忙しい日々*2
多忙なマティアスは『はいはい許可する許可する。適当にどこか軒先使ってさっさと出ていってくれ』と快く滞在許可をくれたので、堂々と一番良い客間に陣取ることにして……今回のローディクサの古代遺跡制圧および魔物の討伐で手に入れた大量の魔物素材の一部をはじめとした荷物を置く。
これは明日、ジレネロストに持ち帰ってジレネロストで売り捌く予定なのでこれでよしとして……。
「さて、ネール。早速飯を食いに出るぞ」
食事もブラブローマ城で用意させてもいいのだが、マティアスの様子を見ていると、客人のもてなしまでさせるのは流石に少々気が咎めた。
……マティアスが多忙である、ということは、まあ、彼が働いている、ということなので。彼にその気は無いだろうが、社会貢献をして多少なりとも罪を雪いでいるところなのだから、あまり邪魔をしてもかわいそうだ。
それに何より……。
「美味い店を知ってる。お前も気に入ると思うぞ」
ランヴァルドがそう言うと、ネールはぴょこぴょこと嬉しそうに飛び跳ねて、ランヴァルドの腕にくっついてきた。
……まあ、折角美味い店を知っているのだから、わざわざ財政を立て直している真っ最中の貧しい城などで食事を摂る必要もあるまい。
食事はやはり、美味であった。
ブラブローマは元々が観光地であり、貴族達も多く滞在する場所だ。それ故に、飲食店の出来がいい。
少しばかり値は張るが、その分は美味い。滑らかに仕上げられたポタージュスープに鹿肉のローストに、ベリーの類を煮たものを詰めたパイに、と、満足いく食事であった。
ネールとしても満足だったらしく、特にスープがお気に召したらしい。『これの元は芋だぞ』と教えてやったら、ネールは大層驚いていた。ランヴァルドはそんなネールを楽しみつつ、ゆっくりと食事を味わい……。
さて。
そうしてブラブローマ城へ戻ったランヴァルドは、ネールを部屋において『寝る前の支度をしててくれ。ちょっとマティアスのところに行ってくる』と部屋を出た。
食事を摂りに出る前同様、執務室へ向かえば……そこには先程と同じように執務机に向かうマティアスの姿があったのである。
帳簿と書類とペンとを前にしながら、マティアスは顔を上げてランヴァルドを見るや否や、何とも嫌そうな顔をした。
「よお。随分と領主代理が板についてきたみたいだな」
ランヴァルドがにやにやしながらそう問えば、マティアスは苛立ったため息を吐き出した。
「ああ、おかげさまで、ね!全く、よくもこんな目に遭わせてくれたね、ランヴァルド。おかげで僕は朝から晩までずっと帳簿と裏帳簿の照合作業だ!」
「へえ。色々言ってた割には領主代理をやってるんだな」
……マティアスがどのように大変な状況にあるのかについては、ちら、とイサクから聞いていた。
どうも、ブラブローマはここ数年、赤字の運営を続けていたらしい。が、その赤字の裏に二重帳簿があった、ということがマティアスによって暴かれ、そしてマティアスはその功績を称えられると同時に、『じゃあ照合作業もよろしく』と、過去数年分の帳簿を確認し直しているところだという。
「ついでに観光業への投資も始めたって聞いたぞ」
「街道と宿場を整備しただけだ。どうせどっちも使うものだろ。これ以上放っておいたら、儲ける機会をただ無駄に見捨てるだけになる。売り方も買い方も下手なんだよ、ここのお貴族様共は」
「……お前、領主に向いてるんじゃないか?」
「馬鹿言わないでくれ。僕はあくまでも商人だよ。貴族なんかと一緒にするな」
すっかり疲れ切った様子のマティアスであるが、疲れようが何だろうが、今まで領主としての教育を受けていたわけでもない男が急に領主代理をやれてしまっているのだから、やはりこいつは只者ではなかったということだろう。
まあ、商人の仕事と領主の仕事には、似たような部分も多い。利益を出すことより損害を出さないことに注力する必要があるだとか、人々の支持を集める必要があるだとか、まあ、煩雑ではあるが。
しかしやはり、帳簿の関係ができるというだけでも領主に向いているとは言える。……オルヴァーはファルクエークで、帳簿の類に苦労しているらしいので。
それに何より、ブラブローマは観光業で栄える領地だ。『売り買い』で成り立つものが多い分、マティアスが治めるには向いている場所だと言えよう。
「やってみるとそこまで悪くないだろ」
「いいと思うのか?僕はそうは思わないけれどね」
「だが、観光業への投資だの、新しい産業の開発だの、色々やってる以上はそういうことだろ。お前は本来、全部投げ出すことだってできたんだから」
「あんまりにも暇だったんだよ。……暇を持て余してちょっと探った本棚で、裏帳簿を見つけたのが運の尽きだったね」
マティアスの言い分を聞いて、ランヴァルドはけらけら笑う。
マティアスは勘が良く、色々なことによく気が付く奴だ。……そして、気づいてしまったが故に『こう』なのだから、まあ、ランヴァルドは存分に笑うことにする。
「ま、よかったじゃないか。食事はそれなりに贅沢なものが出るんだろ?能力を発揮する場所もあって、何より生き永らえたんだから」
「僕はさっさと死にたかったんだけれどね」
「そう言ってくれるなよ。寂しいだろ」
ランヴァルドはけらけら笑ってマティアスの肩を叩いてやった。マティアスはつくづく嫌そうな顔をしていたが。だが……まあ、ランヴァルドはやはり、こいつが生きていてよかったな、と思うのである。
