忙しい日々*1
その日も、ネールは目が覚めてすぐ、隣で寝ているランヴァルドの顔を見つめる。
……今日もかっこいい。ネールは満足した。
窓の外はふんわり明るくて、レースのカーテンがきらきら光る。その内、お部屋全体がふんわり明るくなってきて……。
「ん……」
もそ、とお隣が動いて、ぱち、とランヴァルドの目が開く。まだとろんとして眠そうな、藍色の目。ネールはこの瞬間が大好きだ。
「……おはよう、ネール」
そしてランヴァルドの少し掠れてぽやぽやした声を聞いて、ネールの一日が始まる。おはよう!
第七章:金貨500枚分の契約
ランヴァルドと一緒に朝ごはんを食べる。
買い置きしてあるパンとチーズを用意するのはネールの仕事。昨夜の残りのスープを温めるのがランヴァルドの仕事だ。毎日こうという訳じゃなくて、朝ごはんからお外に食べに出ることもあるけれど。
さて、2人でご飯を食べたら、一緒に片付けて、早速お仕事を始める。
ランヴァルドは領主様だ。ジレネロストの、領主様。だからとっても忙しい。ランヴァルドは早速、執務室に籠ってお仕事をするのだ。
かつて『お前の家に俺の寝室を増築させてくれ』と言っていたランヴァルドだったが、その部屋は今、ネールの寝室でもある。なのでランヴァルドは自分の居心地の良さよりネールの寝心地の良さを優先して調度を整えてくれたらしく、ランヴァルドのお部屋は執務に向かなくなってしまったらしい。
ということで、ランヴァルドの執務室は、納屋だ。
……納屋だ。正確には、昔、ネールの家の納屋があった場所に新しく、掘っ立て小屋を作った。そこがランヴァルドの執務室なのだ!
ネールはこれを、どうかしてると思う。領主様なのだから、ちゃんとした立派なお部屋があった方がいいと思うのだ。
だが、ランヴァルドは『そんなもん建ててる余裕は無い!』と言って、今日も納屋跡地の掘っ立て小屋でお仕事をしているのである!ああ!
ランヴァルドが難しいお仕事をしている間、ネールはランヴァルドのお手伝いができない。ランヴァルドのお仕事は、ネールには難しすぎるのだ!
なのでネールは、専らジレネロストの為に働いている。
山を切り開いたり、岩を砕いたり。最近は魔法の使い方もすっかり上手になって、ネールは益々いろんなことができるようになった。それがこうして故郷の為に役立つのだから、ネールは只々、嬉しい。
……ネールの力は、ちょっと変なのだ、ということは、分かっている。ネールは、普通の子ではない。だからネールの両親は、ネールを置いていくことにしたのだ。
だが……この力は同時に、ジレネロストの皆を、そしてランヴァルドを、喜ばせることができるのだ。
だからネールは、この力が好きである。自分の力を、誇らしく思う。
ネールは胸を張って、勲章を輝かせながら、今日も元気に働くのだ!
……そうしてネールが働いていると、王城の印が入った鎧を着た兵隊さんが、馬に乗って駆けてくるのが見えた。
ネールは知っている。ああして急いでいる人は……お手紙を運んでくるのだ。
ネールが藍色の屋根のお家に帰ると、やっぱり、ランヴァルドが兵隊さんからお手紙を受け取っていた。
ということは……ネールの出番である。ネールがそっとランヴァルドのお隣へ移動すると、ランヴァルドは『ああ、お前はいつも本当にいい時に戻ってくるもんだ』と褒めてくれたので、ネールは嬉しい。
「……さて。次はローディクサ……ブラブローマの隣か。よし、すぐ出るぞ、ネール」
お手紙を読んだランヴァルドが声を掛けてくれたので、ネールはこくんと頷いた。
まとめてあるお荷物をさっと取って、ベルトにあるナイフを確認して……そうしてネールは、ランヴァルドと一緒にご近所の古代遺跡へ向かう。
さあ、ネールの出番である!
