再会*1
ドラクスローガの移動先としては、ドラクスローガ城の地下の、例のドラゴンが封印されていたあの場所を使う。
あれは古代遺跡なのか?とネールに聞いてみたところ、『よく分からないが多分そう』というような反応であったので多少の心配はあったのだが……ネールは無事、例の地下室へと移動を果たした。
「……俺達が荒らした時のままだな」
そしてその場所は、当然のように荒れ果てている。ネールがドラゴンを大量に仕留め、その後、王城の者達がドラゴンを解体し、運び出し……とやっていた場所だ。ドラゴン解体時に出たであろう血や臓物の類も片付けてあるのが救いだが、まあ、当然、荒れている。
割れ砕けた石柱の破片が転がっていたり、天井が半分壊れて空が覗いていたりするのを見回して、ランヴァルドは、『つくづく、ネールはすごい奴だ』と改めて思う。
そんな思いを込めてネールを見てみれば、ネールは何やら、『どんなもんだい』とばかり、誇らしげに胸を張るのだった。
地下室を出ると、当然、ドラクスローガ城の玉座の後ろから出てくる羽目になる。
だが、緊急事態だ。四の五の言っていられないので、そっ、と出る。
「兵の状況は?前線からの報せはまだか?王城への連絡もまだ来ていないようだが、王は……」
……そして、見事、そこで丁度会議中であったらしい、現ドラクスローガ領主……トールビョルン老の後ろに出てくる羽目になった。
「……何奴!?」
「お邪魔しております、トールビョルン様。あー、その……」
当然、注目を集めた。そして不審がられた。トールビョルン老とは面識があろうが、それにしてもあまりにも不審すぎる登場である。それはランヴァルドにも自覚がある。
なので、どう言い訳したものか、とランヴァルドは思索を巡らせ始めたが……その必要は無かった。
ぴょこん、とランヴァルドの前に飛び出したネールが、玉座のトールビョルン老や、その前に居た側近達、彼らに向けて、堂々と胸を張る。その胸に燦然と輝く勲章は、3つ。銀剣勲章に金剣勲章、そして、この世でただ1つ、ネールの為だけに作られた竜麟勲章だ。
……それら勲章の煌めきと、堂々たるネールの態度。ついでに、ネール自身の可愛らしさ。それらが、あまりにも不審なランヴァルドとネールの登場を中和してくれる。
「……英雄ネレイアが、この地を救いに参りました!」
ということで、ランヴァルドもネールの威光に乗っかって、勢いで不審さを誤魔化すことにした。
……策も何も無いが、案外、こうした術も有効なのである。特に、理屈より感情と勢いと力強さが重視される、この北部の土地では……。
……ということで。
「おお、おお……この地を救い給うた『竜殺しの英雄』が来てくださるとは!」
「これでドラクスローガも救われる!」
「再び彼女の伝説を目の当たりにすることになろうとはな!」
玉座の間は、大いに盛り上がった。
既にドラクスローガで名を挙げているネールのことなので、人々は非常に好意的である。この調子なら、不審な登場はすっかり忘れ去られていることだろう。いっそ、『神秘的な登場』とでも記憶を書き換えておいてもらえれば最高だが。
「状況を。それから、馬を一頭、お借りしたい。英雄ネレイアを魔物の発生源まで連れて行きますので」
「成程。そういうことなら城の馬を好きに使うがよいぞ。他に必要なものがあるなら、何なりと。場所は、ドラクスローガ北部だ。山の麓の街道に沿って北上していけば、一日かからずに到着するだろう」
トールビョルン老の言葉に頷き、ランヴァルドは早速、馬を借りて出発することにする。
彼らは城を出るランヴァルドとネールを見送ってくれたので、城の前の広場に居た民衆は『何だ?』『何かいいことがあったのか?』と不思議そうにこちらを見ている。
そんな彼らに見送られつつ、ランヴァルドとネールは馬に乗り、北部へ向かって走り出すのであった。
馬は速かった。元々が良い馬なのだろうし、その上、ネールが何やら魔法を使っている様子であった。
「何だ、また新しいのを覚えたのか?」
ランヴァルドが聞いてみると、ネールはこくんと頷いた。
馬はネールが如き黄金の光を薄っすらと纏って、疲れも知らない様子で走り続けている。……ネールがよく使う身体強化の魔法の類を、馬に上手く使っているのだろう。尤も、ネール自身がそうであるようには強化されていない様子であるが……それでも十分だ。
「この調子なら、日が暮れるまでには到着できそうだな。いいぞ。到着は早けりゃ早い程いい」
ランヴァルドは多少の緊張感をネールに気取られないように気を付けて話す。
……ドラクスローガから王城への連絡に、鳥文を使っても1日は掛かっているだろう。そして、その報せを早馬でジレネロストまで運ぶのに1日。ランヴァルドとネールが到着するまでに、半日と少し。
その間、増え続ける魔物相手にドラクスローガの兵士達は、持ち堪えられているだろうか。
ドラクスローガには顔を知る者も多く居るので、どうか無事であれ、と祈らずにはいられない。
そうして疲れ知らずの馬に乗って数刻。
「……よし、近いぞ!ネール!」
聞こえてきた喧噪に、ランヴァルドは緊張を高める。そしてネールはこくりと頷いて前方を見据えた。
……前方には、戦っている人々。そして、魔物の姿がある。
そう。まだ、兵士達は持ち堪えていた!
