砕き、照らす*1
王城へ向かう道中、ハイゼル領ハイゼオーサに立ち寄った。まあ、北部へ出る際、中部をどこか通るのは当然のことなので。ただ、ほんの少しばかり寄り道をすることにはなるのだが……イサクも、『あのお宿の食事は非常に美味しかった!』とにこにこ顔で、『林檎の庭』への宿泊を決めてくれた。
ということで、ランヴァルドは少しぶりにヘルガと話すことになったのだが……。
「へー。それじゃ、ランヴァルド。あなたまた物が食べられなくなったのね?道理で、なんか痩せた訳だわ」
「ま、そういうことになるな。……そんな顔しないでくれ。一応、もう食えるようにはなったんだから」
ヘルガは『またか』というような呆れ顔をしていたが、その表情の影にどうも、心配がちらついて見える。なのでランヴァルドとしては少々申し訳ない気持ちになってくる。
……ランヴァルドがファルクエークから出奔してすぐの頃、林檎の庭で世話になっていた時……ランヴァルドは、ヘルガに面倒をかけていた。その自覚はある。何せ、ここに来てすぐは特に、一切食べ物を受け付けない有様だったので。
それでもなんとか生き延びられたのは、ヘルガが『じゃあ寝てる間に食べさせとくわね』とやってくれたおかげである。……実際に寝ている間に食べさせられていたかは、定かではないが……まあ、ランヴァルドが起きている間も、何かと世話を焼いてくれたことは確かだ。
「今食えないのは単に、病人食に慣れた胃が普通の食事に戻り切ってないからってだけだ。それに、今回は完全な絶食はしていなかったんでな。まあ、こっちも戻りは早いだろ」
「あら、そうなの?」
「ネールがリンゴだの芋だの、食わせてくれたんでな」
ランヴァルドが、隣の席のネールをちらりと見ながら言ってみれば、ネールはにこにこと満面の笑みで、『私がやりました』とばかり、堂々と胸を張った。誇らしげである。実に、誇らしげである。
「あら……ふふ、そっか。ネールちゃんがランヴァルドの面倒、見てくれたのね?ありがとう」
ヘルガに褒められて、ネールは益々誇らしげである。ドラゴンを倒した時より誇らしげなものだから、ランヴァルドとしては『俺ってそんなに手がかかったか?……かかったな』と少々落ち込まないでもない。
「そんな偉いネールちゃんには、ケーキを食べてもらわなきゃね。今日のも美味しいわよ。ベリーのジャムを混ぜて焼いたバターケーキ!あちらのお客様にもご好評いただいてるわよ」
ヘルガが示す『あちら』を見てみれば……イサクが『これは美味!』とにこにこ顔でケーキをつついているテーブルの様子が見えた。アンネリエも表情が緩んでいるところを見ると、成程。確かにご好評である。
「……ランヴァルドも食べる?」
「ああ。頂くかな。……ただし、俺の分は小さくしておいてくれ」
「あらあら。逆を言うお客様は多いけれど、『小さくしておいてくれ』なんて滅多に聞かない言葉ね!」
少々芝居がかった仕草で肩を竦めて笑うヘルガが厨房へ消えていったのを見送って、ランヴァルドはネールに目をやる。
未だ誇らしげなネールは、ランヴァルドを見上げて、にこ、と笑う。少しばかり、気恥ずかしそうに。
「……うん。そうだな。今回もお前のお手柄だった。ありがとうな、ネール」
実によく働く英雄の所業を讃えるべく、ランヴァルドはネールの頭をもそもそ撫でてやる。するとネールは実に嬉しそうに、ランヴァルドにきゅうきゅうくっついてくるものだから、『あんまりこっちにくっつくと椅子から落ちるぞ』と忠告してやる。
……やがてケーキの皿を手に戻ってきたヘルガが、ランヴァルドにくっつくネールとネールにくっつかれるランヴァルドとを見て、『あらまあ、仲良し!』と笑うものだから、ランヴァルドももう、笑うしかない。
きゅう、とやってくる小さなぬくもりが心地よかったからでもある。
「……ネール。お前、部屋割り……いや、なんでもない……」
その夜。ネールはさも当然、というかのように、ランヴァルドのベッドに入っていた。
……一応、往路と同じように、ネールはアンネリエの部屋で一緒に寝るように伝えておいたのだが。ネールは何やら使命感に満ちた様子でランヴァルドのベッドに入り込んでいるものだから、ランヴァルドは最早、どうすることもできない。
「……おやすみ」
