表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
第五章:降り積もる雪よ
146/218

違うということ*2

 +


 ネールは知っている。どうして、古代人であるらしいあの人が強いのか。どうすれば、自分が強くなれるのか。

 だってネールは、実際にそれをやったことがあるのだ。

「ネール?おい、どうした?」

 ネールは制御盤に手を置いて、『こういう風にしたい』と強く思う。そうすれば、遺跡が動いた。

 遺跡の動かし方は分かる。テーブルや椅子を出すのと一緒だから。

 ……こうすれば動くんだ、と分かれば、後は簡単だった。ネールが望んだ通りに、遺跡は動いてくれる。まるで、手足を動かすのと同じように。

 不思議なものだ。『こうするものだ』と分かるまでは、ネールにはこの遺跡の動かし方なんて分からなかった。でも、こういうものだと気づいたから、今のネールには、これができる。

 この古代魔法の装置は、引いた水を降らせるためのものだ。仕組みは分からないけれど、そういうものだ、ということはなんとなく分かる。それは、ネールが感覚で理解したことでもあり、ランヴァルドの説明のおかげである程度理解していたことでもある。

 ……魔力を食べるドラゴンが凍り付いてしまったから、今、ここへ流れてきている水には魔力が多い。そして、ここの装置で水を降らせるために、やっぱり魔力を使っていて……でも、それらの魔力は、ひんやり冷たい。

 どうして冷たいのかはよく分からないけれど、『濾してない』んだろうな、とネールは思う。ランヴァルドが説明してくれたことは、ネールはちゃんと覚えているのだ。


 だからそれを、ネールが食べる。

 ドラゴンが食べていたそれを、ネールが食べるのだ。

 ……そうしてネールは、つよくなるのだ。




 ということで、ネールは装置から、雹にも雨にもなる前の水を取り出した。取り出し方もなんとなく分かった。装置の途中、ネールの胸のあたりの高さのところに、『ぱかっ』と開くところがあって、そこから水を取り出すことができたのだ。

「……ネール?」

 水が溜まっているのを確認して、ネールはその水を両手に掬う。手を差し入れた途端、指先が凍りつくのではないかと思われるほどに、水は冷たかった。

 けれどネールは躊躇わず、そのまま、掌いっぱいに汲んだ水を飲み干し……。

「な、何してる!おい!ネール!」

 と思ったら、ひょい、とランヴァルドに持ち上げられてしまった。

 飲み切れなかった水が、ぱしゃ、と零れて床に広がる。

 ……これでは足りない。ネールは今、確かに自分が強くなるのを感じ取っていたが、これだけでは足りないのだ。

 ネールはもっと強くなるのだ。だから、ランヴァルドの腕から抜け出すべく、頑張ってもそもそ動く。

「こ、こら!動くな動くな!お前、何をしようっていうんだ!?」

 が、ネールが頑張っているのに、ランヴァルドの腕から抜け出すことができないのである!昨夜は、するんと抜けられたのに!

 ネールがびっくりしていると、ランヴァルドは改めて、ネールを自分の腕の中に抱え直した。

「……あー、ネール。お前、ここの水を飲みたいのか?」

 そして、改めてそう聞かれたので、ネールは頷いた。

「この水、飲んでも大丈夫なんだろうな……?」

 よく分からないが、多分大丈夫である。少なくとも、ドラゴンは飲んでいた。なのでネールは自信を持って頷いた。ランヴァルドには訝し気な目で見られてしまったが……。

「えーと、なんだってここの水を飲みたいんだ?」

 次の質問には、首を振るだけでは答えられない。文字を書くべく、ランヴァルドの腕の中でもそもそやれば、今度はするんと抜け出すことができた。

 それからネールは、床の上、自分が零した水で文字を書いていく。

『つよくなる』

 ネールの決意をランヴァルドに見せると、ランヴァルドは『ああ、うん、さっきも言ってたな……』と頷いた。

「つまり、この水を飲むと強くなる、と。……それは、魔力を取り込めるから、ってことか」

 ランヴァルドが何やら考えながら言うのを聞いて、ネールはまた、頷いた。多分、そうである。理屈は分からないが、この水に入っているものは、ネールを強くしてくれるものだ。それはネールにも分かる。

「ここの魔力は……食っても大丈夫な奴か?えーと、水龍のところの水がこっちに来てるんだよな?で、あそこの水龍が水の魔力を調整していたとしたら……やっぱりこの水、飲んだらまずいんじゃないか?」

 心配そうなランヴァルドを見上げて、ネールは堂々と胸を張る。

 どうか、安心してほしい。ネールはこれを飲んでも大丈夫だ。

 ちょっと水が冷たくて、お腹が冷えてしまうけれど……でも、大丈夫だ。ネールは大丈夫。

 ネールはちゃんと、強くなる。強くなって……ランヴァルドやウルリカ、その他の人々が暮らしていけるように、古代遺跡はこのままにしておきたいのだ。

 そのために、ネールは魔力たっぷりになって、強くなる。

 強くなって……古代人と喧嘩になっても、ネールが勝つのだ。




「ネール……お前、魔力を取り込むってのは……いや、うん……」

 ランヴァルドは心配そうにネールを見ている。

 ……ランヴァルドは優しいから、ネールのことを心配してくれる。でも、ネールは心配するんじゃなくて……『頼んだぞ』って、言ってほしい。そう言ってくれたら、ネールは幾らでも頑張れるのに。ランヴァルドの為なら、ネールは何だってできるのに。

 ネールはランヴァルドの顔を見上げた。ランヴァルドはしばらく、迷うような顔をしていて、そして……。

「……よし、分かった」

 ランヴァルドはやがて、そう言うと……古代魔法の装置に近付いて……。

「俺も、飲むぞ……」

 ……青ざめた顔で、そう言い出した!


