水の源*3
いっそ、領主令嬢ソフィーアが哀れに思える。
……ランヴァルドとネールが正面の席に座った上で、両隣をウルリカとマティアスに固められている彼女には、最早逃げ場は無いのであった。
「あー……では、ソフィーア様。先程あなたが一緒に居たフードの人物について、お伺いしたいのですが」
そんな中、『何故、俺が?』と思いつつもランヴァルドが話を進めていく。……マティアスがにやにやと楽し気なのが腹立たしい。
「わ、私……知らないの」
「おや、愛しのソフィーア。知らないってことはないだろ?『本命』のことなんだから」
「ち、違うの!違うの!本当に何も知らなくて……」
そしてソフィーアがこの調子なのも腹立たしい。彼女が嘘を吐いていることは、見ればわかる。目が泳ぎすぎなので。
この期に及んでこれかよ、とランヴァルドは舌打ちの1つもしてやりたい気分だが、そこは堪える。
「……では、あの人物と最初に出会ったのはいつでしたか?」
「半月くらい前よ」
「ほら、知ってる相手じゃないか」
「マティアス。黙ってろ」
……マティアスが居ると話が進まなくなる。ランヴァルドがウルリカに目配せすると、ウルリカはソフィーアから見えない位置で、マティアスに何か、手ぶりをしてみせた。……途端、マティアスは表情を引き攣らせて黙った。一体、あれは何の手ぶりだったのだろうか……。
「……では、ソフィーア様。あの人物と会って、何をされていたのです?」
「何って……お喋りして、お食事をして……お散歩したこともあったわ。でもそれだけよ」
ソフィーアは『何も悪いことはしていないわ!』という調子で喋っているが、やはり目が泳いでいる。となると、何か『悪いこと』をしたのだろうが……。
「散歩は、どこを?街中の公園ではありますまい?」
「ええ……郊外の方よ」
「郊外というと?」
ランヴァルドが畳みかけると、ソフィーアは、きゅ、と唇を引き結んで何か考え……。
「お、お父様には絶対に言わないって約束して頂戴!じゃなきゃ、喋らないから!」
……そんなことを言い出した。
成程。これは確かに『悪いこと』をしていそうである。
「分かりました。確かにこのランヴァルド・マグナスはここで聞いた話を領主様にお伝えしないと約束しましょう」
ということで、ランヴァルドはそう約束してやった。
ただし、内心で『まあ、俺以外は約束しないからな。言うぞ。マティアスとかウルリカさんとか……』と思いつつ笑顔を見せてやれば、ソフィーアは勝手に安心したらしい。
……成程、馬鹿である。
「私、あの人を遺跡に招待したの。学者さんだって言ってたわ。遺跡を研究してるんですって。だから興味があるって言ってたわ」
そうしてソフィーアは、最初から随分ととんでもないことを言い出した。
……マティアスがにやにやとランヴァルドを見てくる。大方、『学者だそうだ。お前と同業だね』とでも言いたいのだろう。
「遺跡、というと……もしや、ブラブローマの一族が管理している遺跡ですか?」
マティアスは置いておいて、ランヴァルドはもう少々情報を詰めていく。『まあ、どうせこのお嬢様が例の遺跡に奴を連れ込んだんだろうな』とは推測できるが……。
「ええ。その内の1つに……」
……ソフィーアは、そんなことをさらりと言い出したのである!
「遺跡は複数あるんですか!?」
「えっ!?え、ええ、3つあるけれど……えっ!?あっ!?わ、私、言わなくていいことを……!?」
ソフィーアは慌てているが、後の祭りである。ランヴァルドにはもう、『ブラブローマの一族が管理する遺跡は3つある』という情報を手に入れてしまった。知る前にはもう、戻れない。
そして同時に、『俺が1つしか遺跡の存在を知らないと見て、領主クリストファーは舐めてかかってくれたわけか』とも、『まあ、領主アレクシス由来の情報だったしな……』とも思った。
「それで?3つの遺跡のどこに連れていったんです?」
「それも言わなきゃダメ?」
「そうですね。領民を見殺しにしたくなければ」
ソフィーアは言い渋ったが、ランヴァルドが更に『お父様にご忠告しなくてはなりませんね』と続ければ、慌てて口を開き始めた。領民の命より、父親からの叱責の方が重いとでもいうのだろうか。実に馬鹿だ。少なからず、嫌悪を抱いてしまう程度には。
「最初に行ったのは、城の裏手の山の中腹にあるやつだったわ。山からの景色は良いし……あの時は雪が舞っていて、とても綺麗だったの」
ソフィーアは悪びれもせずそう言った。……『城の裏手の山の中腹にあるやつ』というと、マティアスを使ってランヴァルド達が入った、あの遺跡に他ならない。
「最初に行った、というと……他の遺跡にも行ったのですか?」
「ええ。今日、久しぶりに会えたから、次の方にも行ってきたの。お父様は『遺跡に入るな』って仰っていたけれど、ちょっと行くだけなら問題ないと思って」
ランヴァルドは『こいつはお父様にこってり絞られればいいな』と内心苦々しく思いつつ、表情は適当に取り繕って聞いてやった。この程度のことができずに商人はやっていられない。
「遺跡では何をされたのです?」
