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クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
第六章:氷を喰らい生きる者
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輝かしい功績*1

 夜も近づく時刻だが、今日中に古代遺跡を何とかしてしまいたい。ランヴァルドは橇の上で大まかな計画を立てる。

「できれば、古代遺跡の中で夜を明かしたいところだが、まあ……古代遺跡の中はいつものアレなんだろうからな……。処理を終えてからじゃないと、中での野営はできないだろう」

 ネールが隣でこくこくと頷きながら一生懸命に聞いている。そしてその向こうでは、オルヴァーもまた、ランヴァルドの言葉をそっと聞いていた。

「そういうわけで、ネール。古代遺跡をさっさと見つけるのが何よりも大切だ。気配を感じ取ったらすぐ、橇を導いてくれ」

 ネールはなんとも嬉しそうに胸を張って頷いた。……最近分かってきたことだが、ネールは何か仕事を任せると大層喜ぶ。『まあ、子供は大体皆、そうか』とランヴァルドは自分自身の子供時代を思い出した。自分も、父に何か仕事を任されると誇らしく、嬉しかった。

「さて……今回のも、『あの子』の仕業か」

 続いてネールにそうぼやくと、ネールも神妙な顔で頷いた。

 ……『あの子』とは、例の古代人のことだ。彼女には名前が無いとのことだから、他に呼びようがない。その結果が、『あの子』なのである。

 これについてランヴァルドは、『不便だし、いっそ適当に名前を付けちまうか……』とも思っているが、それはまた後々のことになるように思われる。

 少なくとも、既に異変が起きているファルクエークにいつまでも滞在している相手だとは思えない。次の古代遺跡を探しに、既に発った後だろう。

「……ま、会いたいような、会いたくないような、微妙なところだな」

 ランヴァルドの言葉に合わせて、ネールはこくこくと頷く。ネールとしても、例の古代人には会いたいような会いたくないような、らしい。


「兄上。『あの子』とは?」

 そうしてネールと話している間に、オルヴァーがそう、尋ねてきた。他ならぬランヴァルドが喋っていることであるが故に、気になったのだろうが……。

「ああ、詳しくは言えない。すまないな。王命によるものだと思ってくれ」

 ランヴァルドは苦笑しながらそう、さっさと断った。オルヴァーは少々不満げな顔をしていたが、こればかりは仕方がない。

「そうだな……まあ、俺とネールは、ファルクエークに来る以前も幾つかの古代遺跡を巡って、そこで魔力が発生している原因を潰してきたんだ。こうなってるのは、ファルクエークだけじゃない。魔物が大量発生しかねない事態はあちこちで起きてたし、起きてる」

「そう、なのですか……」

 オルヴァーは戸惑いの表情を浮かべてランヴァルドをちらり、と見た。だが、すぐに視線を橇の床へと落とし、何やら思案し始める。

「まあ……それが今回偶々、ファルクエークだった、っていうことらしいな。もしかしたら、今もほぼ同時に別の場所で、同じようなことが起きているかもしれない」

 何も、ファルクエークがファルクエークであったが故に起きた問題ではない。いわば、これは天災のようなものだ。

 ……そう、ランヴァルドは思うのだが。

「……本当に、偶々なのでしょうか」

 オルヴァーはふと顔を上げて、そう言った。

「ファルクエークが狙われた理由が、何かあるのでは?」

 オルヴァーの目は、じっとランヴァルドを見ている。

「……何も無い、と言い切れるほどの材料は揃ってない。だが、『相手』にとっては、どこがどこでもどうでもいい話なんだろうしな……」

 ランヴァルドとしては、どう説明してよいものやら、少々困る。未だ、例の古代人のことはよく分かっていない。彼女の価値観も、世界に対する思いも、何も。……だが、その中でも感じ取れるものがあるとするならば、『考え方の根本からしてこちら側とは異なる』ということだけだ。

「その『相手』というのは、魔物ですか?」

 オルヴァーがそう問うのに、一瞬、どう返してよいものやら逡巡した。……だが、結局はランヴァルドの答えは大凡決まっているのだ。

「……そうかもな。だが俺は、人間だと思ってるよ」




 そうして橇が走り、時々、ネールが『あっち』『こっち』と指示を出し……ファルクエークの雪原を越えた先、海を臨む岬の付け根のあたりにて、古代遺跡らしいものが見つかった。

