遺跡の在処*5
「おお!マグナス殿!王城以来だね!ささ、そこへかけてくれたまえ!」
領主アレクシスはいつもの調子であった。一時、毒によって死にかけていただけに心配であったのだが……適切な治療と療養の甲斐あってか、それなりに元気そうに見える。王城で見た時よりもより元気そうに見えるのは、先程まで愛娘の報告を聞いていたからかもしれない。
「アレクシス様におかれましても、お変わりないようで」
「うむ。まあ、一週間くらいしか経っていないことだし……さて、わざわざステンティールまでお越しいただいたからには、何か特別な用事があったということかね?」
「ええ。マティアスに聞きたいことがありましたので。それから……アレクシス様がご存じの限りの、古代遺跡の情報を教えて頂きたいのです」
早速、本題に入ると領主アレクシスは『だろうと思ったよ』とにこにこ頷いた。
「そういうことなら、ここにある限りの資料を調べておいた。まとめたものがこれだ」
領主アレクシスは執務机の引き出しから紙の束を取り出して、どうぞどうぞ、とランヴァルドに差し出してきた。ありがたく受け取って確認すると……。
「……これは」
「まず、ここまではステンティール内の記録だ。この城の地下の封印についてはマグナス殿も十分に知るところであろうと思われるので省いたが、ステンティール領内にはもう1つ、遺跡の存在が記録されていてね。まあ、既に調査が終わってしまったものではあるのだが……」
資料の中、描かれた地図から読み取る限り、その古代遺跡はステンティール北部の山の中にあるらしい。
「それから、ハイゼルとの境あたりにももう1つ、新しく遺跡が発見されたらしい、とつい一昨日、報告があったよ。そちらは未だ、調査を進められていないのだが、来週にでも調査隊を派遣するつもりだよ」
……そして、ランヴァルドとネールが攻略してきた遺跡についても、新たに記されたらしいのだが……どうも、領主アレクシスへ報告されるよりも、『林檎の庭』のヘルガの耳に入る方が早かったらしい。ランヴァルドは密かに、『今後もヘルガの情報網には頼らせてもらおう』と決めた。
「そちらの遺跡については、ここへ来る途中で探索して参りました。そして……ハイゼルの氷晶の洞窟と同様の事態が発生しておりましたので、古代魔法の装置を止めました」
「な、なんと!?」
そして、ヘルガより耳が遅い領主アレクシスはこうして驚かされることになる。ランヴァルドの隣で、ネールが少々自慢げにしているのがなんとも可愛らしい。
「なんと、なんと、まあ……ステンティールは一度のみならず、二度も貴殿らに救われてしまったか……。やはり、王命は貴殿らに下されるべきものであったなあ」
ほやあ、と息を吐き出しつつ、領主アレクシスは只々感心した様子であった。
……ランヴァルドとしては、そんなに感心されても困るのだが。
「うむ……となると、いよいよ古代遺跡の異変は各地で起きている、ということであろうなあ……。困ったものだ」
「そうですね。警戒が必要かと。今はまだ、ステンティール領内とハイゼル領内で見られているだけですが……探せば他にも、異変が起きている遺跡はあるものと思われます」
古代遺跡が冷気を噴き出し、氷が牙を剥く。……これから春になろうという時期に、そんな遺跡ばかり巡っていたくもないのだが、王命を受けている以上、ランヴァルドはそうしなくてはならない。
只々、『相当にデカい厄介ごとに巻き込まれたな』という実感はあるが、異変の全貌は未だ、見えていない。
さて、ステンティール領内のもう1つの遺跡も見ようか、どうしようか、とランヴァルドは考え……だが。
「それならば、こちらの資料が役立つかもしれない」
領主アレクシスは、にこにこしながら残りの資料を指し示す。
「他の領地の領主達との交流の記録だ。領内の古代遺跡の位置など、漏らす領主はそうは居ないがね。だがステンティールは立地が国の端の方だからか、あまり敵対心を抱かれていないのか……ぽろり、と漏らしてくれる人も居るのだよ」
ランヴァルドは内心で『多分、この領主様の雰囲気に呑まれて、ぽやっ、としてうっかり漏らしちまったんだろうな……』と思ったが、口には出さない。
「ということで、これだ。……フォーゲリア領のこのあたりに、古代遺跡があるそうだよ」
「フォーゲリア、ですか……」
記された地図を見て、ランヴァルドは『厄介だな……』と考える。
