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クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
第五章:降り積もる雪よ
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華やぐ町*2

 領主クリストファー・フラン・ブラブローマは、齢40にも届く今となっても未だ若々しく、美しい男であった。

 栗色の髪と、如何にも優しそうな青色の瞳。整った顔立ちに、すらりとした体躯。……体躯は幾分、衰えを感じさせないでもないが、まあ、数年前に見かけた時から比べて、そう遜色は無いだろう。

 ……そして、まあ、『女泣かせ』だ。


 彼の逸話は、ブラブローマでは有名である。

 まだ領主の座を継ぐ前の彼は、それはそれは女遊びが度を越していて、旅行でブラブローマ領を訪れた令嬢が悉く泣かされることになったとか。

 平民の女との噂もいくつかあった。いつのまにやら噂が立ち消えたのは、円満に関係を終えたからだと思いたいが。

 流石に結婚し、領主の座を継いでからは酷い話は聞かないが、それでも『愛人が居るらしい』『隠し子が居るらしい』『使途不明金が多いらしい』といった噂は聞く。

 商人仲間が多ければ、『ブラブローマの領主城では、最近、女性が好みそうなドレスや装飾品の注文が多い』といった話は聞くものだ。正妻へのご機嫌取りのためか、愛人のためか……。

 ……いずれにせよ、まあ、碌なものではない。ランヴァルドとしては、『多少の女遊びにまでとやかく言うつもりはないが、使途不明金が多いってのは流石にな』と思っている。ついでに、隠し子なんぞ居た日には、次期領主の座も含めた相続で揉めるだろうな、とも思っている。

 まあ、つまり……領主として望ましい人物とは言えない。そういうことだ。




 領主クリストファーがにっこりと笑みを浮かべながら向かいの席に座る。ランヴァルドは少々警戒しているが、ネールは特に何とも思わずに彼の様子を見守った。

 ……そうして、ぱちり、と、ネールと領主クリストファーとで、目が合う。

「おや、可愛らしいお嬢さんだ。彼女は……」

「彼女は英雄ネレイア。ドラクスローガのドラゴンを幾匹も屠った功績で、国王陛下より直々に金剣勲章を賜った女傑ですよ」

 ランヴァルドは『まさかこんな子供にまで手を出すつもりじゃねえだろうな』と警戒しつつ、しっかり牽制のための言葉を並べる。まあ……ネールの強さが知れれば、安易に触れてはいけない生き物だと伝わるはずなので。

「ほう!では、彼女が噂の?いやはや、こんなに可愛らしいお嬢さんだったとは!」

 領主クリストファーはにこにこと笑みを湛えながらネールに手を伸ばす。ネールがぽかんとしている間に領主クリストファーはネールの手を握り、身を乗り出すようにしてネールに笑いかける。

「稀代の英雄とお会いできるなんて、光栄です。どうもありがとう」

 領主クリストファーの言葉に、ネールは只々、ぽかん、としている。……ネールの顔が、ランヴァルドの方に向いた。途方に暮れている様子である。

 なのでランヴァルドは、『うん、まあ、光栄だと思って頂けているならよかったな』とだけ言っておいた。ネールは首を傾げていたが。




「して、領主様。この度はご忠告に参りました」

 さて。このまま領主クリストファーを放っておいても時間の無駄である。彼がネールを口説き始めたら流石に面倒が勝るので、そうなる前にランヴァルドから本題を提示した。

「ふむ。忠告、ですか」

「ええ」

 流石に、『王命を受けて動いている者からの忠告』となると、警戒するようだ。領主クリストファーの表情が少々険しくなったのを見て、ランヴァルドは『まあ、その程度の危機感だけでもあるなら喜ばしいことだ』と思う。

「王命を受けての調査の結果、ブラブローマに伝わる古代遺跡に水龍を封じたものがあるとか」

 更に、ランヴァルドがそう告げれば、領主クリストファーは訝し気に片眉を上げた。

「ほう?……どこでそのような話を?」

「それはお答えできませんが……まあ、他の古代遺跡をいくつか巡っていますのでね。最近ではジレネロストやステンティール領東部の遺跡に赴きましたが……まあ、そういったところから、とだけ申し上げておきましょう」

 ランヴァルドが適当にはぐらかすと、領主クリストファーは『とりあえず納得できた』というような表情を作って頷いてみせた。

「そして、その水龍の遺跡。そこが今、狙われている可能性が浮上しました」

「え?」

 が、流石にランヴァルドが続けた言葉には唖然としている。それはそうだろう。古代遺跡が狙われる、など、前代未聞のことだろうから。

「狙われる?誰に?何の目的で?」

「分かりません。犯人については調査中、ということになりますかね。……ただ、その何者かは古代の魔法に詳しいようでして。犯人が動いた結果……ブラブローマもジレネロストのようになりかねない、ということだけは、ご理解いただきたい」

「ジレネロストの!?」

 領主クリストファーの顔色が悪くなったのを見て、ランヴァルドは『一度滅びた土地の名前ってのは便利だな』と思う。

 特に、ブラブローマはジレネロストに隣接する領地であることもあり……危機感はより強いことだろう。

 ランヴァルドはここでたっぷりと間を置いて、領主クリストファーが勝手に怯える時間を設けた。……そして。

「そういう訳で、至急、調査を。遺跡に異変が無いかどうか、確認させていただきたい」

 ……まるで、『俺達はまだその遺跡に入ったことが無いんですよ』とでもいうかのように、言ってやったのであった!




