がんばる*1
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ネールは、お芋を掘り出した。
……ネールはこのお芋を知っている。ランヴァルドの大きな手の指の、ほんの一関節分くらいしかない大きさのお芋だけれど、味は悪くないのだ。
ファルクエークだけじゃなくて、ネールが住んでいた森にもよく生えているお芋だったから、ネールはよくこれを食べていたのだ。
ジレネロストでも時々、ネールが掘り返しては持ち帰って、お母さんに茹でてもらって、おやつにしていた。だから味はネールが保証できる!
そんなお芋を手にしたネールは、ランヴァルドにお芋を見せる。『たった今、掘り出しました!』と。
「あ、ああ、うん。芋……だな。うん……?」
ランヴァルドは、困っている様子だった。まあ、そうだろうなあ、と思う。ネールだって、突然寝起きにお芋を見せられたら、困るかもしれない。
……そうだ。今のランヴァルドはきっと、食欲が無いのだ。疲れて眠って起きて……それでも『お腹空いたな』と思えないくらいには、多分、食欲が無い。
だからネールは頑張りたい。ランヴァルドにどうにかして食べてもらうべく……毒が入っていない食べ物を、ネールが調達するのである!だって、ヘルガにお願いされたんだから!
ということで、ネールはランヴァルドと掘りたてのお芋と共に、拠点へ戻った。天幕が並ぶそこには、まだ疲れて眠っている人も多い。
その多くが、ランヴァルドが救った人達だ。
……ランヴァルドはたくさんたくさん、魔法を使った。『あまり得意じゃない』と言いながら、それでもランヴァルドはあれだけの魔法を使って、これだけの人達を助けたのだ。その疲れはいかばかりだろうか。
魔法を使って疲れているのだ。食べることが必要だ。人は、ものを食べなきゃ生きていけない。特に、沢山動いた後には沢山食べなきゃいけないので……。
ネールは一度、天幕に戻る。ランヴァルドの荷物から、小さなお鍋を取り出した。ランヴァルドとネールが、旅の間によく使っているものだ。これでスープを煮たり、お茶を淹れたりするのである。
早速、そのお鍋の中に雪を入れる。……魔力があんまり染みていない、深いところの雪を使うことにした。ランヴァルドは、あんまり魔力が得意ではないのだ。
適当な焚火を借りて、雪入りお鍋を温めていく。するとその内、雪は融けて水になって、そこに更に雪を追加していって、もっと水を増やして……そこに、お芋を投入する!
「ああ、芋を茹でるのか……?」
ランヴァルドが訝し気にしているが、ネールは大きく頷いた。そうである。お芋を茹でるのである。ランヴァルドに見ていてもらいたいのは、毒が入っていないことをしっかり確認してもらうためだ。
……かつて、ネールはお母さんに頼んで、こうやってお芋を茹でてもらったことがあった。ずっと昔のことだ。
それを今、ネールがランヴァルドにやっているのは、なんだか不思議な気分である。
そうしてお芋が茹だった。小さなお芋はすぐに柔らかくなって、茹ですぎるととろけて無くなっちゃうのだ。見極めがちょっぴり難しかった。
早速、茹だったお芋を1つ、食べてみる。……うん。大丈夫。ちゃんと茹だっている!
ということで、ネールは早速、お芋をつまんでランヴァルドに差し出した。
「ん?俺の分か?いや、俺は……」
ランヴァルドの目が、泳いだ。
……食べたくないんだろうな、と、思う。ネールは知っている。今のランヴァルドは多分……ものを食べるのが、嫌なのだと。
だが。
「……いや、折角だ。頂くかな」
ランヴァルドはぎこちなく笑うと、ぱく、とお芋を口に入れた。
……噛んでいる。噛んでいる。ランヴァルドは少し緊張した顔でお芋を噛んで……それから、飲み込んだ。
それを見て、ネールは次のお芋を差し出す。ランヴァルドはまたそれを食べる。
……多分、無理をしている。ランヴァルドは、無理をして、食べてくれている。
それを申し訳ないと思う。けれど、こうしなきゃ。ランヴァルドは、無理をしてでも、食べなきゃ……また倒れてしまうと思う。
だからネールは、またお芋を差し出す。無理をしているランヴァルドに、無理矢理食べさせるのだ。
ランヴァルドを、生かすために。
そうしてお芋はランヴァルドのお腹に収まった。ネールは心の中でヘルガに『やりました!』と報告する。多分、ヘルガは褒めてくれると思う。
そして、ランヴァルドは……。
「……悪いな。気を遣わせた」
そう言って、申し訳なさそうな顔をしているのだ!
