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クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
第五章:降り積もる雪よ
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華やぐ町*4

「はあ、全く……人間を木箱に入れておこうだなんて、よくもまあ思いつくものだ」

「お褒めに与り光栄です」

 そういう訳で、マティアスは久しぶりに自由の身となった。木箱で擦れた首と手首と足首を擦りながら舌打ちしているが、ウルリカは涼しい顔である。

「よし、逃げるなよ?」

「分かってるとも」

「ならいい」

 ランヴァルドは多少、マティアスを警戒している。だがマティアスも『今ここで逃げ出して行方をくらませたところで、自分の望む生活は一生できない』と分かっている。大人しくしているので、ランヴァルドとしてはありがたい。

 ……まあ、マティアスのことだ。ウルリカが予想外に乗り気だったことで、少々興味が湧いているのかもしれない。何せ、ウルリカに対しては『自分を拷問した女』として並々ならぬ憎悪や恐怖があるはずなので。


「えーと……まずは身なりからなんとかしましょうか。知り合いがやっている店がいい服を置いているのでそこに寄りましょう。ついでにネールの着替えも少し買っておくか。マティアス。お前は勝手になんとかしろ」

 ということで早速、ランヴァルドはウルリカとネールを連れて服屋へ向かう。マティアスは『出資くらいしろ』と悪態を吐きながら付いてきた。

 クロッカの街並みを進んでいけば、表通りに面するそこに目当ての服屋がある。ランヴァルドが堂々と入店すると、ネールが目を瞬かせながら続き、ウルリカが物珍し気に続き、そしてマティアスがさも当然というように続いた。

 ランヴァルドは店主に挨拶し、『久しぶりだな』『最近はどうしてるんだ』『実はジレネロストの復興をやっていてね』などと世間話をし……それからいよいよ、『衣装』を調達することになる。


「ウルリカさんは少し華やかさに欠ける格好でいきましょう。その方があいつは喜ぶ」

「そういうものですか」

「ええ。並大抵の貴族のご令嬢には一通り、手を出した後ですからね」

 ウルリカの服を選ぶにあたって、ランヴァルドが気にするのは『より美しく見えるように』ではない。『少々足りない部分や惜しい部分を残すように』と考える。

 領主クリストファーは間違いなく、あれこれ女に手を出している訳だが……それ故に、『飽きた』のも確かだろう。

 領主の座を継いでからはある程度落ち着いているとも聞く事だし、少なくとも、貴族のご令嬢相手に領主が手を出してはまずい、という程度の考えはあるようだ。

 そんな領主クリストファーの懐に潜り込むにはどうすればよいか、といえば……『面倒なことが無い』かつ『手に入れ甲斐がある』者を装えばいい。

 つまり、下級の貴族か貴族の私生児、はたまた多少金を持っているだけの平民を装いつつ、『自分が手に入れたらより美しくなる』と思わせられるような恰好、ということだ。

 貴族の令嬢によく見られる華やかなドレス姿ではなく、流行からは一回り遅れたものを着ていれば、領主クリストファーはウルリカにドレスを贈りたくなるはずだ。あの領主なら、きっとそうする。

「……ということで、ウルリカさんの服装の最適解はこれですね」

「普段通りですね」

 ……そうしてランヴァルドが選んだのは、メイドのお仕着せのようなワンピースドレスである。

 だが、飾り気がない服ながら、これがウルリカによく似合う。

 すらりとした意匠は背の高いウルリカにぴたりと合い、冷たさを感じさせる美貌をよく演出してくれる。

 色は、薔薇色がかった灰色だ。ヒースの荒野のような色合いでもある。無地であるので、かなり地味である。

「本当は、こっちの方が似合うんですけどね」

「そうですか」

 ランヴァルドが迷ったもう一着は、同じような意匠のものだ。だが、こちらは上等な天鵞絨ビロードでできている。角度によって白銀や青灰色、そして氷のような色にも見えるこれが、ウルリカにはよく似合うのだが……『似合いすぎ』であるため、採用しなかった。