すっかり諦めたランヴァルドは、ネールが既に入っているベッドに潜り込み、そのぬくぬくとした柔い生き物が喜ぶのを横目に、さっさと眠ってしまうことにした。
……最早、ランヴァルドはネールがベッドに入っている状況に文句を言うことができないのであった。『育て方を間違えたし、俺自身の育ち方も間違えた』と自省の念に駆られつつもそんなものはさっさと手放して、ランヴァルドもまた、眠りに落ちていくのだった。
翌日の内には王城に到着したが、夕方になっていたので、その日はそのままゆっくりと休むことになった。イサクには『マグナス殿もお疲れなのですから、まずはそこを自覚して、休みすぎなほどに休んで頂かねば!』と言われているので、申し訳なくもありつつありがたく、休ませてもらうことにする。
……そうしてゆっくり休んで、体調もそれなりに良くなって、翌朝。
「えー、それではファルクエーク領での報告から参りましょうか」
ランヴァルドとネールは、会議室に通されていた。
イサクとアンネリエ……更に数名の学者や、国王の側近と思しき者が着席している中、ランヴァルドは『俺も随分遠いところまで来ちまったもんだ』とぼんやり思う。
「では、ランヴァルド・マグナス殿。よろしくお願いします」
「はい。……ファルクエーク領では、2基の古代遺跡を発見致しました。1つは平地にありましたが、もう1つは海沿いの崖下にあったもので、発見が遅れましたがまあ、最終的には支障は無かったかと」
地図に印を付けながら話せば、学者達が身を乗り出して眺めて、興味深そうに頷いた。
「では、最初の1基ですが……こちらは間違いなく、魔物の大量発生の原因となっておりました。ファルクエークの兵団が消耗戦に追い込まれるほどに、絶え間なく魔物が現れ続けるという状況で……ジレネロストとの違いは、魔物が純粋な魔力から生まれたものばかりであった点でしょうか」
ランヴァルドがそう説明すると、国王の側近達も険しい表情で頷く。……彼らも一通りは、イサク伝いに報告を受けているのだろうが、より細かな情報を得て、より深刻な事態と受け止めているらしい。
「魔力由来の魔物が多かったことからか、魔物の強さは一般的なものとは一線を画すものでした。並大抵の兵では、消耗戦にすら持ち込めなかったかもしれません。ファルクエークが北部の、軍備に優れた領地であったがために被害は限りなく少なく抑えられたのです」
「成程……では、中部や南部で同じことが起きた時には……」
「ジレネロスト同様、町が1つ2つ、滅ぶかと」
……ランヴァルドの言葉は重く受け止められた。この場に居る者達にとって、ジレネロストの大災害のことは記憶に新しい。あれが再び、となれば、当然、皆が警戒する。
「……遺跡の内部についてですが、今までの古代遺跡以上に、酷く魔力と氷が吹き荒れていました。操作は私が行い、古代魔法装置の作動に必要な魔力はネレイアが出して……無事、稼働を停止させました。然程難しい操作ではありませんでした。恐らく、知識と一定以上の魔力さえあれば、誰にでも可能かと」
「それは素晴らしい。……して、遺跡の稼働停止によって、魔物の出現も止まった、ということですか?」
「……その場面について、私自身は確認していません。ですが、遺跡の外では、残っていた魔力全てを消費したかのようにドラゴンが出現したようです。それ以降は、魔物の出現はぱたりと止みましたが」
少々希望を抱いたらしい学者に『ドラゴン』と言ってやれば、彼らは青ざめ、『なんということだ……』と俯いてしまった。
……ネールがあまりにもあっさりとドラゴンを仕留めるのでランヴァルドも忘れかけるが、ドラゴンとは脅威なのである。それ単体で町1つを滅ぼし得る力を持った魔物なのである。ネールにとっては、『ちょっと飛ぶ、ちょっと強い魔物』くらいのものなのだろうが……。
「英雄ネレイアの奮闘ぶりについては、ファルクエークの新領主であるオルヴァー殿からもお話を伺っております。黄金の光を纏い、暗雲を裂くかのような……鋭く力強くも美しい戦いぶりであったとか」
イサクがにこにこと言葉を添えれば、ネールがもじもじしながら嬉しそうに笑った。
……それを見て、城の重鎮達もにっこりする。つくづく、ネールは得な性分なのであった!
