再会*5
ランヴァルドは、ネールに頼んでドラクスローガ城の地下へと移動した。
……そしてまた玉座の後ろから出てくるランヴァルドを、トールビョルン老は『最早何も考えまい』とばかりの顔で迎え入れてくれた。
ランヴァルドは少々恐縮しつつも、そっ、と玉座の後ろから出てきて……そして。
「あっ……!?えっ!?ま、マグナスの旦那ぁ!?」
「な、なんでそこから!?いや、そもそも無事だったのか!?無事だったんだな!?よかった!」
……丁度、トールビョルン老へ報告に来ていたらしいエリクとハンスの姿を見て、申し訳なくなった。
「あー、うん。悪いな、心配をかけて……」
「いや、いいんだ!無事で居てくれたなら、本当に……ああ、よかった!」
「あんたらがすぐにやられるなんてこたぁ無いだろうとは思ってたけどよ……くそ、無事で何よりだ!」
エリクもハンスも、ランヴァルドが申し訳なくなるくらいにこちらの無事を喜んでくれる。そして一方、彼ら2人はあちこち傷だらけであった。……片道に半日かかる山道を駆けるようにして、大急ぎでロドホルンへ報告してくれたのだろう。
彼らを逃がすためとはいえ、無茶を強いてしまった。ランヴァルドは少々反省しつつ、『まあ、全員無事だったんだからこれでいいか』と開き直ることにした。
何せ、古代遺跡はキッチリ解体できたのだ。これでドラクスローガは救われた。……無論、誰も知らない古代遺跡が無いとも言えないのが、怖いところではあるが……。
さて。
「うむ……ランヴァルド・マグナス・イスブライターレよ。再び起こった魔物の発生を、即座に止めたそうだな。その働きは確かにこの地を救った。そして、ネレイア・リンド・ジレネユースよ。またもやドラゴンを仕留めたようだな……?」
トールビョルン老に讃えられ、ランヴァルドは畏まり、ネールは胸を張った。
……ネールはまたもや、オマケか何かのようにドラゴンを仕留めてしまったらしい。ランヴァルドとネールの2人きりでドラゴンを解体するのは流石に厳しかったので、ドラゴンの牙と角、そして美しい鱗数枚だけ持ち帰ってきた。ひとまず、ドラゴンを新たに仕留めた証明としては、これで十分なのである。
「まこと、偉大なる功績だ。この地は幾度となく、貴殿らに救われておる」
「お力になれ、光栄です」
ランヴァルドが一礼すると、ネールも真似して一礼した。トールビョルン老はそんな様子をにこやかに見守ると……。
「……まあ、なんだ。宴が2日3日続いたとして、問題はあるまい」
そんなことを、言い出した。
「よし!宴だ!準備をせよ!皆を叩き起こせ!北部の人間が、たった一晩で酔い潰れるということもあるまい!」
……流石の北部である。トールビョルン老も、相当に老いているはずだが……それでもこれなのだから、やはり、ここは北部なのである!
そうして、今度こそ、エリクとハンスは宴にきちんと参加できた。昨夜は道案内のために早めに切り上げさせてしまったので、今回、2人がきちんと宴に参加できることをランヴァルドとしては嬉しく思う。
……一方のランヴァルドは、体力が追い付かなかった。一応、宴に参加してはみたものの、何かを口にして、次の一口を食べようと思う前に眠気が襲ってくるような始末だったのだ。
流石に、連日連日、魔法を使い過ぎた。消耗してしまった魔力の分、休養が必要であることは間違いない。
ということで、ランヴァルドは今日も早めに切り上げてしまうことにした。一応、『すぐ王城へ向かって報告しなければならないので』という名分があるので、角が立つことも無い。
……エリクやハンスをはじめとした、兵士連中には大変惜しまれたが。だが、そんな彼らに苦笑しつつ別れを告げて、ランヴァルドとネールは再び、玉座の裏からドラクスローガ城地下へと戻り、そこからまた、王城へと移動したのであった。
「……ということでした」
そうして王城で報告を終えたランヴァルドは、イサクとアンネリエに『ああ、こんなにボロボロになって……』と憐みの目を向けられている。
「おお……マグナス殿、本当に、本当にお疲れさまでした……。少々気になることもありますし、詳しく伺いたいこともありますが、それよりはまず、休養が必要でしょうな」
「ネールさんも働き通しで疲れたでしょう?今日はゆっくり休んでくださいね」
イサクとアンネリエの優しさが沁みる。ランヴァルドは礼を言って、そして、その途端、自分の体から力が抜けていくのを感じる。
「ありがと、う、ございま……」
「これは大変だ!すぐにお部屋へ!おおーい!誰かー!」
……そうして、イサクが廊下に向かって声を上げているのを聞き、ネールが大慌てでランヴァルドに飛びついてくるのを感じながら、ランヴァルドは目を閉じ、意識を手放した。
まあ、つまり……気絶した!