……フォーゲリア。それは、商業で栄える南部の領地である。特に、ここ3年ほどの栄え方が目覚ましい。
何故ならば……ジレネロストが滅びた後、『ジレネロストの代わりの交易都市』として栄えたのが、フォーゲリアだからである。
つまり、フォーゲリアは間違いなく……ジレネロストの復興を、よく思っていないのだ。
一通り、領主アレクシスと共に資料を確認して、情報のやり取りを行い、更にそれからハイゼル付近の古代遺跡についての報告を改めて細かく行い……そうして領主アレクシスの執務室を辞した。
「はあ、全く厄介なことになったもんだ」
ため息交じりに零すと、ネールが少し心配そうにランヴァルドを見上げてくる。……ネールには難しい話ばかり続いていたので、状況が分からず、不安なのかもしれない。
「ま、大丈夫だ、ネール。やるべきことは分かってる。ひとまずはマティアスの情報の裏取りだろ?で、その後は……フォーゲリアはできれば避けたいな。赴いても厄介ごとが増えそうな気がする」
ネールは、うんうん、と頷いた。……ネール自身もフォーゲリアを忌避するようになってくれるとありがたいのだが。
「もし、マティアスの方から別の古代遺跡の情報が出てきたら、先にそっちを当たった方がいいかもしれない。だから、まあ……うん、今後の方針はそんなところだな」
大雑把な説明になったが、ネールは概ねのところを把握できたらしい。だが……。
「ま、何はともあれ、先にマティアスだな、マティアス。……どうするかなあ」
ランヴァルドはそちらで悩む羽目になる。何せ……マティアスとつるんでいたような連中が、一筋縄でいくわけがないので。
その日はありがたく、ステンティール城に泊めてもらい、翌朝、朝食までしっかり頂いてから城を辞した。
エヴェリーナは『もっとゆっくりしていけないの?』とネールを捕まえていたが、『またマティアスの件について報告に来ますので』と説明して、なんとかネールを放してもらった。
……というところで、さて。
「じゃ、行くか……」
ランヴァルドは少々元気のない調子のまま、馬車を進める。……向かう先はステンティール領の端の方。その町の裏通りにある、ランヴァルドも利用したことのある店の、更に奥だ。
2日の旅程を経て、ランヴァルドとネールは目的の町へ到着した。ここから南へ下ればもう南部フォーゲリア領、というところなのだが……。
「こっちに来るのは久しぶりだな」
ランヴァルドは薄暗い裏通りを、ネールと共に進む。
……ネールを連れてくるかは迷ったのだが、結局、連れてきた。というのも、ランヴァルド以上にマティアスとつるんでいた連中のところへ行くにあたって、護衛が欲しかったので。
ネールはきょろきょろと物珍し気に周りを見ている。薄暗い通りは、浮浪者であろう者が安酒で酔い潰れていたり、ゴミが散乱していたり、とまあ、碌な光景ではないのだが。
更に、ネールを狙った人さらいまで出る始末である。無論、ネールを攫おうとする前にランヴァルドに牽制されるものが大半であったし、或いはそのランヴァルドさえ乗り越えて自ら動くネールによって倒された。
……そうして、治安の悪い通りを進んでいくと、ランヴァルドの知るドアが現れる。そしてドアを開ければ、水煙草の煙が充満した店内が広がっていた。
酒場の体を装ってはいるが、ここは酒場ではない。カウンターで強い蒸留酒であろう酒を飲んでいる者も、離れたテーブルで水煙草を嗜んでいる者も、それとなくランヴァルドを観察している。
ランヴァルドは迷うことなく堂々とカウンターへ歩み寄ると、笑って店主に告げてやるのだ。
「久しぶりだな。注文だ。杏酒を2杯頼む。1杯はあの人のために、な」
合言葉を聞き入れた店主は、『杏酒は切らしてる。奥に行って自分で取ってこい』と言って、カウンターの奥のドアを開いてくれた。
ランヴァルドはネールを連れて、そのまま奥へと進む。
そして廊下を挟んで反対側。そのドアを開ければ……そこに目当ての人物が座っていた。
「よお、爺さん。久しぶりだな」
ランヴァルドが声を掛けると、ぎ、と安楽椅子を軋ませながら、その老人はランヴァルドの方を見た。
「……マグナスか?ああ、生きてたんだな?」
「ああ。おあいにく様、ってところか?え?」
ランヴァルドがにやりと笑って見せれば、老人は少々眉間に皺を寄せ、鼻から煙草の煙を吐き出した。
