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クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
第七章:金貨500枚分の契約
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作戦*1

 その日はまた、王城で眠ることになった。というのも、ランヴァルドの体調がやはり本調子ではなかったからである。

 ネールはすこぶる元気なのだが、ランヴァルドもそう、という訳にはいかなかった。このあたりは最早どうしようもないことではあるのだが、元気にしているネールを見ていると、どうにも悔しいような、情けないような気分になってくる。

「……ネール。俺が寝るからって、お前まで寝なくてもいいんだぞ」

 そして、ランヴァルドが会議後にすぐ、疲れて仮眠を摂ろうとベッドへ入った途端にネールももそもそ入ってくるものだから、流石にランヴァルドは一言言っておいた。

 が、ネールは首を傾げるばかりである。通じているのか、いないのか。

「……まあ、お前がいいんなら、いいが」

 ネールはすこぶる嬉しそうなので、ランヴァルドはこれ以上何か言うことを諦めた。そしてそのまま、『ぬくい』と思いつつ昼寝して……夕方、夕食の報せを受けて目を覚まし、食事を摂ってまた眠る、という、実に自堕落な日を過ごすことになったのだった。

 当然のように、夜眠る時にもまたネールがさも当然とばかり入り込んできたので、ランヴァルドはこれの是非を考えることすらできなかった。


 そうして翌日。

「あー、マグナス殿。お目覚めですかな?」

 ノックと共にイサクの声が聞こえたので、ランヴァルドは途中だった身支度を大急ぎで済ませてドアを開けた。

「すみません、お待たせして」

「いいえいいえ、とんでもない。それで、まあ、緊急の招集、ということでして……」

 イサクが少々焦った様子なのは珍しい。ランヴァルドは『何かあったんだな』と緊張するが……。

「昨日の会議の内容もまとまったことですし、その報告を、と思いまして。そしてその報告のついでに、マグナス殿が例の古代人と再び接触した、ということで、そのお話を伺えればと……陛下が」

「陛下が」

 ……まさか、国王直々に呼び出されるとは思っていなかった。

 ランヴァルドは頭を抱えたい気分になりつつ、慌ててネールを呼び寄せ、イサクと共に国王の元へと向かうのだった。




「疲れもあるであろうところを朝早くから呼びつけて、すまなんだな」

 ランヴァルドとネールがイサクに連れられて向かった先は、国王の私室であった。

 ファルクエーク城もそうだったが、城の主の部屋には大抵、このような応接の為の部屋が付属している。応接の為とはいえ、ごく親しい者と話したり茶を飲んだりするための場所であるので、当然、そうした立場の者しか招かれることは無い。

 まさか、そんな国王の私室に自分が入ることになろうとは、と、ランヴァルドはどこか、気が遠くなるような気分を味わう。

「ま、何だ。非公式の場である。掛けて楽にせよ」

「ありがとうございます」

 勧められたソファに座ると、ふわ、となんとも心地よい。流石、国王の私室のものであるだけのことはある。この部屋にあるものは全て、最上のものなのだろう。少し見回すだけでも、金貨数百枚の価値のある品がごろごろと散見される。

 ……ふと隣を見ると、ネールが少々緊張した様子であった。恐らく、ランヴァルドが緊張しているからだろう。ネールには、この部屋の価値など分かっていないだろうから……ランヴァルドの反応を見て、『ここは大変な場所なのだ』と今学んでいる可能性が高い!

「さて。ではまずは、新たに出た資料のご報告から……」

 ……ということで、イサクが早速報告を始めたのを見て、ランヴァルドは無礼にならない程度に極力楽にしていることにした。少なくとも、ネールにはそう見えるように。

 するとネールも、がちがちに硬くしていた体を緩め始めたので、『お前はそれでいいぞ』とランヴァルドは少しばかり笑う。まあ、いずれ礼節の類をもっと徹底して叩き込まなくてはならないのだろうが……それはそれとして、今、この状況でまで緊張している必要は無いのだ。