次にランヴァルドが目を覚ました時、ランヴァルドはきちんとベッドの中に入っていた。
咄嗟に思考が追い付かなかったが、自分の脇腹のあたりに丸くなるネールの、すよ、すよ、という寝息を聞きながらぼんやりと天井を見上げて、『ああ、俺は気絶したんだったか』とようやく思い出す。
ということは、王城の兵士か誰か、イサクが呼び寄せた者達の世話になったということだろう。ランヴァルドは自分の不甲斐なさにやれやれとため息を吐き、しかし、未だにぼんやりと頭痛の残る体調を見て『これも仕方なかったことか』と諦めもした。
……まあ、今回は多少、無理をした。立て続けに暴走する古代魔法装置を2基止めることになったし、古代人との邂逅もあったし、それに……まあ、無理をした。それはランヴァルドも分かっている。そして、この疲労を癒すものは、休養しかない。
ということで、すよすよと眠るネールのぬくさをぼんやりと感じながら横になっていると、自然と瞼が重くなってきて、また、ランヴァルドは意識を手放すことになる。
……こうして、ランヴァルドは二度寝することになった。
王城の客室の上等なカーテンを透かして、ぼんやりと光が部屋を照らす中……ぼんやりとした微睡みと隣にあるぬくもりが、確かに、ランヴァルドの精神を癒していくのだった。
ランヴァルドがその次に目を覚ますと、既に昼であった。
ネールはもうとっくに起きていたらしく、ランヴァルドのことをじっと見つめながら大人しくパンを齧っていた。どうやら、朝食か昼食かを運んでおいてくれた者が居たらしい。
ランヴァルドも、ありがたく食事を頂くことにした。……寝ていても、腹は減るのである。不思議なことに。
「おお!マグナス殿!もうお加減はよろしいのですかな?」
食事と身支度を終えて部屋を出れば、そこを丁度歩いていたイサクと出くわす。
「はい。おかげ様で。……寝過ごしました。申し訳ない」
「いやいや、とんでもない。もっとお休みになられてもよろしいのですよ」
イサクはそう言って笑うが、せかせかと歩いていたイサクの様子を見れば、のんびり休んでいる訳にもいかないな、と思う。
「何か、新しく分かったことがあったんですか?」
「ええ。新たにまた、賢者達が持ち帰った資料があるとのことで……」
どうやら、また何か見つかったようである。これはランヴァルドも忙しくなるだろう。
そうしてランヴァルドが会議室へ赴くと、そこには他の賢者数名と、叙勲の時にも見た重鎮数名が既に集まって、皆で資料を眺めていた。
「おお、イサク殿!お待ちしておりました」
イサクが到着するや否や、皆が立ち上がり、イサクを迎え入れる。ランヴァルドもそっと入室すると、『こちらへどうぞ!』と椅子を勧められ、卓に着くことになった。
「何か新たに分かったことがあったとか?……しかし、アンネリエ抜きで、というのは少々不思議ですね」
……が、イサクが少々不穏なことを言うものだから、会議室の空気が少々ひりつく。
どうやらこの会議、イサクは招かれたが、アンネリエは招かれなかったようである。
「ああ……その、誤解を生んだかもしれません。アンネリエさんを呼ばないように、と申し上げたのはですね……これが見つかったからなのです」
だが、気まずげながらも賢者達がそっと、古い皮紙を差し出してきた。イサクがそれを読むのを、ランヴァルドも横から覗き込む。
……それはやはり、古代遺跡から見つかったらしい資料であった。
『魔力を得た植物が強い性質を示すことが分かった。今後も積極的に魔力を誘引し、より良質な薬草を入手するべきである。』
最初の紙片には、そんなことが書いてあった。まあ、研究の報告書のようなものであるらしい。
どうやらこれは、相当に昔のものらしい。……魔力というものが、どのような影響を及ぼすのかがまだ分かっていなかった時代のものだ。
更に、資料は2枚目に続く。
『魔力を浴びると、人間も影響を受けることが分かった。より強力な魔法を使えるようになる。』
……ランヴァルドは、部屋に残してきたネールのことを思い出す。
ネールはまさに、これの例だ。ネールはジレネロストで魔力を浴びて、ああなったのだろうから。
「ああ……成程、あなた方が『アンネリエ抜きで』と仰った理由がわかりました。確かに、彼女はこれを見たら気にするでしょうね」
