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クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
第六章:氷を喰らい生きる者
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砕き、照らす*3

 そうしてランヴァルドは気が気でない中、客室で大人しく、寝台に腰掛けて待っていた。一方、ネールは大したもので、全く動じたところが無い。『ほめられてうれしい』と書いて見せてきたくらいなので、嬉しいのは嬉しいのだろうが……それだけのようである。

「……随分遠いところまで来ちまった、というか……」

 ランヴァルドがぼやくと、ネールがきょとん、としながらランヴァルドのところまでやってきて、隣にちょこんと座った。その頭をもそもそ撫でてやりながら、ランヴァルドは考える。『どうしてこうなったんだか』と。


 ランヴァルドの当初の予定では、こうなるはずではなかった。

 ファルクエークを出奔し、悪徳商人として金を稼ぎ、金で地位と名誉を買って、適当に小さな所領を持つ貴族にでもなって滅びゆくファルクエークを上から見下ろしてやりたい、という程度の……その程度のことしか考えていなかったのだ。

 それがどうして、『星光勲章』を賜り、ジレネロストという国の要所を任され、更には……嘲笑ってやるはずだったファルクエークと手を取り合ってやっていくなどということになってしまったのか。

 ついでに、古代遺跡の専門家扱いされていることについても、納得がいかない。ランヴァルドは領地経営や経済についてこそ、学び、努力してきたが……古代魔法は勿論、そもそもの魔法自体について、疎い。何せ、実技が碌にできないので。

 古代遺跡についても、そうだ。古代文字は一応読めるが、それだけである。ランヴァルドはただ、貴族の一般教養程度のものしか知らないのだ。この程度の知識しか無い者が、国一番の学者達に混じって『古代遺跡の専門家』扱いされるということは、学問への冒涜ではないだろうか、と思わないでもない。

 ……まあ、古代遺跡については、実地経験がやたらとある。それは、確かだろう。よって、学者達に無い知識を持っている可能性は、まあ、ある。それが役に立つというのなら、それは構わないのだが……。

「……なんだかなあ」

 ランヴァルドはため息を吐きつつ、やはり思うのだ。『どうしてこうなったんだ?』と。


 だが、その答えはすぐに出る。

 隣に座っていたネールが、ぴょこ、と立ち上がると、ランヴァルドの膝の間にやってきて、もそ、とそこに座り始めた。撫でる手が止まっていたのが不満だったらしい。『そんなに撫でられるのが好きか?』と聞きつつ撫でてやると、ネールは満足気に頷いて、とろけるような笑みを浮かべた。

「……ま、お前が居たからだなあ」

 ランヴァルドはネールを撫でつつ、出た結論を改めて、噛みしめる。

 ……ネールが居たからだ。ランヴァルドがここまで来てしまったのは。

 ネールが居たから、ドラクスローガやジレネロスト、ブラブローマにファルクエーク、と各地でドラゴンだの魔物だのを倒し、名声を上げることができた。

 ネールが居たから、ステンティールやハイゼルで領主との繋がりを持てた。

 ネールが居たから、今、ランヴァルドは生きている。

 結局、ネールが居たからだ。ネールが居たからランヴァルドは生き延び、そして、ネールに引っ張られてあちこち彷徨う内に、こんなところにまで来てしまったのだ。

「お前、やっぱり幸運の妖精か何かだろ」

 ランヴァルドは苦笑しつつ、ネールの顔を覗き込む。ネールは首を傾げつつ、『ランヴァルドがそう言うならそうなのかもしれない』というような顔をしている。

「まあ、その……感謝してはいるんだ。お前が居なかったら俺は死んでる訳だし、お前が居たからここまでの金と名声を手に入れられた訳で……お前のおかげで、ファルクエークでも飢え死にしなかったし。それに、オルヴァーとも話せるようになった」

 何と言ったものかな、と考えつつ、ランヴァルドはネールにぽつぽつと言葉を落としていく。

 ……こういうことを言うよりも余程、カモに適当な商品を高額で売りつける方が簡単である。そうした時には、言葉が淀みなくつらつらと出てくるものなのだが。

「だから、その……まあ、これからもよろしくな、ネール」

 だが結局、ランヴァルドは『これでいいのか?』と自問しつつも、そう言うことにした。

 ……途端、ネールは輝かんばかりの笑顔になって、ぴょこ、とランヴァルドの胸に飛びついてきた。

 ランヴァルドはそんなネールを抱きしめてやりつつ、『ああ、いよいよこいつを手放せなくなってきたな』と思う。

 ……もし、ネールが幸運の妖精でなくなったとしても、だ。ランヴァルドはもう、ネールを手放せない。




 そうして、夕刻。

 ランヴァルドとネールは互いに緊張しながら控室で待つ。……そうしている内に案内されて、大広間へと踏み入った。

 途端、歓声と拍手がランヴァルドとネールを包む。この大広間には、大勢の人間が詰めかけていた。学者のみならず、城の兵士達や、イサク同様の仕事をしているのであろう者など、実に様々な者達が集まっている。

