遺跡の在処*7
「あー……マティアス。お前がヨアキムの爺さんのところで接触した奴について、詳しく聞かせてもらおうか」
ウルリカが手際よく拷問の準備を進めていく傍らで、ランヴァルドは少々青ざめつつ、マティアス相手に喋っていた。
「勿論、喋ってくれないなら拷問だな。ウルリカさんが、その……色々、準備していることだし……」
……ランヴァルドが話しかけるマティアスもまた、ウルリカが準備しているものを横目にちらちらと見ては、青ざめている。
「マグナスさん?どうされましたか?」
「いや、何も……」
ウルリカは1人、涼しい顔で準備を進めているが……準備しているものは、マティアスのみならずランヴァルドすら青ざめさせる類のものである。
「……マティアス。昔のよしみで言うが……早々に喋った方がいいぞ、これは……」
ランヴァルドがそっと告げれば、マティアスは返事こそしなかったものの、その表情は確実に『そうだね』と言っていた。
「ってことで、お前が『情報提供者』に直接会ったらしいことはもう割れてるんだ。さっさとそいつの情報を吐いてもらいたいんだが」
ランヴァルドがマティアスに向き合う横では、ウルリカがてきぱきと準備を進めている。顔色一つ変えずに。……なので、ランヴァルドもマティアスも、できる限りそちらを見ないようにしながらの会話となっている。
「と言われてもね……。碌に覚えていないな」
「年齢は?性別だって分かるだろ。或いは身長とか」
「それがね、分からないんだよ」
喋りはじめたものの、マティアスがそんな調子なのでランヴァルドは少々苛立つ。『こいつ、この期に及んでまだ出し渋るのか』と。
だが。
「……思い出そうとしても、相手がどんな顔をしていたのか、どれくらいの身長だったのか……サッパリ思い出せない。そういった魔法を使っていたんだとは思うが」
マティアスがそう言うので、ランヴァルドは『これはマティアス以上に相手が厄介だったってことかもな』と納得はする。
情報屋を使うような者であるならば、姿を上手く認識できないような魔法を使っていたとしてもおかしくない。特に、ヨアキム曰く『そこのお嬢ちゃんに雰囲気が似てる』ということだったので……相手は強い魔力を持っている可能性が高いのだ。魔法の1つ2つは簡単に使えるのだろう。
「そうか。ちなみに俺は今、予想以上にお前が役に立たなくてがっかりしてるところだ」
「まあ、待ちなよ。覚えてることもある。相手は、自分の容貌については魔法で情報を消したらしいが、人間は裸で歩いているわけじゃないからね」
一方でマティアスもまた、厄介な相手ではある。
「相手が着ていた服は、随分と風変りだったよ。服屋よりは、骨董品店とか、その手の蒐集家とかに売った方がいい値が付きそうな具合の、ね」
「……とんだ年代物だった、ってことか」
「そうだね。だが、然程古びた様子は無かった。大昔の服の意匠を取り入れて、最近縫製したものだろうな」
……恐らくマティアスは、『魔法を使われている』と判断してすぐ、意識を切り替えて、人物そのものの特徴を捉えることを止め、衣類にのみ集中したのだろう。
人間そのもののみならず、衣類にまで魔法を及ぼすことは難しい。よって、その人物そのものより、人物が身に付けている衣類や装飾品を覚えておく、というのは、この手の魔法の対策としては有効な手段なのだ。尤も、それなりの知識と技術が無いとできないことではあるが。
「それから、何かの紋章が刻まれた腕輪をしていたな」
「そうか。その紋章は何処の紋だった?覚えてないか?」
「いや、覚えてる。だが言えない」
……ランヴァルドは、『こいつ、大丈夫か?』と心配しつつ、ちら、とウルリカを見た。
ウルリカはほんのりと笑いながら、何やら恐ろしいものの準備を進めている。……ランヴァルドは改めて、マティアスに目で『早く喋ってくれ!目の前でアレをやられるのは俺も勘弁願いたい!』と訴えた。
勿論、マティアスもそのあたりは分かっていたものと思われる。彼はそう勿体ぶらず、いよいよ話し始めたのだ。
「そういうわけで、ランヴァルド。……取引だ」
