再会*3
ランヴァルドはネールに頼み、ドラクスローガ城地下の遺跡から王城地下の遺跡へと移動してもらった。そして、そこで『イサクさんかアンネリエさん、或いは誰か他の賢者、国王陛下に直接でもいい。取り次いでくれ』と申し出る。
ランヴァルドの様子から緊急であると理解してくれた兵士は、すぐにイサクとアンネリエを連れて戻ってきてくれた。
ランヴァルドはありがたく、2人にドラクスローガに未確認の古代遺跡があるらしい旨を伝えた。途端、2人とも『大変だ』と事態を理解して動き出してくれたのでありがたい。
……つい昨日まで、ドラクスローガで起きていた魔物の大量発生。アレは当然、古代遺跡の暴走が原因のものだったわけだが……もう1つ、領内に遺跡があるのならば……そしてそれを、例の古代人が知っているのならば、次はそこが狙われるだろう。
そう。どの賢者達も知らず、対策されていないそこが、格好の標的になるのだ。
報告を終えたランヴァルドは、『じゃあ、その遺跡を知るドラクスローガの兵士に案内を頼んで俺とネールが見てきますので』ということで話を取り付け、さっさとドラクスローガへ戻る。
……ネールのおかげで、古代遺跡から古代遺跡へ瞬時に移動できる。実にありがたいことだ。おかげで、王城にランヴァルドとネールの動き方を報告してから動き出せる。
「よし、ネール……悪いが、明日の朝一番に出るぞ。エリクとハンスにも悪いが、あいつらに案内を頼むことになりそうだな。やれやれ……」
ネールが力強くこくんと頷く一方、ランヴァルドは哀れなエリクとハンスに思いを馳せる。
『ああ、死にかけながら魔物討伐して、やっと宴にありつけたっていうのに、すぐ引き剥がされて古代遺跡への案内をさせられることになるとは、不憫な……』と。
まあ、不憫な目に遭わせるのはランヴァルドなのだが。
ということで、案の定、ハンスからは文句を言われた。だが、エリクが『命を2度も救われたんだ。そのくらい、なんてことないさ!』と笑顔で応えてくれたため、ハンスも渋々、宴を早々に切り上げて、早朝の出発に備えてくれることになった。
ランヴァルドもネールと一緒に早めに就寝して……そして、翌朝。
「あっちの山の方だな。向かいに見えただけだから、大雑把な位置しか分からないんだが……」
「大丈夫だ。ある程度まで近づければ、後はネールが見つけられる。……な、ネール」
エリクとハンスは案内に自信が無い様子であったが、まあ、こちらにはネールが居る。よって、エリクとハンスの役目は、主に山道の案内だ。
「あっちの山まで行くんなら、ここ突っ切ってった方が速いな。険しい道にはなるが……あんたも北部の男なら、いけるだろ?」
「……まあ、なんとかなるだろ」
元々狩人をやっていた北部の男2人と、竜殺しの英雄1人。そんな彼らに山道で付いていけるか若干心配になったランヴァルドであったが、ここで渋っている暇は無い。
今、こうしている間にも、古代人が古代遺跡に向かっているかもしれないのだから。
「ところで、どうして古代遺跡に?なんか偉い人達が調べてるってのは、噂で聞いたけどよ」
「ま、その噂通りだと思ってくれればいいさ。俺も国王陛下から直々に、その任務を仰せつかった内の1人なんでね」
「……マグナスの旦那、あんた、偉い人だったのか……?」
山道を歩く傍ら、エリクとハンスに素朴な驚きを提供しつつ、ランヴァルドは辺りの様子を見る。
……魔力の様子は、そうおかしくない。少なくとも、今、既に古代遺跡が暴走している、ということは無いだろう。
だが、ネールが少しばかりぴりぴりした様子なのが、気にかかる。
「ネール。何か見つけたか?」
尋ねてみると、ネールは、はっとしてランヴァルドを見て、少し困った様子でもじもじした。
「何でも言ってくれ。少しでも手掛かりが欲しい」
促せば、ネールは少し躊躇いながら、辺りに視線を泳がせ……首を傾げつつ、地面に木の枝で文字を書く。
『あのこがいる』
……どうやら、例の古代人がやはり居るらしい。
ネールが古代人の気配を感じ取っているというのならば、まあ、まず間違いなく彼女がこのあたりに居るのだろう。
ランヴァルドは大いに警戒したし、それ以上にネールが警戒している。エリクとハンスは何も事情を知らないので、特に何とも思っていないだろうが……この2人は早々に逃がした方がいいだろうか、とランヴァルドは少しばかり、悩んだ。
だが結局、山道の案内を優先してもらうことにして、さっさと古代遺跡へ辿り着くことを目標とする。エリクとハンスには悪いが、もし古代人と遭遇してしまったら、その時に逃げてもらうことになるだろう。無論、そのための時間は、ネールが稼ぐ。……ランヴァルドも、まあ、舌先三寸でできるところまでは足掻くが。
……ネールはどこか決意を感じさせる表情で前を向いていた。
ネールはネールで、古代人に対しては思うところがあるのだろう。……ランヴァルドとしては、ネールが選びたいように選ばせてやりたいようにも思うが、彼女の選択次第では、この世界が滅びかねない。
随分と重いもんを背負っちまったなあ、とランヴァルドは独り思いながら、ただ、前を向いて歩き続ける。
……少しずつ、魔力が濃くなってくる。
そうして歩き続けて、太陽が高く上った頃。
「あっ、見えてきたな!」
「マグナスの旦那!アレだ!アレ!ほら、あっちの斜面に見えるだろ!」
明るい表情のノルドストレーム兄弟に呼ばれて前を見れば……向かいの山の斜面に、確かに、古代遺跡と思しきものが見える。
