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クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
第六章:氷を喰らい生きる者
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がんばる*3

「こ、断った、というのは、一体……?古代遺跡の調査を?それとも同行を?」

「まあ、同行を、ですね。その上で彼が古代遺跡を探るつもりかどうかは分かりません」

 イサクがしょんぼりしている一方、ランヴァルドは只々、混乱し、愕然としている。

「……その、彼曰く、『王城の使者の方を危険に曝すわけにはいかない』とのことで」

「俺が言ったようなことを言いますね……」

「そうなのですよ。一応は、『このために我々は来たので』とも申し上げたのですが、まあ、渋られまして……彼の真意が見えませんな。古代遺跡を見せたくないのか。はたまた、我々に与したくないのか」

 イサクが難しい顔をする横で、ランヴァルドも考える。

 ……オルヴァーが言葉通り、本当に『王城の使者の方を危険に曝したくない』と考えて古代遺跡への同行を断った、とも思い難い。

 何せ、それどころではないはずなのだ。今も尚、最北端からは魔物が湧き出ており、ここで永遠に食い止め続けるには、兵士の消耗も大きい。オルヴァー自身も、全くの無傷で今後も戦い続けられるとは思えない。

 だというのに、王城の使者への遠慮など、している場合ではないのだ。であるからして、彼の本意は別のところに在るのだろう、と思われるのだが……。

「……弟君は、何かに焦っておいでの様子に見えますなあ」

 ……イサクがそうぼやいたのを聞いて、ランヴァルドは只々、嫌な予感を覚える。


「焦っている、のですね」

「ええ。そのようには思われませんか?」

「……分かりません。何せ。10年も会っていなかった弟だ。何を考えているのかなんて、すぐに分かるものでもない」

 ……ランヴァルドはそう言いつつも、なんとなく察してしまうものがあった。10年弟に会っていなかったが、その10年、ランヴァルドは商人として生きてきた。弟かどうかなど関係なしに、人間の表情を読むのには長けている。

 だが、弟が今何を考えているのか、など……口には出せない。

 出せないが……代わりに出す者が居るのだ。

「ああした焦り方には覚えがあります。恐らくオルヴァー様は功績を焦っておいでなのでしょう」

 アンネリエはさらりとそう言って、少々顔を顰めた。

「私も似たようなものでしたから」

「……そうなんですか?」

「ええ。ジレネロストを取り戻すため、とにかく功績を挙げる必要がありましたから」

 アンネリエは柔らかな苦笑を浮かべてそう言って、ふ、と息を吐き出す。

「……オルヴァー様は、このファルクエークを自分が手にするために、焦っておいでなのでは?」




「今、オルヴァー様の立場は揺らいでいます。そうでしょう?……正統なる次期領主であるランヴァルド・マグナス・ファルクエークが帰還したのですから」

 ……アンネリエの言葉を聞いてようやく、ランヴァルドは自分が立っている地面が如何に脆く不安定であるかを受け止めることになる。

 分かっては、いた。考えないようにも、していたが。

「……俺は、そんなつもりは」

 咄嗟に出た声は、掠れて弱弱しい。こんなはずではなかったはずだ。こんなはずでは。だが……。

「本当に?」

 そう、アンネリエに詰め寄られてランヴァルドは二の句が継げない。

 そして思い知るのだ。

『俺は一体、何をしたかったんだ?』と。

 ……『何のために、ファルクエークへ帰ってきたんだ?』と。




 だが。

「……いえ、あの、マグナスさん。そのつもりがあっても、良いと思いますよ?」

「えっ」

「むしろ、そのようにお思いにはならないのですか?私なら、なります」

 アンネリエがそんなことを言うものだから、ランヴァルドは一気に拍子抜けする。

「いい気味だ、と思われてもよろしいのではありませんか?いえ、むしろ、あなたはてっきり、そう思っておいでなのだろう、と思ったのですが……」

「……あの、アンネリエさん、そういうこと仰るんですね……」

「ええ、まあ……あの、ご存じですよね?私がどういう女なのかは」

「え、あ、うーん……まあ、はい」

 アンネリエが少々気まずそうな顔をしているが、少々おかしい。ランヴァルドは幾分解れた緊張の中、ふと、考えてみる。

「そう、か……『いい気味』かぁ……」

 ……そういえば、俺は元々、そうしたかったんだったな、と。




 ランヴァルドが悪徳商人になることを選んだのは、金が欲しかったから。

 金が欲しかったのは、貴族位を買うためだ。

 そして、何故貴族位が欲しかったのかといえば……自分を殺そうとした者達を、より高所から嘲笑ってやるためである。

 そんな強い憎悪が、今までランヴァルドを支えていた。

 ……それがここにきて、妙に揺らいでいるものだから、困る。

 認めたくはないが、ランヴァルドはどうも、毒を盛られた時のことで深く傷ついていたらしい。そのせいで今、食事がままならない。食事を飲み込んだ直後から胃の腑が焼けるように痛んだあの時のことを、血に汚れたテーブルクロスを、自分を見下ろす母の目を、どうにも思い出してしまうから。

 それから、父に教えられた貴族の責務を果たさずに居ることに対して、負い目がある。……自分がその責務を果たしたかった、と、思うこともある。それは、ジレネロストを取り戻そうとしたアンネリエにも近しいのかもしれない。