 そうしてイサクの報告が終わり、国王は難しい顔で唸った。

「ふむ、成程な。……濾過装置が作動していた古代魔法装置は、ジレネロストのものがそうだったか」

「ええ。あれは、濾過装置が作動した上で魔力が吹き荒れていました」

「……そしてそこでは、吹雪のようにはなっていなかった、と。成程な」

 国王に問われて答える過程で、ランヴァルドも思い出す。

 ジレネロストの古代遺跡に入った時……魔力こそ吹き荒れていたが、吹雪のようにはなっていなかった。だが、他の遺跡については、吹雪が吹き荒れ、氷の刃にあちこち切り裂かれる羽目になっているわけである。

 ジレネロストについては、作動させたのが当時のジレネロストの研究員であることが分かっている。そして恐らく、それ以外の古代遺跡……ハイゼルやファルクエークといった各地の遺跡での異変については、例の古代人が作動させたものなのだろう。

 そう。違いは、そこである。作動させた者が違う。作動のさせ方も、異なっていたはずだ。

「……恐らく、『濾過装置』では冷気の類が濾過されているのだと思われます。古代魔法装置を一通り見た限りでは、そのように見えました」

「ふむ。そうか」

 ランヴァルドが話せば、国王は難しい顔で頷き、一つ息を吐く。

「……では、その冷気に触れ続けていた者が、気が触れ、自ら命を絶つに至った、ということか?」

「冷気はあくまでも結果でしかないのかもしれません。冷気そのものが狂気に関係するのではなく、『何か』が、冷気と狂気を齎すのではないか、と」

 このあたりについて、ランヴァルドはまるで詳しくない。あくまでも、推測を述べるに留まる。

 だが……古代人達の手記を読む限り、『冷やそうとして冷やした』という訳ではないことが分かる。『冷えてしまう分は魔力を使って気温を上昇させればいい』と書いてあるのだから。

「まあ、そうか。そうであろうな。冷気はあくまでも、望まぬ副産物であった、と……」

「そしてその『望まぬ副産物』を許容してでもより多くの魔力を取り込もう、と、一部の古代人達は考えていたようですなあ」

 国王とイサクも頷き、そして、揃って首を傾げる。

「うーむ。やはり、『寒さを感じなくなる』という点が気になりますな。冷気を含む魔力に慣れてしまうから、ということなのか……」

「何とも言えぬがな。うむ……どうしたものか」

 イサクの言葉に、ランヴァルドは例の古代人について思い出す。

 彼女は……取り立てて、寒さを感じている訳ではない様子であったが。だが……ふと、ランヴァルドが顔を上げた時、ネールの黄金色の光にふと手を伸ばしていたあの様子は、まるで、長い冬を耐え忍び春の日差しに焦がれる、北部人のようであって……。

「ランヴァルド・マグナス・イスブライターレよ。……例の古代人は、どのような様子であったか、報告せよ」

 ……ランヴァルドは国王の言葉に頷く。

 最早、僅かな情報でさえも惜しい。主観が多少混ざることは覚悟の上で、ランヴァルドは仔細に、例の古代人の様子について報告するのだった。




「……と、いうことでして。ネレイアはかなり善戦しておりました。相手が逃げなければ、勝てたのではないかと思われます」

 ランヴァルドがそう報告を締め括れば、国王もイサクも、ふむ、と頷き……表情を僅かに綻ばせた。

「そうか。英雄ネレイアよ。よくやったな。……戦って勝てぬ相手ではないのならば、相手を交渉の場に引きずり出すこともまた、可能やもしれぬ。よくぞ、その道を切り開いた」

 なんと、国王はそうネールを褒め称えた。ネールは少しばかり恥じらうようにもじもじしながらも、にこにこと嬉しそうである。ランヴァルドも『えらいぞ』と褒めてやった。ネールは益々にこにこした!


