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クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
第四章:薄っぺらい約束
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貧乏くじ*1

「いや、私もネールさんをジレネロストの領主に、という話はさせて頂いたのですが……国王陛下が『それでは二度手間であろう』と」

「に、二度手間……?」

「はい。ネールさんを捕まえておくために領主の座に据える、というのは効率的ではない、とお考えでして」

 イサクの話を聞きながら、ランヴァルドは只々それに流されていく。情報の奔流に流されるランヴァルドの小舟にオールは無い。流されていく。ただ流されていく!

「国王陛下としては、ネールさんを国内の各地に派遣したいらしくてですね。その時、領主自らが武力そのものである、という状況は、他の領との軋轢を生むだろう、と」

「は、はあ……まあ、確かに……」

 理屈は分かる。『ジレネロスト領主自らが他の領地の困りごとを解決して回っている』となると、流石に外聞が悪い。受け取られ方によっては、『侵略』とされかねない。

「そこで、国王陛下としては……ネールさんを王城付きの、公平中立の立場に置いておいてですね、『ジレネロスト復興のため、英雄ネレイアをジレネロスト領主に貸し出す』というようにしたいらしく」

「ああ……」

 ひとまず、国王がネールを便利に使い回したい意向は分かった。確かに、ドラゴンを簡単に屠れるほどの戦力をみすみす見逃したくはないだろう。ジレネロストのみならず、国内のあちこちの問題を解決させたいに違いない。

「……で、それがどうして、俺が領主に、という話に……?」

「国王陛下曰く、『ひとまずどちらにも首輪を付けておきたい』とのことです。ネールさんにだけ立場を与えておくと、マグナス殿は逃げられますが……マグナス殿に首輪をつけておけば、ネールさんは確実に、その周りに居てくれることだろう、と……」

 首輪。首輪ときたか。ランヴァルドは天を仰いだ。

 確かに、ネールを国王が手元に置いておきたいならば、ネールがくっついていたいであろうランヴァルドに首輪をつけておくのが手っ取り早い。

 逆に、ネール本人にジレネロストの首輪をつけてしまうと、あちこちで軋轢を生みかねない。ならば領主はランヴァルドの方に、と、そういうことであろう。

 成程、それで『二度手間』であったか。ランヴァルドは只々、国王の合理的な判断にため息を吐くしかない。


 更に。

「い、いや、しかし私が領主となると、流石に畏れ多いといいますか、荷が重いといいますか」

 一応、ランヴァルドはこの重責から逃れられるか、試みてみた。

 いつかどこかの領主に、とも思っていたが、南部の方の小さな領地を割譲してもらって、そこでのんびりと暮らすのが理想であったのだ。

 何も、南からも北からも狙われそうなジレネロストでなくてもいい。ああ、本当に、ジレネロストでさえなければいいのだ!こんな、国益を生み出す最前線、復興したてで話題性も十分、かつ今後も交易都市として多方と親交を保ち続けねばならないような……そんな領地でさえなければ、いいのだが!

「しかし国王陛下は、『ファルクエークを治められる手腕を持っているのであろう若者が商人としての知識も得たのであるならば、ジレネロストの領主としてこれ以上の適任も無かろう』と仰っておいででして」

 だが逃げられない。

「……ファルクエーク、の……とは……?」

「はい。マグナス殿の生家では……あ、もしかして内緒でしたか……?」

「……いえ、まあ、うん……国王陛下は本当に、ご慧眼をお持ちにあらせられる……」

 ……北部の領地の、10年も前に出奔して以来一度も公の場に姿を現していない人間のことを、よくもまあ、知っていたものだ。

 どう調べたのだか。まあ大方、剣の紋章を見たイサク辺りが告げ口したのだろうが……もしかすると、叙勲式の時には既に露見していた可能性もある!嗚呼!




「まあ、元々が貴族の血筋ということならば、勲章を与えて国王が後ろ盾になることを表明しておけば、平民の成り上がりよりは反発も無かろう、ということで!やはり、ジレネロストの領主にはマグナス殿がぴったりかと!」

 そうしてイサクはにこにこしているのだが、ランヴァルドとしては……アンネリエのことが気になる。

「アンネリエさんはそれでいいんですか?」

 アンネリエとしては、ランヴァルドがジレネロストの領主になることを快くは思わないだろう。ネールが『名ばかり領主』をやるのとは訳が違う。ランヴァルドは、もし自分が領主をやるのであれば自分で自分の領を管理するつもりであるし、何より……アンネリエにとって、ネールよりランヴァルドの方が、操りにくい。

「まあ、国王陛下のご決定です。私如きが口を出せることではありませんし……今後も、イサクさんはジレネロスト担当ということになりそうですから。携われる、というだけで幸運なことなのだと、理解しています」