ジレネロストの古代遺跡へ向かって、そこの奥の方、ちょっと手前の小部屋で……ネールは、むん、と気合を入れる。
すると、ふわふわ、と金色の光が集まってきて、ネールとランヴァルドを包み込んで……そして、ふわっ、とした感覚の後、ネールとランヴァルドは『似ているけれどちょっと違う小部屋』に居た。
「……何度やっても、慣れないな、これは……」
ランヴァルドは何とも言えない顔でしょんぼりしている。ランヴァルドはこれが苦手なのだ。でも、それでもこれを使うのは……とっても便利だからである!
ネールとランヴァルドが揃って遺跡を出れば、そこはもう、ジレネロストではない。……ブラブローマだ。
「全く、古代遺跡から古代遺跡まで瞬時に移動できちまう、となると……いよいよこいつは封印しないとな。じゃなきゃ、旅商人が商売上がったりだ」
ランヴァルドが苦笑いしながらネールの頭をもそもそ撫でてくれるので、ネールは嬉しくなった。要は、ランヴァルドが褒めてくれているということなので。
……褒めてもらえるのだから、こうして、古代遺跡についてネールなりに調べて、失われた魔法を取り戻した甲斐があったというものである!
そうしてネールとランヴァルドは、ブラブローマで馬を借りた。そしてそのまま、ローディクサ、というらしいお隣の領地へ移動する。
「いやあ、早いな。報せを受けてからまだ、半刻だ。ローディクサへは今晩までには到着できるだろうし、そうなりゃ、流石に間に合うだろ」
ネールを腕に抱えながら馬の手綱を握るランヴァルドは、そう言いながらも少し表情が硬い。
……ネールとランヴァルドは、最近は専ら、こうして『緊急の』お仕事をしている。
ファルクエークでそうだったように、魔物が沢山出てきてしまったところがあったら、そのお知らせを貰って、目的地まで急いで飛んでいくのだ。
そう。文字通り、飛んでいく。先ほどネールが使った魔法で。
ネールが使った魔法は、『瞬時に移動できる』というたぐいの、古代遺跡の中に残されていた魔法だ。ネールはそれを習得した。
とはいえ、まだ、そんなに上手ではない。なのでネールはこれを使う時、古代遺跡を使わなければならない。だが、その内もっと上手になって、どこへでも、どこからでも、移動できるようになりたい。あの古代人の子がやっていたみたいに。
……古代人のあの子は、ネールたちの目の前で、さっ、と消えて見せることがあった。あれはつまり、瞬時に移動してしまっていたのだと思う。いつか、ネールもあれくらい達者に魔法を使いたいものである。ネールは改めて、深々とそう思った。
さて。
そんなネールはランヴァルドと共に馬で走り……そうしている内にブラブローマを抜け、ローディクサへと突入する。
今回、魔物がいっぱいになってしまっているのはローディクサの南の方らしいので、ここから更に南下していくのだ。
そこまでとにかく急ぎたいので、途中の宿場で馬を換えることになった。
それもそのはず、一頭の馬で長く走り続けることはできないのだ。本当の本当に無理をさせてでも急ぎたい時や、馬を交換できない時にはランヴァルドが治癒の魔法を使って馬の体力を少し取り戻させてやりながら走ることもあるが、やっぱり、交代できるなら交代した方がいい。
馬を借りる時、ランヴァルドは胸の勲章を見せる。青い花……サルヴィアの花の飾りは、王様のお使いの印として知られるようになった。あれを見せれば、皆が協力してくれるのである。
ランヴァルド曰く、『ま、王城にツケを払ってもらえるって訳だからな。請求できる費用は1割増しとありゃ、誰でも喜んで協力してくれるって訳さ』とのことだった。1割、というのがネールにはまだ少し難しいが、まあ、王様は賢い仕組みを作ったのだな、ということだけは分かる。
ということで、ランヴァルドは馬を借りて、ついでに乗ってきた馬を預けるために、色々と書類を書いていた。それらが何とも手早いのは、ランヴァルドがずっと商人をやっていたからだろう。ネールはそんなランヴァルドが誇らしい。
「よし、待たせたな。行くぞ」
そうして馬の手続きを終えたランヴァルドがネールを馬の上に引っ張り上げてくれて、そしてまた、馬は走り出す。
……死地、と言ってもいいような、魔物がたくさんの場所に向かって。
そうして馬を走らせていけば、やがて太陽が傾き、沈んでいく。
綺麗な夕焼けの空を、馬の上、ランヴァルドの腕の中から眺める。とっても綺麗だなあ、とため息を吐けば、ランヴァルドは『疲れたか?』と心配そうに声を掛けてくれた。疲れたわけじゃないよ、と伝えるべく首を横に振れば、ランヴァルドは『そうか。無理はするなよ。一番大切なのはお前なんだからな』と笑ってくれる。
……一番大切、というのは、この作戦についてだ。
ネールは魔物をやっつけられる。いくらでも、狩れる。だからネールはとっても大切。ネールを元気なまま、急いで戦場へ運ぶのがこの作戦なのだ。
……でも、作戦にとってネールが大切なのとは別に、ランヴァルドにとってもネールは大切なのだ。ネールはそれを知っている!
