輝かしい功績*2
「まあな……魔物が出現する速さを考えれば、分かることだったか……」
「これほどまでに魔力が濃いとは……」
ランヴァルドとオルヴァーが頭を抱える横で、ネールはやはり『厄介……』と神妙な顔をしている。
「……兄上。これは一体、何なのですか?何故、これほどまでに魔力が?」
「さあなあ……実際、詳しいことは分かっていない。ただ、一部の古代遺跡には、魔力を大量に発生させ続ける装置が備わっているらしい。ここもその類だ、っていうことだな」
ランヴァルドはため息を吐きつつ、ついでに『せめて魔力と一緒に冷気も出てくるのはどうにかならないもんか』と嘆く。
……魔力だけ、或いは吹雪だけなら、まあ、まだマシなのだが。だが残念ながら、この遺跡は無慈悲にもこの有様である。これをあの古代人がやっているのだとすれば、随分と悪辣なことだ。無論、本人にそのような悪意はないのだろうし、それ故に厄介なのだが……。
「……埒が明かないな。よし、行くか」
だが結局は、覚悟を決めるしかない。ランヴァルドは深々とため息を吐いて、ネールに『よし、行くぞ』と声を掛ける。ネールは心配そうにランヴァルドを見上げながらも、こく、と頷いた。
「あ、兄上?」
「オルヴァーはここに居てくれ。お前に何かあったら困る」
オルヴァーに声を掛ければ、オルヴァーは明らかに戸惑った様子であった。
「い、いや、俺も……」
「お前が居なくなったらファルクエークはどうなる?」
ついて来ようとしかけたオルヴァーを押し留めて、ランヴァルドは苦笑する。
……そっくり同じ台詞を、あの日に至るまで、幾度となく自分に投げかけ続けていたランヴァルドが、これをオルヴァーに言うとは。何とも身勝手なものだ。
「ま、後は……俺の死体が出ても、ネールじゃ運べないからな。頼んだ」
だがこうするしかない。ランヴァルドは笑ってみせると……もう一度、扉に手を掛けた。
一秒にも満たず、体温が奪われる。
荒れ狂う魔力に意識が持っていかれそうになる。
そんな中を一歩進んだランヴァルドは……ふわ、と、妙に温くて柔らかなものに包まれたような、そんな感覚を味わった。
「……よし、でかしたぞ、ネール」
見れば、ネールは自分をランヴァルドごと、ふんわりとした黄金色の光で包んでいる。そしてそのおかげで、少々マシになった。
黄金色の光は、ネールの魔力なのだろう。遺跡の魔力がそれにぶつかって、ある程度消えてくれているらしい。『これならもう少しはもつか』とランヴァルドは考え……そして、遺跡の中央、古代魔法の装置とその制御盤へ近づいていく。
幸い、制御盤は他の遺跡で見たものと大差無い。これならなんとか読み解けるだろう。
ランヴァルドは、『すっかり慣れちまったな……』と内心で深々とため息を吐きつつ、自分の腰に、きゅ、とくっついてくるネールのぬくもりを感じつつ、古代魔法へ挑むのだ。
……しばらく、読解に掛かった。というのも、ランヴァルドの集中はどうにも、弱まりがちであったので。
ネールに守られていても、寒さは容赦なくランヴァルドの体力を奪う。魔力は容赦なくランヴァルドの精神を削っていく。
刃めいた鋭い氷が吹き付けては、ランヴァルドに鋭い切り傷を作っていった。せめてネールは切り裂かせまい、とネールを外套の内側に入れれば、ますますくっついてくるネールのおかげで多少、温かいような心地がした。
……北部の冬の、殊更酷い天気の日もかくや、といった様相である。それなりに防寒具を着込んで、覚悟も決めてこの部屋へ入った。
だというのに、それでも、相当に辛い。
ネールがその感覚で魔法をなんとなく読み解き、『こっち』『あっち』と指示をくれるのを道しるべにしながら、結局のところはランヴァルドが魔法を読み解いていくしかない。
こうまでして魔法を読み解こうとせずとも、ネールが『とりあえず、止める』と念ずれば、それだけで遺跡の機能は停止できるだろう。
だが、それでは駄目なのだ。ランヴァルドは遺跡が想定した動かし方をしたいのではない。この遺跡がもう二度と動かないように、解体しなければならないのである。
それ故に、この装置が動いている間に魔法を読み解くのだ。どこを解体して、どのようにこの遺跡を完全に無力化するのか。ネールにも分からない、『遺跡にとって想定外の』動かし方をしなければならないのだから。
そうしてランヴァルドはなんとか、魔法を読み解いて……そして。
「ネール……頼む」
ランヴァルドが制御盤の上に置いた掌に、ネールの小さなてが、ふに、と重なり、魔力を流し始める。
温かな陽だまりのような魔力が広がるのが分かる。少しばかり、ランヴァルドもまたその恩恵に与って、『ああ、暖かいな』と思う。
……そうして黄金色の光が制御盤から染み渡っていけば、無事、ランヴァルドが狙った通りに遺跡が稼働を停止した。
「よし……後は、解体だな。もう一回動かされないように、細工して……」
だが。
動こうとした直後、ランヴァルドは強烈な眩暈にふらつく。
寒さに凍えた体は上手く動かず、ランヴァルドはそのまま床に倒れることになった。
床が冷たい。またも急激に体温が奪われていくのが分かるが、体が動かない。
