再会*4
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ネールは戦う。
魔法を使って、金色に光って……あの子と、戦う。
……これは、狩りじゃない。戦いだ。
ネールがナイフを繰り出した時、あの子は目を見開いて、少し驚いた顔をしていた。けれど、あの子は銀色に光って、ネールのナイフを避けもせず受け止めた。
銀色の光にぶつかって、ネールのナイフはそこから先に進まない。……あの子にまで、届かない。
ネールはひらりと宙で身を翻して、あの子と距離を取った。そこへあの子が放った魔法が飛んできて、さっきまでネールが居た場所を切り裂いていった。
……あの子の魔法は、銀色の魔法。研ぎ澄まされた刃のように鋭くて、氷の塊みたいに冷たい。
ああ、まるで、冬の夜の、冷たい月の光みたいな魔法だ。
ネールはそれをしかと見据えて……しかし怯まず、再び、ナイフを繰り出す。そしてさっきと同じように、銀色の魔法に阻まれるけれど……ネールは確かな手ごたえを感じていた。
そして同時に……銀色の魔法に守られながらも、あの子が、その表情にすこしだけ焦りを浮かべているのを見つけた。
……やっぱり、これで合っている。
ネールは嬉しく思いながら、自分を覆う黄金色の光をより一層、強めた。
明るく、暖かく、この遺跡全体を照らし上げるように。
……『ジレネユース』。ネールが貰った、新しい名前だ。
黄金の光、という意味の、この名前を貰った時の、王様の言葉をネールはよく覚えている。
王様は、ネールに言った。「温かな光であれ。その力は冷えた闇を照らし、人々にぬくもりを与えるためのものとせよ」と。
人々に、ぬくもりを与える。……それが、ネールのお仕事になったのだ、と、ネールはあの時、理解した。
ネールはこれまで、たくさんのぬくもりを、ランヴァルドから貰った。一緒に居てもらって、あちこちに連れて行ってもらって、一緒にご飯を食べてくれて、寝る時も一緒で……だから、ネールは寒くなくなった。
確かに、ぬくもりを与えてもらったのだ。ネールが失ったそれを、ランヴァルドが、くれた。
……だから今度はネールの番なのだ。
ネールが、ランヴァルドに……そしてランヴァルドだけじゃなくて、もっともっと多くの人達に、『ぬくもりを与える』のだ。
この力は、そのためにある。
この世界を凍り付かせてしまうためではなくて……冷えた闇を照らし、人々にぬくもりを与えるために、この力がある。
温かな光であれ。
ネールは強く、そう自らに言い聞かせて、ナイフを振り抜く。
ぱき、と、薄氷を割り砕くような音が響いて……ネールのナイフと黄金の光が、あの子の銀色の光を突き破った。
あの子が、瞬時に距離を取る。
その表情に、驚きと……恐怖と、それじゃない何かをごちゃまぜにしたものを浮かべて、そしてその目が、ネールをじっと見つめている。
あの子の目は、ネールの目よりも少し冷たい色をしている。ネールの瞳は、南部の海みたいだとランヴァルドが言ってくれたことがあるけれど……あの子の瞳は、凍り付いた湖のような、そんな具合にも見えるのだ。
ネールはその瞳をしかと見つめ返して……更に、迫る。
ネールが纏う黄金色の光はいよいよ強く、温かく、周囲を照らす。あの子も、照らす。ネールの力はそういうものだと分かったから、ネールは、躊躇わずに力を使えるのだ。
さあ、もう一息だ。
ネールは床を蹴り、壁を蹴って、天井を蹴って……あの子へと進んでいく。
そして、ネールのナイフが、上からあの子へと迫る。あの子は金色の光を纏うネールを見上げたまま、困惑したように、ネールへと手を伸ばした。
……これからナイフが降ってくるというのに。まるで焦がれるように。
