後始末*1
……そうして、翌々日。
「ああ……お待ちしておりました……」
「……マグナス殿。その、やつれられましたな……?」
ブラブローマ城の前でランヴァルドが出迎えたのは、王城から駆けつけてくれたイサクとアンネリエである。
……彼らは、領主クリストファーと領主令嬢ソフィーアの処分のため、そして……領主を急に失うことになるブラブローマのために、やってきてくれたのである!
「まずは報告を。……あー、どこから話したものか……」
「王城に届いた文書には、『領主令嬢が、ブラブローマの血によって管理されている古代遺跡の情報を、古代遺跡荒らしに教えてしまったため、古代遺跡が暴走。魔力を持つ雹が降り、町に魔物が発生』とありましたが……」
「ああ、ではその辺りから……ええ、これは序の口ですよ?」
……ランヴァルドの前置きに『嫌ですなあ……』としょんぼりした顔をしていたイサクと緊張気味のアンネリエに、ランヴァルドから今までの経緯を話して聞かせる。
ソフィーアの大失態によって、遺跡を狙う者に遺跡の情報が漏れたこと。
遺跡を狙う者は、古代人を名乗ったこと。
古代人は各地の古代遺跡を暴走させ、魔力を溢れさせたいらしい、ということ。
……古代人の目的は、かつての世界を取り戻すことであるらしい、ということも。
それらを説明すると、イサクもアンネリエも、只々重々しい表情になってしまった。それはそうである。下手したら世界の危機なのだから。
「成程、そういうことでしたか……。まあ、ただの人間が遺跡を荒らして回っている、と言われるよりは余程、納得がいきますが、まさか、古代人とは……ううむ、どうしたものか」
「一度、王城へ持ち帰るべきかもしれません。少なくとも、書簡は出すべきかと」
「そうだな。うーむ……」
イサクは唸ると、早速、王へ送るためであるらしい文書を書き始めた。早馬を飛ばせば、4日後には王城から回答が得られるだろう。
ランヴァルドとしても、『是非、国王陛下に今後の方針を決めて頂きたい』と思うばかりだ。この話は、ランヴァルドにはあまりにも重すぎるので……。
「……あの、マグナスさん」
「はい?」
ランヴァルドがイサクの手元を見ていると、ふと、アンネリエが声をかけてきた。
……そして、少々迷うように、躊躇いがちに、聞いてくる。
「その、古代人が、古代遺跡を荒らして回っている、ということでしたね?ならば、ジレネロストは……」
「……あれは、研究の結果かと思われます。冷気が吹き荒れているわけではなかったので」
少々残酷なようにも思われたが、ランヴァルドはアンネリエにそう答えた。
アンネリエは、『古代人のせいでジレネロストが滅びたのかもしれない』と考えたようだが……恐らく、あれは古代人も何も関係なく起きた事故だろう。
ランヴァルドが答えると、アンネリエは『そう、ですか……』と、少しばかり落胆したような顔になってしまった。
……恨む先が見つかったかもしれないことを考えると、少し気の毒ではある。だが、これでいいのだろう、ともランヴァルドは思う。アンネリエが『古代人のせいでジレネロストが滅びた』と復讐に身を窶すことになるのは、それはそれで気の毒なので。
「どうも、古代人が触った古代遺跡の装置からは、冷気を含んだ魔力が発生するようです。それも、とてつもない量の魔力が。……ジレネロストには、それが無かったので」
「成程……その冷気によって、ブラブローマの水龍は凍ってしまった、というわけですね」
「恐らくは。降ってきた雹もその類でしょうね。それから、水を管理する遺跡についても装置内部を流れる水が酷く冷たかったので……あそこにも影響があったのかもしれません」