「そして、2基目については、より酷かった」
それからもランヴァルドの話は続く。古代遺跡および古代魔法の装置に脅威を感じる彼らを更に脅すようで申し訳ないような気もしたが、真実を伝えないことには、どうしようもない。
「……諸事情あって、私1人で古代魔法の装置を止めることになりました。魔力は、その場にあった氷から補填して……」
「氷から魔力を?魔石ではなく?それでは効率があまりにも」
「食いました」
「食っ……た、のですか!?そうまでして、魔力を……!?」
……場内が絶句する。
まあ、古代遺跡の魔力を含む氷を食らって魔力を補った、など、貴族の血を引く者としては恥である。だがランヴァルドは『ああそうとも。俺はそういう無茶な小細工でようやく舞台に上がれる程度の三流だ』と開き直って、説明を続けた。
「それでもなんとか魔力は足りましたが……今振り返って考えると、少々おかしかったかと。古代遺跡由来の魔力を用いた場合、古代遺跡を操作するために必要な魔力量は減少するものと思われます」
「な、成程……ということは、魔力の予備として魔石を使用する場合は、古代遺跡の近くから産出したものを選んだ方が良さそうですね」
「でしたらジレネロストの遺跡付近が丁度、魔石の鉱脈になっておりますので、そちらを是非。ジレネロストの魔物が絶えた後の冒険者達の稼ぎ口として、魔石の採掘事業を行っておりまして……」
……ついでにジレネロストの金儲けにも漕ぎつけていく。ランヴァルドは商人だ。商機を見逃すわけにはいかないのである。
「まあ、古代遺跡と古代人についての事情は、できる限り伏せておいた方が良いかもしれませんからなあ。その場合には、事情を既に知っているマグナス殿が居らっしゃるジレネロストの魔石を買い付けるのは、確かに理に適っております」
イサクが後押ししてくれたこともあり、ランヴァルドは内心で満面の笑みである。このまま押し切って、なんとかジレネロストの利益を増やしたい。守銭奴は転んでもただでは起きないのであった!
……そうして話は進み。
「では、王城で調べがついた情報についてですが……」
ようやく、王城側の情報が手に入る運びとなった。ランヴァルドは少々緊張しながら話を聞く。
……ブラブローマで判明した、例の古代人のことは、気がかりだった。今回のファルクエークでの古代遺跡の暴走も、恐らくは彼女の仕業なのだろう。
そして今もきっと、どこか別の古代遺跡で同じことをしようとしている。……その緊迫した状況下であるが故に、ランヴァルドは緊張せざるを得ない。
「古代文明の終焉について、ハイゼルやステンティール、ブラブローマといった新たに発見された古代遺跡から情報が集まりまして……どうも、古代文明が滅びた時期に全ての古代遺跡が稼働を停止したようです。……当時、古代人は2つに割れて、争っていたとか」
……そうしてランヴァルドは、古代遺跡および古代文明について、少しばかり知ることになるのだ。
聞いた話では、『古代文明は仲違いによって滅びた』ということらしい。
……というのも、どうやら古代人は2つの派閥に別れて争うことになったのだとか。
その2つの派閥というものが……『魔法を捨てるべきだ』という考えの者達と、『これからも魔法を使い続けるべきだ』という考えの者達。その2つであったと。
その2つの内、どちらが残ったのかは簡単に推測できる。……『魔法を捨てるべきだ』とした一派だ。
それもそのはず、今、この世界には古代文明最盛期ほどの魔法は存在していない。
貴族でもない者は普通、魔法を使うことなどできない。魔法を使うための血が濃いとされる貴族であっても、ランヴァルドのようなできそこないが生まれる始末だ。ついでに、古代遺跡から見つかる魔法の道具の多くが未だに再現できないことも、それの証明になるだろうか。
……と、まあ、つまり、魔法を使おうとする一派は、この世界から消えた、ということになる。そうしてこの世界は、魔力を失っていき、魔法を当たり前に行使する者の数を減らしていき、今に至る、という訳だが……。
「消えた古代人の一派……親魔力派、とでも言うべき者達は、この世界から消えたわけです」
学者の1人がそう説明しながら、険しい表情を浮かべている。
「……ですが、もしかしたら、彼らはまだどこかで生きているのかもしれない」
「どうも……この世界ではない世界が存在しているような記述が、古代遺跡から見つかりました。……古代遺跡の魔力は、そこから誘引しているのだ、とも」




