遺跡の在処*6
「雰囲気が……ネールに似てる、って?」
「ああ。だが期待するなよ?顔は見てねえ。ただ……気配、魔力の類……そういうのが妙に似てるように思えてな。このお嬢ちゃんは、ちょいと『トクベツ』だろ?」
唖然とするランヴァルドは、ヨアキムの言葉に益々唖然とする。
その通りだ。ネールは間違いなく『トクベツ』の類だろう。
……ヨアキムは貴族の私生児だという噂もあったが、魔力に敏感であるところを見ると、その噂は本当なのかもしれない。
さて。
「それで、そいつはどういう奴だった?他に特徴は?」
ランヴァルドは早速、ヨアキムに尋ねる。
これこそが間違いなく、古代遺跡に繋がる情報であろう、と信じて。
……だが。
「分からん。見てないからな」
ヨアキムはそう言って、ふん、と鼻を鳴らした。ランヴァルドはただ、ぽかん、とするしかない。
「見てない……だって?」
「ああ。裏通りの、ほれ。お前も使ったことがあるだろう。アレを使った取引だったんだ」
『情報を取引した相手の顔を見てないなんてことあるか!?』と思ったランヴァルドであったが、ヨアキムの言葉を聞けば、すぐに思い出す。
「ああ……匿名で情報をやり取りするための、ね。成程な……」
ランヴァルドが苦い表情を浮かべつつ思い出すのは、この店の裏……入口とは反対の方の通りに面した、小さなポストめいた仕組みのことだ。
客はそこについている呼び鈴を鳴らし、中に居るヨアキムが返事をし次第、買いたい情報について、或いは、売りたい情報について書いた紙をポストへ投じる。すると、ヨアキムが値段を提示するので、それを聞いて売り買いに乗るかどうか決めた後、情報の受け渡しをまた、紙に書いて行う、と……そういうものがある。
実のところ、ヨアキムの情報屋は、そちらが主である。今、ランヴァルドがこうしているように、直接ヨアキムに会う者はごくごく限られる。情報の売り買いにあたって、顔を隠したい客は多いのだから。
「ま、そういうわけで俺は見てねえ。だが壁越し、気配は分かる。妖精か、はたまた魔物か……そんな具合だったな」
そうしてヨアキムはそう言って、安楽椅子に身を沈めた。
「魔力が多いんだろうな。俺みたいな老いぼれ1人程度、簡単に消せるくらいには」
「……そうか」
これはいよいよか、と、ランヴァルドの額に汗が伝う。ネールは心配そうにこちらを見ているが、ランヴァルドはネールに構ってやる余裕が無い。
「……マグナス。お前、古代語は読めるんだったな?」
「まあ、一応は」
ヨアキムが安楽椅子から立ち上がって、近くの棚から何かを取り出し始める。ランヴァルドは只々嫌な予感を覚えつつそれを見守り……。
「これだ」
出されたメモを見て、ランヴァルドは頭を抱えたくなってきた。
「……達者な古代語だな」
「そうだな」
……そのメモは、古代語で記されていた。まるで、古代人が書いたかのように。
『ステンティールの領主の館の地下に隠されたもののことを知っている』『盗掘されていない古代遺跡の在り処を知りたい』。
メモに書いてあったのは、それだけだった。
「ま、とにかくそういう奴だったよ。人間らしからぬ雰囲気があったもんだから警戒したが……マティアスが丁度、ステンティール城の情報を仕入れたがってたんでね。折角だからこの情報を売ってやった、ってわけさ」
「成程な……。『盗掘されていない古代遺跡の在り処』の方は?」
「そりゃあお前の方が知ってるだろうな。ハイゼルだよ」
「……氷晶の洞窟か」
「そういうこったな」
成程。どうやらその人物は、ステンティールの古代遺跡の情報を売って、ハイゼルの古代遺跡の情報を買っていったらしい。……何とも不審である。
まあ、情報の売り手については謎が残るが、これ以上の詮索は難しいだろう。何せ、ヨアキムも壁を挟んで相手と無言のやり取りをしただけなのだから。ランヴァルドは『これ以上、情報を手繰ることはできないか』と唇を噛む。
……だが。
「ちなみにその時、マティアスはそいつを見ているはずだぜ」
「は?」
「ここのポストの使い方を知らなかった奴に使い方を教えたのはマティアスらしいからな」
ランヴァルドは『あの野郎!』と、内心でマティアスに悪態を吐いた。
「成程な……。マティアスがネールを見てたってのは、そういうことか……」
ランヴァルドは、へな、と脱力してその場にしゃがみ込んだ。ネールが慌てて寄ってきて、ランヴァルドの背中をさすってくれる。……体調が悪くなったと思ったのかもしれない。ネールには『別に体調は悪くないぞ』と伝えてやったが、小さな手がもそもそと自分の背中をさすっていると、少々心地よかった。
「とにかく、これ以上のことはマティアスに聞くんだな。どうせ捕まえてあるんだろうが。違うか?」
「まあ……うん、そうだな……聞いてみるよ」
ランヴァルドは『二度手間もいいところだな……』とため息を吐いて立ち上がり……そして、ふと思い出してヨアキムに笑いかける。