「しかし……うーむ。前回の邂逅の際には、その……例の古代人は、『英雄ネレイアが勝てない程に強い様子であった』とのことでしたが」

「ええ。私にもそう見えました。……あー、ネール。実際のところはどうだったんだ?」

 さて。ネールが善戦するのはよいとして、その理屈は気になる。

 何と言っても、相手が相手だ。相手の戦力もこちらの戦力も、過大にも、過小にも評価したくない。

 ……すると、ネールは少し考えて、それから、テーブルの上に指で文字を書き始める。当然、それでは残らないので、ランヴァルドは懐から手帳とペンを出してやった。

 ネールは早速ランヴァルドのペンを握り、文字を書いていくのだが……。

『あたたかな ひかりであれ。 ひえたやみを はらい ひとびとに ぬくもりを あたえよ』

 ネールは自慢げにそう書いて見せた。

 ……ネールが叙勲し、名を賜った時、国王から直々に言われた言葉だ。『温かな光であれ。その力は冷えた闇を照らし、人々にぬくもりを与えるためのものとせよ』と。

 一体どういうことか、とランヴァルドが首を傾げていると、ネールはまた文字を書く。

『だから つよく あったかく なった。 つめたいのに まけない!』

「……うん?ああ、うん、そう、か……?」

 ネールは強く、あったかくなったらしい。冷たいのに負けない心意気があるらしい。ランヴァルドは『まあ、確かにネールが寝床に入ってくるとぬくいが……』と思うが、恐らくネールが考えているものとは違うのだろう。

『あのこは あったかいの きらい? にげちゃった』

 更に、今度はネールが首を傾げているが、ランヴァルドも首を傾げている。イサクも首を傾げているし、国王も首を傾げている。

 ……皆揃って、首を傾げたまま、暫しの時が流れた!




「あー……つまり、ネールさん。あなたは……自分の力を、『強く、あったかいもの』にすることにしたのですね?」

 そうして沈黙を破ったのは、イサクであった。イサクは優しくネールに微笑みかけ、ネールは『そう!』とばかりに頷いた。

「成程。魔法の根源は、自らの望みです。ああしたい、こうしたい、こういったものを生み出したい……そうしたものが魔法となって、魔力を制御するわけですから……それで、ネールさんの魔法は、より強く、かつ、あったかいものになった、と」

 イサクが話すのは、ランヴァルドもかつて魔法の教本で読んだ内容だ。……とはいえ、現代では『魔法はただ、ああしたい、と思って使えるものではなく、理論に基づいて魔力を運用する必要がある』とされており、実際、ランヴァルド自身もそうだと思っているが。

「魔法理論など無くとも皆が魔法を使えた古代では、ネールさんがやったように、ただ『かくあれ』と思うことによって、魔法を作り替えていたのかもしれませんなあ」

 ランヴァルドはふと、思い出す。ネールが古代遺跡で、椅子やテーブルを出していた様子を。あれは、ネールが『かくあれ!』と思って動かした魔法だ。遺跡がそのようにできていた、ということなのだろうが……逆に言えば、そのようにして遺跡を動かすのが、古代人にとって『当たり前』だったのだろう。

 ……古代人の魔法は、現在のように理論によって成り立っていたのではなく……意思や感情によって成り立っていたのかもしれない。

 そして古代人と同じように多くの魔力を持つ、ネールの魔法も、また。


「となるとですよ、ネールさん。もしかすると本当に、例の古代人さんは、『あったかいのが嫌い』なのかもしれません。まあ……相手は『冷たい魔力』を扱っている訳ですから。氷が陽の光に溶かされるように、古代人さんの魔力もネールさんの魔力に弱いのかもしれませんなあ」

 イサクはそう言って、ネールに微笑みかける。……が、それで終わらせられてしまうと、ランヴァルドとしては『いやいやもうちょっと何か無いんですか』となってしまう!

「……まあ、英雄ネレイアの決意の持ちようによって、より強く、かつあたたかくなった、ということは十分に考えられような。だが……うむ」

 国王もランヴァルドと同じようなことを考えていたらしく、少しばかり渋い顔で考え……そして。

「ランヴァルド・マグナス・イスブライターレよ。お主の目から見て、例の古代人の様子は……何か、変化はあったか?報告では、『英雄ネレイアに手を伸ばしている様子があった』と言っていたが」

