遺跡の在処*3
遺跡を一旦出たランヴァルドは、そこで適当に薪を集め、遺跡の中に持ち帰り、そこで焚火を熾した。
ぱちり、と薪が爆ぜる音が遺跡の中に響き、揺れる炎が揺れる影を生み出しながら、壁や天井を照らしている。
……そして、そんな焚火を囲んで、ようやく休憩と筆談の準備が整った。
「よし、ネール。床に書いて教えてくれ」
ランヴァルドは焚火から燃えかけて炭化した枝を1本抜き取ると、それをネールに渡して、早速、質問を始める。
「お前、前にも古代遺跡で何かに呼ばれたような顔してたが……何が聞こえた?」
ステンティールで。そしてジレネロストでも。ネールは古代遺跡の中で、何かを聞いていたように思う。
ランヴァルドは緊張しながら、ネールの返答を待つ。ネールは少し考えてから、かりかり、と小さな音を立てつつ床に炭の線を引いていき……。
『みつけた って いってた』と。そう、書いたのであった。
「見つ、けた……か」
ランヴァルドは詰めていた息を細く吐き出しながら、『どう考えたもんかな』と悩む。
ネールを『見つけた』何かが居たというのならば、それは一体、何なのか。
そしてそれがネールを『見つけた』というのなら、ネールを探していたということだろうか。
何のために。ネールが一体、何だというのか。
……無論、考えても埒が明かないことではある。だが、今考えられる限りのことは考えておきたい。
「お前は……えーと、まあ、ジレネロストの遺跡から漏れてた魔力を浴びて、今のやたらと強い生き物になったんだろうが……つまり、古代遺跡由来の魔力を持ってる、っても言えるんだよな」
ランヴァルドがそう、確認するように言えば、ネールは分かっているのかいないのか、『そうなの?』とでも言うように、こて、と首を傾げた。
「……お前がドラゴンの鱗の魔法を使えるのは、多分、それが原因じゃないかと思う。ドラクスローガの領主ドグラス様はお前のことを『古代人か』と言っていたが、まあ、結局はお前の魔力が古代遺跡由来だからなんだろうな」
1つずつ、ランヴァルド自身が確かめるように呟いて、それから考える。
「……もし、遺跡の何かがお前を『見つけた』なら、古代遺跡由来の魔力を感じ取って、ってところか?」
ネールに特筆すべき点があるとすれば、それらの根源は概ね、ジレネロストの古代遺跡の魔力……ということになるだろう。ネールがやたらと強いのは、やたらと魔力を持っているせいで、やたらと魔力を持っているのは、幼い頃にジレネロストの古代遺跡の魔力を浴びていたから、と考えられるので。
となると……魔力を『見つけた』のだ、と考えるのが妥当なように思われる。或いは、その魔力によって変質した生き物……魔物を、ということ、だろうか。
ランヴァルドは腕を組み、眉間に少々皺を寄せつつ考える。そんなランヴァルドを見ていたネールは、また首を傾げた。
「あー……ネール。他に聞いた言葉は無いか?『見つけた』だけか?」
いよいよ手詰まりになってきたところでランヴァルドが問えば、ネールはまた、かりかり、と床に文字を書いていく。
そうして『いっぱいで わかんなかった』と、困ったような顔で書き上げたものだから、ランヴァルドは『そうか』とだけ答えて、後は手慰みにネールの頭を撫でてやりつつ、天井を仰ぎ見る。
……これからも古代遺跡の調査はしていくことになる。ランヴァルドとネールの地位のためにも。
だが……気を付けておいた方がいいだろう。ネールは何か……ランヴァルドには到底太刀打ちできないのであろう何者かに、探されているようなので。
さて。
休憩が終わったら、再び最奥の部屋へ入って部屋の中を調べる。
……とはいえ、特に変わったものは無い。あったとしても既に盗掘されているのだろうし、一通り見て回って、相変わらず凍り付いている床や壁を見て『こりゃ、今日中には融けないだろうな……』とため息を吐いたりして……まあ、そんなこんなで遺跡の探索を終えた。
寒いところにいつまでも居るわけにはいかない。ランヴァルドはネールを抱えて、さっさと遺跡を出ると、さっさと馬車にネールを積み込み、さっさとステンティール方面に向けて馬車を動かし始めた。
ネールはネールで慣れたもので、ランヴァルドに抱えられたら嬉しそうににこにこしつつ大人しくしているし、にこにこと馬車に積み込まれる。
更に、馬車に積み込まれたらすぐ馬車の中で毛布をもそもそやって、鳥が巣を作るが如く自分が座っておく場所を拵えるし、馬車が動き始めたらランヴァルドが『地図取ってくれ』『水くれるか』と言うのを聞いて、それらを荷物袋から探して手渡す仕事を立派にこなす。
