遺跡の在処*4
かつ、かつ、と足音が響く。反響した足音が分かるほどに、地下は静まり返っていた。
ウルリカが提げたランプの光に照らされる石畳の上を、ランヴァルドは少し懐かしいような気持ちで歩く。
……その途中で、子ドラゴンが食べて穴を開けてしまった壁が見えたので、そっと記憶に蓋をすることにした。ネールはちょっぴり嬉しそうな顔をしていたので、後で諫めておいた方がいいだろうか、などと考えつつ……。
そうして進んでいけば、地下牢の奥の方、見覚えのある姿が見えるようになる。
「久しぶりだな。マティアス。また会うことになるとは思ってなかったぜ」
鉄格子越しにその姿を見下ろせば、やつれた様子のマティアスが、案外意思のしっかりとした様子で、ランヴァルドを見上げてきたのだった。
「案外、元気そうだな」
「元気?お前の目は節穴らしいな、ランヴァルド」
マティアスはこちらを睨んできたが、ランヴァルドは苦笑するばかりである。
……マティアスは地下牢に幽閉された上、間違いなくウルリカから拷問の類を受けているはずなのだが……それでもまだ、その目には意思がある。
余程気丈なのだろう。執念深いとも言える。
ランヴァルドが魔獣の森で足を斬られ、その上で金剛羆に見下ろされたあの時……死を前にして、それでも剣を抜いたように。
「それで?……何しに来たんだ?」
……マティアスもまた、生きることを諦めていないのだ。未だ。
「ああ、話を聞きに、だな。ついでに、もしかすると『取引のため』になるかもしれない」
マティアスはランヴァルドの登場に驚いていたようであったが、ランヴァルドが続けた言葉によって、さらに驚くことになる。
「取引?……何のつもりかな。今更、何を取引することがある?」
「まあ、もしかしたら世界の平和のために、ちょっと、な……」
「は?」
ランヴァルドは『俺だってこんなことはしたくないんだが』と思いつつ、早速、マティアスに話を聞くことにした。
「さっさと本題に入ろうか。あんたにステンティールの地下遺跡のことを話した奴のことを知りたいんだ」
「地下遺跡の?」
「ああ」
詳しくは、語らない。向こうが語るのを待つ。こちらが情報を出せば出すほど……何を望んでいて、何を持っていないのかを知られれば知られるほど、マティアスの手札が増えていくのだ。
……侮れば、噛みつかれる。マティアス相手に油断することはできない。
ランヴァルドは少々緊張する。ランヴァルドの緊張を察してか、ネールもまた、少々引き締まった表情だ。
「僕に地下遺跡のことを話した奴、か……」
だが。
マティアスはネールをちらり、と見て、それからランヴァルドとウルリカとを見て……少々の警戒の表情を浮かべた。
「……それならもう、そっちのメイドに伝えたが?」
「ええ。『ただの商人仲間だった』ということでしたね。そしてその『商人仲間』を探しても、店は蛻の殻。これ以上の手掛かりは得られないし、そもそもあなたの証言が嘘かどうかすら判断できない、という状況でした」
ウルリカは顔色一つ変えないままに頷くと……うっすらと、笑みを浮かべた。
「……商人仲間からの情報だった、ということでしたら、マグナスさんがよくご存じでしょう。情報の真贋についても、きっとお分かりになるはずです」
……成程。ランヴァルドは理解した。
『少なくともウルリカさんと組んでいる間は、マティアスに勝てそうだな』と……。
さて。
そうしてランヴァルドがやってきたことによって、ウルリカの尋問がよく進んだ。
……というのも、マティアスはやはり、嘘を吐いていたので。
まず、マティアスが話していた『商人仲間』は実在しなかった。そしてランヴァルドが『そういう嘘の吐き方をするってことは、もしかしてあっちの方か?』と切り込んでいけば、マティアスが上手くボロを出してくれ……。
……そうして。
「成程な。あっちなら、俺もツテがある。ウルリカさん、お任せください。多分、奴の尻尾の端くらいなら捕まえられますよ」
「どうもありがとうございます。やはりあなたにお願いしてよかった」
ランヴァルドはウルリカと固く握手した。マティアスは只々苦い顔をしている。
「……まあ、あんたがあいつらに義理立てする気持ちも分からないでもないがな。ウルリカさんの拷問を受けながらわざわざ黙っていてやるほどの義理も無かったんじゃないか?」
ランヴァルドがマティアスにそう尋ねてみれば、マティアスは忌々し気に舌打ちした。
「そうだね。奴らに義理なんて無いさ。あったとしても僕の知ったこっちゃない。だが……ステンティールがそれでより一層安心安全な土地になるってのは、癪だからね」
「本当に腐りきった男ですね」
ウルリカの目が鋭く細まる。だがマティアスは『今更だ』とばかり、まるで動じない。
「まあ、精々僕にかまけて、無駄な労を割けばいいのさ」
開き直った様子のマティアスを見て、ランヴァルドは苦笑する。
マティアスはランヴァルドにとって、悪徳商人の先輩のようなものであり……兄のように思ったこともあった存在だ。だがそれが今、ランヴァルドの目の前で、ただ開き直っていじけるだけとは。