「……よし。皆、揃ったか」

 国王がそう一言発せば、ざわついていた場は一気に静まり返る。

「では、ネレイア・リンド。前へ」

 ……そして、その中をネールが歩いていく。堂々と。最早、彼女が英雄であることなど、誰にも疑いようのない程に。

「お主については、何から讃えればよいものやら分からぬな。……竜殺しの名は国中に轟いておる。そしてジレネロストを魔の手から解放し、ファルクエークでもまた、迫りくる魔物を相手に凄まじい戦いぶりであったと聞いておる」

 国王はネールにそう言うと、微笑んだ。

「このように、他に例の無い程の多大なる功績を称えるには、金剣勲章では足りぬ。よって、救国の英雄を讃えるべく、新たなる勲章を用意した。……この、竜麟勲章を与えよう」

 国王がお付きの者が捧げ持っていた盆の上から、それを手に取った。

 ……美しい勲章だった。

 複雑な色合いに透けて煌めくそれは、幾種類かのドラゴンの鱗を削って重ね合わせて作られたものなのだろう。ランヴァルドはついつい、『アレを金にしたら幾らになるんだろうな……』などと考えてしまうが、これは間違いなく、値段などつけようもない代物だろう。

 ……ネールは、ドラゴンの鱗を道具として使える。ドラクスローガでそうであったように、炎から身を守るために……或いは、別の種類のドラゴンの鱗ならば、また別の効果を、引き出すことができるのかもしれない。

 そんなネールにこの勲章は、実にぴったりの品だ。ネールはそれに気づいているのかいないのか、ただにこにこと誇らしげに胸を張り、お付きの者の手によって胸に勲章を飾られるのをお行儀よく待ち……そして。

「……おお」

「これは……」

 会場のあちこちから、誰のものとも知れぬ感嘆が漏れる。

 ……ネールの胸に飾られた竜麟の勲章は、ネールの魔力に呼応するかのように光り、輝いていた。放たれる温かな光は、黄金色。ネールの魔法の色だ。部屋中がふんわりと黄金色に染め上げられて、やがて、光は収まる。ネールが調整したのだろう。

 この美しい光景を前に、人々は只々驚嘆し、そして……数拍分の静寂の後には、割れんばかりの拍手が響いた。

 人々は紛れもなく、英雄を讃えている。ここにこうして認められた、小さなかわいい英雄を!




 ランヴァルドも拍手を続けていたが、ぺこ、とお辞儀をしたネールが国王に促され、軽やかな足取りで戻ってきたので『立派だったぞ』と小さく耳打ちしてやった。ネールは満足気であった。

 ……そして。

「ランヴァルド・マグナス・ファルクエーク」

 次は、ランヴァルドの番だ。意を決して、ランヴァルドは堂々と……ネールほどではないにせよ、まあ、見劣りはしないように、歩く。

 化けの皮を被るのは得意だ。傍から見れば、ランヴァルドは実に堂々として……英雄然として見えたかもしれない。

 そうして、ランヴァルドは国王の前に跪く。その所作の隅々まで、完璧に整えて。

「かのジレネロストの復興を進め、街道を作り、民の暮らしに大いに貢献した。危機にあったファルクエークを、その機転によって救った。そして未だかつてない程に古代遺跡への知識を国に齎した。これら功績を称え、星光勲章を与える」

 そうして国王がランヴァルドの功績を読み上げ……盆から、勲章を取り上げる。

 勲章は、白金で形作った星の、美しい細工の勲章だ。これが、『星光勲章』……国の発展に多大なる貢献をした者にのみ与えられる勲章である。位としては、ネールが既に賜っていた金剣勲章に並ぶ程度、だろうか。

 ……かつてランヴァルドは、『銀剣勲章程度が手に入ればそれでよし。後は適当な土地を買って、貴族位を買ってやる』と思っていたというのに、まさか、そのずっと上の勲章を手にすることになろうとは思いもしなかった。

