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クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
第一章:とんだ拾い物
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林檎の庭*3

 次にランヴァルドが目を覚ました時、鎧戸の隙間からは金色の朝陽が差し込んでいた。

 寝たのか寝ていないのかよく分からないような気分だったが、体はひとまず、動く。ランヴァルドはベッドを抜け出して……隣のベッドの上の毛布の塊を、そっと揺さぶる。

「ほら、ネール。朝だぞ」

 すると、毛布の塊はすぐさま解けて、ネールがひょこ、と顔を出す。海の色をした瞳は眠たげな様子もなく、ランヴァルドを見上げていた。……やはり、既に起きていたらしい。それでも毛布の中で丸まって居たのは、そうしておくものだ、と妙な学習の仕方をしてしまったからか。

 ランヴァルドは『教え方を間違えたか?』と頭を抱えつつ……ひとまず、ネールをベッドから出して、互いに身支度を始めることにした。


「……ん?なんだ」

 が、身支度を初めて少し。ネールが髪を梳かし、ランヴァルドが髭を剃っていたところ、ネールは櫛を動かす手を止めて、なんとも興味深そうにランヴァルドの元へやってきた。そしてそのまま、しげしげ、とランヴァルドの頬を眺め始める。

「ああ……髭を剃るのが珍しかったのか?」

 大方そんなところだろう、と見当を付けて聞いてみればネールは、こくん、と深く頷いた。まあ、ネールに髭は生えない。それ故に物珍しかったのだろう。

「今日は領主様と謁見することになる。身なりには気を遣っておかないとな。俺は商人だから、猶更だ」

 ランヴァルド自身は、基本的には髭を剃ることにしている。旅商人の身空では、髭を清潔に整えて伸ばしておくのが中々面倒なのだ。ならば、見苦しくないように剃ってしまうに限る。

「ああ、そうだ。領主様に野盗の報告をな。ついでに、御用聞き……ああ、お困りごとの類が無いかどうか、聞いてみるつもりだ。足りない商品があれば仕入れてきて売るに限る。それ以外でも、まあ、お力になれることがあれば、是非働かせていただこうと思ってな」

 ネールが不思議そうにしているので、簡単に説明してやった。

 恐らく、野生児のような暮らしをしていたネール自身は、『領主』というものに馴染みが無いのだろう。まあ、大抵はそうだ。自分が住まう領の主であっても、その顔を一度も見ないまま生涯を終える人間だって、居るものである。

「ま、そういうわけだから、今日の午前中、お前は留守番……」

 ……と、ランヴァルドはネールに留守番を言い渡しかけて、ふと、止まった。

 ネールは『留守番』と聞いて、なんとも悲しそうな顔をしていたが、それはまあ、どうでもいい。問題は……ランヴァルドの脳裏に、昨夜の出来事が過ったことである。

 ヘルガは、ネールの可愛らしさに篭絡されて、部屋を少しいいものに変えてくれた。その心理は、ランヴァルドにも理解できる。

 つまり……。


「……やっぱりお前も来るか?」

 ぱっ、と表情を明るくして何度も頷くネールを眺めて、ランヴァルドはにやりと笑う。……まあ、謁見の際に美少女が一人、領主の視界に入っているのは中々悪くないだろう、と。

「ならお前も少し、整えられるところは整えるか。ちょっとヘルガに道具を借りてくる」

 そうと決まれば、やるべきことは簡単だ。ランヴァルドは使い終わった剃刀を片付けて、早速、ヘルガの元を訪れることにした。




 ヘルガに事情を話せば、ヘルガは満面の笑みでそれらを譲ってくれた。

 譲ってもらったものは……髪を留めるためのピンだ。

 ……これでも、ランヴァルドは中々に器用である。やったことが無くとも、見て仕組みを理解していればそれだけである程度のことができてしまう性質だ。

 ということでランヴァルドは、以前、貴族の娘がそうしていたのを思い出しながら櫛を手にする。

「ちょっと大人しくしてろよ」

 早速、ネールの側頭部の髪を一房掬い取って編み、くるりと巻いて、ピンで留める。少し形を整えてやれば……金髪でできた花が、ネールの側頭部に咲いた。これで、『如何にも手を掛けられて大切にされている』美少女の完成である。

「これでよし。ああ、あんまり触るなよ。崩れるからな」

 ネールは鏡を覗き込んで頬を紅潮させ、目を輝かせていたが、ランヴァルドが釘をさすと、『ぴゃっ!』と音がしそうな勢いで慌てて姿勢を正していた。それでも編まれた髪が気になるらしく、鏡を覗き込んではうっとりしていたが。

「さて、朝食だ。飯が終わったらすぐ、売る物を売ろう。その後はすぐ、領主様のところに行くぞ。運が良ければ一刻程度で謁見に漕ぎつけられるだろう」

 ランヴァルドが荷物を背負うと、ネールも慌てて自分の背嚢を背負って後を追いかけてくる。ランヴァルドはそれを少し待ってやって、いよいよ、本格的な金儲けのために歩を進めるのであった。