『まあ、どうせ岬かそのあたりだろうな』と予想はついていたので、然程面倒も無かった。何より、ネールが居ると魔力を感じ取ってそちらへ導いてくれるので、とてつもなく楽である。

「これは……また、魔物が……」

 だが、そんな古代遺跡の周辺には、魔物が大量に存在している。ずっと、オルヴァー達が奮闘していたというのに、だ。

「復活が早いな」

「そんな……どうしてこんなにも、魔物が」

「それだけ、魔力が濃いんだ。俺は魔力が少ないからな、よく分かる」

 ネールのように魔力を感じ取って辿れるほどではないが、ランヴァルドもまた、ネールとは別に魔力を強く感じ取る性質である。……まあ、つまり、すぐ魔力に中てられて体調を崩す、ということだが。

 今も、このあたりの魔力が濃いことはランヴァルドの肌で十分に感じ取れている。古代遺跡の中に入ったら、もっと酷いのだろうと思われた。気が滅入る。

「よし、ネール。やっちまえ」

 ……だが、少なくともランヴァルドは、オルヴァーのように『多すぎる魔物』に対しては、まるで絶望していない。何故ならば、ネールが居るからだ。


 ネールはランヴァルドの言葉を聞いて頷くと、すぐさま飛び出していった。

 オルヴァー率いる兵士達が動くより先に数体の魔物を倒して、更にその奥へ、より魔物が居る方へ、と突き進んでいく。

 まるで、一陣の風のようだ。それでいて、その風が吹き渡った後には、何も立っていることができない。強い、強い風である。

「なんという……」

 この光景を見て、オルヴァーも兵士達も、ざわめいていた。……彼らが命懸けでなんとか倒していた魔物達が、ネールの手にかかればほんの一秒程度で片付いてしまうのだ。当然、慄きもするだろう。

「兄上……彼女は、一体」

「『竜殺しの英雄ネレイア・リンド』だな」

 恐らくオルヴァーが聞きたかったこととは別のことをさらりと答えて、ランヴァルドは笑う。

「国王陛下も彼女のことは大層お気に召しておいでだ。何せ、各地の問題を片っ端から解決して回ってる、根っからのお人よしだからな」

「そう、なのですか……」

 オルヴァーは恐れのような視線を、ネールが戦っている方へと向けていた。……なので。

「まあ、そんなに怖がらなくてもいい」

 ランヴァルドは、こう言うのだ。

「あいつはお人よしの、ただの優しい子供だ。ちょっとありえないくらいに強いが、それだけだな」

 ……オルヴァーはどこか納得がいったような、いっていないような、そんな顔をしていたがランヴァルドはそれ以上は何も言わないことにした。

 後の判断をするのは、オルヴァー自身であるべきだから。




 それからオルヴァーと兵士達も魔物をいくらか倒し……その十倍に届くかという数をネールが仕留め、こうして魔物は消えた。

 どうせもう少しすれば新たな魔物が生まれるのだろうが、それくらいならオルヴァー達に任せてしまっても問題あるまい。

「じゃあ、遺跡内部に入ってくる。そちらはそちらで上手くやってくれ」

 そういうわけで、ランヴァルドはネールを伴って、早速遺跡へ向かったが……。

「いや、兄上!俺も同行します!」

 そう、オルヴァーがやってきたため、足を止める。

 ……そしてそのまま考える。

 やる気があるのは結構だ。オルヴァーとしても功績が欲しいのだろうし、それを邪魔するつもりもないランヴァルドは、オルヴァーを止めるつもりは無い。

 だが、オルヴァーを遺跡内部に同行させるなら、事前に何を言っておくべきか。それは、考える必要がある。


「……オルヴァー。魔力に、どれくらい耐性がある?それから、吹雪か。まあ、そっちは大丈夫だろうが……」

「ふ、吹雪?」

「ああ。恐らくだが、この古代遺跡の内部には、とてつもなく濃い魔力と、空気をも凍らせるような吹雪が吹き荒れている。魔物も当然出るだろうが、そっちはネールがやるだろう。だが結局、魔力と吹雪はどうしようもない」