「ああそうだ、爺さん。折角だし、俺からも1つ情報を売ってやるよ。客を売らせた詫びってことでな」
ヨアキムは期待半分、警戒半分に顔を向けてくる。興味は引けただろう。この老人は老人で、賭け事は好きなのだ。
「ジレネロストは間違いなく復活する。投資するなら今の内だ、って連中に伝えとくといい」
「……ほう」
「だが、実際のところは王の目がかなり厳しいんでね。分かりやすくあくどい真似すると、すぐ首が飛ぶぜ。まあ上手くやるんだな」
ヨアキムの目が光ったのを見て、ランヴァルドは内心でにやりと笑う。
……ジレネロストへの投資は大歓迎だ。ヨアキムのことなら、多少はぼったくっていくだろうが、それでもこの老人が動かせる富がジレネロストを巡ると考えれば、そこまで悪い話ではない。
ついでに、商人仲間がジレネロストを噂してくれれば、もっと都合がいい。交易地というものは、人が集まってようやく価値を得るものなのだから。
まあ……つまるところ、情報屋というものは、活用するに限る。そういうことなのである。
「さーて、ネール。随分と厄介なことになってきたぞ」
店を出たランヴァルドは大きくため息を吐きつつ、首を傾げるネールに話しかける。
「……いよいよ、古代人のお出ましかもしれない。少なくとも、不可解ではあるな」
……ヨアキムの情報は、そう多くない。
ステンティールの古代遺跡について知っていて、他の古代遺跡について知りたがった何者かが居て、その人物は古代文字を書き……そして、ネールと雰囲気が似ている、と。それだけの情報しか無いのだ。
「まあ、マティアスに聞けばもうちょっとは分かるか……」
……一応、情報の細い糸はまだ、途切れていない。あまり期待はできないが……マティアスにもう一度聞けば、多少は情報が出てくるだろう。
「……最悪の場合はウルリカさんに頼もう」
今の今まで黙っていたことであるだけに、マティアスの口を割らせるのは面倒だろうが……ウルリカならばきっとやってくれるだろう。彼女は拷問が得意らしいので。
そうしてランヴァルドとネールは、再びステンティール領ダルスタルへ戻ってきた。
報告を兼ねてステンティール城へ向かえば、そこでまた、エヴェリーナが大層喜んだ。『また会えるなんて!嬉しいわ!ねえ、今度はゆっくりしていけるの?』とのことである。彼女はネールが大層お気に入りのようだ。
……なので、丁度いい。
「あー、ネール。折角だから、エヴェリーナお嬢様に旅の様子をお聞かせしてさし上げなさい」
ランヴァルドはそう言って、ネールの背をそっと押す。ネールはネールで、エヴェリーナとのお話し……ネールは筆談なのだろうが、それでも2人の間にはちゃんと『お話し』が成り立つらしいので、それを楽しみにしているらしい。ランヴァルドに背を押された途端、ネールは目を輝かせて何度も頷いた。
「えーと、ウルリカさん。いいですか?」
「勿論。お嬢様はネールさんと会えることをとても楽しみにしてらっしゃったのですよ」
ウルリカもにっこり笑って許可を出してくれ、こうして瓜2つの美少女2人は、数名の護衛やメイド達と共に、エヴェリーナの部屋へと向かっていった。
……という、彼女らを見送って。
「……で、ウルリカさん。情報を手に入れてきたんですが、またマティアスに吐かせる必要がありそうです」
ランヴァルドは、同じくこの場に残ったウルリカにそう告げる。
「またですか。あの男はどこまで情報を隠し持っているのやら」
「そりゃあもう、数多あるでしょうね……」
ウルリカは少々眉を顰めた。ランヴァルドとしては、『まあ、自分の命を長らえさせるためにも、できる限り情報は出し渋ってるんだろうな』と理解しつつ、それができるマティアスの気力に少々感心させられる。
「ある程度は諦めて見切りをつけるべきでしょうか」
「まあ、ステンティールの安寧を考えるならば、そうした方がいいかと」
……マティアスの狙いは、こうして『何を知っているか分からないから、殺さずに置いておいた方がいいかもしれない』と思わせて、処刑を遅らせることだろう。自分の底が見えた時が処刑の時だ、と理解しているからこそ、マティアスはウルリカの拷問を受けながらもまだ、情報を隠し持っている。
「……あの時マグナスさんさえ来ていなければ、あのマティアスという男はステンティールを落とせていたのでしょうね」
「いやあ、それもどうでしょうね。結局はあなた方が止めていたんじゃないかと思いますが」
なんだかんだ、マティアスはあれはあれで優秀だったのだ。ステンティールの岩石竜とゴーレムのあれこれを巡っては、ただ、ネールとランヴァルドという相手が悪すぎた、というだけで……。
「まあ、そのあたりも本人から聞くとしましょう。ああくそ、楽しみだな……」
……ということで、ランヴァルドとウルリカはまた、地下牢へ向かう。
今回はネールも居ない。なので……遠慮は要らない。




