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クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
第六章:氷を喰らい生きる者
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絶望より性質の悪い*2

 ……それからも数度、ネールに光ってもらって下の様子を把握した。

 やはり、魔力が濃いらしい。そして奥に、古代遺跡の気配がある、と。ランヴァルドとしては頭を抱えたい。『せめてもうちょっと立地を考えてくれ!』と古代人連中に文句も言いたい。


「あー……ネール。悪いが、少し待っててくれ。俺達もそっちに行きたいんだが、飛び降りたら死ぬんでな……下に下りる道を探す」

 気を取り直したランヴァルドはネールに呼びかけると……ひときわ強く、ぴか、と黄金色の光が走り、それに続いて、すぱり、と雪庇が斬れ飛んだ。……どうやら、ネールが例の魔法で斬り払ってしまったらしい。大したものである。

「あー、助かる。成程な、ここまでは崖か……」

 ……折角のネールの好意なので、ランヴァルドは崖ギリギリまで進む。そして崖下を覗き込み……『ああ、こうなってるのか』と納得した。

 崖下は、すぐに海というわけではない。崖下は、海辺の岩場である。そして、そこで光るネールがよく目立つ。

 ネールが放つ光に照らされる海は……海岸付近は、凍り付いている様子であった。まあ、ファルクエークの海は、冬場は基本的にこの有様なのである。

 また、岩の隙間には魔物の死体らしいものがいくらか見えた。既にネールが片付けた諸々だろう。それらの中にはドラゴンの死骸も混ざっている。

 そして……。

「……崖下に洞窟でもあるみたいだな」

 崖下でネールが指差す方を見る限り、どうも、ランヴァルド達が今居る崖の、その真下あたりに洞窟があるようである。

「ああ……夏場に船から見たことがあります。確かに、洞窟のようなものが見えました」

「成程なあ……さて、困ったな。どうやって行くか」

 ランヴァルドが少々困っていると、オルヴァーは少しばかり考え、それから辺りを見回して……。

「でしたら、あちらから回り込む方が良いかと。確か、あちらが低くなっていますから」

「成程な。まあ、雪が積もってるが……そこは諦めて進むしかないか……」

 ……確かに、海に向かって下っている個所は、ある。だが、それらも全て雪に埋もれているので、できればそんなところを歩きたくはない。うっかり足を滑らせて転落したが最後、嫌な死に方をするのが目に見えている。

「それでしたら……俺が融かしますよ」

 だが、オルヴァーはそう言って、剣を抜いた。


 オルヴァーが剣を構え、何事か少々集中すれば……オルヴァーの剣が、燃えるように輝く。そして。

 鋭く風を切り裂いて振り抜かれた剣が、轟、と燃えた。更に、燃え盛る炎は剣を振り抜いたその先にまで及び……。

「……いや、大したもんだな、本当に……」

 ……ランヴァルドが唖然とするしかない程に力強く、炎が雪を融かしていく。そうして雪が消えてしまえば、岩場の形が随分と分かりやすくなった。

「この程度は序の口ですよ、兄上。さあ、行きましょう」

 オルヴァーはこれだけの魔法を使っておきながら、消耗などまるで感じさせない足取りで先へ行く。

 ランヴァルドもありがたく、歩きやすくなったその道を進ませてもらうことにした。




 次第に暗くなっていく中、なんとか、ランヴァルドとオルヴァーは崖下の岩場まで降りることができた。オルヴァーとネールがそれぞれに魔法で光を灯してくれたので、迫りくる宵闇も苦にならない。

 ……特に、ネールの存在はありがたかった。何せ、光が強い。しっかりと影ができる程に明るく光るネールがランヴァルド達を迎えにぴょこぴょこやってくれば、それだけで道が明るく照らされて歩きやすいのだ。