ネールは首をブンブンと横に振った。気を遣わせた、なんて、思うのはむしろ、ネールの方なのだ。
ランヴァルドは、無理をして食べてくれた。多分、ネールがやっているから、無理をしてくれたのだ。気を遣わせたのはネールの方で……辛いのは、ランヴァルドの方なのだ。
ランヴァルドはネールを見て、『そうか?』と笑って、ネールの頭をもそもそ、と撫でてくれる。ああ、大きな手。ネールよりずっと大きくて、でも、弱り切った手だ。力が無い。
「さて、イサクさんは……」
そして、ランヴァルドは早速働こうとするものだから、ネールは頑張ってランヴァルドを天幕へと連れて行ってしまう。ランヴァルドは困惑していたが、ネールは天幕の前で雪に『ここにいて』と文字を書いて見せて、ランヴァルドを天幕へ押し込む!
ランヴァルドはぽかんとしていたが、ネールはさっさとランヴァルドを置いて、イサクの気配のする方へと走っていく。
ランヴァルドがイサクのところに行く必要は無い。イサクがランヴァルドのところに来ればよいのである!
ネールはイサクとアンネリエを連れてきた。2人とも、くいくい、と袖を引っ張れば、『マグナス殿に何かあったのですか?』とすぐついてきてくれた。ありがとう!
「あ、イサクさん、アンネリエさん……」
「おお、マグナス殿!お加減は……」
「大丈夫です。眠って、大分回復しました」
ランヴァルドはそう言って申し訳なさそうな顔をしているけれど、ネールは知っている。ランヴァルドはまだまだ、回復しきっていないのだ!
「いやあ、驚きましたよ。運ばれてきたマグナス殿の懐から、魔力を完全に失って砕け散った魔石の欠片がばらばらと……。よくぞ、あの量を使い切りましたなあ……」
「使い切っ……!?も、申し訳ない……」
「いやいやいや!申し訳ないなどとは仰らないでいただきたい!マグナス殿の行いは偉業ですとも!おかげで助かった者達が大勢いるのですから!」
ランヴァルドは青ざめていたが、だがイサクは本当に気にしていない様子で、温かな笑みを浮かべてくれる。この人は優しくて、いい人だ。多分、『ふとっぱら』というやつなんだとネールは思う。
「しかしあの魔石が全て砕ける程に魔法を使っていたというのならば……やはり、もう少々お休みになられた方がよろしいのではないかと思いますよ」
「いや……見たところ、ほとんど半日眠り続けていたようですから。流石に働きますよ。来たのにこれだっていうなら、オルヴァーにも顔向けができない」
ネールは『いや、休むべき!』という気持ちを込めて、ランヴァルドを見つめる。イサクも同じような顔でランヴァルドを見つめる!……ので、ランヴァルドは、そろっ、と目を逸らした。だが目を逸らしても駄目である。ネールはランヴァルドを絶対に寝かしつける。
「……ところで、オルヴァーは」
だがそれでも、ランヴァルドは他の人のことが気になるらしい。自分のことを気にしてほしいのだけれど……。
「彼なら、今はお休みになっておいでです。ひとまず、北の魔物はネールさんが大分片付けてしまった、とのことでしたのでね。ま、当分は大丈夫でしょう。マグナス殿も、今の内にお休みになってください」
「そうですか」
ネールは少し、ほっとする。
ネールが頑張って魔物をやっつければ、ランヴァルドのお休みが増えるらしい。ならばネールは今後も頑張る所存である!
ということで、ネールはランヴァルドを寝かしつけることにした。
ランヴァルドはどうせ、他の人が動き出したら働こうとしてしまうのだ。だから今の内に休ませねばならない!それがネールの使命である!
「お、おい、ネール」
一生懸命、ネールはランヴァルドを押す。押して押して……寝床へ連れていくのだ!
「おお、素晴らしい!ネールさん、是非そのまま彼を寝かせてください。彼には休息が必要ですからな」
「では、私達はこれで。動きがあればお知らせしますので、それまでは休んでくださいね」
イサクとアンネリエも応援してくれたので、ネールは最早、何の遠慮も無くランヴァルドを寝かす。
寝床に頑張って寝かせて、毛布をもふもふと掛けて、しっかりとランヴァルドを包んで……。
「い、いや、あのな、ネール。イサクさん達はああ言うが、俺はまだ……」
そして、毛布から出ようとするランヴァルドをまた寝床へ戻すべくぐいぐいと押す!ああ、油断も隙も無い!ランヴァルドはどうしてこんなに寝るのが嫌なのだろうか!
……もしかして本当に、寝るのが嫌なんだろうか?やっぱり、寒いから?