ネールが慌てて駆け寄ってくるが、意識が朦朧として、それさえもぼんやりとしか分からない。
ふと見れば、白い石材の床の上に、赤く血が落ちていることは分かった。倒れた拍子にどこか切ったのか、それとも、元々氷の刃でどこか切っていたのか。はたまた、古代人と接触した時のように、鼻血でも出ているのか。
……ぼんやりと霞む視界の中、寒さと魔力にやられた体で、ランヴァルドはただ、白地に落ちた赤い斑点を見つめて……自分が血を吐いたテーブルクロスを思い出す。
続いて、それを見た日の夜中に家を抜け出したことも。南へ向かう道中で吹き付けてきた雪風も。
再会した母の、こちらを見る目も。
思い出すな、と理性で留めようにも、その理性はすっかり凍えて働かない。そもそも、体が動かないのだ。凄まじい眩暈によって立ち上がることもままならず、最早、どうすることもできない。
ネールがランヴァルドを揺すり起こそうとしている。だがランヴァルドは耐えきれず、目を閉じた。
次にランヴァルドが目を覚ました時、ぱちぱちと焚火が爆ぜる音と、遠く聞こえる吹雪の音……そして、火と寝袋のぬくもり中に居た。
周囲を見てみると、白い床や壁は古代遺跡のものだと分かる。だが、向こうの方から雪風の音が聞こえてくるところから察するに、比較的、出口に近い位置なのだろうとも思われた。
少なくとも、最深部のような強い魔力と冷気に満ちているわけではなく……まあ、それでも魔力はそれなりに濃かったが、そこまで酷いものでもない。
「ここは……」
起き上がろうとして、強い眩暈と頭痛に呻く。……そうして痛みに耐えていれば、自分が意識を失う直前のことを思い出す。
ひとまず、古代魔法の装置は止めた、はずだ。だがその直後、解体する前に倒れた、と。
……それから、白い床に散った血の赤も思い出して、ランヴァルドは顔を顰める。思い出さないように、と努めても、どうにもこれが難しい。
「兄上」
だが、そんなランヴァルドの思考を打ち切ってくれる存在がやってくる。
「オルヴァー……すまない、俺はどれぐらい寝てた?」
「ほんの一刻ほどです。まだ、寝ておられた方がよいのでは」
オルヴァーはランヴァルドの顔を覗き込んで、心配そうにしていた。……当然だが、ランヴァルドをここまで連れてきてくれたのはオルヴァーだろう。
「遺跡は、どうなった?ちゃんと止まったか?」
「ええ。無事に」
……まあ、ひとまず、自分の仕事は1つ、終えたようだ。後は、ランヴァルドが苦労してなんとか読み解いた情報を元に、装置に物理的な変更を加えて、動かないようにしてしまえばいい。装置の中をある程度見ることになるだろうが……まあ、そこはネールも居ることだ。心配ないだろう。
「ネールは?」
「少し前に外へ出ていってしまいまして……書置きをしていったようですが」
書置き、と首を傾げつつ、ランヴァルドはなんとかかんとか、ネールが書置きを残したという床を覗き込み……。
「芋掘り……」
『いもほり』と書かれたその床を見て、ランヴァルドは気が抜ける思いであった。
「兄上。『いもほり』とは何かの暗号ですか?」
「ああうん、そうだったらよかったんだけどな……多分そのままの意味だ。あいつは芋ほりに行った……」
「は……?」
オルヴァーが何とも言えない顔をしている中、ランヴァルドは『そうまでしなくていいんだぞ』とネールにどのようにして伝えるか、思案し始める。
ネールのことだ。ランヴァルドにものを食べさせるために、昨日のように芋を持ってこようとしているのだろう。健気なことである。だが、こんな時にまでそうしなくとも、とも、思う。
「何故、芋を……?」
「俺に食べさせたいらしい」
最早、どう答えていいものやら分からず、ランヴァルドはそれだけ言ってため息を吐いた。
……つくづく、ランヴァルドはネールに振り回されてばかりである!
「ネールが戻ってきたら、もう一度さっきの部屋に戻って、古代魔法装置の解体を進めようと思う」
芋掘りはおいておいて、ランヴァルドはオルヴァーにはさっさと今後の予定を説明しておくことにした。
「再び、ですか?危険ではありませんか、兄上」
「いや、大丈夫さ。もう魔力も吹雪も止んでいるし、そう危険は無いだろう」
オルヴァーはランヴァルドを案じているようだったが、ランヴァルドはそれを振り切って立ち上がる。……眩暈は相変わらず、あった。体のあちこちは氷で切った切り傷だらけだ。だが、さっきよりはマシである。
「さて、ネールを呼ぶか……そう遠くへは行ってないだろ」
出口と思われる方へ歩いていけば、オルヴァーは相変わらず心配そうな顔ではありながら、ランヴァルドを止めることはしなかった。
そして……。
「ああ、ネール。戻った、か……」
そこへ丁度、ネールが戻ってきた。意気揚々と、明るい顔で。その手には、小さな芋がいくつも握られている。
だが、それ以上に気になるのは……。
「……ネール。外で魔物と戦ったか?あー、その、ドラゴンとか?」
ネールは、こくり、と頷いた。だろうなあ、とランヴァルドは思った。
何せ、ネールの手には芋のみならず……ドラゴンの鱗らしいものも握られていたので……。




