未知と*4
「3日ってのは短すぎたな……」
さて。
宿に戻ったランヴァルドは、頭を抱えていた。
3日、と猶予を貰ったわけだが、できることなら10日ぐらい貰っておくべきだった。
「国王陛下への報告ができりゃ、まだもう少しなんとかやりようがあったんだが……」
「何言ってるんだ、ランヴァルド。国王陛下に報告できないからこそ、お前の好きなようにやれるわけじゃないか」
「世界の命運を変えかねない判断なんざ、したくねえよ……」
マティアスは面白そうにせせら笑っているものの、その表情には多少の疲れと緊張が見える。まあ、マティアスも今回は中々に働かされたので。
「そうですね。ここから王都へ向かって戻ってくるのは難しいでしょう。ましてや、結論を持ち帰ることは不可能かと。ですが、ブラブローマ領主クリストファー様には、ご報告できるのでは?」
ウルリカの言葉にランヴァルドは頷きかけ……そこで、ウルリカの冷たく鋭い視線を見つけてしまう。
「……まあ、彼もまた罪人であるとは思いますが」
「ああ……うん、まあ、そうですね……」
……ウルリカは、『領主の不貞』に厳しい。まあ、ステンティールの前領主とマティアスのことを思えば、現ステンティール領主アレクシスの側近であるウルリカとしては、『領主が不貞など!』と憤るのも已む無しか。
「ついでにあのお嬢様だ。彼女は処刑ものだね。全く、笑えるよ」
「ああ、それもあったな……」
更に、そっちもある。ランヴァルドは頭を抱えたい気分になってきた。
「……領主に、領主の娘に、ついでに国王陛下。それで、古代人か……。どうして俺はこんなに板挟みになってるんだ!?」
嘆いてみるも、状況は変わらない。精々、ウルリカが気づかわし気な目でランヴァルドを見つめ、ネールが『元気出してね』とばかり、ランヴァルドをぽふぽふと撫で、マティアスがけらけらと笑っているばかりである。
……嘆いてばかりもいられないので、少し休憩した後にはブラブローマ城へ向かった。
領主クリストファーに判断を任せるつもりも無いが、報告しておかないのも不義理であろう。
ついでに、報告しなかったことを後々責められたり、報告しておかなかったことであることないこと吹聴されても困る。そういうわけである。
尚、マティアスは嫌がったが、無理矢理連れていくことにした。ソフィーアお嬢様にしらばっくれられた時の為に。
そうしてランヴァルド達が城へ向かうと、すぐに取り次いでもらえた。……雹と魔物の出現があったからこそ、領主クリストファーも古代遺跡について、ようやく危機感を覚えてくれた、ということかもしれない。まあ、もう遅いが。
ランヴァルド達はすぐさま応接室へ通され、そして、領主クリストファーはそう待たせずに応接室へ現れた。
前回会った時のような、鬱陶し気な様子は一切無い。余裕すらも無く、ただ、青ざめているばかりである。
「領主様。この度の雹と魔物の発生について……」
「ああ、ああ、分かっていますよ。古代遺跡が狙われた、と仰りたいんですね?ええ、分かっていますとも」
領主クリストファーはランヴァルドの言葉を遮るようにそう言うと、視線を泳がせながら言葉を探すように迷い始める。
が、それを待ってやる義理も無いので、ランヴァルドはため息を一つ吐いて、さっさと続きを喋った。
「どうも、古代遺跡の所在を、ソフィーアお嬢様が漏らしたようです。その結果が、今回の雹と魔物の発生でした」
「えっ……!?」
領主クリストファーにとっては衝撃的な話だろうが、真実である。彼の娘が、彼と、そしてこのブラブローマ自体……或いは、この世界全体を、危険にさらしているのだ。
「お嬢様が情報を漏らした相手は、我々が追っていた相手でした。路地裏でお嬢様と共に居るところに接触し、その存在を確認しましたが……」
「ま、待ってくれ。ソフィーアが?ソフィーアが……古代遺跡を狙う奴らに?そ、それは本当なのか?」
「疑われるようでしたら、お嬢様に直接お聞きになった方がよろしいかと。そちらにいらっしゃるようですから」
ランヴァルドがぞんざいに廊下の方を示してやれば、廊下から『ひっ』と小さく息をのむ声が聞こえてきた。……やはり、領主令嬢ソフィーアが立ち聞きしていたらしい。大方、自分について何が話されているのか気になって盗み聞きしているのだろうが……。
それから、領主クリストファーが領主令嬢ソフィーアから話を聞くのを見守った。
……まあ、惨憺たるものだった、と言える。ソフィーアは相変わらず、自分が漏らした話が如何に大きなものだったかを理解しておらず、さらには嘘を吐き始めた。
そこでマティアスが『いやいや、ソフィーア。君はあの時ああ言っていたじゃないか』とあれこれ口を挟み始めればソフィーアの嘘はすぐさま崩れ、領主クリストファーはあまりの事態に理性を失い、領主クリストファーが叱責すると、ソフィーアは泣き出してしまい……。
……と、そんな話を目の前で繰り広げられたせいで、ウルリカは半眼で彼らを見つめ続け、マティアスは観劇するかのようににやにやとこれを眺め、そしてネールは只々首を傾げていた。
そしてランヴァルドは、『もうそろそろ勘弁してくれ』と、途方に暮れて天井を眺めていた!
