遺跡の在処*2
一度、途中の宿場に泊まってから、ヘルガに教わった通り、街道を逸れて進んでいく。
ヘルガの情報は流石と言うべきか、細かな場所までキッチリ記録してくれていたために、遺跡はそう探さずともほどなく見つかった。
「これが噂の古代遺跡だな」
遺跡は他の遺跡と似たようなものだ。白い石材で造られていたものが、朽ちたり崩れたりしており……半ば、地中に埋もれている。そんな様子である。
ランヴァルドは改めて、地図を取り出して確認してみるが……ハイゼルとステンティールの、丁度間あたりになるだろうか。正確にはステンティール領内なのだが、かなりハイゼルに近い。
「領内に1つしか古代遺跡が無い、ってこともないのかもな……」
ランヴァルドは、『ここがダルスタルで……つまりゴーレムの遺跡があったところだよな……』などと地図に印を打ちつつ考える。
ステンティールは広大な面積を有する領であるので、古代遺跡も多そうである。尤も、それらが幾つあろうとも、領主アレクシスが知るものは1つだけなのだろうし、そもそも、他に幾つ遺跡があろうが、それら全ては山の中に埋もれているのだろうが……。
……そして。
「……でもって、こいつはいよいよ期待薄だな」
ランヴァルドはため息を吐く。ネールは首を傾げつつ、遺跡を見つめた。
古代遺跡には、既に何者かが侵入した形跡がある。それも……まあ、それなりの人数が。
それでいて……今日は、妙に寒い。それがまた、ランヴァルドの嫌な予感を増幅させている。
それでも一応、ということで、ランヴァルドはネールと共に古代遺跡の中へと踏み入った。
ジレネロストでも見たような、白い石材で造られた廊下を進んでいき、時々、繋がった小部屋にも入ってみる。……だが。
「……盗掘済みか。くそ」
遺跡の中は、既に荒れていた。間違いなく盗掘の類である。
……古代遺跡の産物は、質の良い金属や魔石をふんだんに使ったものが多い。そうでなくとも、現在では再現できないような、古代の魔法を用いた物が多く……つまり、高く売れるのだ。
ランヴァルドもどちらかといえば『盗掘して売った』側であるので、この遺跡の有様に対しても文句は言えない。が、『もうちょっと何か残ってるもんがありゃあな』とは、思わされるのであった。
だが、そんな遺跡も奥へ進むにつれ、様子が変わってくる。
「うわっ……氷雪虎か?いや……違うか。ああ、ネール、やっちまっていいぞ」
遺跡の廊下を進んでいった先で、ランヴァルド達は魔物に出くわした。それも、それなりに大きな、強いものと。
……今、ネールがあっさりと切り捨てた魔物は、氷雪虎に似た姿の魔物であった。氷雪虎は、白に灰色の縞が入った毛皮が美しいことで有名な魔物であるが……今、ネールに切り捨てられた魔物はより白く、光り輝くようでさえあった。
まるで、氷か霜か何かでできているかのような。魔力から、直接生まれ出たような。
「……嫌な予感がする」
ランヴァルドは深々とため息を吐きつつ、また先を急ぐ。氷雪虎もどきの毛皮を剥ぐのは、帰り道でいいだろう。
更に進んでいくと、人間の死体が見つかるようになった。ランヴァルドは『さっきの魔物にやられたのか』と思いつつ……それ以上に、その人間の死体が傷んでいないことに嫌な予感を強めることになった。
「気温が下がってきたな……。ネール、お前は大丈夫……そうだな。うん」
ネールはにこにこ笑顔で頷いた。遺跡を進むにつれて下がっていく気温についても、問題無さそうである。
何せ……ネールは今、完璧に防寒具を着込んでいるので!
「……アンネリエさんから貰ったやつ、あったかいか。ああ、うん、そうか。よかったな、ネール」
……ネールの防寒具は、コートの類はステンティールで領主アレクシスが贈ってくれたものだが、帽子に手袋にブーツに……といったものは、イサクとアンネリエが用立ててくれたものである。それらを身に纏ったネールは今、大層ぬくぬくと過ごしているわけだ。
「じゃ、行くか。嫌な予感しかしないが……」
ランヴァルドは、自身の外套の襟をしっかりと合わせつつ、また奥に向かって進んでいく。
進めば進むほど、床から伝わる冷たさが増していくのを、ひしひしと感じながら。
……そして。
「やっぱりか!」
最奥へ到達したランヴァルドは、『ああくそ!』と頭を抱える羽目になった。
というのも……ここもハイゼルの氷晶の洞窟同様に、冷気が噴き出ていたからである!
ランヴァルドは冷静に、ネールに斬り開いてもらった扉をそっと、閉めた。吹雪のような冷風をいつまでも浴びている趣味は無いので。ついでに、白く煙るような部屋の中、魔物らしいものの姿も見えていたので!