 そうして、ランヴァルドは適当な買取の店に入り、カルカウッドの魔獣の森で手に入れた品の残り……黄金林檎や魔物の牙、魔石や干した薬草などを売り捌いた。

 案の定、黄金林檎はハイゼオーサではよい値で売れる。領主の館がある他にも、それなりに裕福な者が多いのだろう。

 売り上げは金貨四枚になった。まずまずの金である。ランヴァルドは『山分けだぞ』ということで、金貨二枚をネールに与えた。

 ネールはにこにこしながら、一枚を返してきた。……今日もランヴァルドはネールに雇われるらしい。

 まあ、貰えるものは貰っておくべきだ。ランヴァルドはそうして金貨三枚を懐に入れることになった。ぼろ儲けである。これだから欲も知識も無い雇い主はありがたい。




 その後、荷物も軽くなったところでランヴァルドは領主の館を訪れた。門番に自分が商人であることと、野盗を退治した旨を伝え、そのまま待つ。

 ……だが、中々、謁見の案内が来ない。


 一刻が過ぎ、更にもう半刻が過ぎようとしているので、流石にこれは、とランヴァルドは近くに居た兵士に声を掛けた。

「今日は何かあったのか?妙に屋敷が騒がしいようだが……困りごとでも?」

 兵士は、ランヴァルドに声を掛けられて少し迷惑そうにしていたが、それ以上に、誰かに何かを話したい気分が強かったのだろう。それらしく見える者を選んで声を掛けたランヴァルドの目は確かであった。

「ああ……昨夜、とんでもない報告があってね」

 喋り出した兵士を見て、ランヴァルドは内心でにやりとしつつも、外面はあくまでも誠実な商人のそれらしく振る舞う。ネールもそれに合わせてか、可愛らしい顔に神妙な表情を浮かべて、よく分かっていないだろうに、ふんふん、と頷いていた。

「ここから少し北に行ったところに、洞窟があるんだ。綺麗な湧き水が湧くし、水晶や魔石が採れるっていうんで、入る奴も多いんだ。実際、魔石の採掘でハイゼオーサの産業の一部は成り立ってる。……だが」

 兵士はそんなランヴァルドとネール相手に、『ここだけの話』というように声を潜め、そして、言った。

「その奥に、魔物が出たらしいんだよ!しかも、そいつにうちの兵がやられたんだ!」




「すまない、通してくれ。領主様に大至急、謁見したいんだ」

 ランヴァルドは、無礼を承知で領主の館を進んでいった。そうして『確かこっちだろ』と思われた方へ進めば、案の定、重要そうに兵士が見張る大きな扉があった。この奥は大方、会議室か執務室、といったところであるはずだ。

「ここを通すことはできない。領主様は現在、会議中にあらせられる」

「北の洞窟の魔物のことだろ?」

 見張りの兵に止められたが、ランヴァルドは退かない。すると、兵士は『やれやれ』というように嘆息した。

「……分かっているなら尚更だ。どういうことか、分かるだろう?ハイゼル領全域にとって重要な魔石の産地をこのままにしておくわけにはいかないし、放っておいたらハイゼオーサに魔物がやってくるかもしれないんだ。だから……」

「その魔物を退治できる、と言ったら?」

 が、ランヴァルドがぎらりと目を輝かせて笑えば、兵士もお伺いを立てないわけにはいかないのだ。

「……魔物を?向かった兵を帰さなかった奴だぞ?」

「ああ。幸い、腕の立つ護衛が居るんでね」

 兵士は、しげしげとランヴァルドとネールを見て……『ワケアリのお嬢様のお忍びの旅か?』とでも判断したのかもしれない。ネール自身がその『護衛』だとは全く思っていない様子だったが、何らかの説得力はあったようだ。


 ……そうして。

「領主様に掛け合ってくる。暫し待て」

 ようやく、謁見が許可されることになりそうであった。




 そうしてランヴァルドは執務室に通された。

 ハイゼル領の領主、バルトサール・エリアス・ハイゼルラントは、ランヴァルドより少々年上の男性である。

 ハシバミの実のような茶色の髪に、ハシバミの葉のような緑の目を持つ男だ。如何にも、ハシバミを紋章としているハイゼル領の領主に相応しいように思える。

 だが、先代領主がハイゼル領の掲げる『全ての約束はハシバミの枝の下にあれ』をそのまま人間にしたような堅物であった一方、今代領主のバルトサールは幾分……よく言えば柔軟な男であった。そして悪く言えば、思慮と慎重さに若干欠ける、とも言えるだろう。それを先代が嘆いていたことも、ランヴァルドは知っている。

 尤も、ランヴァルドとしては今代相手の方がやりやすい。多少思慮に欠け、多少愚かであり、そして柔軟な者の方が、『悪徳商人』にとってはやりやすい相手なのだ。

 ……と、このように領主バルトサールについて、ランヴァルドは色々と知っている。噂に聞いたことがその大半だが……実は、ランヴァルドは幼い頃、この人と会ったことがある。