そうして、なんとかかんとか、領主クリストファーとソフィーアの話が終わった。ソフィーアが泣き崩れながら退出していくのを見送って、ランヴァルドは『やっとか……』と只々安堵した。尚、マティアスは欠伸をしている始末である。
「あー……彼女はどうやら、その、確かに、古代遺跡の管理者として、相応しくないようで……ええ、その、娘の教育については、確かに今後、責任をもって私が……」
領主クリストファーはなんとか、しどろもどろになりながらそう口にする。
「ええ、是非そのように。しかし、お嬢様のことだけに話は終わりません」
だが、ランヴァルドは追及を緩めない。元より容赦してやるつもりなど無いが、領主クリストファーとソフィーアとの見苦しいやり取りを見せられた後だ。余計に容赦できなくなっている。
「お分かりになったかと思われますが、最早古代遺跡は彼らの手に落ちました。……ということで、領主様には是非、この後、どうなさるおつもりかお伺いしたく」
「どう、というと……」
「古代人と接触した結果、彼女は『古代遺跡を用いて、世界中の魔力を増やしたい』というように考えていることが分かりました。つまり、雹が降った時のように、何も無い場所から魔力によって魔物が生じる状態、というわけです」
「えっ……」
ランヴァルドが説明してやれば、領主クリストファーはようやく、事態の恐ろしさを理解してくれたらしい。
「このままですと、古代人の手によって、ブラブローマには引き続き、魔力をたっぷりと含んだ雹が降り注ぐことでしょう。そうなれば、まあ、ジレネロストの二の舞でしょうかね」
「そ、それは……」
いよいよ青ざめる領主クリストファーには、『女泣かせ』の面影がまるで見当たらない。ただ、自分に負いきれない責任を目の当たりにして、情けなく震える男が居るばかりだ。
「それで……我々の手を拒み、娘の躾もできなかったあなたは、どうやって、この状況の責任を負われるおつもりなのかお聞かせください。王城へ持ち帰らせていただきますので」
そしてランヴァルドはいよいよ容赦なく、詰め寄った。
……領主クリストファーには、ランヴァルドがまるで、大鎌を携えた死神か何かのように見えていたかもしれない。
それから、ランヴァルドは半ば一方的に、領主クリストファーとの約束を取り付けた。
1つ目は、『古代人と再度接触する機会を我々は手に入れたが、そこでのやり取りには一切関わらないように』ということ。
……領主クリストファーを連れて行ったところで、あの古代人相手に良い影響があるとは思えない。むしろ、引っ掻き回されて皆殺しにされる可能性すらある以上、この領主には引っ込んでいてもらった方がいい。
2つ目は、『王城にはキッチリ報告させてもらう』ということ。
当然である。ランヴァルドとしては、こんな連中に古代遺跡を管理されていてはたまったものではないので……否、ランヴァルドが古代遺跡を管理しているわけでもないので、文句を言う筋合いには無いのだが……とにかく、領主クリストファーにはしっかりと罰を受けてもらう。
領主というものは、そういうものだ、地位がある以上、責任を負わねばならない。それができないなら、領主の座からは引きずりおろされるべきなのである。
ついでに……領主クリストファーが『見せしめ』になってくれれば、今後、他の領地での意識も変わってくることだろう。他領の領主達が古代遺跡の管理に力を入れるようになってくれれば、それに越したことは無い。
そして……3つ目。
『古代人には、敵対せずにお引き取り願うべく交渉を試みる。だがそれが難しい場合には、ブラブローマを生贄に差し出すこともあり得る』ということだ。