「ブラブローマの景気はどうだ?」
「良くないね。ああ。全く良くない。一体何をどうしたら、たった3年でここまでの減収になる?あの馬鹿領主め」
「そうだな。前領主は適当なところで公開処刑になるだろう。ま、いい見せしめだな」
「ああ、それなら是非ブラブローマの広場でやってもらいたいものだね。それを目当てに来る奴ら相手に酒と食べ物でも出せば儲かるだろうから」
悪趣味な話で少々盛り上がりつつ、しばし、ランヴァルドとマティアスは笑い合い……そして、2人揃ってため息を吐いた。
「……まあ、国内情勢が落ち着くまでは、そういうのもナシだろうけどな」
「だろうね。……ああ、古代遺跡が何か関係してるんだろうってことくらいは僕にも察しがつくよ」
「そいつは話が速いな」
……マティアスは、古代遺跡についての情報をある程度知っている。そして、その断片を繋ぎ合わせて、『今、各地で起きている魔物の大量発生は古代遺跡の暴走によるものでは?』と推測できてしまう程度には、賢い。
……だが、それでも迂闊に情報は洩らせない。それは、このブラブローマ城が今、監獄のような有様だからである。
マティアスを領主代理として置く一方、そのマティアスの監視にもかなりの力が注がれている。それこそ、ウルリカの監視もかくや、という具合に。
マティアスには悪さをさせられない。だが、その血を絶やすことも許されない。ということで今、マティアスは自死も許されないのである。今、ランヴァルドがこうして雑談している様子もどこからか監視されているはずである。だからこそ、ランヴァルドもマティアスも、迂闊なことは言えない。
言えないのだが。
「ああ、ところで僕らがお世話になった『おじいさん』は今どうしているかな」
マティアスがふとそう言ったので、ランヴァルドは『情報屋のヨアキムのことか』とすぐ察する。
「どうだかな。まあ、折角だ。今度様子を見に行ってみるよ」
「そうだね。そうするときっと、手土産にクルミのパンと巻き煙草を持たされるんじゃないか?彼はアレが好きだから。僕も好きだけれどね」
「……そうか。まあ、大量に分けてもらったらお前にも届けるよ」
ついでに、マティアスは昔使っていた符丁を使ってそんな風に話す。
ここでの『クルミのパン』は『有益な情報』、そして『巻き煙草』は『きな臭い話』を示す符丁だ。
つまりマティアスは、『ヨアキムのところにはどうせ情報が入ってるだろ。古代遺跡についての有益かつきな臭いような話が出てきたら、こっちにも回せ』と言っているのである。
……マティアスの言う通りにしてやるのは癪だが、情報屋のヨアキムのところに行ってみるのは悪くないだろう。何せ彼は情報屋だ。古代人の情報も、もしかしたら手に入るかもしれない。
ランヴァルドが部屋に戻ると、ネールが毛布に埋もれて幸せそうな顔をしていた。
ということで、ランヴァルドもさっさと体を拭いて、着替えて、そうしてベッドに潜り込む。
……そうするとネールがやってきて、ランヴァルドの隣にすぽんと収まった。最早、ランヴァルドの隣で寝ることに全く何の疑いも無いらしい。
「おやすみ」
……そしてランヴァルドもまた、諦めた。いつか、ネールが大きくなったら、流石に自分で気づいて自分から離れていくだろう、と……。
そうして翌朝、起きたら隣にネールが居るわけである。ランヴァルドをじっと見つめていたネールに『人の寝顔をまじまじと見つめるもんじゃない』と言ってやってからランヴァルドは起き出して……さて、身支度を整えて、早速出発しなければならない。
ブラブローマの遺跡からジレネロストの遺跡まではネールが魔法で運んでくれる。楽なものだ。そうしてジレネロストに戻った途端に別の遺跡の暴走の報せが舞い込まなければいいのだが……まあ、それはあの古代人次第であろう。
……そう。例の古代人は、やはり今も、元気に古代遺跡を起動して回っているという訳だ。
ブラブローマ城を辞して、その日の昼にはもうジレネロストに到着していた。ネールがこの魔法を覚えてくれたのは大変助かる。
ランヴァルドは『これを使えば、南部の葡萄酒を北部で売って、北部の毛皮を南部で売るのが1日でできる……』などと思っているのだが、まあ、領主の身分になってしまった以上はそんなことばかりもしていられない。
「えーと、報せは……届いてないな。よしよし」
ひとまず、他の古代遺跡の暴走が起きているという報せは来ていないので、その点は安心である。一方で、イサクから『進捗はこんなかんじですよ』と、現在解体した古代遺跡の位置を記した地図が届いていた。解体作業は順調らしい。この調子でいけば、一月後には大方、作業が終わっているだろうと思われる。
本格的な春の盛りに全てが終わってくれるのであれば、それは喜ばしいことだ。流石に、今年の夏まで冷夏になっては、この国は滅びかねない。
「よし……まあ、今までの3回の傾向から考えるなら、5日か7日程度……少なく見積もっても、2日か3日は猶予があるよな」
そうしてランヴァルドは考えて……よし、と頷いた。
「ネール。ステンティールに行ってこないか?お前も久しぶりにウルリカさんやエヴェリーナお嬢様に会いたいだろ?」
こくこくと頷き、目を輝かせるネールに笑いかけてやりつつ、ランヴァルドは計画を練り始めた。
……情報屋のヨアキムからは、どんな情報が出てくるだろう、と。