 アンネリエは諦めたように笑っていた。……本来であればこの領地を継いでいたかもしれない人を前に、ランヴァルドは少々、心が痛まないでもない。特に、かつて領主に『なり損ねた』ランヴァルドであるので。……気持ちは多少、分かる。

 ……だが、今まで散々、人を踏み躙ってきたランヴァルドだ。今回もアンネリエを踏み躙る。それだけのこと。その覚悟くらいは、ランヴァルドにもある。……貴族として。


「……マグナスさんも貴族の出でらっしゃったんですね」

「まあ……色々あって出奔したきりですがね」

 一方のアンネリエは、ランヴァルドが貴族の出だと知って、多少、納得がいったのかもしれない。

 自分の出自が勝手に露見していたのは愉快なことではないが、彼女の納得に一役買ったということならそれはそれでいいか、と思う。……それ以上に、そもそも国王陛下相手に出自のことをいつまでも秘密にしておけるはずが無かったな、とも思うが。

「色々、というと……」

「あー……父が死んで母が叔父と再婚して間に息子が生まれたので、そちらを世継ぎにするために俺を殺すことになった、というところです」

「えっ……」

 ……アンネリエも多少は詳細を聞いているのだろうと思っていたら、そのあたりの事情は知らなかったらしい。絶句している。

『完全に何もかも知らなかったのならもうちょっと濁したんだが』と少々後悔しつつランヴァルドはイサクへ向き直る。

「えーと、まあ……そういう訳で、殺そうとした息子がジレネロスト領主になったともなると、ファルクエーク領からの風当たりが相当強くなるものと思われますが」

 俺が領主になっていいのか?本当にいいのか?という気持ちでイサクに確認してみると、イサクは鷹揚に頷いた。

「ならば潰せ、ということでしょうなあ……」

「えっ」

 ……その上でこれだから、ランヴァルドはもう、何も言えない!


「……今、北部は相当困窮しています。ファルクエーク領も、その類かと。そして、国王陛下としては、『一度の冷夏でここまで崩れる領地なら、そもそも適切に運営されているとは言えない』とお考えのようで」

「……仰る通りで」

 ランヴァルドは『それはそうなんだが』と思いつつも、『北部と中・南部とで戦争になりでもしたらえらいことだぞ』と少々考え……。

 ……考えた結果、『戦争になったら武具が良く売れるな。よし、ステンティールとは今後も懇意にしておこう』という結論に至った。ランヴァルドは悪徳商人なので。

 まあ、自分の生家の経営が傾いていることは知っていたし、それは仕方がない。ドラクスローガも酷い状態だった。

 ならば……『潰れてしまえ』というのは、当たり前といえば当たり前なのだ。領民の命と生活を預かっている以上、領主はそれに責任を持たねばならない。時には、自分の命を以てして責任を取ることもあるだろう。それだけの話だ。

「ファルクエークが反旗を翻すというのであれば、こちらも迎え撃てばよいだけのこと。……無論、マグナス殿には負担をおかけすることになりますが」

「いえ。もう、家を捨てた身ですから。躊躇はしませんよ」

 なんだかんだ、ファルクエークが文句を言ってきたら北部の他の領も文句を言ってくるだろう。『豊かなジレネロストを困窮する北部貴族にこそ与えるべきだ』とでも言い出しかねない。

 となると……まあ、矢面に立つのはランヴァルドだ。ネールではなく。

「……ネールが領主をやるよりは、俺がやる方がマシですかね」

「ええ……。まあ、今後、二度目の冷夏が来るようなことがあれば、いよいよ北部が荒れるでしょう。その時、中部に位置するハイゼル、ステンティール、そしてジレネロストあたりは、まあ、かなり面倒なことになるでしょうな」

 ……色々と聞いて、『仕方がないな』と諦めがついてきた。

 妬みややっかみを含めたあらゆる攻撃の矢面にネールを立たせるのは、まあ、酷だろう。かわいいネールが矢面に立てば飛んでくる矢は減りそうな気がするが……それでもネールが全くの無傷で居られるという訳でもない。なら、ランヴァルドが矢面に立っていた方が、まだいい。

「……ジレネロストかあ」

「はい。ご苦労をおかけしますなあ……」

 ……ランヴァルドは深々とため息を吐き、イサクと、アンネリエまでもが気づかわし気な顔をするのだった。




「えーと、まあ、そういう訳で……マグナス殿には、新たにジレネロストの領主になって頂くわけなのですが……」

 さて。

 話も一区切り、といった顔で、イサクはふと、聞いてきた。

「姓は、どうされますか?」

「……あー、そういえばありましたね、そういうのも」

 ……姓、というと、つまるところ、家名である。


 通常、貴族は名を2つ持つ。

 ランヴァルドは『ランヴァルド・マグナス・ファルクエーク』が本来の姓名であるが、今、仮の姓としても使っている『マグナス』は、言ってみればもう1つの名なのである。

 名を二つ持つことによって『死神に命を奪われる時、1つの名だけを奪ってもらって、もう1つは見逃してもらうため』であったとも言われているが、まあ、今となってはそんな古い意味は消えてしまった。