「よし、そろそろだな……」
ネールがにこにこしていると、ランヴァルドは前方を見据えて、目を細めた。
「遠くに煙が見える。もうすぐだぞ、ネール」
そして、ランヴァルドの言葉を聞いて、ランヴァルドが見ている方を見て……ネールもまた、覚悟を決める。
ネールの出番だ。
そこからは、いつものことだ。魔物を狩る。狩る。たくさん狩る。ずっと魔獣の森でやっていたことと、大して変わらない。
変わったことと言えば、狩る魔物がいっぱいなこと。他にも戦っている人達が居ること。
……このあたりは、結構慣れてきた。ネールが一度戦い始めれば、周りの人達がネールに合わせた戦い方をしてくれることが多い。ランヴァルド曰く、『情報が行き届いてるからな。最早、英雄ネレイアの名は国中に届いてる、ってこった』と笑っていた。
それから……ネールが魔法を意識して使って戦えるようになったこと。訓練によってネールの魔法は随分強くなったこと。これも変化の点だ。
そして……。
「よし、でかしたぞネール!今回もお手柄だな!」
……終わった後に、褒めてくれる人が居ることだ!
ネールは魔物をすっかり片付けてしまって、ランヴァルドに褒めてもらいに戻った。そこで褒めてもらって、撫でてもらって、ネールはにこにこ上機嫌である。
ランヴァルドも休みなく馬を走らせ続けて疲れているだろうに、こうしてネールを気遣ってくれる。ネールもそれに応えたいな、と思う。
「さて……じゃ、早速で悪いが、古代遺跡の方もどうにかしちまおう。また魔物が出てくるんじゃ、キリがないからな」
ランヴァルドが少し疲れた、しかし達成感に満ち溢れた顔を向けてくれるのに対して、こくん、と頷き返す。そうして2人揃って、古代遺跡へと歩いていくのだ。
古代遺跡の止め方も、ネールはもうお勉強した。
……ファルクエークでは、ネールが魔法を抑えられなくなってしまってランヴァルドに迷惑をかけてしまった。あそこでランヴァルドが死んでしまっていても、おかしくなかった。だから二度と、あんなことにはさせないとネールは心に決めている。
ということで、古代遺跡の最奥にはネール1人で行く。ランヴァルドも付いて来ようとしていたのだが、魔法で身を守れるネールとは違って、ランヴァルドは飛んでくる氷で切り傷を作ってしまったり、魔力で体調を崩したりしてしまうので……前回からは、ネール1人で古代遺跡を止めることにしたのだ。
ネールの遺跡の止め方は、ランヴァルドのそれとは違う。ランヴァルドみたいには賢くないので、ネールが止める時は魔法を読み解いてどうこうするのではなく、魔法に魔法をくっつけて止める、ということになる……のだと思う。
古代人がこの古代遺跡を当たり前に扱っていたというのなら、恐らく、今のネールのやり方に近いだろう。これは『命令』を魔法で遺跡に伝えて、その通りに遺跡に動いてもらう、というだけのことなのだから。
だからネールも、当たり前に古代遺跡を止められる。……止める前に、ちょっと引っ掛かりがある時もあるけれど。でも、魔力を注ぎ込んでちゃんとお願いすれば、古代遺跡は言うことを聞いてくれる。多分、古代人のあの子の命令とネールの命令との間で古代遺跡は困っているんだと思うが……。
……こうして古代遺跡を止めながら、ネールはちょっとだけ、古代人のあの子のことを、思い出してしまう。
あの子は今、元気だろうか。
彼女がランヴァルドを傷つけたことは、今も許していないけれど……でも、寂しそうにしていたのは、覚えているから。だから、どうにも、気になる。