 ランヴァルドの言葉に、オルヴァーは只々、困惑した表情を浮かべている。

「俺は、遺跡をどうこうすることはできるかもしれないが、それだけで手いっぱいになるだろう。……それでもいいなら、一緒に来てくれ」

 だが、ランヴァルドがそう続ければ、すぐ、オルヴァーは頷いた。

「当然です。自分のことは自分で守れます」

 ……そう頷かせてから、『卑怯だったか』とランヴァルドは自省する。

 オルヴァーがファルクエークの家督のためにランヴァルドを疎んでいるのだとすれば、オルヴァーは間違いなく、『お前に守ってもらわねばならないような俺ではない』と主張してくるだろうと踏んだ。

 分かっていながらこうした言い方を選んだのだから、まあ、ランヴァルドは卑怯である。だが悪徳商人はこれくらいは息をするようにやってのけるものだ。

「無論、自分を守るだけとは言いません。他に何が必要ですか?」

「そうだな……なら、古代魔法の解読を手伝ってくれると嬉しい。オルヴァーは俺より魔力が多いから、俺より解読は得意だと思う」

「そういうことなら、お手伝いしますよ」

 オルヴァーは嬉しそうに笑ってみせて、それから兵士達に諸々、指示を出した。

 兵士まで全員遺跡に入ってしまえば、遺跡が魔物に囲まれた後、脱出が難しくなる。その見張りおよび魔物の駆除のために、兵士達は残していくらしい。

 ……すっかり立派にやっている弟を見て、ランヴァルドはまた、笑う。

 まあ、嬉しく思う。思う権利はあるだろう。一応、彼はランヴァルドの弟なので。




 遺跡の中に踏み入れば、ひやり、と空気が冷えていた。

「……魔力が通っているようですね」

 オルヴァーの言う通り、この遺跡は生きている。壁には魔力によって灯るランプが煌々と白い光を放っており、陽の光の無い遺跡内部でも十分に明るい。

「さて、奥に行くにつれ、冷える。十分防寒してくれ」

 外套の襟を掻き合わせながらそう言えば、オルヴァーも同じようにし、そしてネールも、外套についたフードをしっかり被った。そしてフードの上から耳当てを確認していた。ついでに、襟巻と手袋と、ふかふかのブーツも確認して、『よし!』という顔をした。……温かそうである。

 そうして遺跡の中を進んでいけば、何度も味わった通り、どんどんと冷えていく。まだまだ先があるだろうに靴底が凍り付くようになり、ランヴァルドは『ああ、まだ装置に辿り着いてもいないのにこれとなると、今までで一番寒い遺跡かもな』と苦い顔をするしかない。

「これは一体……」

「古代遺跡が、どうも良くない暴走の仕方をするとこうなるらしい」

 オルヴァーが『これほどまでとは』というように呟くのを聞きつつ、ランヴァルドは、『さて、今回はどれくらい苦戦するかな』と気を引き締める。

 ……魔力が、大分濃い。

 ここで既に、酔いそうだ。




 ……そうして。

「さて、ここが最奥だろうが……少し見てみて、駄目そうならすぐ閉じよう。いいな?」

 ランヴァルドはそう前置きしてから、ネールとオルヴァーの同意を得る。2人は緊張に表情を引き締めながら、目の前の扉を見つめた。

「じゃ、いくぞ……」

 ランヴァルドは扉に触れる。幸いにして、扉は凍り付いていないらしい。一応、そうなるように魔法が組んであるのだろうが……それも、この状況では良いのやら、悪いのやら。

 ……何はともあれ、ランヴァルドは扉を開いた。


「よし!退くぞ!」

 そして、開いた扉を即座に閉じた。




「……今までで一番厄介そうだな……」

 げんなりとしつつ、魔力に中てられてぐったりともしているランヴァルドと、『厄介……』と神妙な顔で頷くネール、そして、困惑に恐怖や緊張が混ざったオルヴァー。

 3人は程度の差こそあれども、同じことを考えたのだ。

『下手にこの中に入ったら、人が死にかねない!』と。

 ……それ程までに、内部は酷い有様であった。


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― 新着の感想 ―
ネールに現場猫の着ぐるみ着て欲しい
書籍買ったで! 今後も応援してます、ネールちゃんかわいい(о´∀`о)
扉の向こうでドラゴンがおしくらまんじゅうしてたとか!?
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