 とはいえ、向こうがそれに気づくことは無いだろう。何せ、十年以上……何なら、二十年近くも前のことだ。向こうは丁度十七かそこらで、ランヴァルドは九つかそこらだった。

 それに加えて、ランヴァルド自身が、あの頃から随分と変わってしまった。

『もう』。或いは、『まだ』。ランヴァルドは貴族ではないのだ。




「……氷晶の洞窟の魔物を退治できるそうだな」

 領主バルトサールは疲れ切った声で、そう言った。その表情にも色濃く疲労が見える。

 領内の主要な資源採取場に魔物が湧いて、しかも死者が出ているらしいとなれば一大事だ。

 ついでに北部の寒冷化と不作の影響は間違いなく中央にも来ている。そんな中でのこれなのだから、いよいよ頭の痛いことだろう。ランヴァルドは少しばかり同情する。だが、同情以上に、金蔓を前にして浮かぶ笑みの方が大きい。

 領主バルトサールは、目の前に立ちはだかる問題を簡単に片づけるためなら、支払う報酬を細かく吟味などしないだろう。それほどまでに彼は疲れ切っていると、ランヴァルドは見た。

「はい。こちらには腕の立つ者が居ります。魔獣の森でたった一人探索を繰り返し、いとも容易く金剛羆を屠れる腕前の持ち主です」

「な、何?たった一人で、魔獣の森に……?」

「ええ。腕前は間違いないかと」

 ランヴァルドはあくまでも堂々と、それでいて緊張している様子を見せながら、領主バルトサールへと向かい合った。

 ……ランヴァルドの後ろで、ネールがちょっぴり嬉しそうにもじもじしていたのだが、領主バルトサールはまさか、ネールがその『たった一人で金剛羆を屠れる戦士』だとは思っていないだろう。ただ、可愛らしい少女が居るなあ、という程度にしか見ていない。

「魔物を狩って生計を立てている者ですから、魔物を狩る機会を得られるともなれば、むしろ願ったり叶ったりでしょう。ただ、多少、意思の疎通に難のある相手ではありますが……それはこの私が傍に付いていれば、然程問題ではありません」

 ランヴァルドは、ちら、とネールの方を見た。ネールはランヴァルドを見上げて、にこ、と笑った。

「我々が氷晶の洞窟へ突入する許可さえ頂けたなら、領主様の御心を少し軽くして差し上げることができるのではないかと思い……無礼を承知の上で、このように謁見の機会を頂きました」

 洗練された所作で一礼して見せれば、領主バルトサールはランヴァルドに対して、悪い印象は持たなかった様子である。ふ、と息を吐いて、それからふと、近くの男……側近と思しき者と何事か言葉を交わしているらしい囁きが聞こえた。

「ああ、よい、よい。堅苦しい礼儀は不要だ。面を上げよ」

 やがて、二人の会話が終わったと見えて、ランヴァルドにも声がかかる。

 ランヴァルドはまた嫌味の無い程度の所作で顔を上げ、如何にも誠実な人間のふりをしながら領主バルトサールに向かい合った。

「……あー、依頼したいのは山々だ。しかし、我々はこれから迎える冬を越すのに心もとない蓄えしか持ち合わせていない。私は神に誓って、領民を飢えさせるわけにはいかんのだ。して、そう多額の報酬は出せん」

 領主バルトサールの口から出てきた言葉は、領主が発するにはあまりにも情けない言葉だ。

 ……要は、『満足に報酬を払えないぞ』と言っている。

 聞く者が聞けば、『領主の格もここまで落ちたか』と嘲笑うような言葉であろう。こんなこと、本来、彼のような身分の者の口から出すものではない。精々、側近が代理で交渉しつつ口に出す程度の言葉だ。

 だが、それをさらりと出すあたり、やはり、領主バルトサールは非常に柔軟である。

 相手に自分の手の内を晒して見せつつも、あくまでも立場が上だということを利用して報酬の値下げを呑ませようとしているのだから。領主らしくはなく、義と誠実を重んじるハイゼル領の領主らしさはもっと無いかもしれないが、まあ、商売相手としてはそこまで悪くない。

「ああ、報酬のお話ですね。それでしたら、どうかご心配なく」

 だからこそ、ランヴァルドはあくまでも誠実で無欲な善人のふりをする。

 ……相手の歓心を買えるような人間として振舞い、取り入って、より大きな利を得るために。

 まあつまり……ランヴァルドは悪徳商人なので。


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― 新着の感想 ―
領主に後ろ盾になってもらうのかな? それにしてもネールちゃん、相変わらずぼったくられてますね。ヘルガにバレたらお茶に塩入れられるんじゃないかしら。
質の良い水晶や魔石を回収する気かな?そしてまたネールちゃんからの好感度が上がりそうな予感!
領主様は知らない。「ただより高いものはない」ということわざを。 続きも楽しみにお待ちしております。
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