「また、その気高き魂と非凡なる手腕を見込んで、ジレネロスト領主に命ずる。……お主自身が救った土地だ。お主自身の手で、より一層の繁栄を齎してみせよ」

 更に、国王はそう続けて、少々面白そうに笑ってみせた。

 ……勲章を胸に飾られる間、ランヴァルドは考える。気高き魂、など。非凡なる手腕など。……そんなもの、ランヴァルドにはあるのだろうか、と。

 だが。『いや、あるさ』とランヴァルドは胸を張る。……ネールに見劣りしないように。誇り高く気高い魂を持つ者の、その化けの皮を被って……どうかこの実態も、化けの皮の一欠片だけでも、そうでありたい、などと思いながら。

「必ずや、ご期待にお応えします」

 ランヴァルドの目を見て、国王は満足気に笑った。

 ランヴァルドの胸には、燦然と輝く星光勲章がある。『国を発展へ導く星を讃える』と意味を持つこれに相応しくあれるよう、ランヴァルドは静かに、意を決していた。




 ……と、そこでふと、ランヴァルドは気づく。

 盆の上にもう1つ、勲章があるのだ。

 見たことのない、花を象った勲章だ。青いサルヴィアの花、だろうか。……記憶を手繰ってみても、やはり、これが何なのか分からない。

 青いサルヴィアの花は、知恵や知識を象徴するものだ。賢者サルヴィアの語源ともなっている。そんな花を象った勲章となると、誰か、学者に授けられるものだろう。

 ……と、ランヴァルドは思い至った。

 のだが。

「そして」

 国王は『下がれ』とランヴァルドに言わぬまま、盆からその勲章を取り上げた。

賢者サルヴィアの位を授けよう」


「……え」

 聞いたことのないそれに、ランヴァルドは思考が追い付かない。だが、そうしている間に、国王のお付きの者が、さっ、とランヴァルドの胸に青いサルヴィアの花の勲章を飾った。

 盛大な拍手が巻き起こる。一番に拍手しているのは、ネールだろう。ネールは飛び上がらんばかりにはしゃぎながら、にこにこと手を叩いてランヴァルドを祝福していた。

 だが当のランヴァルドは、『賢者!?何のことだ!?』と混乱している!こんなもの、聞いていない!

 ……助けを求めるべく視線を向けた先で、イサクが1つ、ウインクした。ということは、織り込み済みらしい。イサクがこうなら、最早ランヴァルドに取れる手は何も無い。ランヴァルドは諦めた。諦めて……ただ、胸に飾られた勲章に相応しく在れるよう、精々虚勢を張って、堂々と一礼するのみである。




 そうして、ランヴァルドが全く聞いていなかった勲章の授与までしてしまった後。

「……さて、ネレイア・リンドよ。救国の英雄である者が正式な家名も無しというのは見栄えが悪い。新たに家名を授けよう」

 国王がそう言えば、ネールがてくてくとやってきて、どきどきとした様子で国王の言葉を待つ。……そして。

「今後は『黄金の光(ジレネユース)』と名乗るがよい」

 国王がそう言ったのを聞いて、ネールは小さく口を動かした。『じれね、ゆーす』と。それに続いて、『ねれいあ、りんど、じれねゆーす』と。

「温かな光であれ。その力は冷えた闇を照らし、人々にぬくもりを与えるためのものとせよ」

 ネールは何か、天啓を受けた英雄のような顔をしていた。また、小さく口が動く。『ひとびとに、ぬくもりを、あたえる……』と。

 ……そして、ランヴァルドを見て……何か、探していたものを見つけたような顔で笑う。ランヴァルドもそれに、笑い返す。もう十分すぎるほどに、ぬくもりを与えられているな、と思いながら。

 ネールは姿勢を正し、国王にぺこんと一礼し、笑みを浮かべる。黄金の光を投げかける太陽の如き笑顔が、会場を照らすかのようだった。


「そして、ランヴァルド・マグナス・ファルクエーク」

 続いて国王はランヴァルドに目を向ける。ランヴァルドは緊張しながらもその視線を受け止め……。

「家名を『氷を砕く者(イスブライターレ)』とせよ。……この国を覆いつくさんとする氷を砕き壊してくれることを、大いに期待する」


「さて。華々しくも新たに生まれた救国の英雄達だ。皆、盛大に讃えよ!」

 国王の音頭に合わせて、会場がわっ、と盛り上がる。見渡す限り四方八方から祝福されて、ランヴァルドはそれらに堂々と笑みを向けながら……思う。

 ……本当に、随分遠いところまで来ちまったなあ、と!




