貧乏くじ*2
「面を上げよ」
王城、玉座の間。国王の前に跪いていたランヴァルドは顔を上げた。
……ランヴァルドに並ぶ形で、ステンティール領主アレクシスとハイゼル領主バルトサールも同じようにしている。尚、反対隣りにはネールも見様見真似でそれらしくしている。健気な様子が可愛らしい。国王もネールに微笑みかけているところを見ると、まあ、覚えは悪くないのだろう。
「……さて。ランヴァルド・マグナスよ。先程、ステンティール領主アレクシスとハイゼル領主バルトサールより、報告があった」
そして、国王はランヴァルドの方を見ると、大凡ランヴァルドが予想していた通りのことを言う。
「既に貴殿も知るところではあろうが……古代遺跡の暴走があったそうだな」
「はい」
……どうやら、ステンティールとハイゼルは手を取り合って、古代遺跡についての報告を行うことにしたらしい。
どちらか片方が抜け駆けするでもなく、きちんと協力してやれているらしい様子を見て、ランヴァルドは少しばかり、安堵する。ここで下手にこじれていたら、中部の大都市が傾く大事件になっていたかもしれない。
「そして此度、ジレネロストの奪還についても、古代遺跡が関わっていたと聞いておる。相違ないな」
「はい。間違いなく。……古代遺跡より吹き出した魔力によって、ジレネロストは魔物の巣窟と化していたようです」
ランヴァルドにできることは、ただ、包み隠さず全てを話すことだけだ。少なくとも、事実においては。
……事実は既に、アレクシスとバルトサール、そしてイサクから、国王に告げられているのだろうから。ここで下手な隠し立てはできない。
そうだ。下手な隠し立てはできない。
例え……『事実』から一歩奥にある、『ランヴァルドが感じ取ったこと』であったとしても。
「ただし……ジレネロストの遺跡は、ハイゼルやステンティールのものと異なっていたように思われます」
「ほう」
ランヴァルドは、イサクからもまだ伝わっていないであろう情報を、国王へもたらす。
「……ジレネロストの遺跡には、『氷』がありませんでした」
「氷、か」
一方で、国王は何か、この情報に思うところがあるのだろう。玉座の背もたれに体重を預けて、ふむ、と声を漏らした。
「ハイゼルとステンティールではそれぞれ、吹雪を吹き出す装置と、氷によって体を復元するゴーレムがあった、のだったか」
「はい。確かに」
「こちらも、相違ございません。あのゴーレムは本来であるならば、氷など一切関係ない、石のようなもののみで作られたゴーレムであったはずなのですが……」
領主バルトサールと領主アレクシスも同意すれば、国王は何か、また考え始める。
……そして。
「ランヴァルド・マグナスよ。貴殿の意見を聞きたい」
国王の言葉を聞いて、ランヴァルドは『来るか』と緊張を高めた。
「古代遺跡の異変と、昨年の冷夏。この2つには、関係があると思うか?」
「……分かりません」
慎重に、しかし、はっきりとランヴァルドは答える。
「今はまだ、その可能性を断定できる程の材料がございませんので」
「まあ、そうであろうな」
国王も、ランヴァルドの返答はある程度予想していたらしい。特にお咎めは無いようなので、安堵する。
「ならば、材料が揃えば或いは、ということか」
だが、続く言葉に少々、また嫌な予感を覚える。『材料を増やせ、ってことか!?』と内心で慄きつつ、こちらも慎重に返答を考え……。
「冷夏との繋がりについては、何とも。しかし、ハイゼルとステンティールの古代遺跡の『裏』に居た何者かについては、何か分かるかもしれません」
そう、返答した。
……すると、国王はゆったりと満足気に頷く。
「何者か、か。厄介なことだ。少なくとも、ハイゼルとステンティール、2つの遺跡に細工をした何者かが居るとなると、いよいよ、国を挙げて対処せねばなるまい。だが、おおっぴらには、できまいな」
それはそうだろう。こんなことをおおっぴらにしようものなら、すかさず噛みつこうとする者が確実に居る。