 ……オルヴァーも光を灯してくれていたのだが、ネールの光量には流石に勝てない。途中からはオルヴァーも苦笑しつつ、光を引っ込めてネールの光に導かれることにしていた。


 そうして崖下に辿り着いたランヴァルドとオルヴァーは、ぴょこぴょこと嬉しそうに跳ねるネールに導かれ、崖下の洞窟へと進む。

「……魔力が、濃いですね」

「ああ……少しキツいな」

 洞窟の中は、魔力が濃い。『ああ、これはこの先に間違いなく何かがあるな』と分かる程度には。

 ネールが照らしてくれる洞窟の壁面は、次第に天然の岩石を掘り抜いたものではなく、白い石材によって人工的に整えられたものになっていく。

 そして、そんな白い石材の壁と床、天井、更に柱……と見ていれば、ここが何かは嫌でも分かる。

「流石の古代遺跡だ」

 ……ここは、古代遺跡だ。

 それも、前回見たものより、ずっと規模が大きいものだ。




「地下にこんなものがあったとは……」

 オルヴァーは驚きながら、古代遺跡の通路を進んでいく。彼はこの壮大な建造物を前にして、驚きと同時に畏怖のようなものをも感じているらしい。

「どういう目的で造られたものなのかによるが……まあ、大方ここが悪さしてるんだろうな」

 一方のランヴァルドは、いい加減古代遺跡を見慣れこそしているものの、基本的に古代遺跡では嫌な思いしかしていない。自然と苦い顔になってきた。

 今回は無事であれますように、と思う一方、『どうせ痛い目を見る羽目になるんだ。どうせ……』という諦念の方が強い。


「……俺も、古代遺跡について調べてみたんです」

 オルヴァーがふと、そう零す。

「書庫にあった古い資料に、いくらか情報がありましたから。……古代遺跡は古代魔法の産物であり、古代魔法が唯一残る場所である、とありました。古代魔法はもちろん、古代文字の研究にも使われているんですよね」

「そう、だな。まあ、俺もそう詳しい訳じゃないが」

「……古代魔法についても学びましたが、前回、実際のものを見てようやく、『ああ、これが古代魔法の装置か』とようやく納得がいきました。……兄上はあれを制御できるのですね」

「制御なんてもんじゃないさ。ただ、ちょっとばかり読み解いて、ちょっとばかり弄るだけだ」

 ランヴァルドは自嘲気味に笑いながら言って、目を伏せる。

 ……オルヴァーならば、ランヴァルドよりよほど上手くやれるはずだ。古代魔法を読み解くのは、ランヴァルドのように理詰めでやらずともある程度こなせるのだろうし、それらを意図したように動かすことだって、ある程度はできるのだろう。

 そして何より、オルヴァーであるならば、ランヴァルドのように古代魔法の装置を動かすためにわざわざネールの魔力を借りずとも、自分の力だけでこなせるのだろう。先程の様子を見てもそうだったが、オルヴァーはやはり、魔法の才がある。

「……ここが何なのか、俺は知っておきたいです」

 オルヴァーはふと、硬い声でそう言った。ふとそちらを見てみれば、声と同様、硬い表情で前を見据えるオルヴァーが居る。

「ファルクエークを、治める者として」

 ……緊張しながら吐き出したのであろう言葉に、ランヴァルドは少しばかり、笑う。

 オルヴァーなりの、宣戦布告なのだろう。自分の立場を奪おうとするランヴァルドに対しての。

「ああ、そうだな。今後もこういうことが無いとは言えない。もし、ここ以外にもまだ古代遺跡があるようなら、それらが悪さをする可能性は十分にある。知っていてくれるなら心強い」

 ランヴァルドはあまり深く考えないようにしながら、オルヴァーの言葉を肯定した。

 ……そう。あまり、深く考えないようにした。

 していたのだが。


「俺は、逃げませんよ」

 オルヴァーは、今度こそはっきりと、ランヴァルドを睨む。『逃げない』と言う以上に、『逃がさない』と言うかのように。

 そのグレーの瞳には未だ、困惑や怯えが混ざっていたが……それ以上にはっきりと浮かぶのは、憎悪である。

「ファルクエークが一番大変だった時に何もかも投げ出して逃げた貴方とは、違う」

「……は?」

 そしてランヴァルドはといえば、謂れのない憎悪にただ、困惑することしかできない。




「何を……」

 ぽっかりと頭に穴が開いたように、何も考えられないままランヴァルドは問い返す。聞きたいような、聞きたくないような、そんな気分で。

「……あの時も、冷夏だったそうですね。収穫は少なく、そうであるのに他の産業もまた、不調だったと聞いています」

 ……思い出す。ランヴァルドが家を出る決心を固めたあの年は、確かに冷たい夏だった。元々、寒さで麦が育ちにくい土地柄であるところのファルクエークは、それこそ壊滅的な打撃を受けたのである。