ネールは不思議に思いつつも、ならば、と、勢いを殺さないままあの子へと落ちていく。あの子は、途中ではっとして何かに気づいたようになると、伸ばしかけた手を、きゅ、と握って……そして。
「……消えた、か?」
ランヴァルドが不思議そうにそう言いながら、ネールへと近付いてくる。
どうやら、古代魔法の装置は無事に止まったらしい。もう、魔力が動いていない。
そして……あの子の姿も、どこにも無い。
「戦ってる間、お前が優勢だったように見えたが……何か、あったのか?」
ランヴァルドが不思議そうにしているのを見て、ネールも首を傾げる。……ネールは、強くなった。魔力を飲んだし、それ以上に、この力をどうすればいいのか分かったから、強くなったのだ。
だから、あの子にも負けない。……だが。
それにしても、やっぱり、あの子の様子は変だった。ネールは首を傾げる。
以前なら、ネールはあの子に対して、苦戦を強いられることは間違いなかったのだ。それほどまでに、力の差があった。
……それでも、ネールは今、あの子を追い払ってしまったことになる、のだが……。
『あの子、よわくなった』
ネールは、そう思う。
「弱く?……魔力が足りなくなってる、ってことか?」
ランヴァルドの言葉に首を傾げつつ、なんとなく寂しいような気持ちになって、視線を床に落とす。
あの時……ネールへ手を伸ばしかけた、あの時。あの子は、どういう気持ちだったんだろう。どうしてあの子は、ネールに手を伸ばしたんだろう。
手をひっこめた時のあの子の目が、寂しそうだった。今にも消えてしまいそうな……脆く弱った様子にも、見えたのだ。
……そんなことを考えるネールの視線の先、床の上では、氷が溶けかかって、小さな水たまりになりつつあった。
溶けゆく氷は、脆い。ネールはそれを、知っている。
その後、ネールはもうちょっと頑張って、遺跡の周りの魔物をやっつけて回った。
遺跡の魔力を止めたすぐ後には、大きな魔物が生まれやすいようである。今回もドラゴンが出てきていたので、ネールはそれを仕留めておいた。
尚、ランヴァルドはちょっと頑張りすぎたので、休憩中である。……暴走する古代魔法の装置を止めたのだから、いくら魔石があっても大変だっただろう。ネールはランヴァルドのことが心配だ。彼はどうにも、無理をしがちなので……。
……だが、今回はランヴァルドの切り傷が少な目なので、よかった。ランヴァルドはいつも、古代遺跡を止める時、吹き荒ぶ雪風に混ざる氷の刃であちこち切り傷を拵えてしまうのだ。だが今回は、それが少な目である。ネールはよかったよかった、と思い出しにっこりした。
……と、そんな具合のネールであったが、魔物をしっかり全部狩り尽くして、早速、ランヴァルドのところへ戻る。
ランヴァルドは『俺は少し休む。お前は外の魔物を頼む』と言っていたので、今は遺跡の中で休憩中のはずだ。……休憩、ちゃんとしているといいのだけれど。
いや、あのランヴァルドのことなので油断ならない。もしちゃんと休憩していなかったら、ネールはランヴァルドにきちんと抗議の意を伝えるつもりである。
……そう意気込んで、ネールはランヴァルドの元へと向かってみたところ、ランヴァルドは遺跡の奥で火を焚いて、少しぼんやりしていた。
「ああ、ネール……お帰り。魔物は片付いたか」
ネールはこくこくと頷いて、ランヴァルドの隣に座った。……ランヴァルドの体は、随分と冷えている。火の傍に居たというのにこれだとは。
顔色も悪い。今回も、ランヴァルドはいっぱい無理をしたのだ。ネールはそんなランヴァルドを少しでも温めるべく、きゅ、とランヴァルドにくっついた。
「……お前はぬくいな」
ランヴァルドは余程寒かったのか、ネールをそのまま抱き寄せて、きゅ、と腕の中に入れてくれた。ネールは嬉しかったので、ちょっと光った。
そうしてぽやぽやとくっついていたら、少しずつランヴァルドは温まってくる。よかった!