ランヴァルドは、考えた。『古代人の思う通りにされると、死ぬ!』と。
……当然である。あの場で酷い魔力酔いになったランヴァルドは、強く強く、それを実感している。
古代人が当たり前に過ごし、『こうあれ』と望む程度の魔力が世界を包み込むようになったら……まあ、間違いなく、ランヴァルドは生きてはいけまい。魔力酔いで、死ぬ。
もし魔力酔いせずに済む方法があったとしても、魔力からは魔物が生まれ、その魔物は人間を襲うのだ。当たり前に魔法を使って魔物を撃退できる古代人なら問題ないのだろうが、ただの人間であるランヴァルドにとっては、まさしく死活問題である。
……そう。つまり、古代人には、『頼むからそっちの望みは叶えないでくれ』と言うしかないのである。
だが、それを素直に聞いてくれるだろうか、ということを考えると……どうにも、不安しか無い。
古代人は、落ち着いているように見えた。少なくとも、対話に応じる理性は持っているらしい。
だが相手はネールをも凌ぐ魔力の持ち主……或いは、『魔力そのもの』である。戦って、到底敵う相手ではない。
つまり、相手が実力行使に出たならば、その時点でランヴァルド達の敗北はほぼ間違いないのである。
だとするならば、ランヴァルドはどのように、彼女と交渉すべきか。
どこに、交渉の『落としどころ』があるのか。
……それを考えた結果、ランヴァルドは、『魔力特区の創設』を考えたのである。
ジレネロストがかつてそうであったように、古代遺跡が2つ3つ暴走したとして、世界中が一気に魔力まみれになる訳ではない。精々、その領内がそうなるだけだ。
ということで……このブラブローマを、かつてのジレネロストのようにして、『魔力特区』としてしっかり隔離してしまえば……それで、古代人の望む場所が、手に入るのではないだろうか。
無論、これも賭けではある。古代人が『いや、世界中を魔力たっぷりにしたいので』と言ってしまえばそれまでのこと。
だが……それでも、『落としどころ』を探って、勝算の無い相手に少しでも抗わなくてはならないのだ。
つくづく、損な役回りである。今も、領主クリストファーに『ブラブローマに犠牲になれというのか!?』と詰め寄られていることだし……。
「……ブラブローマについては、最早、古代人の心ひとつでどうとでもなる状態です」
ランヴァルドは、詰め寄ってきた領主クリストファーを睨みながらそう言ってやるしかない。
「この事態を引き起こしたのは、あなたのお嬢さんと、そのお嬢さんやそもそもの古代遺跡を管理監督する立場にあったはずのあなただ。そのツケを世界中に払わせると仰るのか、それとも、自分が治める領内でことを済ませると仰るのか……どちらでも構いませんよ」
容赦なく切り込んでやれば、領主クリストファーは蒼白になりながらも言葉を詰まらせた。
……ここでランヴァルドと敵対するわけにはいかないが、条件を飲むこともできない。そういうことだろう。
だが結局のところ、領主クリストファーには道が無い。このブラブローマを差し出して、『なんとか上手く事を納めてくれ』とランヴァルドに全てを託す他に道は無いのだ。
「……結論は、明日までにお出しください。明日、また伺います」
ランヴァルドがそう宣告すれば、領主クリストファーは力なく俯いた。
……さて、明日、きちんと結論を出してくれればいいが。
そうして、翌日。
「こうなる気はしてたさ……」
「そうですね」
「僕を巻き込まないでほしかったな」
「そうつれないこと言うなよマティアス。よし、ネール。準備はいいか?窓から出たら、一気に抜けるぞ」
……宿がブラブローマの兵士に囲まれていたので、脱出する羽目になるランヴァルド達なのであった。




