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クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
第七章:金貨500枚分の契約
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決行*1

「兄上!お久しぶりです!」

 ファルクエーク城の門を抜けるや否や、オルヴァーの声が聞こえてきてランヴァルドは『まさかあいつ、俺達の到着を玄関で待っていたわけじゃないだろうな……?』と訝しんだ。

「ネール。元気にしていたか?……うん。元気そうでよかった!」

 ネールは笑顔でオルヴァーに抱き上げられ、そのまま、くるん、とその場で一回転して元の位置に戻された。……この2人はすっかり仲良しである。一度、殺し殺されかけた仲とは思えない程に。

 まあ、いいことだ。ランヴァルドは『よかったな、ネール』と笑いかければ、ネールもまた、にこにこしてランヴァルドを見上げて頷いた。

「さあ。ひとまず、長旅……でもないのか。いや、まあ、それでも半日くらいはファルクエークの旅をしていらしたわけですよね?」

「そんなにかからなかったぞ。遺跡の近くの駐屯地で馬車を借りられたし、街道も整備されてたし……随分と移動しやすくなったな」

「兄上のおかげですよ」

 ファルクエークの『準備』は、確実に進んでいる。それを、ランヴァルドは既に体験してきた。

 今回もファルクエークへは、遺跡経由でやってきた。つまり、ファルクエーク領の北の方に出て、そこから南下してファルクエーク城へ、という道程だ。

 今までなら、半日程度かかっていた道だ。だが……今、ランヴァルドとネールは、2刻程度でここまで到着できてしまった。

 何故ならば、街道はすっかり整備され、馬車もきっちり用意されていたからである。ランヴァルドは、『この分なら、今唐突に魔物が大量に出たとしてもファルクエーク城から増援を送るのにそう問題は無いな』と評価した。

「街道にはもっと時間がかかるかと思ったが……かなり早かったな」

「王城の方で手を回して頂いたようで。それにやはり、民が頑張ってくれましたから」

 街道の整備をこの距離行ったにしては、随分と早かった。その秘訣はやはり、王城からの支援と同時に……ファルクエークの民の努力によるものだろう。

 そして、それらファルクエークの民をまとめ上げ、鼓舞したのはオルヴァーである。民に好かれ慕われているオルヴァーだからこそ、この期間で街道を整備しきることができたのだろう。

「まあ、準備はこんな具合です、というご報告まで。……駐屯地の様子は既にご覧になっておられますよね?」

「ああ。通ってきたからな。あれならまあ、ひとまずのところは大丈夫だろう」

「よかった。一応、2週間は保たせることができるように備蓄の類も進めてあります。王城やジレネロストから融通していただいたものが多いですが……」

「薬草の類は使われるためのものだしな。必要なところに行き届くなら、喜んで提供するさ」

 これから戦いが起こるわけなので、食料や薬の備蓄は欠かせない。食料については、イサクが伝手でなんとかしてくれた。南部の方から融通してもらったものをそのままファルクエークへ横流ししてくれたらしい。

 そして薬の類は、ジレネロストから提供している。……というのも、ジレネロストで採取できる薬草は、非常に品質が高いからである。

 ジレネロストの古代遺跡は停止しているが、それでも、3年もの間魔力が垂れ流しになっていた影響は大きい。未だ、大地に染み込んだ魔力は残っており……その結果、山野に生える薬草の類は、極めて効果が高いものとなっている。

 ランヴァルドは『ハイゼルの魔獣の森もこんなかんじだったよなあ……』と思いながらネールや他の領民達と一緒に薬草を採取し、ジレネロストに最近誘致した薬師に調合を頼み、無事に効能の高い薬を生産したのだった。

「武具の類はステンティールから提供してもらったんだろ?」

「ええ。兄上が取り持ってくださったおかげです」

 そして、ステンティールからは武具を提供してもらったのだが……こちらは当然、タダで、というわけにはいかない。

 が、ファルクエークには持て余していた資源があった。そう。魔物の素材である。

 特に、ドラゴンをネールがひょいひょい倒していたものだから、ドラゴンの鱗や牙や皮、骨に肉に……と様々な資源が大量に手に入っていたのだが、それらを加工する人手は足りていなかった。