案外余裕があるな、とランヴァルドが感心半分呆れ半分で見ていると……マティアスは微かに震える手を抑えるようにして、あくまでも堂々と話す。
「まず……そうだな。僕は、他の古代遺跡についても情報を持ってる。聞きたいかな?」
「ああ、そうだな。聞きたい。お前が喋らずに居たら、お前を待ち受けているのはアレらしいからな……流石に同情する」
「……ああ、そう」
ウルリカの拷問はまだ始まっていないのだが、それでもマティアスが大人しくなるところを見ると、効果は相当に大きいようだ。恐ろしいことである。始めさえせずにこれとは。
「南部、ブラブローマ領にある古代遺跡を1つ、知ってるんだ。恐らくまだ盗掘されていないものを、ね」
マティアスが話し始めたのを聞いて、ランヴァルドのみならず、ウルリカもまた、少しばかり手を止める。
……ブラブローマ領、というと、南部都市の1つだ。春になると青い花が野原一面に咲き誇ることから『青い花』と名付けられた。風光明媚な土地であることから、貴族の別荘も多い。
そして何より重要なのは……ブラブローマ領はジレネロストに隣接する土地である、ということである。
「……盗掘されてない、ってのは?」
一旦、ジレネロストの損得のことは頭から追いやって、ランヴァルドは改めて、古代遺跡にのみ集中する。ジレネロストの交易についてはまた後で考えるべきだ。そして今はただ、王命を果たすべく、古代遺跡について探らなければならない。
だが……。
「ああ。残念ながら、血が無いと開かないらしいよ。実に貴族らしい仕掛けだと思わないか?」
マティアスの答えを聞いて、ランヴァルドはげんなりした。
マティアスの言うことが本当なら、ランヴァルドはブラブローマの領主相手に交渉する必要がある。それも……ブラブローマの血でしか開かない遺跡だというのなら、大方、ブラブローマ領の守護を担うような遺跡なのだろう。ステンティールの遺跡にゴーレムの機構があったのと同じように。
つまり……ブラブローマの領主としては部外者に古代遺跡を見せたくはないだろうな、と予想されるのである!
面倒なことになったな、とランヴァルドが頭を抱えていると……そこでマティアスが、にやりと笑った。
「ただ、面白いことに……ブラブローマの3代前のご令嬢は、ここ、ステンティールに嫁いできたらしい」
おや、と思いつつ、ランヴァルドが続きを促すと、マティアスは笑顔で話を続けた。
「つまり、先々代ステンティール領主夫人は、ブラブローマの血筋だった、ってわけだね。ということは、面白いことにね……『先代領主の子』はブラブローマの血を引いていることになる」
……ここまでくれば、ランヴァルドにもマティアスの言う『取引』の全貌が見えてくる。
「さて、取引だ。なあランヴァルド。ブラブローマの古代遺跡を開くために、僕を連れていかないか?何せ、僕には一応、ステンティールの血が……そして、ブラブローマの血が、流れてるんだからね」
「成程。この世に生きている中で最もどうでもいいステンティールの血は間違いなくあなたですね」
ウルリカがそう納得する。……まあ、確かに、『この世に生きている中で最もどうでもいいステンティールの血』および、『この世に生きている中で最もどうでもいいブラブローマの血』がマティアスであることは間違いない。
「まあ、使い捨てるには丁度いいですね。困ったな……」
さて。
マティアスが都合のいい『鍵』であることは分かった。
マティアスさえ居れば、ブラブローマ領主との面倒な交渉を全て飛ばして古代遺跡に突入できる可能性が高い。だが……そのためにマティアスを連れ出す、というのも、躊躇われる。
「お前、一度ゴーレムの制御に失敗してるからなあ……」
「勿論、あんなことはしないさ。僕は遺跡の扉を開くだけ。そういうことで、どうだい?」
……まあ、遺跡を開くだけなら、なんとかなるかもしれない。制御しようとするならば話は別だろうが……身の程を弁えておけば、然程面倒なことにはならないだろう。
ということで……。
「……ウルリカさん。少し、相談させていただきたいのですが」