そうでなくとも、国民の混乱は免れないだろう。冷夏で困窮する北部については、いよいよどうしようもない暴動が起こり得る。或いは……中部、南部においても。
「ならば、秘密裏にこれを調査せねばなるまい。だが古代遺跡の見識があり、かつ、古代遺跡に棲みつく魔物や、暴走するゴーレムの類にも対処できる者を秘密裏に動かす、となると、適任が居ようものか。はて、困ったものだ」
……国王が『困ったものだ』と言いつつもどこか楽し気にしているのを見て、ランヴァルドは『ああ、試されている訳だな!クソが!』と内心で毒づきつつ……恐らく既に決定しているのであろうそれを、わざわざランヴァルドから申し出る羽目になった。
「……でしたら、私とネレイアが。此度のジレネロスト奪還の件について、表彰して頂くのは、それ以降で、としていただけましたら」
貧乏くじだ。紛れもなく、貧乏くじである。
領主バルトサールは『ああ、また貧乏くじを引かされて、可哀そうに……』というような顔をしているし、領主アレクシスは『おお!なんと漢気溢れる言葉!流石はウルリカも見込んだ御仁だ!』というようなにこにこ顔である。ネールはきょとんとしている。当事者なのに。
「おお、やってくれるか。ありがたいことだ」
そして国王は、満足気であった。……大方、このあたりもイサク辺りと打ち合わせてあったのだろう。ランヴァルドがここで自ら遺跡調査を申し出ることは織り込み済み、という訳だ。
「まあ、やってもらうからには、褒美を取らせる。旧ジレネロストのことでも、遺跡の調査のことでも、何なりとイサクに申し付けよ」
「ありがとうございます」
……まあ、経費は全て王城持ち、ついでにランヴァルドは王城に1つ貸しを作れるということである。
これから、ジレネロストという大きな領地を任されることになるのだ。今のうちに国王の覚えは良くしておいた方がいいし、『国王の覚えが良くなるだけの実績を挙げている』と周囲に認識されておかなければならない。
言ってみれば、これは国王からランヴァルドに与えられた機会なのだ。無駄にすることはできない。
……それでも『貧乏くじ』ではあろうが!
そうして、謁見は無事に終了した。
……ということで。
「いやあ、マグナス殿!貴殿、いつの間にやらジレネロストの領主になりそうだとは!驚かされたよ!素晴らしいことだ!」
ステンティール領主アレクシスが、にこにこと人のいい笑顔で大いに喜びつつ、ランヴァルドに小声でそう言ってきた。……一応、この2人にはランヴァルドの領主内定の話はしてあるらしい。
「まあ、何だ……我々は中部を治める領主同士、ということになる訳だ。これからも、その、よろしく頼む」
「ええ。お二人のお力添えがあるなら心強い。是非、よろしくお願いします」
領主バルトサールは、かつてランヴァルドに『貧乏くじ』を引かせた引け目がある分か、少々控えめだ。だがその分、『全ての約束はハシバミの枝の下にあれ』を実践すべく、ランヴァルドに今後も何かと融通を利かせてくれることだろう。
「そういうわけだ、マグナス殿!私もエヴェリーナとステンティール全体との恩がある!是非、協力させてほしい!」
「助かります」
領主アレクシスは単に人が良い。彼に協力を仰ぐのは至極簡単なことだろう。特に、彼に対しては、ハイゼルとの仲を取り持った恩もあることだし……。
と、ランヴァルドが『さて、どうやって物事を進めていくかな』と考えている中。
「そうだな……貴殿、どのようにして古代遺跡の調査を進めるつもりだ?古代遺跡というと、知られていないものが多いだろうが……」
早速、領主バルトサールがそう、心配そうに声を掛けてきた。ランヴァルドは『ありがたいことだな』と思いつつ、頭の痛いそこの話から考え始めることにする。
古代遺跡の調査を命じられてしまったランヴァルドではあるが、別に、古代遺跡の専門家というわけではない。そもそも学者ではない。商人である。ランヴァルドは商人なのである!それがどうしてか、遺跡の調査を国王から直々に命じられることになってしまったが!
