遺跡の在処*1
深夜。ハイゼル領、ハイゼオーサ。その宿『林檎の庭』の食堂の片隅に、2人の姿がある。
ネールを寝かしつけてきたランヴァルドと、『林檎の庭』の看板娘のヘルガだ。
「……ってことで、まあ、簡単に言うと、色々あったんだ。色々とな……」
ランヴァルドは蜂蜜酒のカップ片手にそう話し終える。
一通り、ヘルガに今までの経緯をかいつまんで……話しても問題無かろうと思われる部分だけ話して聞かせてやったところだが、改めて、振り返ってみると本当に『色々』あったものだ。
「まあ、ネールちゃんが叙勲、ってのは分かったわよ。ランヴァルドもまあ上手いことやったんだろうな、ってのも分かったけど……」
ヘルガは呆れ半分、感心半分くらいの顔でランヴァルドの話を聞いていたのだが、ふと、にんまり嬉しそうに笑って……言った。
「まあ、いいわ。ネールちゃん、より一層、あなたのことを気に入ったみたいね。さっきの様子を見る限り」
「……どうだかな」
ヘルガの言葉にため息を吐きつつも、ランヴァルドは『まあ、そうだろうな……』と思う。
ヘルガの言う通り、ネールはより一層、ランヴァルドのことを気に入った、ようなので。
第五章:降り積もる雪よ
王城を出たランヴァルドとネールは、そのままハイゼル領ハイゼオーサへと向かった。
というのも……ランヴァルドが最も懇意にしている『情報屋』が、『林檎の庭』のヘルガだからだ。
後ろ暗い話を聞きたいなら、王都の裏通りや何やらに懇意の情報屋のアテがある。だが、広く、浅く、それでいて『冒険譚』の類に限定するならば……間違いなく、ヘルガに話を聞くのが手っ取り早い。
そう。ランヴァルドは古代遺跡の情報を仕入れるために、ひとまずヘルガの元へ向かったのであった。
王城を出て翌々日。ハイゼオーサに到着してすぐ、『林檎の庭』に赴き……丁度、忙しい時間に当たってしまったが故にヘルガに話を聞くこともできず、ただ挨拶だけしたらネールと共に夕食を摂り……ネールを寝かしつけた後で改めて、こうしてヘルガと話している、というわけである。
近況報告はざっくりと、『ネールがドラゴン殺しの功績を称えて金剣勲章を貰った。更にジレネロストの魔物退治の功績を称えて、もう一段階上の勲章を貰える予定だ。ついでに俺も叙勲する』というようなことだけ伝えてある。
……それから、ネールの両親についても、ほんの少しだけ、伝えた。
ランヴァルドではなくネールのことなので、ランヴァルドが報告するのも筋違いな気がしたのだが……ヘルガには改めて、『そういう訳で、俺はネールを利用するにあたって通すべき筋と、ネールに対する責任を負うことになったぞ』と伝えておきたかったのだ。
何せヘルガは、『可愛いネールが悪徳商人ランヴァルドに騙されてるんじゃあ大変だわ!』と義憤を発揮してくれそうだったので。……それでいて、多少歪であろうとも、ランヴァルドがそれなりの責任を負って決めたことについては、寛容に認めてくれる人なので。
「じゃあ、そっか。ランヴァルドはネールちゃんの親代わり、ってかんじなわけね?」
ヘルガは今も尚、くすくす笑ってそんなことを言う。ヘルガは良くも悪くも、遠慮が無い。
「いや、親じゃあないだろ、流石に」
「あらそう?じゃあ、保護者、って言い方にしておく?後見人?まあ、何でもいいけど」
「……ひとまず、『家族みたいなもの』だな。ついでに『雇用関係のある協力者』ってところは確かだ」
「煮え切らないわねえ」
ヘルガは悠々としているが、ランヴァルドはなんとなく、居心地の悪い思いをしつつ縮こまるばかりである。……かつてここで世話になっていたことがあるので、ヘルガにはなんとなく頭が上がらないのだが、世話になっていなかったとしてもランヴァルドは縮こまらされていたような気もする。