「行け!ネール!やっちまえ!」
希望を胸にランヴァルドが叫べば、ネールは馬の背を蹴って宙へ跳び、そして、空を飛ぶようにして、魔物達へと襲い掛かっていくのだった。
後に、ドラクスローガの人々は『夜空を切り裂いてやってくる、流星のようだった』とネールを評した。
……その通り、ネールの戦いぶりは正に星のようだった。
黄金の光を纏って宙を舞い、次々に魔物を屠っていき……そうして、多くの人々を救った。
ネールの姿は、正に、『英雄』であった。
胸に輝く勲章に相応しい、英雄の姿。それを存分に人々に見せつけ、そして、少女1人が屠ったとは到底信じがたいほどの魔物の躯の山を築き上げ……。
「よーし、お疲れ、ネール。お手柄だったな」
ランヴァルドが戦い終わったネールに声を掛ければ、ネールは、ぱっ、と表情を明るくして、魔物の躯の山からぴょこんと下りてきた。
そうしてやってきたネールをまた褒めてやり、その頭を撫でてやる。ネールはご機嫌だ。到底、この数の魔物を片付けたとは思えない。
「さて、この後はすぐに遺跡に乗り込みたいところだが……その前に、すぐに治療が必要そうな人の治療だけしていきたいな。少し待たせることになるが……」
ランヴァルドが声を掛ければ、ネールはこくんと頷いた。そして、ランヴァルドの後ろについて、てくてくとやってくる。どうやら、ランヴァルドの護衛をしてくれるらしい。
ランヴァルドはこの護衛を頼もしく、微笑ましく思いつつ、『怪我人は居るか?居たら治療する!言ってくれ!』と声を掛けて回って、魔物との戦いに傷ついた者達を治療して回った。
おかげで、まあ、なんとか間に合った、と言えるだろう。少なくとも、死者は出さずに済んだ。
……これは間違いなく、ネールの活躍と、それ以前の国王の通達によるところだろう。
国王は、この状況を見越していた。ネールが『間に合わない』ことが無いよう、軍備を整えるよう、各領地へと通達を出していたのである。
ついでに、昨今の魔物の大量発生があちこちで起きているこの状況を、まともな領主であれば既に耳にしている。当然、警戒もしていたわけで……トールビョルン老も、ドラクスローガの兵を、きちんと運用してくれていたのである。
だからこそ、魔物の発見が早く、王城への連絡が早く、それ故に、ネールが来るのも早かった。そして……それ故に、間に合った、というわけだ。
ランヴァルドは、王城から支給されていた魔石を片っ端から使い果たしつつ、多くの人々を癒した。おかげで、ファルクエークでそうだったように、頭痛と吐き気で酷いことになる。魔力の使い過ぎだ。
ネールが心配そうにランヴァルドの周りをくるくる回っていたが、ここで何もせずに後悔するよりは、魔力の使い過ぎで体を壊す方がマシである。ランヴァルドは途切れそうになる意識に鞭打って、なんとか治癒の魔法を使い続け……。
そして、その甲斐は十分にあった、と言えるだろう。
「……あー。間に合ってよかったぜ。ったく」
「あれ……俺、何して……えっ?マグナスの旦那……?」
ランヴァルドが深々と安堵のため息を吐く前で、重傷を負っていた兵士の1人……どうやら、兵士として生計を立てることになったらしい、エリク・ノルドストレームが首を傾げていた。
そうして、ランヴァルドは一通り、怪我人を治してやることができた。
……知った顔も、いくらかあった。特に、エリクはそれなりに話して、一緒に色々とやった仲であったので、助けられて本当によかったと深く思う。
「いやあ……また世話になっちまって。二度目だな、あんたに命を救われるのは」
「妙な縁もあったもんだな。え?」
苦笑しつつも尊敬の念の籠った視線を向けてくるエリクを小突いてやりつつ、ランヴァルドもまた、苦笑する。前回はドラゴンから彼を救ったわけだが、まさか2度目があるとは。
「こういうのはこれきりにしてくれよ」
「俺もそうしたいよ。ははは……」
まあ、エリクも狩人から兵士になっているということは、色々とあったのだろう。
ドラクスローガの情勢を大きく変えてしまったのは前領主だが、その最後の一押しのところを勢いよく蹴り落としてしまったのはランヴァルドだ。多少、申し訳なく思う気持ちが無いでもない。
「なあ、マグナスの旦那。色々と積もる話もあることだし、折角だ。この後、一緒に酒でもどうだい?」
「ああ、そうしたいのは山々なんだが……まだ仕事が残っててな」
エリクはなんとも人好きのする笑みを浮かべて浮かれているのだが、ランヴァルドはまだ、浮かれるわけにはいかないのである。遺跡をひとまず止めてしまわないことには、魔物が湧き出し続けるのだから。
「そういう訳で、先に戻って一杯やっててくれ。ああ、怪我人も多いぞ。あんたもそうだが、俺の魔法じゃ、完全に治し切れないからな。なんとか助け合って町まで戻ってもらうことになる」
「あ、ああ。分かった。こっちのことは任せて……その、大変だな、あんたも……」
エリクは気づかわし気にランヴァルドを見ていたが、ランヴァルドは疲れ切った精神に鞭打って、早速、遺跡へと向かう。
……今晩はエリクの酒に付き合うより先に、遺跡でぶっ倒れて眠ることになるかもしれない。