「な、何って……そんなこと聞かないで!」
……成程。まあ、碌なことはやっていないだろう。ランヴァルドはつくづくげんなりした。また、向かいに座っているウルリカの表情が氷点下の様相を呈してきている。マティアスは『やれやれ』といった様子だが、ソフィーアはそれに気づいていない。
「念のため、遺跡3か所の位置を教えて頂けますか」
「ダメよ。勝手に言ったらお父様に怒られるわ」
『それはもう今更変わりませんよ』と言ってやりたいところだがそういう訳にもいかないので、ランヴァルドは『聞いてもどうせ俺達には扉を開けませんし』と宥めすかして遺跡の場所を吐かせた。最悪の場合は拷問にかけてやるぞという気分だったが、そこまでしなくても吐いてくれたのでまあ、よかったと思うしかない。
さて。まあ、これで情報は手に入れた。
例のフードの人物が、このお嬢様を使って遺跡に入り、そこで何か悪さをした、ということは間違いないだろう。
「さて、お嬢様」
となると、いよいよ、ソフィーアお嬢様に聞くのはこれが最後となる。
「最後の質問です。……あのフードの人物は、どのような人物ですか?性別は?年齢は?職業は何をしている風でしたか?」
……恐らく、ランヴァルドが今までずっと巻き込まれ続けていた、遺跡にまつわるあれこれ。
それらの黒幕が、ようやく、手の届くところにまで近付いている。
……そうして。
「あのお嬢様、馬鹿だな……」
「お前がそう言ったんだろ、ランヴァルド」
「まあそうなんだが……」
ランヴァルド達は、ソフィーアと別れて広場に戻りつつ、深々とため息を吐く羽目になった。
というのも……ソフィーアは、あのフードの人物のことを、何一つ覚えていなかったのである。
容姿どころか、性別も年齢さえも、『あら?よく考えると……へ、変だわ。何も思い出せない……』ということであるらしい。
大方、去り際に強めの魔法を掛けられたのだろうが、それにしても役に立たないお嬢様である。
「……まあ、フードの奴が誰であれ、すぐに遺跡を全部見て回った方がいいだろうな」
まあ、フードの人物はともかく、ランヴァルドはそう結論を出す羽目になった。ランヴァルドはどうやら、また古代遺跡に潜る羽目になるようだ。
「最初にマティアスを使って開いたあの遺跡については、既にフードの人物が立ち入った後だった、ということでしょうか」
「まあそうだと思いますよ。となると、水龍が凍ってたのも、封印されていたからっていうよりは、フードの奴の悪戯によって、と考えた方がいいかもしれませんね」
……本当に、碌でもないことである。本来ならば、貴族の血によって守られていたはずの遺跡であったというのに。まさか、遺跡を守るはずの領主の娘が、自分の血で守らねばならぬものをこうも不用意に曝して、その結果……雹に魔物に、と、領民を脅かしているのだから。
ソフィーアお嬢様には痛い目をしっかり見て頂くことになるだろうが……恐らく、未だ相手が踏み入っていないであろう最後の1つの遺跡については、お嬢様を放りだしてでもさっさとケリをつけてしまわねばなるまい。
「となると……一応、領主様に確認しておいた方がいいか」
ということで、ランヴァルドは『まずは領主邸で事情を説明して、それから改めて許可を得て遺跡へ……』と考えた。後々文句を言われるのは面倒なので。
だが。
「ああ、領主クリストファー様でしたら、明日の朝くらいまでは使い物にならないかと」
ウルリカが涼しい顔でそんなことを言うものだから、ランヴァルドはぎょっとさせられる。
「えっ、一体何をしたんですか……?」
「少々、薬を」
……変わらずウルリカは涼しい顔である。マティアスが横から『それは反則じゃないのかい?』と囁いてくるが、ランヴァルドは『もう勝手にやってくれ!』という気分である!
「ああ、うん、じゃあ、領主様へは事後報告……ということにしましょう。娘の罪がありますから、何らかの処罰は免れないでしょうが……国王陛下への報告もまた、事後報告ということで……一旦の猶予は与えてやりましょう」
ランヴァルドは頭の痛い気分になりつつ、『イサクさんならブラブローマの領主親子をどう裁くかね』と考える。……まあ、領主には強めの警告が発されることだろう。そして娘の方は……どうしようもないかもしれない。見せしめにも丁度いいことだし……。
「だが問題はあるな……」
さて。報告や連絡は抜きにしても、これから遺跡へ赴くとなると……大いに問題がある。
「遺跡に向かったら、間違いなく例のフードの奴とぶつかることになる。ネールが苦戦しそうな相手に、という訳だ」
ランヴァルドはネールを見つめる。ネールは先程からずっと、なんとなくそわそわと落ち着かない様子である。
「そういうわけで……ネール。次はお前の番だ」
ランヴァルドはその場で身を屈めてネールと視線を合わせた。
「聞かせてくれ。あのフードの奴は、お前に何を話していたんだ?」
……そしてネールがこっくりと頷いて、ランヴァルドが手渡した手帳に書き込んでいく文字は……。
『まってる。そこではなそう。』と。
ただ、それだけだった。