「ええ。そうしましょうか。……折角準備したのですが、『これ』の出番は無いかもしれませんね」
ウルリカがうっすらと微笑みながら拷問のために準備したあれこれを見て、ランヴァルドはそっと目を逸らした。
……なんとも強かな女人である。鉄面皮というか、精神が、鉄、というか。……流石は鉄鋼の町、ダルスタルの女傑であった。
……そして。
「じゃあ、マティアス。お前、同行してくれ。で、古代遺跡を開いたらお前は用済み、ってことでどうだ?」
あけすけに『終わったらお前を殺すぞ』と言ってみると、マティアスは流石に渋い顔をした。だが、それでも頷いてみせる。
「……まあ、それでいい。僕は僕で、上手くやらせてもらうよ。恨みっこなしといこうじゃないか」
……どうやら、マティアスはこちらの隙を見て逃げ出すつもりでいるらしい。
まあ、それくらいはランヴァルドとしても想定内である。なので……。
「ちなみにお前の監視役としてウルリカさんも同行する」
……こちらもこちらで、マティアスが最も恐れるであろう人物を連れていくことにした。
ウルリカの同行については、ステンティール領主アレクシスの許可をきちんと得ている。
領主アレクシスは、『おお、構わないとも!マグナス殿の頼み、それに王命への助力であるならば猶更、断る理由は無い!是非、ウルリカを連れていっておくれ!』と快諾してくれた。
ついでに彼は、『そして……もし、マティアスが逃げ出したのなら、その時は追わなくていい。私は彼を罰する必要があるが、同時に贖罪すべき立場でもあるのだから』とも言っていた。
つくづく甘い領主様であるが……なんともしょんぼりとしていた領主アレクシスの言葉に、『それは甘すぎるんじゃないですかね』と言うこともできず、ランヴァルドは『まあ、こちらに危害が加わらない限りにおいては』とだけ、了承の旨を伝えた。
……まあ、ランヴァルドが何もしなくても、ウルリカが何もしないとは思い難い。だが、アレクシスの気持ちもまた、分からないでもない。
彼は良くも悪くも、善良なのだ。それでいて貴族としての立場を理解しているものだから、余計に無碍にしたくない。……ランヴァルドとしても、マティアスの境遇には思うところがあるので。
ということで、休日を挟んで、翌々日。
「ネール、お前、楽しそうだな……。人数は増えたが、ピクニックじゃないんだぞ。分かってるだろうな?」
ランヴァルドはネールに釘を刺してみるが、ネールはにこにこと嬉しそうに、ウルリカに笑いかけるばかりである。……尚、ネールはマティアスのことは嫌いらしく、マティアスを見た途端、『むっ!』という顔をしてしまった。見送りに来てくれたエヴェリーナも、『むっ!』という顔をしていた。そっくりである。
……ブラブローマへ向かうのは、ランヴァルドとネール、そしてマティアスとウルリカ、という奇妙な4人組だ。
エヴェリーナは『私も連れてって!』と言っていたのだが、今回やろうとしているのは、ブラブローマ領主一族の血によってのみ開く遺跡への侵入である。下手にステンティールのお姫様が同行していると、ステンティールの侵略を疑われて厄介であるため、今回もエヴェリーナはお留守番である。
……そして。
「ま、そういう訳だ。お前は『罪人の護送』って名目でブラブローマ領の遺跡へ向かうことになる。逃げ出すことは勿論、誰かと連絡を取ることもできないと思えよ」
「まあ構わないよ。精々頑張って、僕を拘束してみればいい」
マティアスは鼻で笑ってランヴァルドを嘲るように見ている。何か、上手くやる算段があるのかもしれない。まあ、十中八九、こけおどしだろう。
……そして。
「ちなみにお前を拘束するのは俺じゃない。ウルリカさんだ」
ウルリカが色々と持ってきたのを見て、マティアスは表情を引き攣らせた。
「目隠しは当然として、枷はしっかりつけておきましょう。それから……ああ、埋めておけばいいですね。解体が少し面倒になりますが……そうですね、やはり箱を……」
ウルリカが何か言っているのを聞いて、ランヴァルドもまた、表情を引き攣らせた。
……色々と、心配である。