山の斜面に建てられたそれは、地中に埋まり切るわけでもなく、ただ、そこに在った。構造を見る限り、地下にも構造物がありそうではあるが、ひとまず、斜面にあるが故にこのように見つけやすい姿をしていたことはありがたい。
「こっちのほうは山も険しいからなあ。あんまり来る奴も居ないもんで、アレのことを知ってる奴もそう多くはないんだ」
「運が良かったな、マグナスの旦那!俺と兄貴が居なかったら、あの遺跡は見つからなかったかもしれねえぞ!」
エリクとハンスがそれぞれ話すのを聞いて、ランヴァルドは『確かにその通りだ。ありがとう』と礼を言う。
……本当に、たまたまこの2人がこの古代遺跡のことを知っていたからよかったものの、もしそうでなかったなら……ファルクエークの時より酷いことになっていただろう。
ここは山だが、魔物にとっては険しい斜面も切り立った崖も、あまり関係が無い。特に、ドラゴンのように空を飛ぶものにとっては、尚更だ。それらが湧き出し続けていたら、間違いなく、ロドホルンがやられていただろう。
……そして、そうなる可能性は、今も残っている。
遺跡が見えたところから実際の遺跡までは、少々距離があった。やはり、傾斜の厳しい山を上り下りするのは中々辛い。
だが、それでもなんとかランヴァルド達は、遺跡にまで到着することができたのである。
「おおー!これが古代遺跡って奴か!」
「でかいなあ……古代人はどうやってこんなもんを作り上げたんだろうなあ」
ハンスもエリクも観光気分で聳える遺跡を見上げ、感嘆の声を上げている。一方でランヴァルドとネールは、遺跡の奥へと意識を向けており……。
「……ネール。これは、居るよな?」
ランヴァルドが緊張を静かに漲らせながら尋ねれば、ネールもまた、ランヴァルドと同じような表情で頷いた。
恐らく、この奥に例の古代人が居る。そして……。
「んっ!?な、なんだ!?」
ごうん、と、何かが動き出すような音がした。だが、その音以上に……衝撃めいて広がっていく魔力が、ランヴァルドに危機感を抱かせる。
……ぞわり、と背筋が震えるほどの寒気が走る。
足元から凍り付いていくかのような冷気が広がっていく。
間違いない。古代遺跡が、動き出した。
「逃げろ!あんた達が逃げる時間は、こっちで稼ぐ!ネール!あの2人を間違いなく逃がすぞ!」
ランヴァルドは、エリクとハンスを逃がすことを優先した。
遺跡の周辺にぶわりと湧き出た魔物達を、ネールが片っ端から片付けていく。それでもまだ、これからどんどん湧き続けるのだろうが……今はとにかく、エリクとハンスを無事に逃がしてやらねばならない。
「お、俺達も戦う!」
「いいからあんた達は行け!」
勇敢にも、エリクは弓を、ハンスは斧をそれぞれ構え始めたが、ランヴァルドはそれを怒鳴り飛ばす。彼らが勇敢なのは結構なことだが……どのみち、ただの人間2人でどうこうできる状況ではないのだ。
「頼む!この状況を領主様に伝える奴が居ないんだ!」
……結局、ランヴァルドがそう、彼らに任務を与えてやってようやく、エリクとハンスは走り出す。
彼ら2人へ追い縋ろうとする魔物は、ネールが片っ端から蹴散らした。ランヴァルドも剣を抜いて、まあ、魔物達の注意を自分に向けさせる程度の働きは、した。
そうして、エリクとハンスが魔物の輪から抜け、走り去っていくのをしっかりと見送って……。
「よし!ネール、行くぞ!」
……魔物の処理もそこそこに、ランヴァルドはネールと共に、遺跡の奥へと突入していく。
急いで、魔力が噴き出るのを止めなければならない。さもなくば……エリクとハンスは逃げ切ることもできずに、命を落とすことになるだろう。
ランヴァルドとネールは遺跡の中を走った。
走って、走って……通路の最奥までは、そうは掛からなかった。
「よし、ネール……ああ、覚悟はできてるみたいだな。よし」
ネールが既に黄金色の光を纏っているのを見て、ランヴァルドは申し訳なく思いながら微笑む。
「……ネール。すまないが、時間を稼いでくれ。その間に俺はなんとか、古代魔法装置を止める」
この奥に古代人が居ることを考えれば、ネールにその役を任せるのはあまりにも酷なように思えた。だが、そうするしか、ランヴァルドも、エリクとハンスも、生き残る道が無い。
……だから、と、ランヴァルドはネールにそう、頼んだのだが……。
「……ネール?」
ネールは静かに、首を横に振った。
ランヴァルドは一瞬、凍り付くような絶望に囚われたが……それにしては、ネールの表情が決意に満ち溢れ、明るい。
そしてネールは、床の埃の上に指で文字を書いて見せるのだ。
『じかんかせぎ じゃなくて やっつける』
……勇ましい文字列を見て、ランヴァルドはぽかんとする。
『すぐ やっつける』
ネールの顔を見てみれば、ネールはなんとも勇ましく笑っていた。
そうしてネールが古代遺跡の最奥の扉を開く。
途端、ぶわり、と冷気が吹き荒れ、魔力に晒され、ランヴァルドは一瞬、息ができなくなる。
だが、そうも言っていられない。部屋の奥、吹雪が渦巻くその中に……ネールによく似た、古代人の姿があったから。
「……よし」
古代人は、ネールを見て少しばかり慄いた様子であった。一方のネールは、黄金色の温かな光を纏って……非常に、やる気だ!
「ネール!頼んだ!」
ランヴァルドがそう言うや否や、ネールは流星の如く飛び出していき、そして、古代人へと襲い掛かっていくのであった。