「お、おい、ネール」
それは大変だ。ネールは、もそもそもそ、と自分も一緒に毛布の中へ潜り込む。そうしてランヴァルドの腕をしっかり捕まえてみると、やっぱりどうにも、ランヴァルドの指の先は冷えている。
ネールはランヴァルドを抱えるようにして温めることにした。ネールは元気いっぱいなので、多分、ほこほこ温かい。少なくとも、ランヴァルドよりは、温かい。なのでこうして、ランヴァルドを温めることができるのだ!
「ああ……うん、もう諦めた方がいいか……」
そうしていると、ランヴァルドは寝床からの脱出を諦めたらしい。力を失って、ぐったりとして、深々とため息を吐く。
……つまり、ネールの勝利である!ネールはそのまま、ランヴァルドにくっつき続けた。ランヴァルドを温めつつ……ランヴァルドが脱走しないように、しっかり見張るのだ!
その内、ランヴァルドの寝息が聞こえるようになってきた。寝たらしい。
ネールはほっとする。……ランヴァルドはやっぱり、疲れているのだ。倒れた時ほどではないにせよ、今も顔色はそう良くない。やっぱりランヴァルドには、睡眠が必要なのだ。
ぬくもる毛布の中、ネールはランヴァルドの心臓の音を聞きながら、どうしたものかなあ、と考える。
ランヴァルドが起きたら、何を食べさせよう。お芋は食べてくれたけれど、お芋ばっかりというわけにもいかないだろう。
ヘルガは、果物なんかも食べやすいと教えてくれたけれど、残念なことに冬の森の中で果物を見つけるのは難しい。
となると、兵隊さん達が持っている食料を少し分けてもらうべきだろうか。林檎が箱の中に入っているのは、ネールも見つけている。あれなら、ランヴァルドも食べられるかも。
……本当はきっと、お肉やお魚を食べられた方がいいんだと思う。けれど、ヘルガも言っていた。お肉は食べられるようになったのが最後だった、と。
ということはやっぱり、お芋や林檎だ。他に人参とかもいいのかもしれない……。
……と、そんなことを考えていると、ふと、ランヴァルドが身じろぎした。
起きちゃっただろうか、と思いながら見てみると、ランヴァルドは何やら眉間に皺を寄せて小さく呻いていた。魘されているのだろうか。
……だが、もそ、と動いたランヴァルドは、きゅ、とネールを抱き寄せると、ふ、と息を吐き出して、また穏やかに眠り始めた。
顔を見てみるが、眉間に寄った皺は、徐々に薄れていく。どうやら、もう魘されていないらしい。
ネールは『よしよし』と小さく頷いて、もうしばらく、ランヴァルドと一緒に寝床のぬくぬくを堪能することにした。
……そうしている内に、ネールも寝ちゃったのだが。でもそれはしょうがない。ネールだって、今回はちょっぴり、疲れていたみたいなので……。
そうしてネールが起きたのはお昼過ぎだった。そして、ネールの横には、『ネールが寝ているのを起こしたらまずいか』というような顔でそわそわしているランヴァルドが居た。
……ネールはまた一つ、賢くなった。ネールはランヴァルドを寝かしつけた後、一緒に寝ちゃってもいいのだ。ネールが寝ている間は、ランヴァルドも寝床から出られないらしい!
よし、次はこれでいこう、とネールが頷くのを、ランヴァルドは『一体何に納得したんだ……?』と何とも言えない顔をしていたが、まあ、それはそれとして……。
ネールは早速、ランヴァルドのご飯を取りに行くことにする。目指すは林檎。兵隊さん達の誰かにお願いして、1つ2つ、分けてもらうのだ。
だが、ランヴァルドが兵隊さんに出会ってしまったら、彼らの傷を治すため、また無理をしそうである。……ということで、ここはネール1人で行った方がいい。
ネールは『ここに居て』とランヴァルドに伝えて、天幕を出る。食料がある場所は分かる。何せ、食料を運ぶ橇と一緒に、ネール達はここへやってきたのだから。
ネールはすぐ、食料の木箱が積んであるところに辿り着く。そして、そこから林檎を見つけると、近くに居た兵隊さんに『これ持って行っていいですか?』という気持ちを込めて林檎を2つ、見せる。
兵隊さんは困っていたけれど、改めて、雪に文字を書いて見せれば、『ああ、そういうことか。まあ、2つなら問題ないよ。どうぞ』と快く分けてくれた。
ネールは笑顔でお辞儀をして、早速、ランヴァルドの待つ天幕へと戻るべく走り出して……。
「あー……英雄ネレイア。少し、いいかな」
声を掛けられて、振り返る。
……大きな男の人だ。濃い茶色の髪に、濃いグレーの目。少し緊張しながらネールを見下ろすその人は……ランヴァルドの弟だ。
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