 そこで、ドラゴンの鱗や皮や牙、そして他の魔物の毛皮や牙や爪といった資源をステンティールに譲渡するのと引き換えに、質の良い武具を提供してもらったのである。

 ということで、無事に準備は着々と進んでいる、のだが……。


「しかし……冷夏は、こっちもそうか?」

「そう、ですね。対策した分、昨年よりはマシでしょうが、今年も麦の収量は然程多くないかと。……冬を超えるのは中々厳しそうだ」

 ……夏の盛りである今この時も、然程、気温が高くない。




 2年も冷夏が続くとなると、いよいよ食糧難が始まる。

 賢い領主達は『これ、今年も去年みたいになるんじゃないだろうな……』と勘ぐってしっかり農地を増やしたり、推奨作物に掛ける税を減らしたりして対策していたため、まあ、なんとかなるだろう。

 だが、全ての領主がそうであればよいのだが……残念ながら、そうもいかない。遺跡が暴走するでもなく、危機感が全く足りていなかった領というものは存在しており……それらの領では、昨年を下回る農作物の収量になると見込まれる。

 これにはイサクも頭を悩ませている様子で、『どうしたものですかなあ』と唸っていた。

 ……イサク達、王城の者達は、『王城の備蓄が少なくなっているので、今年は食料を沢山作ってくださいね!』と各地に触れて回っていた。のだが、それでも駄目な時は駄目なのである!

 いっそのこと、『古代人が古代遺跡を暴走させて回っている影響で、今年も冷夏になる可能性が高いですよ』とまで言ってしまえればよかったのかもしれないが……それによって起こり得る混乱や暴動を考えると、それはやはり避けておくべきだっただろう。

「……3年目に突入する前に、決着をつけないとな」

「ええ。確実に、やり遂げましょう!」

 ……この国の、世界の命運はファルクエークでの『実験』に掛かっているかもしれない。

 ランヴァルドはオルヴァーと共に、決意と覚悟を新たにするのであった。




 ……ということで、ランヴァルドはファルクエーク城で歓待を受けた。

 のだが。

「……オルヴァー。その、歓迎してくれるのは嬉しいんだが、負担になってるんじゃないか?」

 ランヴァルドは、少々居心地の悪い思いでそう、オルヴァーを小突く。

 というのも、ランヴァルドとネールの到着直後から、茶が供され、菓子が供され……部屋には美しく花が飾られ、あちこち整えられ……そして出てくる食事は手の込んだものばかりである。

 商人としての癖で食事を見れば、金より時間と手間をかけた品々だということは分かるのだが……その分、掛かっている時間と手間が容赦なく大きいことはよく分かってしまう。

「え?いえ、全く。……その、兄上をお迎えすることは、城の者達全員の楽しみでもあるので……」

「……そうかぁ」

 が、今も食堂の扉の影からにこにことこちらを見守っているメイド達や料理人達の姿を見ていると、最早何も言えない。何も言えないのである!彼らが楽しそうなので!

「まあ、娯楽の少ない土地なので……」

「……そ、そうかぁ……」

 オルヴァーもにこにこしているが、ランヴァルドとしては『そうか、客人もそう多くないから、もてなすために何かやるのは祭りみたいなものなのか……』と思いつつ、複雑な気分である!


「あー、まあ、負担じゃないならいいんだが……」

 さて、ランヴァルドは一旦話を仕切り直しつつ、少し考えて、オルヴァーの様子を伺う。

「……実施は、いつ頃がいい?」

「そうですね……」

 オルヴァーは既にこの答えを考えていたのだろう。一つ頷くと、はきはきと答え始める。

「……収穫を終えてからの方が、何かあった時にも被害は少なくて済むでしょう。ですが、兵士として取り立ててしまったがために収穫期に人手が足りない、というのも避けたいです。ですからここは強気に……すぐの実施をお願いしたい」

 オルヴァーはそう言って、笑った。

「要は、農地を魔物に襲撃させなければいいんですからね。大丈夫。兵士達の士気は高いですよ。それに、ネールも協力してくれるんですよね?」

「ああ。実施するとなったら、俺達も当然、ここで働くさ」

 ランヴァルドとしては、少し迷うところではある。……ファルクエークを守り抜けるのか、自信は無い。

 だが、どのみち急いだ方がいいことは確かだ。可能な限り早く、実験を行い、古代人と接触して……そうして、冷夏の原因自体を止めなくてはならない。


「なら、王城に連絡してイサクさん達にも一旦来てもらうか。……あ、ネール。お前が連れてきてくれるのか?うん、まあ、向こうは向こうで予定があるだろうからな、聞いてから連れて来ような」