「まあ、折角なのでこっちも購入していきましょうか」

「えっ」

 尤も、採用しないだけで、購入はする。

「……まあ、折角ここまで似合うんだ。一着くらい贈らせてください」

「はあ……」

 ウルリカは困惑していたが、ランヴァルドとしては領主アレクシスから借りている人材をこんなことに使おうとしているのだから、その分の補填替わりにドレスの一着くらいは贈りたい。

「さて、ネール。次はお前の服を選ぼう。どれがいい?……ん?藍色か。お前は本当に藍色が好きだな。だがちょっと待て。折角ならこっちの……」

 ランヴァルドは早速、ネールの服も選び始める。……ネールの服は今のところ、贈られたものばかりである。領主バルトサールに領主アレクシス、そしてイサクとアンネリエの2人……。

 貰い物ばかりというのもな、と、ランヴァルドはこの機会にネールの服をいくらか買っておくことにした。どうせ、ここからジレネロストまではそう遠くない。買い込んでおいて、ジレネロストに輸送してもらってもいいのだ。まあ、ネールにも服を買う経験があってもいいだろう。

 ネールは終始、目を輝かせていた。途中からはウルリカも『こちらもネールさんにお似合いになるのでは』とやりはじめ、ネールはますます嬉しそうに服に囲まれつつ、自分で気に入ったものを選んでいく。

 ランヴァルドは多少、目利きを教えてやった。『服ってのは、素材が高級かどうかを見るもんじゃない。形と、あとは縫い目だな。そこをしっかり押さえておけば、ぼったくられることは少ないだろう』と。

 ……まあ、ランヴァルドは商人なので。これからも手を組み続ける契約相手ならば、目利きができるに越したことは無いのである。




 そうして数着の服を選び、丈を合わせてもらったり、そもそも縫製を頼んだりして、それ相応の金を払う。ネールの服については、裾上げだけで着られそうな一着を除いて、後は『完成したらジレネロストに送ってくれ』と注文して、店を後にする。

 ……尚、マティアスは勝手にやっていた。服もランヴァルドが口を出すまでもなく、それなりに見る目のある選び方をしていた。

 マティアスはそれらしく振る舞えば品良く見える。どちらかといえば痩せた体の、その線の細さを活かして少しばかり中性的な恰好をすれば……それだけで如何にも上流階級の出のように見えるのだ。

 つまるところ、『貴族のご令嬢に警戒させず近づける格好』である。

 まあ、マティアスならそつなく服選びくらいするだろうと思っていたので、ランヴァルドは特に何も言わない。身なりを整えればランヴァルド以上に見目が良いのがマティアスなのだが、それを言ってやるのは癪である。


「じゃあ、早速だけれど僕は勝手にやらせてもらうよ」

「適当なところで宿に戻って来いよ」

「まあ、明け方になるかもしれないけれどね」

 服屋を出たら、マティアスはさっさと消えていった。……このまま逃げることも考えたが、その場合でも間違いなくどこかのご令嬢は引っかけることだろう。そういう服の選び方だったし、何より、それがマティアスにとって一番簡単に稼ぐ方法なので。

「……さて。私も動かねばなりませんが……」

 そんなマティアスを見送って、ウルリカは少々思案顔になる。……彼女は領主クリストファーから情報を引き出す役割を買って出てくれたわけだが……その方法については、考えがまとまり切っていないらしい。