さて。
古代遺跡をネールが止めたら、少し時間を置いて、部屋の中にこもった魔力を少し飛ばして……そうしてやっと、ランヴァルドの出番だ。
まあ、魔力がちゃんと飛ぶまでに少し時間がかかるし、大抵、ここまででネールもランヴァルドもへとへとなので、ここで一回、休憩を挟むことが多い。
大抵は古代遺跡の外で戦っていた人達が居るから、彼らに『休憩します』という旨を報告して、それから、古代遺跡の浅いところで野営するのだ。
小さな焚火を熾してスープを煮て、それを食べて、片付けて……寝袋を出して、ランヴァルドが入ったところでネールもすぽんと隙間に入る。
ランヴァルドは最近、ネールが同じ寝袋に入っていても怒らなくなった。根負けした、ということだろうか。とにかく、ネールの勝利である!今宵……いや、そろそろ明け方になってしまうのだろうが……まあ、今回もまた、ネールはランヴァルドと一緒の寝袋で、ぬくぬくしながら眠るのだ。
ああ……幸せ!
……お昼近くなってから、ネールとランヴァルドは起きる。朝ごはんを食べて、そして……ランヴァルドが遺跡の古代装置から部品をいくつか抜き取って、こうして、お仕事は完了だ。
そう。このようにして、ネールとランヴァルドは古代遺跡の解体のお仕事をしている。既に動いてしまった古代遺跡を止められるのはネールとランヴァルドしか居ないので、特に大切なお仕事だ。王様から勲章をもらってから、既に3つ、動いてしまった古代遺跡を解体するお仕事をやっている。
まだ動いていない古代遺跡については、『他のサルヴィアがやってるらしいな。ま、人員がある程度居ないと手が回らないから』とランヴァルドが言っていた。そっちは他の人でもできるらしいので、ネールも安心である。
ということで、ひとまず今回も一件落着だ。ネールはよく働いた。ランヴァルドもよく働いた。
今回のように、報せを受けてすぐに移動して、すぐに魔物と古代遺跡をやっつける、というのがネールとランヴァルドの大事なお仕事なのである。ちょっと大変だけれど、これをやると皆が安心して過ごせるということらしいから、ネールは喜んでこれをやるのだ。
「さて。今日はブラブローマまで移動して、そこでマティアスのところに顔を出してやるか。ついでに客間くらいは出させよう。食事は……あー、前回はそんな余裕も無かったからな。何か、ブラブローマの美味いものでも食べに出るか」
更に、ランヴァルドがそういうことを提案してくれるものだから、ネールは大喜びだ!
ランヴァルドはネールが頑張った後は、『頑張った分はご褒美があってもいいだろ』と言って、その土地の美味しいものを食べさせてくれたり、綺麗なものを見せてくれたりするのだ。
これが楽しいので、各地の遺跡へ赴くのは全く苦じゃないのである。忙しくも楽しい日々なものだから、ネールはずっと、笑顔でいるのだ!
……ということで。
「よお、マティアス。元気そうだな」
「……何しに来たんだ」
「何って、お前が領主代理だろ。ならこの城への滞在許可はお前に貰わなきゃな、と思っただけだ」
……ネールとランヴァルドは、ブラブローマのお城で、すっかり疲れた顔をしたマティアスの前でにこにこしているのであった!
滞在許可がもらえたら、ご飯を食べに行くのだ!さあ!楽しみである!
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