「調査……ですか?」

「ええ。我々は他の古代遺跡もいくつか見てきましたので、ブラブローマの遺跡についても実際に見てみれば、異変が分かるかと」

 ランヴァルドは『さあ、俺達を遺跡に連れていけ!それで、事前に侵入してたことについては有耶無耶にされてくれ!』と内心で念じつつ畳みかける。

 ……だが。

「しかし、ドラゴンを封じた遺跡など、そうは無いでしょう。ならばご覧になっても仕方がないのでは?」

 領主クリストファーは、妙に、渋る。

「そもそもブラブローマに伝わる封印の遺跡は、ブラブローマの血筋にのみ伝わるものです。いくら王城の使いの方だとしても、おいそれとお招きするわけには参りませんよ。私はこの地の安全を預かる立場なのですからね」

 ……妙に、渋る。

 まあ、言っていることに正当性が全く無いとも言えない。だからこそ厄介である。

「そういうわけで、遺跡を実際にご覧いただくわけにはいきませんが……調査と警戒はこちらで行っておきましょう。ええ。確かに」

 ……ランヴァルドは、『見込みが外れたな』と思う。思いつつも、一応は足掻くべく、更に情報を出すことにした。


「冷夏の原因が古代遺跡にあるかもしれない、という話はご存じですか?」

「ええ、存じております」

 領主クリストファーは神妙な顔で頷いた。……『そんな話を知っているのはおかしいぞ』とランヴァルドは内心で思ったが、領主クリストファーの知ったかぶりを咎めるつもりはない。話が面倒になるので。

「今年、南部には然程影響が無かったとは思いますが……それでも、2年連続での冷夏は厳しいでしょう。早急に対処が必要です」

「ええ、ええ。勿論」

 返事をする領主クリストファーは、少々面倒そうに見える。これにはランヴァルドも多少、腹が立たないでもない。『お前、領民の命と生活を預かってる自覚あんのか』と。

「まあ、こちらで対処致しますので。ご忠告には感謝いたします。是非、国王陛下にもよろしくお伝えください」

 ……だが、これ以上粘っても無駄だろう。領主クリストファーは、ランヴァルドを古代遺跡へ入れるつもりが無いらしい。




「ったく。期待外れだったな」

 結局、そのままランヴァルドとネールは帰された。もう少し粘ってみてもよかったかもしれないが、そこまでしてやる義理も無い。

 ……物の価値も碌に分からない者に最上の商品を売るのは、愚策である。当たり前のことだ。

 今回ランヴァルドが持ってきた情報は、領主クリストファーにとっては間違いなく『最上』のものだったといえる。ブラブローマの平穏を脅かしかねない、非常に重大な情報だ。これを知っているのといないのとで、領主として取れる対策は大きく異なるだろう。

 ……だが、それを理解できるほどの脳が領主にあれば、の話だ。

「よっぽど何かあるらしい。或いは、よっぽど何も『無い』のか……」

 領主クリストファーは恐らく、ことの重大さを理解していない。

 古代遺跡が起こす異変の恐ろしさについては『ジレネロスト』の名を出せば多少は怯えてくれるだろうが、それも所詮は実感の伴わない薄っぺらい理解でしかない。

 ついでに、王命を受けて来た、と名乗ったランヴァルドに対して、『こっちでやっておくから』とはいい度胸だ。『王の意思に反するのか』とランヴァルドが反論したら面倒なことになるだろうと想像はつきそうなものを。

 まあ、つまり……ランヴァルドも、古代遺跡の脅威も、何もかもが舐められている。そういう訳だ。




「古代遺跡に悪さをして回ってる黒幕が居るなら是非、会いたかったんだが……これじゃ、それも難しいか」

 ランヴァルドはため息を吐きつつ、手慰みにネールの頭を撫でた。柔い金髪の頭は、それなりに触り心地がいい。それに何より、撫でればネールが喜ぶ。

「扉のところで張るか?いやあ、それもなあ……うーん」

 ランヴァルドはぶつぶつと呟きつつ、考える。

 古代遺跡を狙う何者かが居るのであれば、ここの古代遺跡も狙うものだと思っていたが……このままでは、たとえ何者かが古代遺跡を狙ったとしても、その決定的な瞬間を抑えることはできないだろう。

 つくづく、惜しい。……だが。

「……そもそも、あの領主、何か隠してやがるんだろうしなあ……」

 ランヴァルドはそうぼやいて、ふむ、と考える。

 ……頑なにランヴァルド達を遺跡に入れたくなかった彼が守っていたものについて、考えるべく。

 そして、その秘密を手に入れるためには……。




 ということで。

「マティアス。取引だ」

「いいね。今度は何をくれるって?」

「自由をくれてやってもいい。ついでに富と地位も、お前次第で手に入る」

「は?」

 ……宿に戻ったランヴァルドは、マティアスに大見得を切った。

 そして。


「お前、ちょっとあそこのご令嬢を誑かしてこい」

 そう、命じるのであった。

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― 新着の感想 ―
この女泣かせよりマティアスをブラブローマ領主に据えた方が良い気がしてきたぞ。あの国王様にかかればマティアスも好き勝手な振る舞いは出来ないだろう!
誑かしてこいは笑うしかない
領主vsランヴァルドvsマティアス、ジゴロ大決戦開幕!? この領主もただのスケベ男とは思えませんが、令嬢はどんな感じなんでしょうねえ。 しかしマティアスの手綱を放して大丈夫なんでしょうか。 続きも楽し…
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