 そして……今、ランヴァルドの憎悪は揺らいでいる。消えかけた小さな火のような、そんな状態だ。

 恐怖も、懐古も、それから……家族への期待も。それら全てが、ランヴァルドの憎悪を揺らがせているのだ。


「まあ、何かを憎み続けるというのは、体力の要ることですからな。ずっと笑っていることはできても、ずっと怒り続けていることは中々どうして難しい」

 イサクがしみじみとそう言うのを聞いて、ランヴァルドも少しばかり、頷く。

「だからこそ、自分の感情を抜きにして現状を見ることも、必要なのでしょう。ずっと怒っていることも、ずっと泣いていることも、まあ、健康によろしくないので」

「ええ……」

 そうだ。ランヴァルドは何も、感情によってのみ動くわけではない。

 いずれ体力を取り戻したら、憎悪もまた、戻ってくるだろう。だが、それまでは……思い出す。

 感情より勘定で。主観より客観で。損得を考え、販路を見出し、誰かに何かを売りつけるための……商人の視点を。


「……オルヴァーが『家督を奪われる』と思っていても、俺には関係の無いことですね」

 冷徹で打算づくな視点こそ、今のランヴァルドに必要なものだ。そしてランヴァルドは、それをもう、持っている。

 ランヴァルドは、悪徳商人だ。

「古代遺跡に行きます。同行させてもらう必要は無い。俺とネールで、行きます。……そうすれば、同行『させてやる』ことになるでしょうから」




 そうして、ランヴァルドは荷造りを始めた。

 ……ネールが必死にものを食べさせてくれたので、まあ、体は動く。大分眠ったので、それもあるだろうが、体調はそこまで酷くはない。

「元々、俺達の仕事は古代遺跡の解体だからな。国王陛下のご命令だ。しっかり遂行するぞ。いいな?ネール」

 ネールがこくんと頷くのを見て、ランヴァルドはまたネールの頭を撫でておいた。

 ……ネールはまだ、少々心配そうな顔をしている。心配をかけているな、とは、分かっている。分かっているが……もうしばらく、少なくとも、この古代遺跡を解体して、報告を済ませて、王城へ帰るまでは……もう少々、無理をすることになるだろう。

「よし。じゃ、行くか」

 荷物を持って、剣を携え、天幕の外に出る。ネールがてくてくと付いてくるのを見ながら、ランヴァルドは拠点の中央へと進み……。

「オルヴァー。少し、いいか」

 少々緊張した様子の弟に、声をかけるのだ。


「兄上。お加減はよろしいのですか?」

 オルヴァーがこちらへやってくる。濃いグレーの目を見上げて、ランヴァルドは『ああ、オルヴァーは俺より背が高くなったんだな』と思う。

 ……同時に、弟の目に何か、見たくないものを見そうだったので、ランヴァルドはそっと目を逸らし、イサクから借りてきた地図を広げ、そこに視線を落とした。

「ああ。もう調子はいい。そういう訳で、俺は王命を果たしに行こうと思う。多分、この辺りに……」

 ランヴァルドは地図を指し示す。それは、オルヴァーが魔物相手に戦っていた場所の近辺。この辺りでネールに探らせれば、古代遺跡の位置が分かるだろう。

「……古代遺跡、ですか?」

「ああ。ネールなら古代遺跡の位置がなんとなく分かるからな。大まかな場所さえ分かっていればなんとかなる」

『なんとかなる』の詳細は語らない。どのように古代遺跡の中で動くつもりか、というところまでをオルヴァーに伝える必要は無いのだ。……それが気になるなら、彼は付いてくるだろう。

「ついでにネールが居れば、道中の魔物も問題なく倒せるだろう。まあ、そういう訳で俺とネール、2人で行ってくる。その報告だけ、しに来たんだ」

 晴れやかな顔でそう言ってやれば、オルヴァーは少しばかり、逡巡した。

 このまま行かせてもいいのだろうか、と、彼は考えたことだろう。それが『ランヴァルドとネールだけでは危険だ』という考えなのか、『ランヴァルドに功績を渡したくない』という考えなのかは、まあ、さておき。

「兄上。2人で、というのは無謀です。我々も同行しましょう」

 ……結局、『行ってくれ』と言われれば嫌だと言えるが、『俺達は勝手に行くからよろしくな』と言われれば同行を申し出るしかない。そういうことなのだ。

「それは心強い。ありがとう、オルヴァー」

 ランヴァルドは手を差し出す。オルヴァーは少しばかり戸惑った様子であったが、結局は手を握ってくれた。

 ……10年ぶりの弟の手は、随分と大きくなっていた。

『そりゃ、いつまでも懐いてくれていた弟のままじゃ、ないよな』と、ランヴァルドは思った。

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― 新着の感想 ―
嬉しさと心配と混乱と
全部あの宇宙人みてぇな思考してる母親のせいでこうなったと言えるが あの母親がいなければこの兄弟は生まれていないというジレンマ
真実は知らなかったとしても、オルヴァーにしてみれば自分はランヴァルドが失踪したおかげで跡継ぎの地位が転がり込んできた身なんですよね。 この10年は自分が次の領主になるためにいろいろ努力して生きてきたん…
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