忙しい日々*3
その日の内に、ランヴァルドとネールはジレネロストを発った。
ジレネロストに滞在中の冒険者達を雇って、『この毛皮を鞣しておいてくれ』と、一昨日の魔物討伐の戦果をどさどさと渡してきたので、帰ってきた頃にはある程度、それらの処理が終わっているはずである。
そうしてランヴァルドとネールはネールの魔法でステンティールの古代遺跡に移動して、ステンティール城を目指す。
遺跡からステンティール城までは、そう遠くない。何せ、ステンティール城の地下から直結しているような遺跡なのだから。
……ということで、半刻程度でステンティール城へ到着したランヴァルドとネールは、そこで早速、領主アレクシスに歓迎される。
「いやはや、お二人とも叙勲されたそうだね!噂はここにも届いているよ!」
にこにこと、自分のことのように喜んでくれる領主アレクシスに、ネールが胸を張ってにこにこ笑う。ネールの胸に燦然と輝く銀剣勲章と金剣勲章、そして此度の竜麟勲章とを見て、領主アレクシスは『ほほう、見事なものだ!』とまたにこにこした。
「マグナス殿については、どこからお祝いの言葉を言ったらよいものか……星光勲章の叙勲、ジレネロスト領主への就任、それから賢者としての役割……今やすっかり、この国でも指折りの重要人物になってしまった!」
「買い被りすぎですよ。しかし、お言葉はありがたく受け取っておきます」
ランヴァルドが笑顔で答えれば、領主アレクシスは嬉しそうにうんうんと頷き、そして、『ささ、こちらへ!エヴェリーナがそろそろ、ダンスの練習を終えることだから!』と案内してくれた。領主自らに案内してもらうとは、なんとも贅沢なことである。
そうしてネールとランヴァルドにとって思い出深い部屋の前で、領主アレクシスはこんここん、と軽やかにノックをし、そして、『ああ、アレクシス様ですね』とウルリカが顔を出し……そして、ランヴァルドとネールを見て、目を瞬かせた。
「ネールさん。それに、マグナスさんも」
「どうも。お邪魔しています」
ウルリカが『まあ』と驚く後ろ、部屋の中から、『ネール!?ネールが来たの!?』とエヴェリーナの嬉しそうな声が聞こえ、そして、ぱたぱたと足音がしたかと思えば、ウルリカとドアの隙間からエヴェリーナも顔を出した。
「ネール!会いたかったわ!」
そして、ウルリカとドアの隙間で、2人の少女がきゅうきゅうくっつき合うことになってしまう。ウルリカは『あら』と少々驚きつつも、そっ、とドアを開け、一歩下がり、少女2人の再会のために場所を空けてやっていた。
……ネールがこうして歓迎される様子を見ると、ランヴァルドとしては安堵とも喜びとも付かない気持ちになる。『まあ、ネールにとって悪いことじゃない』と思っている横では、領主アレクシスが『いやはや、娘が幸せそうにしているのを見るとどうにも嬉しいものだ』とにこにこしていた。
ネールとエヴェリーナが一頻りきゅうきゅうやった後で、茶が淹れられ、茶菓子が供されることとなった。そうしてエヴェリーナと領主アレクシスと共に卓に着き、ウルリカが淹れてくれた茶を飲むことになる。
「して、何故ステンティールに?古代遺跡の関係かね?」
「ああ、違うんです。南の方に馴染みの情報屋が居まして。少し時間に余裕がありそうなので、この機会に訪ねてこようかと」
領主アレクシスが『またうちの古代遺跡が大変なことになったらどうしよう』とばかり心配そうな顔をしていたので事情を説明すると、明らかにほっとした様子で『そうかね。それならばよかった』とにっこり笑った。
「情報を、ということは、古代遺跡に関するものですか?或いは、古代人?」
「どっちもですね。……まあ、情報屋っていうのは、買いたい情報を買えるものじゃない。偶々そういう情報を売りに来た奴が居れば、その情報を手にすることができる、ってだけですから……どちらがより仕入れられている可能性が高いか、といえば、まあ、遺跡の方だとは思います」
ウルリカの質問に答えつつ、ランヴァルドは『まあ、古代遺跡については今、色々な奴らが探ってるからな』と苦笑する。
……国王から直々に『賢者が各地遺構の調査を行う。協力せよ』とお触れが出たのだ。当然、耳敏い冒険者達は、こぞって『なら、高く売れそうなものを仕入れよう』とばかり、古代遺跡をはじめとしたあれこれへ詰めかけているのである。まあ、予想できたことではあるが。
「ただ……知りたいのは、古代人の動向ですね」
「そうでしょうね。彼女がどうしているのかは、非常に気になるところです」
この場でランヴァルドとネールとウルリカは、古代人の姿を直接見ている。それだけに、ウルリカは緊張を滲ませた表情で小さく頷いていた。
「古代人……どんな人なのかしら」
「ネールさんやお嬢様に似ていましたよ」
「えっ!?私とネールに!?じゃあそっくりさんが3人居るっていうことなの!?」
……一方のエヴェリーナは、また別の緊張および期待を表情に滲ませている。ネールはそれに『そっくり』とばかり、深々と頷いている。
「いいわね……3人集まってみたいわ」
「お嬢様。それは危険かと」
「ええ。お話は聞いているからなんとなく分かるわ。でも……見てみたいわね、そんなにそっくりなら……」