「王城の書庫を当たってみます。古い文献を見れば、もしかしたら、どこか1つか2つは古代遺跡の情報が出てくるかもしれない」
それでもある程度は調査の進め方に見当がつくランヴァルドは、ひとまず王城の書庫を頼ることを決めている。
アンネリエが案内してくれた持ち出し禁止の禁書庫を片っ端から漁れば、古代遺跡の話が1つ2つ出てきてくれるだろう、と。……調べるのにとてつもない労力を要しそうだが、まあ、そこはイサクとアンネリエに協力を仰ぐことになるだろうか。
「尤も、書庫の全てを片っ端から調べるわけにはいきませんので、ある程度は見当をつけるために、あー……ハイゼルに1人、情報通の知り合いがおりますので、そこを当たってみようかと」
となると書庫より先に、ランヴァルドの情報源……ハイゼルの宿、『林檎の庭』亭の看板娘、ヘルガに聞いてみるべきだろう。
彼女は情報通だ。各地を旅する商人や冒険者達からあらゆる話を聞いているので、もし最近、『様子がおかしい地域がある』というような話が来ていれば、そこから古代遺跡の場所を割り出すこともできるかもしれないのである。
そうして大方場所を絞り込んだ後で、王城の書庫を調べるのだ。その方が余程、効率が良いはずである。
「成程……貴殿、やはり、かなりの切れ者であるようだ……」
「いやいや、決してそのようなことは」
バルトサールの言葉に謙遜して見せつつ、ランヴァルドは『まあ、切れ味を証明しないと他領から舐められるからな……』と内心で重い気分になってくる。
涼しい顔をして面倒な調査の計画を立てる様子は、まるで水面の下で足掻く水鳥のようである。ランヴァルドは足掻いている。必死に今、足掻いている!
足掻きついでに……少々、姑息な手も使うことにした。
「それから……アレクシス様」
ランヴァルドは、領主アレクシスの方に向き直って、そっと、尋ねる。
「その、マティアスは……まだ、生きてますかね……?」
「ああ、うん。生きておるよ。それが何か……?」
……奴が古代遺跡の情報をどうやって仕入れたのか。
それを知ることで、手掛かりが得られるかもしれない。
まあ、またマティアスに会いに行くとなると……気は進まないが!
……前途多難である。
何がどうなっているのかサッパリ分からないものの、危険であることだけははっきりしているような、古代遺跡の調査。
少し考えるだけで頭が痛くなってくるような仕事だが……その分、自分の『切れ味』を証明するには持ってこいだ。
ランヴァルドは、自らが有能であることを証明してみせる。そして……ジレネロストという重要な領地に、自分が相応しいのだ、ということも。
「まあ、そういうわけで、ネール。当分はまた、お前の大好きな人助けが続きそうだぞ。それも、大規模な奴だ」
いつの間にやら、領主アレクシスから飴菓子を与えられていたネールは、それを口に含んでにこにこと幸せそうな顔をしながら頷いた。……つくづく、可愛いことで得をしている奴である。
「遺跡の調査にジレネロストの復興……やらなきゃいけないことが山積みだ。頼んだぜ、ネール」
ネールは分かっているのかいないのか、にこにこと嬉しそうに頷いて……きゅ、とランヴァルドの脚に抱き着いてきた。
ランヴァルドはそんなネールの頭を撫でてやりつつ、馬車へ乗り込む。
……ネールとはまだまだ、長い付き合いになりそうだ。ありがたいことに。
そしてランヴァルド自身の目標には、いよいよ手が届きそうではあるが……さて、その後はどうするべきか。
ランヴァルドが考える間も、ネールはご機嫌な様子でランヴァルドにくっついていたし、馬車はガタゴト進んでいく。
……もうじき冬が終わり、春が来るはずだ。だがどうにもまだ、春の気配は遠い。
4章終了です。5章開始は3月3日を予定しておりますが、もしかするともうちょっと休載するかもしれません。
追記:3月7日(金)再開予定とします。




