を開き……ふ、とため息を吐いた。
「……まあ、多分、動いている遺跡そのものへ、移動してくるでしょうね」
……古代遺跡を再稼働したものの、古代遺跡の内部全てが吹雪で酷い状態になっているという訳でもない。最奥の古代魔法装置の部屋は酷い状態なのだろうが……その他の部分については、ただ少々寒いくらい、だろうか。
それにそもそも、あの古代人は寒さを感じないのではなかったか。ならば、稼働真っただ中の遺跡の中にも、ネールがやるように瞬時に移動してくることが十分にあり得る。
「遺跡へ直接……となると、マグナス殿が行かれるのですかな?」
「ええ、まあ……一応、面識があるので」
ランヴァルドは『この調子なら、まあ、そろそろいけるだろ』と判断して、物見櫓を降りる。
……魔物は大分減った。これなら、ランヴァルドが遺跡の中に居ても問題はあるまい。
そうだ。ランヴァルドは、遺跡に居た方がいい。彼女は恐らく、そこから突然、現れるのだろうから。
ランヴァルドが遺跡の方へ戻ると、既にそこは魔物の数も落ち着いて、『出てきたら狩る。それまでは小休憩』というような有様になっていた。
「おう、お疲れ、オルヴァー」
「あ、兄上!何故戻ってこられたのです!?まだ魔物は居ます!」
「いや、もう流石に大丈夫だろ……。できるだけ、遺跡の中で待機しておきたいしな。古代人が来るとしたら、北限の遺跡からじゃなくて、こっちに直接、ってこともあり得る。俺達は試したことが無いが、彼女ならやりかねない」
オルヴァーが焦ってこちらに来たし、ネールも慌てて飛んできたのだが、ランヴァルドがそう説明すると『それもそうか』と首を傾げつつも納得した。つくづく、この2人は妙に仕草が似ている。
「……来る、でしょうか」
「さあな。まあ、来てくれることを祈るしかない。もしかしたら陸路で普通に来るかもしれないから、見張りは頼んだぞ」
「ええ。お任せください」
ランヴァルドはオルヴァーとネールに手を振って、遺跡の中へ入る。
遺跡の中は、酷く冷える。だが……。
諸々と準備を整えつつ、確かめたいことも確かめ、その後少し寝袋で休んだランヴァルドは、『焚火を熾しついでに茶でも沸かすか……』とぼんやり思い立って茶の準備を始めた。
古代人は、温かい茶は嫌いだろうか。