アンネリエの為に少々話題を逸らしながら、ランヴァルドはブラブローマの遺跡について思う。
……あれは今後、どうしていくべきかな、と。
報告も終わったところで、ランヴァルドはイサクとアンネリエを連れてブラブローマ城の執政室へと向かった。
そして……。
「いやあ……領地が1つ返上されるとなると、いよいよもって処理が大変ですなあ」
「ええ、全く……」
ランヴァルド達は、諸々を片付け始めた。
『なんで俺が縁もゆかりもないはずのブラブローマの帳簿をつけてるんだ……?』とふと我に返りそうになる自分を騙し騙し、あれこれ雑務をこなしている。ランヴァルドが『やつれられましたな……?』とイサクに言われてしまった原因は間違いなく、これであろう。
領主クリストファーが今も投獄されたままであるので、領地経営は見事に停滞している。ランヴァルドとしては『俺の知ったこっちゃない!』と言いたいところなのだが……ブラブローマはジレネロストと隣接しているのだ。景気が悪くなられても、困るのだ。
ということでランヴァルドは昨日から今日に掛けてずっと、ブラブローマの領地経営を代理で片付けているのだが……終わらない。
とにかく、仕事が多い。多いのだ。滞る雑事。その引き継ぎ。領主クリストファーが先延ばしにしていたと思われる、王城への報告書の作成など……。
そんな仕事をも、ランヴァルドが延々とこなしてきた。が、流石に今日はもう、限界である。なので助かった。イサクとアンネリエが来てくれて、とても助かった。
アンネリエは、元々領主の血筋の人ではある。ランヴァルドよりは不得手であるようだが、領地経営もある程度は分かるらしく、おかげでなんとか、あれこれが片付いていく。
そしてイサクは……何をやっているのかはよく分からないが、イサクが触った仕事が悉く溶けて消えていくような、そんな具合である。
……そうとしか言いようがない。『必要無くなった』『ブラブローマの家臣の中に適任が見つかった』『いつの間にか終わっていた』など、まあとにかく、雑務がみるみる消えていくのである。
アンネリエは『まあ、イサクさんですから』と少々誇らしげであった。イサク本人は、照れながらにこにこしていた。……大した御仁らである。
それからも仕事を進める3人だったが、時折、ウルリカが茶を運んできてくれたり、ネールが菓子を持ってきてくれたり、伝令が色々な連絡事項を持ってきてくれたり……と、中々賑やかであった。
そんな中、ランヴァルドはふと、聞いてみた。
「今後、ブラブローマはどうするんですか?」
「ああ、王家に返上、ということで考えていますよ。……領主クリストファーの罪は直接的なものではありませんが、国王陛下としては、やはり信用できない者を、王都から近い領地の領主に据えておきたくはないのです」
「ついでにこの分ですと、横領くらいは見つかる可能性が高いですしね」
……イサクとアンネリエの言うことは、まあ、分かる。
領主クリストファーは、自身が直接情報を漏洩したわけでもない。だが、娘の監視をできていなかったことも、遺跡の管理が杜撰であったことも、間違いない罪である。
領民の命を預かり、国王の土地を預かる者である領主が、このような失態を犯してはいけないのだ。
……ついでに、アンネリエの言う通り、『横領くらいは見つかりそう』なのである。領主クリストファーは愛人を何人か囲っていたようで……その資金繰りがどうも、不透明だ。それが今、ランヴァルド達の仕事によって、徐々に解明されつつあるのである!