まあ、開き直っていじける元気があるならいい。これからまた彼は酷い目に遭うかもしれないが、それもまた彼が選んだ道なのだから、呑んでもらうとして……。
「なあ、マティアス。俺はもう一回、ここに来ることになる。『答え合わせ』が必要だからな。分かるだろ?」
ランヴァルドはそう、マティアスに話しかける。
「欲しいものがあるなら、取引の材料にしてもいい。何かあるか?」
すると、マティアスは少々意外そうな顔をした。
「……そうだな。じゃあ、楽に死ねる薬でも」
「へえ。そんなもんでいいのか」
挙句、マティアスがそんなことを言うものだから、ランヴァルドは思わず笑ってしまいつつ……精々マティアスの興味を引けるように、余裕の笑みを浮かべて見せた。
「……ま、次に俺達が来るまでにもうちょっと考えておけよ。俺は今回の任務は確実にやり遂げなきゃいけないんでね。そのためなら、あんたに多少の『謝礼』を払うつもりはあるんだぜ」
マティアスは明らかに怪しむような顔をしていたが……このままではどうせ、マティアスに未来は無い。
まあ、精々、『何が欲しいのか』を考えてくれることだろう。そして……考えたらどうせ、欲しくなる。
希望とは、そういうものだ。一度それを考えてしまえば、もう、欲さずにはいられなくなるのだ。……ランヴァルドはそれを知っている。
「じゃあな、マティアス。まあ、そう遠くなくまた来るよ。あんたが教えてくれた連中のところに行って、確かめるもんを確かめたら、また、な」
ランヴァルドはそう言って、マティアスに背を向ける。
……背を向ける直前、マティアスは確かに、考えているようだった。
そしてきっと、弱り切った心身で、思い描いているのだ。……『何なら実現可能か』と。希望を。
さて。
地下牢から出てきたところで、ランヴァルドはウルリカの様子を窺った。
「……すみませんね、勝手にあいつと交渉して」
「いえ。利用する余地があるなら、どうぞお好きなように。どうせこちらではもう、さっさと殺すか、まだ絞るか、それを決めあぐねていたところですから」
ウルリカの容赦のない言葉に苦笑しつつ、ランヴァルドは『まあ、捨てるつもりのゴミなら遠慮なく利用させてもらおう』と思い直した。
一方で、ウルリカは少々、考え込んでいる。
「……マティアスは一度、ネールさんを見ていましたが。何か、思い当たるところがあったのでしょうか」
そしてウルリカは、そんなことを言いつつ、少々眉根を寄せてネールを見つめた。
「え?」
「古代遺跡について教えてきた人物は誰か、と問い質した時です。奴は少しばかり、ネールさんを見ていましたが……」
ランヴァルドは『確かにそういえばそうだったか』と思い出しつつ、『ウルリカさん、よく見てるもんだな』と感心した。そして当のネールは、きょとん、としたまま首を傾げている。
「まあ、奴が何を思っているのかは、直に分かることです。奴に情報をもたらした連中を当たってみるので」
……マティアスが何を考えているのかは気になるが、それを知るためにも、ランヴァルドは明日にでもすぐ、マティアスが出してくれた情報を当たってみるつもりである。
『悪徳商人』としての伝手を使うことになるので、若干、面倒ではあるが……。
「マグナスさんがそのあたりにお詳しくて助かります」
……まあ、こうしてランヴァルドの後ろ暗い部分が役に立つことがあるのだから、よかった、と考えるべきなのだろう。ランヴァルドは一人、そう納得しつつ、不思議そうな顔をしているネールに『お前は留守番の方がいいかもな……』と告げた。
……ネールには、ものすごく、不服そうな顔をされてしまった。ランヴァルドとしては、ネールに世界の薄暗い部分をあまり見せたくないのだが……。
「ウルリカ!」
そこへ、ぱたぱたと駆けてくる少女の姿がある。見れば、エヴェリーナが嬉しそうに走ってくるところだった。
「エヴェリーナお嬢様。そのように階段を走られますと、大変危険ですのでおやめくださいね」
「あら。もし転んでもあなたが受け止めてくれるじゃない?」
エヴェリーナはウルリカににっこり笑いかける。ウルリカは『ああもう』と言いつつ、どことなく嬉しそうに見える。……実に仲の良い主従である。
それからエヴェリーナは、くるり、と体をランヴァルドへ向けて悪戯っぽく微笑みかける。顔立ちはネールにそっくりなのだが、こうして見ると表情の1つ1つ、所作の1つ1つは大分違うんだな、と思わされる。
「あの、マグナスさん?私、お父様とのお話しが終わったの。それで、お父様に『マグナスさんがいらしてるわ』ってお知らせしたら、是非会いたい、って!」
「それはありがたい。なら、これから伺わせていただきます。……いいですかね?」
「ええ。是非」
ウルリカの許可も得られたことなので、ランヴァルドは早速、領主アレクシスの執務室へと向かうことにする。
……マティアスの筋の情報も欲しいが、領主アレクシスからの情報も欲しい。
何せ、ステンティール家は古くからある家の貴族だ。そんな歴史ある家にならば、古代遺跡の場所の情報などが残っているかもしれない。
ということで……ランヴァルドは、『何か掴めりゃいいんだが』と、期待半分、諦め半分くらいの気持ちで階段を上り始めるのだった。