 が、貴族というものは体裁を気にする生き物である。貴族になるのであれば体裁を気にしなければならないし、そのためには自分の看板でもある『家名』は、きちんとしておくべきだろうと思われた。

「『マグナス』を家名にされますか?」

「いやあ……それも流石にな。どうしたものか」

 ……ということでランヴァルドは考える。流石に、元が『名』である『マグナス』を家名にするのは、少々響きが悪い。

 だが、『ジレネロスト』を家名にするには……アンネリエが居る。元々『ジレネロスト』を名乗っていた者が居る以上、ランヴァルドが自分の家名に使うべきではないだろう。

 と、考えて、考えて……だが結局、お手上げ、ということにした。

「……国王陛下より、家名を賜ることはできますかね」

「ええ!勿論!まあ、その方が箔は付きますしなあ」

 ……国王から、そうそう妙な名づけを頂くこともあるまい。ランヴァルドは結局、人任せにしてしまうことにした。


 と、考えて……それからふと、ランヴァルドは気づく。

「ああ、そういえば、もしかしてネールも、ですか?」

「ええ。一応、彼女もこうまで叙勲してしまうとなると、貴族位付きになりますし……彼女の名づけも国王陛下にお願いしますか?」

「あー……本人に聞いてみますよ。何か、自分に付けたい名前があるかもしれないので」

 ネールは、自分で自分に名前を付けるとすると、何を選ぶだろうか。

 ……なんとなく嫌な予感を覚えつつ、ランヴァルドは一度、ネールの元へ戻ることにしたのだった。




「そういう訳だ、ネール。お前、付けたい名前はあるか?」

 案の定、ネールに聞いてみたら、ぽかん、とされてしまった。……それはそうだろう。自分で自分に名前を付ける者など、そうは居ない。

「あー、まあ、特に希望が無いなら、国王陛下が選んでくださるそうだ。俺はそうした」

 ランヴァルドがそう告げると、ネールは神妙な顔で頷きつつ……考え始めた。

 ……自分で考える気だろうか、と思いつつランヴァルドが見守っていると……。


『ネレイア・リンド・ファルクエーク』とネールは文字を書いて、堂々と見せてくれたのだった。

「いやそれは駄目だぞ」

 なのでランヴァルドはそっとその紙を火にくべた。駄目である。色々と、駄目である!




「いいか?まず、『リンド』は姓だから、名前には使わない方がいいぞ。決して使うな、とは言えないが……」

 ランヴァルドが解説すると、ネールは神妙な顔で頷いた。素直で助かる。これで突拍子も無いことをしないでいてくれればもっと助かるのだが!

「で、『ファルクエーク』は、他所の家の名前だろうが。駄目だぞ。あー……なんだ、鷹と樫、って名前がそんなに気に入ってたのか」

 聞いてみると、ネールはしょんぼりしながら頷いた。……余程、『ファルクエーク』の響きが気に入っていたのだろうか。……それとも、『ランヴァルドの家の子』になりたかったのだろうか。ランヴァルドは心配になってきた。

「あー、まあ、そういうことなら……うん。お前も国王陛下にお願いしよう。俺も国王陛下にお願いするんだ。な、それがいい」

 ネールはなんとなく不服気な顔をしていたが、ランヴァルドがそう言えば一応、頷いた。

 ……心配である。




 心配はさておき、一度、ランヴァルドとネールは王城へ向かうことになった。

 実際の叙勲や領主任命が春を越えた先になるだろうことは確かだが、その前に打ち合わせておいて悪いことは無い。

 ということで、馬車で1日かけて王城まで向かうと……。

「……ん?」

「マグナス殿、どうされました?」

「いや、見覚えのある馬車があるな、と思いまして……」

 ランヴァルドは、王城前に停めてある数ある馬車の中でも目立つ、2つの馬車を見ていた。

 ……1つはハイゼルの紋、もう1つはステンティールの紋が入っている。


 ハイゼルとステンティールの領主2人が来ているとなると……『アレ』の話ではないだろうか。ランヴァルドは只々、嫌な予感を覚えた。


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― 新着の感想 ―
アンネと結婚すれば解決
圧倒的な慧眼を持ち合わせ、合理的な判断ができる国王陛下といえども人間! 名前などという重要なもの、あまり数が思い付かなくても致し方のなきこと!!!
奥さんじゃん!それはもう!
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