「まあ、横領はさておき……大丈夫ですかね、ブラブローマは」
「ええ。まあ、当面の間は王城から、優秀な執政官が派遣されることになるでしょうから」
「それなら、領民の生活は滞りなく今まで通り……いや、今まで以上に良いものになるでしょうね」
イサクはにっこり笑っているが、ランヴァルドも少々安堵の笑みを漏らす。
……領主が愚かであるせいで領民が苦しむ例は、いくつも見てきた。『そうならなきゃいいな』と思う程度の良心は、ランヴァルドにもまだある。
「しかし、古代遺跡の処理もありますからね。……そちらの方が面倒なのでは?」
「まあ、そうかもしれません。ジレネロストとは違って、ブラブローマは、その、古代遺跡が生活に食い込んでいるようなものなのでね……」
……更に、領地経営に関する雑事と同時に、遺跡のこともあった。
古代人は消えてしまったが、この世界のどこにもいないというわけではあるまい。彼女はきっと、遺跡を動かしに来る。……彼女が求める世界のために。
そして、『ならば完全に封鎖してしまえ』というわけにもいかないのが、このブラブローマの古代遺跡の厄介なところである。
ブラブローマの古代遺跡は、水を司るものであった。水龍が棲む地底湖で水の魔力が食われ、魔力が程よく減った水が次の遺跡へと流れて管理され、そして最後の遺跡で、水が雨や川になって流れていく。それら古代遺跡の働きは、ブラブローマの産業の一部となっているのである。安易に止められるものではない。
……水龍が湖の中で凍り付いていたのは、湖に流れ込む魔力が一気に増えたことによるものであったらしい。どうも、その調節弁のようなものを、例の古代人が弄っていったものと思われる。
結局のところは水龍も湖も戻ってくれないことにはどうしようもないので、調節弁を閉じ切り、地底湖の周りで火を焚き……なんとか少しずつ水を溶かして、水龍が蘇るのを期待している、という状態である。
尚、湖ごと凍り付いた水龍は流石に死んでいるだろうが、氷が溶けきれば、その魔力たっぷりの水の中で水龍が新たに生まれる見込みであるらしい。ブラブローマの領主は代々、その水龍の世代交代を見守ることも役割であったとか。
……まあ、ドラゴンだ。魔力によって生まれた生き物であるのだから、大量の魔力があれば湧く、ということなのだろう。
ということで……遺跡についてはひとまず『管理者が必要であるが、それを理由に領主クリストファーを元の地位に戻すのも厄介そうである』というところで、イサクとアンネリエとランヴァルドが頭を抱えている。
ソフィーアはまあ、いくらでも処分できるものとして……領主クリストファーについては、『ブラブローマの血が自分にある以上、そうそう自分は処分されまい』と高を括っているのである。
それもそのはず。ブラブローマの血を引く者が、居ないのだという。
「……領主クリストファーは1人息子であったので、彼の兄弟は居ません。先代領主……クリストファーの父にあたる人物には妹が居ましたが、その方は私の伯父に嫁いだ後、私の従弟共々、ジレネロストの災害でお亡くなりになりました」
アンネリエが神妙な顔でそう言うのを聞いて、ランヴァルドは『よく調べが付いたな、と思ったら、そういうことか……』と納得した。
……つまり、ジレネロストの領主であったアンネリエの父の兄に嫁ぎ、そしてその血はジレネロストで絶えた、と。そういうことであるらしい。
アンネリエは複雑そうな顔である。自分の親戚の話なのだから、当然だろうが……。
「また、領主クリストファーの父の父……つまり、先々代ブラブローマ領主には姉と弟がいましたが、弟君は魔法の才覚があまり無いお方であったようで、ブラブローマの遺跡の封印を解くことができなかったそうです。今もその血筋がブラブローマに残っていますが、彼らもまた、封印を解くことはできないそうです」
ランヴァルドは、『おや?』と思った。……どうも、雲行きが怪しい。
「そのお方はステンティールに嫁がれ……そしてステンティールは先代領主も、今代のアレクシス様も、ご兄弟は居ないわけです。ご令嬢もエヴェリーナ様お1人ですから……」
……ランヴァルドは少しばかり、気が遠くなってきた。
「そして、ブラブローマの先々々代にまで遡ると、やはり弟が2人いらっしゃったようなのですが、お1人は平民の方とご結婚なさいまして、血筋が辿れません。恐らく血は絶えていないでしょうが、魔法の適性は厳しいかと。そしてもうお1人は国外の姫君と婚姻を……」
「……意外と、ブラブローマの血筋って、残ってなかったんですね……」
「はい。更に先々々々代まで遡って調べてみると、今度は戦で命を落とした方が大勢いらっしゃいまして……恐らくは直系以外、死に絶えたものと思われます」
……アンネリエは真面目に、実に真面目に調べてくれたようだ。今は、『領主クリストファーを働かせるか、はたまた、先々代ブラブローマ領主の弟君の血筋で魔力の濃いお方を探すか、或いは、平民に混ざった血を探して、更にそこから魔力を……』と頭を抱えているが。
だが……ランヴァルドは、心当たりがあるのだ。
『適当に幽閉でもしておいて、必要になったところで適当に出して、封印を解かせて諸々の管理をさせるのにも問題が無く……ついでに経理は問題なくこなせる人物』に。