『ヨアキム・アールバリ』というのが、目の前の老人の名だとされている。
……実際のところがそうなのかは知らない。偽名にしても、ランヴァルドとその周辺にだけ名乗っているだけの名前なのかもしれないし、そうでもないのかもしれない。正確なところなど、誰にも分からない。もしかしたら、本人にさえ。
この老人は、長らく情報屋を営んでいる。それも、後ろ暗い情報や、誰かが知るべきではないような情報を主に扱う情報屋だ。
どこぞの貴婦人が情夫を探しているだとか、どこぞの家の放蕩息子が借金を拵えただとか、麻薬の類の流通情報だとか、『裏の』者達の情報だとか……彼が扱う情報は、基本的には『裏の』ものだ。
そう。『林檎の庭』のヘルガが表の情報屋だとするならば、ヨアキム・アールバリは裏の情報屋である。
「……マティアスは負けたんだってな?」
ヨアキムは水煙草を口から離すと、脇に置いた。……そうして空いた手がナイフでも掴もうものなら即座にネールを嗾けるぞ、とランヴァルドは警戒しつつ、そんな自分以上にネールが警戒しているのを見て苦笑するしかない。やはり、ネールを連れてきて正解だった。
「ああ。あんたにとっては大損だったんだろうがな」
「全くだ。ったく、余計なことしてくれやがったじゃねえか」
「そう思うんなら次からは上手くやれよ、老いぼれ」
ランヴァルドは軽口を叩いて笑ってやりつつ……ヨアキムが特に抵抗の類を見せないので、内心で安堵する。流石、肝が据わっていると言うべきか。
何はともあれ、彼にはまだまだ、理性が残っているらしい。つまり……彼は、今、交渉を待っているのだ。
マティアスと組んで、ステンティールが滅ぶ方に賭けていただろうに、それでも尚、こうしていられるのだから……これは迂闊に『老いぼれ』扱いはできないかもしれない。
「ま、そういう訳で、『上手くやれなかった』マティアスのツケをあんたに払ってもらいたくてね。まあ、出すモン出してくれりゃあ見逃してやれるかもしれないぜ、って相談だ。どうだ?乗るか?」
「内容による。俺はもう十分生きた。ここらで舞台を降りてもいいくらいだからな」
ヨアキムが飄々と嘯くのを聞いて、『まだまだくたばる気なんざ無いくせに、よく言う』とランヴァルドはため息を吐く。
「……古代遺跡。アレについて、マティアスに教えただろ」
「そうかもな」
「誰からその情報を買った?」
ランヴァルドの問いかけに、ヨアキムは目を眇める。
「俺は情報屋だぞ。客を売れってのか?」
「ああ、そうだ。わが身可愛さに客を1人売ってくれりゃ、それで済む話だ。安い買い物だろ?」
「信頼ってのは金にも命にも代えられねえんだぞ、若造」
ご尤もな言い分だ。
表でも裏でも、情報屋といったら信用商売。こいつの情報なら信用できると思うから人は情報を買うし、こいつに売る分には問題無いだろうと思うから人は情報を売る。
客を売るような情報屋で、情報を売り買いする客は居なくなる。ただそれだけのことだ。ランヴァルドも悪徳商人として、そのあたりはよく分かっている。
だが。
「ま、言いたいことは分かる。俺も商人だからな。……だがな、爺さん」
ランヴァルドは、この老人を口説き落とさなければならない。
「『そいつ』は間違いなく、信頼で動いてくれるような奴じゃない。……分かるだろ?」
ランヴァルドがそう囁けば、ヨアキムはまた目を眇める。
「……見当は付いてるのか」
「まあ、予感が当たらなきゃいいが、とは思っているけどな」
暫し、見つめ合う。ヨアキムの探るような目を前にして、ランヴァルドは開き直って堂々としている。ネールもランヴァルドの横で、何故か堂々としている。
……ふと、ヨアキムの目が、ランヴァルドからネールへと移る。
「……そのお嬢ちゃん」
内心、どきり、としながら、ランヴァルドは涼しい顔をしておく。ネール自身は、急に自分に向けられた言葉にびっくりしていたが……それを見て、ヨアキムは少しばかり笑った。
「あの時の奴に気配が似てるな」
「……あの時の、っていうと?」
ランヴァルドは、自身の鼓動が徐々に早くなっていくのを感じながら、それを隠して尋ねる。
内心で既に納得してしまいながら、それでも尚、信じたくない気持ちが強い。だが……。
「ステンティール城地下の古代遺跡の情報を売りに来た奴に、だな」
……ヨアキムはそう言って、ただ、ネールを見ている。