 ネールはびっくりした。

 びっくりのあまり、その場に呆然と立ち尽くしていた。

 ネールの目の前で、ランヴァルドはネールよりずっと大きな手で、水を掬って、それを一気に飲み干してしまった!

 ……そして。

「……っ!」

 ランヴァルドは目を見開くと口元を押さえて、転ぶようにしながら部屋の隅へ移動して……移動するや否や、その場で水を吐き戻してしまった。

 しばらく、ランヴァルドが咳き込む音が聞こえていた。部屋の外からはウルリカが『大丈夫ですか!?』と声を掛けてきている。

 ネールは慌ててランヴァルドに駆け寄って、咳き込み続けるランヴァルドの背を擦る。ランヴァルドは『大丈夫だから』と身振りで伝えてくれたけれど、それからもう一度、吐いた。


 ……そんなランヴァルドを見て、ネールはいよいよ、思うのだ。

 ネールはランヴァルドとは、違う生き物なのだ、と。




 ランヴァルドの咳が収まってきたのを見て、ネールはまた、古代魔法の装置に向かう。

 そこで、ネールは改めてもう一度、水を汲む。


 ネールはランヴァルドみたいに色々なことを知っている訳じゃないし、ランヴァルドみたいにあったかくて綺麗な魔法は使えない。お喋りだって、できない。

 ……でも、ネールには力がある。ランヴァルドとは違って……ここの水を飲んでも、大丈夫。魔力はネールの体に染み込んで、ネールを強くしてくれるだろう。

 違うのだ。ネールとランヴァルドは違っていて……だから、ネールは『よかった』と思う。

 違うから、ネールはランヴァルドの役に立てる。ランヴァルドにできないことなんてあんまり無いけれど……それをネールができるなら、いくらでもネールがやってみせる。

 ……これでいい。

 違くて、いい。

 違うから、ランヴァルドに貰っている沢山のものを、ちょっとだけ返せるのだ。ネールはそれが嬉しい。

 ……でも、ちょっぴり、寂しい、かもしれない。変だなあ、とは思うのだけれど……。




「ネール」

 ネールが水を1杯飲んで、次に2杯目の水を汲もうと手を伸ばした時、後ろからランヴァルドが掠れた声でネールを呼んだ。

 ネールは『絶対に飲むぞ』と思っていたので、ランヴァルドに捕まる前に急いで水を汲もうとして……。

「……決意は固いんだな?」

 ランヴァルドが、そう聞いてきた。

 ネールは頷く。決意は固い。ネールがこれを飲み続けたら、ネールはもっともっと、ランヴァルドとは違うものになっていくだろう。

 でもそれでいいのだ。違うからこそできることがあると、ネールは知っている。

 だが、ふと、心配になる。ランヴァルドは、ネールが違うものになるのは嫌だろうか、と。

 ……それでもネールは、水を飲むつもりだ。ランヴァルドが嫌だったとしても、それでも、ネールはランヴァルドの役に立ちたいから。

「……よし、分かった」

 ランヴァルドはネールに頷き返して、それから……ちょっと寂しそうに苦笑いした。

「ならせめて、一回沸かすぞ。それじゃ冷たいだろ」

 そして、そんな提案をしてくれたのである!




「ほら、ネール。これでどうだ」

 ……それから少しして、ネールの手にはお茶が入ったカップがあった!

 遺跡の外に生えていた野草を使って、ランヴァルドがお茶を淹れてくれたのである!

 ネールは、そっとお茶を飲んでみた。……おいしい!なんだか甘くて、おいしいのだ!

「ウルリカさんが砂糖菓子を分けてくださったんでな。甘くしてあるぞ」

 ネールはウルリカに満面の笑みを向けた。ウルリカは微笑み返してくれた!

 ……あったかいなあ、とネールは思う。

 温かいお茶を飲んで、お腹の中がほこほこあったかい。カップを握る手も……それから、なんだか、胸の中があったかいのだ。

「……ま、冷たいものばかり飲むと体に悪いからな」

 ランヴァルドがそう言ってくれるのを聞いて、ネールは頷く。

 ……あったかくって、それでいて、力が湧いてくるような、そんなお茶だ。これがあれば、ネールは本当になんでもできるような気がする!

 ネールは大いに意気込んで、『おかわり!』とカップをランヴァルドへ差し出した。

 ランヴァルドは苦笑いしながら、鍋から2杯目のお茶を注いでくれるのだった。




 ……そうして、次の日。

 ネール達が遺跡に向かうと、そこにはもう、古代人が居た。

 ネールそっくりで……でも、なんだかネールよりも冷たくて寒そうな、そんな人。

「……話の機会を頂いたことに感謝する」

 ランヴァルドが前に進み出て、古代人と向かい合う。

「早速、話そう。……今後について」

 少し緊張している様子のランヴァルドの隣に立って、ネールも古代人を見つめる。

 古代人は静かに頷いて、前回みたいに椅子と机を床から出す。

 ……さあ。いよいよ、決戦の時なのだ。


 +

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
カリオストロのような、まものと王子様のような
この小説を電車で読んではダメだ。 涙腺を直撃される
いい話だ!!胸にグッと来ました( ; ; )
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