イサクがそっと資料を戻しながら、苦笑する。……ここまでの資料は、ジレネロストで研究されていた内容と概ね同じである。それが『新たに』発見された、というのは、アンネリエとしては思うところが大いにあるだろう。確かに、アンネリエ抜きで、と配慮した賢者達の気持ちも分かる。
「成程……古代では、ジレネロストのようなことを大規模に進めていた、ということでしょうかな」
「そのように思われます。……そして恐らく……古代人は皆、ネールさんのようになっていったのでしょう」
……同時に、ランヴァルドはネールをここに連れてこなかった自分に心底感謝した。
ネールも自分のことは分かっているだろうが……わざわざ本人にこんな話を聞かせたくはない。
「救国の英雄がゴロゴロいたような時代があった、ということですね?当然それ相応に、世界中の魔力が濃かった、というわけで……」
「古代は今より相当良質な魔石や薬草が産出し、同時に、凄まじく強い魔物が跋扈していたのでしょうなあ……」
アンネリエやネールのことはさておき、古代についてはこれでまた、少しばかり考察が進んだ。
古代文明を見ていてもある程度わかっていたことだったが……やはり、古代は世界全体の魔力が濃かった、と考えられる。
濃い魔力を浴びて育った人間は、皆ネールのように強かったのだろうし、それは当たり前に魔法を使うようにもなるだろう。
……そうして、古代文明は栄えた。当然のことである。
だが。
「続いてこちらもご覧ください。濾過装置について、議論があったようです」
続いて、別の賢者が出してくれた資料を覗き込む。こちらは日記……というよりは、業務日誌のようなものであった。
日付や業務内容が並ぶ中、『このページです』と賢者が示してくれた部分を読む。
『濾過装置を廃し、より効率よく魔力を誘引すべきだ、とする訴えを受理。同日、濾過装置を存続せよ、とする訴えも受理。濾過装置に関する訴えは、今月に入って20件目。』
『濾過装置を廃すべきだ、とする訴えを更に1件受理。また、研究班からは、濾過装置を外すことで低下する気温について、濾過装置を外した分多く得られるようになる魔力を気温上昇のために運用することで十分賄えるとの試算が出た。これを受け、来週の審議に入る。』
……どうも、古代人は揉めていたようである。
「うーむ……古代人が2つに分かれて何やら争っていた、というのは、魔法を使い続けるか、魔法を使うことを止めるか、という2派による争いだったのでは……?濾過装置の是非についても、争っていた、と……?」
「濾過装置を廃してでも魔力の誘引を急進したかった者達についてはまあ、分かります。彼らは魔法をより多く使うべきだと考えていたのでしょうし、魔力は多い方がいいでしょうから」
……ランヴァルドはイサクと共に首を傾げつつ、考える。濾過装置廃止派については、まあ、分かるのだ。主張が分かりやすいので。
だが……。
「濾過装置を存続させるべき、としていた派閥が、そのまま『魔法自体の廃止』に踏み切った理由は分かりませんね」
「ですなあ……」
……当時の古代人達は、何を考えていたのやら。
魔法というものに忌避感を覚えるようになった、ということなのか、やはり文明の発展に限界が来たのか。それとも……。
「それでですね……こちらも、ご覧ください」
続いて出てきたのは、また別の報告書である。こちらはもう少し新しいものに見える。少なくとも、そこに記された紋章は今も続くどこぞの貴族の家の紋章であったはずなので、それが残る程度には新しい時代のもの、ということになるだろう。
……そして、そこには、こう書いてあった。
『濾過装置の清掃員がまた自死した。これで3人目だ。他所の様子を聞いてみたが、それらでも同様に、作業員が自死する例が報告されており、中でも特に、濾過装置の清掃員は死亡率が高いようである。』
「……やっぱりあの濾過装置、何を濾過しているのか気になりますね」
ランヴァルドがそうぼやけば、イサクも頷いた。
「濾過装置をより調べれば、古代人達が何を恐れ、何を求めていたのかも分かるかもしれませんが……うーむ、危険であろうと分かるものですから、安易に調査を進められませんな」
イサクが表情を曇らせて考え始めるのを横目に、ランヴァルドも少しばかり、考える。
……ランヴァルドが何を考えているのかは、この場の誰にも、分からなかっただろうが。