 実験を開始するとなったら、王城への連絡は必須である。ランヴァルドが予定を立て始めると、ネールが隣でなんともやる気に満ち溢れた顔になっている。

 ……何時ぞやにランヴァルドが風邪で倒れた時のようなことをやられては困る。ランヴァルドはきちんと、ネールに釘を刺しておいた。

「ああ、ネールが居れば、あちこちから人を連れてくるのも簡単なんですね。……ということは、俺がジレネロストに遊びに行くのも簡単なのでは……?な、なあ、ネール。ちょっと後で相談させてくれ!」

 が、ネールに釘を刺しても、目の前には目をキラキラさせたオルヴァーが居るのである!

 ネールがオルヴァーと握手している様子を見て、ランヴァルドは『まあ、ネールが楽しくやってて、オルヴァーも困ってないなら、もうそれでいいか……』と諦めの境地でため息を吐くのだった。




 王城への連絡は、ネールが行った。

 ランヴァルドが諸々を書いた手紙を、ネールが遺跡を通ってイサクへ配達に行ったのである。

 遺跡付近まではランヴァルドとオルヴァーも一緒に付いていって……そこからネールは『配達屋さんごっこ!』とばかり、楽しそうに1人で遺跡に入っていった。

「さて……じゃ、俺達は駐屯地の確認だな」

「はい。細かなところはやはり兄上とイサク殿に確認いただいた方が安心できますので……」

「ま、人命が掛かってるわけだからな。確認しすぎるってことは無いだろう。……それから、王城への請求の様式も確認しておこう」

「ああ、それはとてもありがたいです、兄上!」

 そうしてネールを送り出したら、ランヴァルドとオルヴァーは一仕事する。

 遺跡が稼働して魔物との戦いが始まったなら、ここが兵士達の補給の場となる。設備や備蓄の確認は怠りたくない。

 それに加えて、今回の『実験』の為にかかった諸々の費用を王城へ請求するのも、大切な仕事である。こちらも確認は怠らず、細かな物品、小さな費用についても、王城にキッチリ請求してく所存だ。

 ……人命も、金も、大切なのである。ランヴァルドとオルヴァーは、やる気に満ち溢れて最後の確認に勤しんだ。




 それからしばらくすると、ネールが帰ってきた。返事を持ってきたので確認してみると、『国王陛下の許可も得て、7日後に実施ということで。3日後にお迎えに来ていただけるとありがたいです』という内容が綴ってあった。

 ついでに、『治癒の魔法を使える術師を講師として派遣しますので、そちらは6日待ってください』とあった。そちらの手配もしてもらえたようである。ランヴァルドとオルヴァーは揃って胸を撫で下ろす。

「……いよいよだな」

「ええ。魔物と戦うのは少しばかり、久しぶりですからね。楽しみですよ」

 ランヴァルドは緊張するばかりなのだが、オルヴァーは緊張に加えて、楽しみもあるらしい。ここは流石、北部の戦士である。

「……そうだな。魔物狩りみたいなものか。ネールも居ることだし、むしろ、また大量に生まれる魔物の素材をどう売り捌くかを考え始めた方がいいかもな」

「ありがたいことですね。俺としては、死ぬまでに一度ドラゴンを狩ってみたいんですが……」

「危ないことはしないでくれ」

「……兄上がそう仰るなら、我慢します」

 オルヴァーと話していたら、ランヴァルドも少しばかり、緊張が解けて楽しみが生まれてきた。

 ……さて。

 古代人は、来るだろうか。

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― 新着の感想 ―
遠いし領主としての仕事を考えると行きづらかったジレネロストが、日帰りでいけるかもってなったらそりゃ行きたくもなっちゃう!!! 致し方なし!!! 敬愛せし兄の治めし地なんて直接見たくないわけないんだから…
お届け物です!って届けてくれるネールちゃん。可愛いと思います。強奪とかもまず無理だから、国からの重要書類なども確実に渡せますね!
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