未知と*3
「あああ……くそ、これで、よかったのか……?」
ランヴァルドは床に倒れながら、ぼやいた。
……古代人の姿は、もう無い。彼女はこちらとの会話を終えた後、どこかへ去っていった。
「まあ……今のところは、これで良いのではないでしょうか。ひとまず、この遺跡の異変は食い止めました」
「あくまでも『今のところは』ってところなんだろうけれどね……。はあ、やれやれ」
ウルリカとマティアスもそれぞれへばった様子であるが、仕方ない。彼らもまた、魔力酔いを起こしている。それも、古代人が去ってから大分楽になっていたが……。
「……ひとまず、3日後、か。それまでに結論を出さなきゃな……」
……ランヴァルドは、嘆く。何も考えずに眠ってしまいたい体調と気分ではあったが、そういう訳にもいかない。
ランヴァルドは最後、古代人と約束したのだ。
『3日後にまた会おう。そこでもう一度、話をしたい』と。
……つまるところ、『先送り』である。
「えーと……俺が寝てる間に話してたことを一通り聞いておきたいんだが」
さて。いつまでも倒れてはいられない。倒れていたい気分ではあるが、その前にやらねばならないことがある。少なくとも、最低限、情報共有くらいはしておかねばなるまい。
「そうですね。全体像を把握できているのは今、ネールさんだけですから。一度全員で確認しておいた方が良いでしょうね」
……通訳を3人で交代していた都合で、ネール以外誰も、連続してあの場の状況を体験していない。
そのせいでランヴァルドもウルリカもマティアスも、情報が足りないのである!
「じゃあ、まずは俺からだな」
ということで、まずはランヴァルドが喋ることにする。
「俺が聞いたのは、まず、相手が古代人だってことだな。……いや、『そう言うこともできる』くらいの言い方だったが……」
「まあ、古代人本人からしてみれば、自分が古代人だとは名乗らないでしょうね」
ウルリカは何か納得したような顔をしていたが、ランヴァルドは『あれはそういう意味だったのか……?』と少々懐疑的である。……まあ、真相は分からないが。
「……ネールのことを、仲間だと思っていたみたいだ。同種の生き物だ、みたいなことを言ってたな」
どうも、古代人はネールに対して好意的なようにも見えた。『拙い』とは言っていたが……まあ、あれもネールの幼さについて言っていたのかもしれない。
「それから、あの姿は作り物らしい。元々は姿形が無いんだと」
「姿形が、無い?……それは、どういう……」
「彼女自身も、ネールが『元々の姿がこれ』という話をしたら、困惑している様子でしたよ。納得した様子ではありましたが……」
……そして何より、何だかんだ、あの古代人自身も、色々と分かっていないのだ。それ故にまだ、交渉の余地がある。ランヴァルドはそう、思っているが……。
「ああ、さっきはネールの姿を真似てはいたが、俺の姿を真似ることもできるらしい。だから、まあ……今後も、容姿については全くアテにならないってわけだ。ついでに名前も無いらしい」
「厄介だね。容姿をいくらでも変えられるなんて……暴れ放題じゃないか。ねえ」
「そうだな」
マティアスはすぐそっちに発想が飛ぶようだが……実にその通りだ。
ネールそっくりになれる古代人が町中で暴れでもしたら、ネールに嫌疑がかかりかねない。そしてそれは、ランヴァルドやその他の人間にとっても同じである。
他者に簡単に成りすますことができるのであろう、あの古代人のことを考えると、やはり『先送り』は正解だった。少なくとも、根回しの時間が僅かながら得られたのだから。
「後は……古代文明を取り戻そうとしている、ような話をしていたか。だが古代遺跡が無い状態が望ましいらしい。……あー、古代遺跡って、古代文明の産物だよな?」
「彼女はもっと古い時代の方だったのでしょうか」
「古代人の古代人、ってことなのかもね」
考えるにつれ、謎が増えていく。古代人の古代人、となると……もう考えるのをやめよう。ランヴァルドは諦めた。
「或いは……古代人にとって、古代遺跡が不本意な産物だった、とも考えられますね」
「不本意、か……。彼女が目指すものが何なのか、イマイチ掴み切れてないんだが……くそ」
ランヴァルドは、具体的な『古代文明』のことを知らない。当然である。ランヴァルドは現代人なので。
それ故に、古代遺跡がどのような用途なのかはなんとなく、その片鱗だけは理解できているものの……それ以上のことは、分からない。
この古代遺跡は、現代人にとっては色々と厄介な代物であったり、古い古い封印の類であったりするわけだが……古代人にとっては、どのようなものだったのだろう。
「で、最後に『あなたはそれを望んでいない?』って聞いてきたところで、俺が『ネールも考えがまとまらないようだから、3日後にまた話したい。あと俺達がそろそろ限界だ。時間が欲しい』って言って、彼女は帰った」
「……正解だったね。ああ、全く……なんだって僕は、こんな厄介ごとに首を突っ込む羽目になったんだろうね。ねえ、ランヴァルド?」
「ははは。残念だったな」
ランヴァルドは頭を抱えたい気分であるが、まあ、マティアスを巻き込めたのは多少、清々しい気分である。万一、ランヴァルドが死ぬようなことになったら、その時はマティアスの足を引っ張ってやろうとランヴァルドは決めているのだ。