「……ネールの話はもういいだろ。今日はネールの報告をしに来たわけじゃないんだ。聞きたいことがある」
このままではヘルガにやられっぱなしであるので、ランヴァルドは改めて、話を仕切り直す。ヘルガは少々つまらなそうにしていたが。
「古代遺跡についてだ。……この近辺で、古代遺跡があるって話は、聞いていないか?」
「古代遺跡?ああ、冒険者達が話してる奴ね?」
「それだ」
ヘルガは、ちび、と蜂蜜入りのホットミルクをカップから飲むと、少し考えて……それからふと、眉根を寄せた。
「氷晶の洞窟の奥、ってのは、抜きね?」
「……抜きだ」
ランヴァルドが眉間に皺を寄せつつ答えれば、ヘルガは『やっぱりそうよねえ』と笑う。
「あそこはもう噂になっちまってるのか」
「そりゃあね。噂は風と一緒、って言うでしょ?止められっこないのよ」
……まあ、氷晶の洞窟のことが知れ渡ったとしても、ランヴァルドの知ったことではない。精々、領主バルトサールが頭を悩ませる程度であろうし、そもそも、あの古代遺跡の装置はもう、起動しない様子だった。なら、多少人が入ろうが噂になろうが、問題は無いだろう。
「んー、そうねえ。あそこ以外で、ここで聞いた話だと……ステンティールへの街道を進んでいって、宿場から先でちょっと逸れたところに1つある、って聞いたことあるわ」
「そんな所に?知らないな」
「そりゃあね。私が聞いたのも、割と最近のことだもの。丁度、あなた達が氷晶の洞窟から帰ってきて一月くらい、だったかしら……うん、そのくらい」
ランヴァルドとネールがハイゼルを発ってから一月くらい、というと、丁度、ドラクスローガでドラゴン狩りをした辺りだろうか。
となると、既に二月近く経ってしまっていることになるが……。
「もう話題になってる、となると……期待は薄いな」
……冒険者達の話題に上っている古代遺跡、ということなら、既に盗掘された後だろう。何かの手掛かりが残っているか、怪しいところだ。
「あら。話題になってなきゃ、私の耳に入らないんだけど」
「ああ、分かってる。いいんだ。古代遺跡から次の古代遺跡の手掛かりが見つかりゃ御の字、ってところだからな……」
まあ、これは序の口である。まずは広く浅く情報を集めて、そこから次の情報を手繰り寄せていけばいい。商売と同じようなものだ。ランヴァルドはこの件に関しては、根気強くやる覚悟である。
「後は、ほら。領主様だったらもうちょっとご存じなんじゃない?古い名家の地下には古代遺跡がある、なんて話もあるし」
「眉唾だけどな」
さらりと答えつつ、ランヴァルドは『実際、ステンティールの地下にはあったな……』と思い出す。ついでに、ドラクスローガの城の奥にも、古代遺跡に近しい封印の間があったわけだ。
案外、ハイゼル城の地下にも古代遺跡があるのかもしれないが……ランヴァルドの記憶しているところでは、ハイゼル領は比較的新しい領地である。今の城ができたのもそれなりに後になってからなので、まあ、古代遺跡は無いだろうな、と推測できた。
「古代遺跡、ねえ……。何かあるの?商売の話?」
「まあそんなところだ」
ヘルガは探りを入れてくるが、ランヴァルドはこの先を話すつもりはない。王命を受けてしまった、などと下手に話そうものなら、厄介ごとがランヴァルドにも、ヘルガにも及びかねないので。
「ああ、そうだ。商売ついでに教えてくれよ。新しく宿を経営したいって奴に心当たりは無いか?今、探してるんだ」
「ジレネロストで、ってこと?うーん……ジレネロストって魔物の巣窟だって有名な土地じゃない?最近はそうでもないかも、って噂になってはいるけど……それでも好き好んで行くのって、それこそあなたくらい危ない橋渡って稼ぎたいような人じゃない」