 更に、街道を潰すように土砂崩れが起きた。流通が滞れば産業全体が打撃を受ける。特に、中部や南部から食料を集めるにしても流通の為の道が無いという状況の中、備蓄の麦をどこにどう分配すべきか、叔父が頭を悩ませていた。

 北部の外の領地に頭を下げて食料を分けてもらうしかないだろうか、とも相談していたが……その後の決定は、ランヴァルドの知るところではない。

 ……そう。ランヴァルドが知っているのは、そこまでだ。何せ、ランヴァルドはその直後、毒を盛られて死にかけている。ファルクエークに居られなくなり、ハイゼルまで逃げ延び……そしてそれからのランヴァルドは、進んでファルクエークの情報を手に入れようとはしなかった。

 その後、『ファルクエーク領は随分と傾いている』と情報を耳にして、『ざまあみろ』と思ったものだが……それだけである。

 ランヴァルドは知らないのだ。ファルクエークに何があったのかも。自分が、何をしたことになっているのかも。

 そして……。


「あの時、父上が貴族としての責務を果たされている時に1人、逃げ出しておいて……次期領主の座を放り捨てた癖に、今更、何をしにここへ戻ってきた!『愛する故郷』だなどと、よくも言えたな!」

 どれだけ、自分が憎まれているのかも。ランヴァルドは知らなかった。

「貴族の誇りにかけて!……許すわけにはいかない!」

 自分に剣が迫る、この時まで。




 キン、と鋭く音が響き、それから数秒遅れて、カラン、カラン、と何かが床に落ち、滑っていく。

 ……咄嗟に剣を抜くことはおろか、避けようともしなかったランヴァルドとオルヴァーとの間に割って入ったのは、ネールである。

 ネールはそのナイフ2本と小さな体だけで、オルヴァーの渾身の一撃であったのだろうその剣を防ぎ、更には剣を切断していた。

 そしてネールは、飛び掛かった勢いのままにオルヴァーを床へ蹴倒し、唖然としているオルヴァーに馬乗りになると、ナイフを振り下ろして……。


「ネール!やめろ!」

 ランヴァルドが叫べば、ネールは、ぴたり、と腕を止めた。

 ネールのナイフが突き刺さる寸前であったオルヴァーの喉が、ひゅ、と動く。

 ……だが、ネールは動きを止めただけだ。ナイフは依然として、オルヴァーの喉の寸前で動かない。

 ネールはその目から、ぼろぼろと大粒の涙を零しながら、じっと、ナイフの切っ先を睨んでいた。




 そのまま、数呼吸分、時が止まったかのようだった。緊張と怒りに浅く速くなったオルヴァーの呼吸と、ネールの荒い呼吸とが微かに聞こえるばかりである。

 ……そして、その静寂を破ったのは、オルヴァーであった。

「この……」

 オルヴァーはネール越しに、ランヴァルドを睨んでいた。

「卑怯者……!」




 その瞬間、暴風が吹き抜けていったかのように感じられた。だが、風ではない。

 ネールの髪をぶわりと揺らしていったものは、風ではなく……魔力である。


 ぴし、ぴし、と床が凍てついていく。

 ……まずい、と思った時にはもう遅い。

 ネールの感情が荒れ狂うのに共鳴するかの如く、遺跡の魔力が荒れ狂い……ばん、と、奥の扉が開いた。

書籍発売中です。詳しくは活動報告をご覧ください。

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― 新着の感想 ―
雪って火炎放射器でもなかなか溶けないのに!オルヴァーくん地味にすごい
オルヴァーは騙されてるだけだからなあ 母親が息子⚫︎害未遂のモンスターなんて知らんだろうし
さらけ出してくれたら和解への道は開けるもんね!ネールが居るぶんちょっと物騒だけど。 よく親抜き場面で吐き出したよ。良いタイミングだよ。きっと大好きだったんだろうな兄上のこと。
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