「はあ……うん、よし。飯にするか。外でちょっと野草でも採ってきて、干し肉と押し麦とで粥にしよう」
ランヴァルドの提案に頷いて、ネールはにこにこと食事の準備に取り掛かる。野草は、ランヴァルドが教えてくれたからどれが美味しく食べられる奴か、知っている。……かつてのネールは、手あたり次第に草を食べていたが、美味しい奴をちゃんと選べば、ちゃんと美味しいのだ。ネールは賢くなったのである!
そうしてご飯ができた。
色々な具材を煮込んだだけのものだが、ネールはこれが案外好きだ。ランヴァルドも好きだったらいいな、と思う。
「さて、例の古代人だが……逃げられたな」
ご飯を食べながら、ランヴァルドが小さくため息を吐く。なのでネールは、ちょっとしょんぼりする。
……本当なら、あそこで彼女が消えてしまう前に仕留めなければならなかったのだ。ネールも、それは分かっている。
「……ああ、いや、お前を責めてるわけじゃないんだぞ、ネール。あの古代人は、逃げようと思えばいくらでも逃げられるんだろうしな、そいつを逃がさずに仕留めるってのは、まあ、相手が仕留められてくれない限りは無理な話だ」
ランヴァルドが慌ててそう言ってくれるので、ネールはこくりと頷いた。……それでも、最後、ネールが躊躇わずに加速していれば、もしかしたら間に合ったかもしれない、とは、思う。そうだ。ネールは、躊躇った。あの、寂しそうな目をしていたあの子を殺すことを。
「……それに、単にあの古代人を殺せば話が終わるのか、ってのも、怪しいしな」
ランヴァルドは更にそう言って、ため息を吐く。ネールはそれに首を傾げた。あの子を殺せば、それで話は終わるんじゃないんだろうか?と。
「あー……いや、どうもな、そんな気がして……うーん、何と言ったらいいのか、分からないが……」
ネールがランヴァルドを見ていると、ランヴァルドは少しもやもやしたものを抱えているような顔で、眉間に皺を寄せた。喋るのが得意なランヴァルドにしては珍しく、言葉が見つからないみたいだ。
「古代人はさておき、どうも、『ここじゃない世界』がありそうだ、って話が、あっただろ?そっちの情報を手に入れないまま古代人だけ始末しちまうのは、危険な気がしてな……うん」
そうして、そう言ったランヴァルドの主張は、まあ、分かる。何でもすぐに片づけるのが最適とは限らない。ネールはそれも、ランヴァルドと一緒に居る間に学んだ。
「……そうだな。こっちも、ブラブローマの時と比べて相当に情報を手に入れた。分かったことも多い。……あの古代人と、もう一度話す機会がありゃあいいんだが」
……そして、ランヴァルドの言葉に、ネールもまた、強く頷く。
そうだ。ネールも、そう思う。
あの子は……あの子は、ネールが大切にしたいこの世界を、滅ぼそうとしている訳だから……相容れない存在、というやつなのだろう。
けれども、あの子がネールに手を伸ばしかけた、あの理由を知りたいし、彼女の目の奥にあった寂しさの正体も、知りたい。
ランヴァルドもきっと、同じなのだろう。ネールと同じことを考えている。それでいて、だからこそ迷っている。
「ま、とりあえず食い終わったら装置を解体して、さっさと戻るか。……エリクとハンスは生きた心地がしてないだろうしな。無事なところを見せてやらなきゃ」
……ネールはこくんと頷いて、お椀の中の麦粥を食べながら、『一緒に居るのがランヴァルドでよかった』と思った。
『あの子をすぐに殺してしまえ』と言う人じゃなくて、『あの子ともう一度話してみたい』と言ってくれるランヴァルドで、よかった!
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