……時々、暇になると御者台の方に顔を出して、ランヴァルドの頬に小さな手を当てて、ランヴァルドを温めてからまた戻っていく。『俺は冷えてるんだからあんまり触るんじゃない。手が冷たいだろ』とは言ってみたのだが、ネールはそれを聞いてますます頻繁に、ランヴァルドを温めようとし始めてしまった。
つくづく、健気な生き物である。少々心配になる程に。
まあ……おかげで、雪の積もった道を馬車で征く中でも、多少、退屈せずに済んでいるのだが。
そうしてランヴァルド達は途中で一度、宿場に泊まって翌日もまた街道を進み……ステンティール領ダルスタルへ到着した。
一応、昨日の古代遺跡はハイゼルに限りなく近いステンティール領内のものなので、領主アレクシスに報告しておかなければならないだろう。新しい情報が手に入らなかったとはいえ、遺跡の機構から噴き出す吹雪を止めたことは事実なので。
ランヴァルドは、『いよいよ、冷夏の原因がアレでも驚けなくなってきたな……』と考えつつ、領主の城へ続く坂道を馬車でのんびりと進んでいく。
……すると。
「……マグナスさん?」
後ろから、声がかかる。
はっとして振り返れば、いつの間にやら別の馬車が後ろからやってきており……そこの御者台から、見覚えのあるアイスブルーの瞳がこちらを見ていた。
「ああ……ウルリカさん。どうも、お久しぶりです」
鉄面皮であるはずのメイドは、ランヴァルドが挨拶するとその表情を少々綻ばせるのだった。
「お元気そうで何よりです。ネールさんも」
結局、城までの道を2台の馬車が並んで進むことになった。ネールも幌の間から、ひょこ、と顔を出して、ウルリカの表情を綻ばせていた。……相変わらず、ウルリカはネールがお気に入りらしい。
更に。
「あっ!ネール!ネールじゃない!久しぶりね!」
ウルリカの馬車からは、ひょこ、とこちらもネールと同じ顔が覗く。……エヴェリーナお嬢様である。どうやら、この馬車はエヴェリーナお嬢様の移動のための馬車であったらしい。
こうして、同じ顔をした少女2人がそれぞれの馬車の中から楽しそうに笑い合うことになった。ランヴァルドはそんなネールとエヴェリーナとを振り返って苦笑しつつ……『まあ、行き会ったんだから先に用件を伝えておくか』と思い至る。
「あー、ウルリカさん。突然の訪問で恐縮なんですが、領主アレクシス様にお目通りしたく」
「ええ、構わないでしょう。領主様は急ぎの仕事を抱えている訳でもありませんので。到着後、すぐにでも。或いは、明日でも構いませんが……城にお泊り頂くのですよね?」
「泊めて頂けるんですか?それはありがたい」
……領主アレクシスへの報告は明日になるだろうか、と考えていたところだったので、急ぎで謁見できるならばランヴァルドとしてはありがたい限りである。
また、タダ宿もありがたいので、まあ……若干、心配にならなくもないのだが、これもひとまず、ありがたい。
「それで……と言う訳ではないのですが」
「ええ」
これは何か来るぞ、と身構えつつ、ランヴァルドはウルリカの言葉に相槌を打つ。ちらり、と横目で見るウルリカは、相変わらずの涼しい顔だ。
「マティアスの証言について、検証を進めているのですが……有識者のお力をお借りしたく」
……ランヴァルドは、そっ、とウルリカを見た。
ウルリカは涼しい顔でほんの少しばかり笑って、こちらを見ている。
「有識者、というと……」
「勿論、『そういった』商売に詳しい商人の方、ということです」
……ランヴァルドはため息を吐きつつ、『お引き受けします』とだけ、返答した。
悪徳商人の自覚はあるが……それなりに真っ当な感性の人間からそう言われると、多少、気まずいのであった。
さて。
そうしてステンティールの城へ到着してすぐ、エヴェリーナは領主の元へ向かう。……彼女は次期領主として学んでいる最中だという。今回の外出も、見聞を広めるためのものであったらしく、その報告をするのだそうだ。
エヴェリーナはネールに『後で沢山お話ししましょうね!ネールのお話も聞きたいわ!』と言って、ぱたぱたと元気に駆けていった。
そんなエヴェリーナを見送って……それから、ウルリカがランヴァルドにそっと、問いかけてくる。
「エヴェリーナお嬢様のご報告が先となると、領主様の手が空くまで、もう少々かかるでしょう。……先に、マティアスとお会いになりますか?」
「……ええ。お願いします」
ランヴァルドは少々緊張しつつ、頷いた。どのみち、避けては通れない道である。
……さて、マティアスは何か喋ってくれるだろうか。