「さて。次は僕から報告しておこうか」
そうしてランヴァルドが一通り報告したところで、マティアスが話し始めた。
尚、この場にはネールもちゃんと参加しているのだが、ネールは一度自分が全て聞いたはずのことについても真剣に聞いている。健気なことである。
……ネール1人では理解が追い付かなかったことが沢山あるからなのだろうが。
「とはいえ……僕が聞いたことはそんなに多くないよ。悪いが、拷問吏ほどの体力は無いし、ランヴァルドほどの根性も無いからね」
「そうだな」
ランヴァルドはさらりとマティアスを貶しつつ、『ほら、さっさと話せ』と促した。マティアスには嫌そうな顔をされた。
「……僕から質問したことは無いよ。だから、『この古代遺跡が元々どういう場所か』、それから『テーブルの生やし方』と『湖の渡り方』を聞いただけだね」
……ランヴァルドは、そっとネールを見つめた。ネールは、『だって、気になる』というような顔をしている。まあそうだよなあ、とランヴァルドはちょっと微笑んでおいた。
「この古代遺跡は、まあ、概ねはこっちの推測通りだったようだよ。ここが水の調整地点。今回雹を降らせた遺跡が、水を川にしたり雨にしたりするための装置で……ただ、最初の遺跡は、水を生むんじゃなくて、水の成分調整の為の遺跡らしい」
「は?成分の調整?」
「なんでも、水に含まれる魔力を調整しているらしい。水龍を入れておくことによって、魔力を減らすんだとか」
また妙な話が出てきてしまった。
水龍を入れておいたのは、魔力を減らすため?となると、水龍が水を生み出しているというわけでもなく……水はどこかからか汲み上げているのか、はたまた、あの古代遺跡が生成しているのか……。
「ちなみに、テーブルは『遺跡に組み込んであるものを出しただけ』で、湖の渡り方は『水と反発するように足を作るだけ』だそうだ」
「分からん」
「おやおや。古代遺跡の専門家でも頭を抱えるとはね。まあどうでもいいけれど」
更に続いた話も分からなかった。
が、ネールが何やら念じ始めると、『みょみょみょ……』となんとも気の抜ける音を発しながら、テーブルが少々引っ込んだ。
……それからしばらく、ネールは椅子とテーブルを床にひっこめたり、出したりしていた。どうやら、特定の魔法を使うと遺跡に元々備え付けられている設備を使える、ということらしい。ランヴァルドにはサッパリ分からないが。
だが、まあ……ネールが少々楽しそうだったので、これはこれで良しとする。
「私が聞いたことも、然程多くはありませんが……私は、『何故、雹を降らせたのか』をまず伺いました」
そして最後にウルリカが報告してくれる。
「すると彼女は、『魔力の濾過装置を切っただけ』と」
「……分からん。やっぱり魔力そのものが、冷たい……?」
ランヴァルドは、以前、ジレネロストの古代遺跡について考えた際、『魔力濾過装置とは、魔力自体を濾過するのではなく、魔力から冷気の類を濾過するものなのではないだろうか』と考察したが……その考察を補足するような情報が出てきてしまった。
無論、国中を探しても、古代遺跡についてそんな情報を記した文献は無いだろう。イサクとアンネリエが王城で相当調べてくれているはずなのだが、それでも古代遺跡についてはほとんど情報が出てこないのだ。
……これはいよいよ、ランヴァルドが古代遺跡学者になるしかないかもしれない。
「続いて、『魔力の濾過装置を切った理由』をお伺いしました」
「ほう」
やっぱりマティアスよりウルリカだ。聞きたいことを聞いてくれる!
「すると、『効率を落とす必要が無いから』と」
「効率……?」
「はい。そこで、何の効率を求めていらっしゃるのかもお伺いしましたところ……魔力を誘導する効率だ、と仰いまして」
ランヴァルドは、なんとなく嫌な予感を覚えつつも続きを促す。
するとウルリカは少々迷いながら……続きを口にした。
「彼女は、この世界をより魔力に満ちたものへ変えたいのではないでしょうか」
ランヴァルドはふと、唐突に理解した。
古代。消えた文明。魔法が今よりずっと、当たり前にあった時代。
魔法が当たり前に存在した以上、世界には魔力が、もっと多く満ちていたはず。それこそ……魔獣の森や、今回の雹が降った直後……そして、滅んだ時のジレネロストのように。
そんな環境であるから、さっきまでここに居た古代人の彼女のような者が、当たり前に生まれてくるのだろう。
当たり前に魔法を使い、当たり前に膨大な魔力を持ち……『名前も、姿形も持たずに』生まれ得る生き物。
ネールを見て、『あなたは元々姿があった?』と尋ねた以上、あの古代人は、何も無いところから、ただ魔力によって生まれたと考えられるのではないだろうか。
魔力から生まれた以上、魔力を大量に持っているのは当然のこと。ランヴァルド達現代人にとっては、傍に居て会話するだけでも魔力酔いを引き起こすほどの魔法を当たり前に使い続けられるのも、当然のことだ。
魔力から生まれた以上、当然、強いのも納得がいく。ネールと同等か……或いはそれ以上。少なくとも、現代人を遥かに凌駕する力を持っているのも、これもまた、当然のこと。
……そして現代においては、そのような生き物を『魔物』と呼ぶ。