「あー、ウルリカさん。もしよければ、俺と一緒に動きませんか」

 ならば、と、ランヴァルドはそう声を掛ける。

 ウルリカならばこの手のことも多少は学んでいるのだろうが……それ以上に、ランヴァルドの方が得意そうだ。

「……マグナスさんはこの手のことにお詳しいので?」

「まあ……商人ですのでね、人の心の機微には敏いつもりですよ」

 ウルリカには何とも言えない顔をされたが、それは適当に誤魔化して……さて、とランヴァルドは考える。

「ウルリカさんが領主クリストファーに接触するなら……『ランヴァルド・マグナスの侍女』のふりをしていただくのが一番手っ取り早いですね」




 ランヴァルドの提案に、ウルリカは目を瞬かせた。

「マグナスさんの?それでは、『敵だ』と最初から名乗っているようなものではありませんか?」

「まあそうですね」

 不思議そうなウルリカの言葉を肯定して、ランヴァルドは笑う。

「だが、だからこそ効果的です。俺達と同じだ。領主クリストファーだって、『敵をこちら側に取り込めたら』と思っているんですよ」

 ……領主クリストファーの考え程度、ランヴァルドには手に取るように分かる。あの手の男は、征服欲に溺れているのだ。

 だからこそ、気に入った女があれば『自分の手で』美しくしたいと思うだろう。或いは、その女が敵に近い位置に居るのならば……余計に『奪い取って』やりたいと思うはずだ。

 実際、領主クリストファーについてはそのような『略奪』の噂もいくらか聞いたことがある。だからこそ、彼の二つ名は『女泣かせ』なのだ。

「そういう訳で、俺達が行動するのは明日になってからですね。俺はもう一度領主クリストファーに対して、『考え直せ』と忠告しに行きます。そこに付いてきてください」

 ランヴァルドはにやりと笑う。

 ……明日、ランヴァルドは領主クリストファーに、完膚なきまでに嫌われてこようと思う。

 そして、領主クリストファーがランヴァルドに向ける憎悪は、そのまま『ランヴァルドのものである』ウルリカへの興味へと変わるのだ。

「成程……そのようなことをお考えになるとは」

「まあ、これでも商人ですので」

「ええ。『悪徳商人』ということですね」

 ウルリカもまた、薄く微笑む。……非常にやる気のある女傑である。頼もしいことこの上ない。ランヴァルドは『頼りにしてますよ』と笑った。


 ……が。

「……ん?ネール、どうした?」

 見れば、ネールがそわそわと落ち着かな気に、ランヴァルドの足元でうろうろしている。ランヴァルドが気づいて声を掛ければ、ネールは不安そうにランヴァルドを見上げてくる。

 ……そして。


『はたらく』

 ネールはそう書いて、見せてきた。

「……ネール。まさかお前……そうか、お前もやる気なんだな?うん……」

 ネールが堂々と『はたらく!』と宣言してくれたので、ランヴァルドは……困る!

 まさか、ネールに『領主クリストファーに気に入られてこい』などとは言えない。どう考えても適任ではない。何せネールは……気に入られたとしても、その後情報を引き出すために喋ることができないのだから!

「あー……ネール。悪いが、今回はお前の出番は無いぞ」

 よって、今回はネールの出番が無い。無いのである。何せ、今回の敵は魔物でも野盗でもドラゴンでもないのだから!

「お前はお留守番だな。うん……」

 ……お留守番を宣告すると、ネールは衝撃を受けたような顔をしてしまった。

「あー……そうだな、明日の昼間は、マティアスが宿に居るかもしれない。うん。その間の監視は頼んだぞ」

 あまりにもしょんぼりするネールに、ランヴァルドはせめて、とマティアスの監視を頼んだが……宿に居る間のマティアスは、どうせ寝ているだけだろう。監視が必要というほどでもない。

 だが、まあ、ひとまずネールは『マティアスを監視するぞ!』と意気込んでいるようなので、これでよいということにした。

 ……寝ている間、延々と見つめ続けられることになるマティアスのことは、多少気の毒だが。だがまあ、『所詮マティアスだしな……』とランヴァルドは頷いた。マティアスを監視することでネールが満足するならその方がいい。当然のことであった。


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マティアスが裏切って領主側に着くのが自然だと思うんだが主人公そうか考えないのか
ランヴァルドカラーだから好きなのに……
そりゃネールちゃんが藍色を好むのは自分の目の色だからだと未だに気付かないようなやつが 「人の心の機微には敏いつもりですよ」 なんて言ったらなんとも言えない顔されても致し方なし!!!!
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