「……どうする?これ、止めるか?ああ、うん、そうだな、止めるしかないよな……はあ」
ランヴァルドは頭を抱えつつ、やる気のネールを見つめる。ネールは『やってやる!』と言わんばかりの様子であった。止めて止まるものではないだろう。実に勇ましいことだ。
「じゃあ……そうだ、ネール。試しにドラゴンの鱗を使ってみてくれるか?もしかしたら吹雪も防いでくれるかもしれない」
こうなっては、ランヴァルドも覚悟を決めないわけにはいかない。だがせめてもの抵抗として、ネールに1つ対策を提案してみたところ、ネールは喜んで、ドラゴンの鱗を握りつつ何か、集中し始めた。
……少しの後、ぷわ、とネールの髪の毛先が浮いた。何か、魔法が働いたんだろうな、ということは分かる。それと同時に……ランヴァルドが持っていたドラゴンの鱗が、ほわり、と光を放つ。
ドラクスローガでドラゴンの炎を防いだ時に似た、それでいてもっと柔らかな魔法が自分を守っているような、そんな気配がある。
「……まあ、魔力への抵抗にはなりそうだな」
寒さへの抵抗になるかは分からないが、まあ、無いよりはマシだろう。ランヴァルドは『これでよし』と頷き……自分が先程閉めたばかりの扉を、ちら、と見つめ……ため息を吐いて、諦めた。
「よし、行くぞ、ネール!お前は魔物をやれ!俺は装置をやる!」
そうして、勇ましさよりは自棄によって、ランヴァルドはまた、扉を開いたのであった。
扉を開いた瞬間に、体温がごっそり奪われていく。
北部の冬の吹雪のようなそれに、ランヴァルドは『ああくそ、貧乏くじもいいところだ!』と内心で愚痴りつつ、さっさと部屋の中央……古代魔法の装置へと向かっていく。
古代魔法の装置は、ハイゼルやジレネロストで見たものと概ね同じような具合であった。『三回目ともなりゃ、多少は慣れるもんだな』と内心でため息を吐きつつ、ランヴァルドは早速、古代魔法を制御しにかかった。
……その間、ネールは氷でできた蛇のような魔物と戦っていた。凍り付いた床は滑ったり、逆にネールの靴裏をも凍り付かせて足止めをしてくれたりしているようだが……それでもネールの方が、上手である。
ネールは悠々と氷の大蛇に立ち向かい、かと思えば瞬時に姿を晦まして、次の瞬間には蛇の目にナイフを突き立てているような有様である。あれは長くかからないだろう。
ということで、ランヴァルドはネールの心配など全くせずに、ただ古代魔法の装置へ集中することができた。
三回目、ということもあり、防寒対策もそれなりにしてきたこともあり……ハイゼルの氷晶の洞窟で初めてこれをやった時とは比べ物にならない程の速度と余裕で、ランヴァルドは仕事を終えることができた。
「ネール!来い!」
……そして最後の仕上げはネールだ。丁度、氷の大蛇を仕留め終えたらしいネールを呼べば、ネールはあっという間にランヴァルドの隣へやってきた。
「よし。手袋は外すなよ?そのままここに手を置いて、魔力を流せ。手袋がある分、魔力が通りにくいだろうがそれはなんとかしろ」
そしてランヴァルドが命じれば、ネールは嬉しそうに頷いて、ぽふ、と盤上に手を置き……そして、ジレネロストでそうしてくれたように、魔力を一気に流し込んだのである。
……ということで。
「……慣れたくなかったが、慣れちまったな、これも」
古代遺跡の装置は、無事、稼働を止めた。
額に伝う汗を手の甲で拭って、ランヴァルドはため息を吐く。……が、手の甲を見たら赤く染まっていた。成程、額を伝っていたものは汗ではなく血であったらしい。どうやら、部屋の中を舞っていた氷の破片で切ったようだ。
ネールがランヴァルドの顔を見て、大慌てでくるくるとランヴァルドの周りを回り始める。そして、『ここも!』とでも言うかのように、自身の首の後ろを指し示す。まさかと思って自分の首の後ろに触れてみれば、そこにもべったりと血が付いていた。
「……治すか。いや、まあ、ひとまずこの部屋を出よう。寒い」
装置から吹き出す冷気は止まったものの、まだまだ部屋の中は氷まみれである。ランヴァルドは深々とため息を吐きつつ、ネールを伴って部屋を出るのだった。
……だが、その時。
「……ネール?」
ネールが、何かに呼ばれたかのように振り返った。振り返って……何も無い空間を、見ている。
「ネール!」
少し強めに呼べば、ネールはようやくランヴァルドの方にやってきて、きゅ、とランヴァルドに抱き着く。それでいて、また後ろをじっと見ているのだが……変わらず、ランヴァルドには何も見えない。
「……ネール。何か、居たのか?」
そっと聞いてみると、ネールは困ったような顔で首を傾げた。
「それとも、何か……聞こえたのか?」
更に問えば、ネールは首を傾げつつ、ちょっと頷いてみせた。となると、『何か聞こえたような気がしたが分からない』というところだろうか。
……以前も、ネールにはこんなことがあった。ランヴァルドはそれを思い出し……よし、と改めて部屋の外へ向かう。
「ネール。一旦、部屋の外で休憩だ。それで……お前が古代遺跡で何か聞いた時のこと、今までの分も含めて、全部教えてくれ」
そろそろ、これを聞いておかなければなるまい。ランヴァルドは早速、『筆談……紙とペンを使うより、焚火を熾して、その燃えさしで床に文字を書かせた方がいいか……』などと考えつつ、ネールを連れていくのだった。