 水を向けられ、ランヴァルドは少し迷いつつも話す。

「……元より、相手は真っ先にこちらとの対話を望んできたわけです。多少は友好的なものなのだろう、とは思われます。しかし……」

 ……『古代人がネールに手を伸ばしているように見えた』というところからして、ランヴァルドの主観が入っていないとは言いきれない。もしかしたら、古代人はそこでネールに向けて何か魔法を使おうとしていたのかもしれないし、何より彼女は、直後に逃げている。その準備だったとも考えられる。

 だが。

「それにしても……戦闘中に、自分に向けて刃を振りかざすネールに向かって、まるで焦がれるように手を伸ばしていた、となると……何か、不思議に思えます」

 ランヴァルドはそれでも、あの古代人がネールに伸ばしていた手は……憧れと寂しさによるものだと、思う。




「……まあ、いずれにせよ憶測交じりになることは仕方ないな」

「そうですねえ。だからこそ、他の賢者達の居ないところで、まあ、与太話程度に話すしかないというわけで……」

 国王がため息を吐いてソファに身を沈めると、イサクが『ああ、お茶を淹れましょうね』と、ティーポットを傾け始める。ランヴァルドとネールにも茶のおかわりが供され、それを飲んで……さて。

「ドラクスローガの一件で、我々も知らぬ古代遺跡が狙われる危険性が浮き彫りになった。だがどう足掻いても、我々が例の古代人に対して後手に回ることは間違いなかろう」

 国王は険しい表情で眉間を揉みつつ、そう零す。

「賢者達が、各地で遺跡の調査にあたっておる。だが、それより先に古代人が古代遺跡を見つけてしまえば……当然、それまでだ。此度のドラクスローガのように上手くは、いかぬだろうな」

「大きな犠牲を覚悟しなくてはなりませんな。それこそ、かつてのジレネロストのようになることも十分にあり得ましょう」

 ……今回のドラクスローガについては、あまりにも、運が良かった。

 遺跡が稼働するより先に、遺跡について知ることができた。エリクとハンスが居なかったなら……遺跡の話をランヴァルドが聞いていなかったら……何か一つでも欠けていたなら、ドラクスローガは滅んでいたかもしれないのである。

「……何とか、もう一度例の古代人と接触することは、叶わんか」

 だからこそ、国王の願いは切実だ。

 ……この国をいつ滅ぼすかも分からない危険を抱え続けているよりは、その根源をどうにかしてしまうべきなのである。




 さて。

 ランヴァルドは少しばかり考えつつも……一つ頷いて、話し始める。

「……彼女は、仲間を欲している様子でした。最初にネレイアに接触しようとしてきた時も、動機は仲間を探すため、だったようです。つまり……仲間が居ると思わせることができれば、彼女は、そこに来るのではないかと」

 これは、前々から考えてはいたことだ。考えてはいたが……あまりに現実的ではないので、話すべきではない、とも思っていた。

「……しかし、まあ、当然ながら、とてつもない危険を孕む策ではありますので」

「いや、構わん。続けろ。どうせ非公式の場だ。何を言っても不問とするぞ」

 だが、国王の言質も取れた。イサクも『どうぞどうぞ』とばかり、にこやかでいるので、ランヴァルドはそれに甘えて言ってしまうことにする。

「古代遺跡を、再稼働させましょう。……こちらの手で」


Twitter上でやっているキャンペーンが6月3日(火)23時59分締め切りです。

書籍のイラストをご担当頂いている高嶋しょあ先生描きおろしのタペストリーが当たります。

奮ってご応募ください。或いはご応募しなくてもいいので、サンプル画像だけでも見てください。可愛いので。ネールが可愛いので。

https://x.com/OVL_BUNKO/status/1925829106928660736

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― 新着の感想 ―
国王様、寛大なお方だ…… 「倒せそう」って聞いて、「次こそ倒すのだ!」じゃなく「交渉の場に引きずり出すことも可能やも」ってなるの、すごく素敵な御仁だ……
なるほど、古代遺跡を作動させれば、自分と同じことを望んでいる同族が居ると思って寄ってくるかも? しかしどこでやるかも問題ですね。当然、魔力が強く出て魔物が発生するわけですから、周辺への被害が大きくなら…
これは聖女!ネールの心が尊すぎて辛い。
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