 そうして、大広間はそのまま祝宴へと突入した。華やかな音楽が奏でられ、ひとまず、主役が踊らないのは失礼にあたる、とランヴァルドは慌ててネールと一緒に踊り、更にネールにせがまれてもう一曲踊り、どこぞのご令嬢に声を掛けられて踊り、また踊り……。

 ……そうして体力が持たなくなってきた頃、適当にあしらってなんとか広間の壁際に退避した。隣にはいつの間にやらちゃっかりと、こちらも踊りに踊っていたはずのネールが居る。

「氷を打ち砕く、ね……随分と買い被られたもんだ」

 ランヴァルドが小さく零すと、ネールはにこにことした顔でランヴァルドを見上げてくる。……ランヴァルドには分かる。ネールのこの顔は、『別に、買い被られてないと思う』という顔だ!

「ついでに賢者サルヴィアとは……一体なんだ、こりゃ」

 更に、ランヴァルドがそうぼやくと、ネールは嬉しそうにランヴァルドの胸の勲章2つを眺め、つつき、またにこにこする。

 ……そして。

「ああ、それは便宜上新たに作った標章なのですよ」

 急にそう声を掛けられて、ランヴァルドはぎょっとした。

「イサクさん……驚かせないでくださいよ」

「いやはや、これは失敬、失敬」

 いつの間にやらやってきていたイサクは、にこやかにランヴァルドとネールに向き合い、『まずは叙勲、おめでとうございます!』と挨拶してくれた。ランヴァルドとネールはそれに応え……さて。


「それで、便宜上作った、というのは……」

「これからの活動に必要であろう、と思いまして。急遽、作成したものなのです。これから、古代遺跡の調査についてのお触れを出します。……この印をつけた者の調査に協力せよ、とね」

 イサクの答えを聞いて、ランヴァルドはようやく合点がいった。

 要は、今後ランヴァルドとネールが古代遺跡を調査するにあたって、『王命である』と分かりやすいようにする、ということなのだろう。ついでに、このように新たな標章を作ったことにより、その旨の通達である、と誤魔化しつつ古代遺跡の調査解体を進められる、ということだろう。

 国民の多くに古代人に関する事実を知らせないまま、古代遺跡の調査解体を進めるならば、確かにこれは理に適っている。

「歴史書の編纂や、薬学に携わる者など、この後も複数名に賢者の称号と標章が与えられることになっております。ま、つまり、木を隠すなら森の中、というわけでして」

「成程……」

 今回の叙勲の華やかさは当然、国を挙げてネールを英雄に祭り上げたい意図によるものなのだろう。だが、この華やかさについても、『賢者という新たな称号のお披露目を兼ねた』と言えば角が立ちにくいだろう。ランヴァルドは、『イサクさんの発案だろうな……』とひっそり思った。

「そして、まあ、古代人による危機はさておき、国を挙げて学問や調査研究を支援する、と方針を打ち出すことによって、国力の底上げを図りたい狙いもあります」

「大したお人だ……」

 ……ランヴァルドは只々舌を巻く思いである。ネールは分かっているのかいないのか、首を傾げているが。


「……と、まあ、そういう訳ですが、また古代遺跡の調査と解体のため、各地に赴いていただくことになるかと。特に……ネールさんが居らっしゃれば、既に暴走してしまっている古代遺跡と、それによって生まれた魔物共を押さえ込める訳ですから……『手遅れ』になったところを積極的に巡って頂くことになります」

「ええ。覚悟の上ですよ」

 少々申し訳なさそうなイサクに笑って見せて、ランヴァルドは自らの胸を指し示す。

「これに相応しく在れるよう、働きますよ」

 星光勲章と、賢者の標章。そして、貴族としての、兄としての、そして……ネールの保護者としての、立場。それらに相応しく在れるよう、ランヴァルドは一礼する。

「このランヴァルド・マグナス・イスブライターレにお任せください」

 まだ馴染みのない名を堂々と名乗れば、覚悟は決まる。

 ……この世界の命運を決する戦いに、身を投じる覚悟が。


6章終了です。7章開始は5月23日(金)を予定しております。

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― 新着の感想 ―
ようやく手放せないって自覚したんですね! 周りはとっくにセットとして認識してるのに!
シレネユースもイスブライターレもかっこいい〜~〜
商人らしくかき氷で大儲け!
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