エヴェリーナがうっとりとため息を吐くのを見て、ネールはまた、深々と頷いた。ついでに領主アレクシスまで深々と頷いている。
……そんな少女2人と領主様とを見て、ランヴァルドとウルリカは顔を見合わせ、何とも言えない顔で暫し見つめ合った。
もし、3人揃ったら……確かに、壮観かもしれない……。
緊張感が途切れてしまったため、そのままなし崩しに、茶会はほのぼのと進行してしまった。
『まあ、ネールの息抜きにはなったか』とランヴァルドは諦めつつ、茶会はそこそこで切り上げさせてもらって、さっさとステンティールの南側へと移動を開始する。
やはり一度ヨアキムにあたってみて、情報が在るか無いかだけでも確かめておきたい。
そうして翌日には、ヨアキムの情報屋へ到着した。表の店の店主に合言葉を言って通してもらって、早速、ヨアキムの部屋へと向かうと、いつも通り、そこは煙草の煙にうっすらと煙っていた。
「よお。生きてるか」
「なんだ、マグナスか。……いや、氷を砕く者と言うべきか?」
「じゃあ『領主ランヴァルド』で頼む。……冗談だよ」
ランヴァルドはけらけらと笑って、ヨアキムの前の椅子に勝手に腰掛ける。すると、ネールがやってきて、座ったランヴァルドの膝の上に勝手に腰掛けた。
……途端に締まらない絵面になってしまったが、わざわざネールを退かす訳にもいかず、ランヴァルドはそのまま開き直って堂々としていることにした。
「……マグナス、お前、随分と変わったじゃないか」
「……まあ、そうかもしれない」
何とも言えない顔のヨアキムに何とも言えない顔で返している間で、ネールは『どうです、すごいでしょう』とでも言いたげなにこにこ顔で頷くのであった。
ネールはさておき、情報だ。ランヴァルドは一つ咳ばらいをしてから、早速本題に入る。
「で、情報を買いたい。また、古代遺跡についてだ」
「古代遺跡、ね。賢者様は忙しい、ってか」
「まあそういう訳だ。……生憎、王城の外の賢者達はこういう薄暗い場所に慣れ親しんでおられないんでね。あんたに聞くなら俺が適任って訳だ」
「だろうな。全く、大した賢者様じゃねえか」
ヨアキムが少々面白そうな顔をするのを眺めつつ、ランヴァルドは内心で少々緊張しつつ、続きを待つ。
どうか、情報よここに在れ、と祈るような気持ちで。
……すると。
「ま、あるぜ」
ヨアキムは口の端をにやりと歪めて、そう言うのであった。
「ただし」
……が、ヨアキムは相変わらず、ヨアキムである。
「お代は当然、頂く。金持ってるんだろ?幾ら払える?」
ランヴァルドは表情を引き攣らせつつ、『くたばりかけのジジイのくせに、がめついこと言いやがって!』と内心でヨアキムを罵るのであった。内心だけ。表に出ないように。何せ、下手に表に出たらヨアキムに目敏く見つけられて、値を吊り上げられかねないので。
「……分かったよ。ほら」
ということで、仕方ない。ランヴァルドは背嚢に手を突っ込むと、小さな袋を取り出してヨアキムの目の前にどさりと置いた。
小さいながら、驚くほどに重い袋の音を聞いて、ヨアキムは少々、驚いた顔をする。
ヨアキムにももう、分かっていることだろう。この袋の中身は……ぎっしりと詰まった、金貨だ。
「……『守銭奴マグナス』が随分と気前のいいこったな。どういう風の吹き回しだ?」
ヨアキムは疑うように袋の中身を改めて、それらが疑いようもなく本物の金貨であることを確かめた。流石に、この量の金貨を出されるとは思っていなかったのだろう。その表情には驚きと焦りが少々滲んで見える。
「あんたに愛想尽かされるわけにはいかないんでね」
「全く、よく言う。……お前が可愛げを見せたところでな」
ランヴァルドがにやりと笑ってやれば、ヨアキムは少々眉間に皺を寄せつつ……ふむ、と小さく唸った。
そして。
「だがまあ、気に入った。よし、ちょっと待ってろ」
そう言ってヨアキムが席を立ち、本棚の裏にあったドアの向こうへと消えていったのを確認し、ランヴァルドは自分の選択が正しかったことを知る。
……これだから、この老獪な情報屋相手には、手を抜けないのだ。
「これだ」
そうして戻ってきたヨアキムの手には、古ぼけた帳面が握られていた。
「な?金の価値はあっただろうが」
「……どうだかな。中身を見ないことには、何とも言えないさ」
ランヴァルドはそう言いつつ、目の前にある小さな帳面に千金の価値があることを、薄らと感じ取っていた。
何せ、帳面の表紙を見るだけでも、おかしいのだ。簡素な革表紙である割に、その革はどうも、ドラゴン革のように見える。
ドラゴン革を、このように簡素な仕立てで帳面の表紙にするなど、どう考えてもおかしい。更に、ぺらりと捲って見れば恐ろしいことに、中のページもまた、薄く伸した皮紙でできており……これもまた、ドラゴンのものであろうと推測できた。道理で、古ぼけている割に紙が未だぼろぼろと崩れずに残っている訳である。
ランヴァルドは、どくり、と心臓が高鳴るのを感じた。この古ぼけた帳面は、『当たり前に』ドラゴンを狩って、その皮を何でもない、ただの日常の品として使えるような者の持ち物だったはずである。
そして何より……帳面は、古代文字で記されていた。