「……まあ、1人2人居てくれると信じてるんだが。なら、折角だ。ここでジレネロストの話を広めてくれよ。ネールの故郷なんだ。ちゃんと復興して、また人が行き交う様子をあいつに見せてやりたい」
話題を変えついでに、ジレネロストの話もヘルガに持ち掛けておく。
宿を出してくれる人間についてはまあ、『見つかれば儲けもの』という程度だし、ランヴァルドが自ら『公的に』そのあたりを進めてもいいとは思っているが……結局、労働力が必要であることには変わりがない。この『林檎の庭』から上手いこと噂が広まって、ジレネロストに来てくれる人が増えることを祈るばかりである。
……それからもう少々、ヘルガと話して諸々の情報を仕入れたランヴァルドは、部屋へと戻る。
ネールはもう寝ているはずなので、静かに、音を立てないように部屋に入り……。
「……すまん。起こしたか」
……だが案の定と言うべきか、ネールがぴょこん、とベッドから飛び出してきた。
とてて、とランヴァルドのところまでやってくると、ランヴァルドの腰に、きゅう、とくっついてくる。
「俺も身支度したら寝る。ほら、先に寝てろ」
苦笑しつつネールを持ち上げて、そのまま彼女のベッドへと運ぶ。……ベッドはヘルガが『ネールちゃんが寝るベッドなんだから、いい奴じゃなきゃね!』と、良いものを融通してくれた。おかげでネールは寒くもなく、快適に眠れるはずである。
ネールをベッドの中にしまい込んだら、ランヴァルドは暖炉で湯を沸かして、タライを使って簡単に体を拭く。暖炉のある室内とはいえ、服を脱いでいると流石に寒い。そうなると、自然と手早く終えることになり、ランヴァルドはさっさとベッドに入ることになったのだが……。
「……ネール。お前……こっちがいいのか?え?違う?ああうん……」
ランヴァルドがベッドに入るや否や、それを見てやってきたネールが、もそもそ、とランヴァルドの隣に潜り込んだ。
「あのな、ネール。ベッドは2つあるんだぞ。さっきまでお前が入ってたんだからそんなに寒くないはずのベッドが隣にある訳だ。だってのに、わざわざこっちに潜り込まなくても……ああうん、わかった。わかったから」
一応、ネールを諫めてみようとは思ったのだが、ネールはランヴァルドにきゅうきゅうくっついて、『ベッド退去断固拒否!』といった様相である。
……ということで仕方なく、ランヴァルドはネールを抱えて寝る羽目になる。
まあ……仕方ないな、とは、思っている。ジレネロストで両親とのあれこれがあった以上、ネールとしても思うところがあるのだろうし……両親を失ったネールには、誰かと一緒に寝ることが必要なのかもしれない。
内心で『ヘルガの言ったことは否定した癖にな』と思いつつ……ランヴァルドは、ネールの『親代わり』になりつつある現状に、なんとも気まずいような申し訳ないような、そんな気分になりつつ腕の中の小さなぬくもりを抱えて、目を閉じるのであった。
翌朝。
林檎のジャムを添えたパンとスープ、という朝食を摂ったら、早速、ヘルガから聞いた古代遺跡に向けて出発する。
ヘルガは『また来なさいよね!』と言ってくれたが、次にここに来られるのはいつになるだろうか。
……まあ、それも古代遺跡での成果次第なのだろうが。
「さて……ネール。一応は古代遺跡だ。そんなに警戒する必要は無いだろうが、まあ、心してかかるんだぞ」
馬車の中、どこか楽しそうにしているネールを御者台から振り返って話しかければ、ネールはこくこくと頷く。
ランヴァルドはまた街道の先を見据えつつ、『いっそ、ネールが活躍するようなことになってくれりゃあな』と思う。
……が、期待は薄そうである。




