化け物の責任*4
……そうして、ランヴァルドとイサクとアンネリエによる合意が形成された。
この三者はこれから、ネールをジレネロストの領主にするよう働きかけていく。イサク曰く、『まあ、叙勲式でのアレがあった以上、魔物がほぼ消える頃にはネールさんを貴族に、という意見は出てくるはずなので……』と言っているので、まあ、何も働かずとも実現される可能性は高いが。
そうしてネールがジレネロストの領主になったなら、ランヴァルドをネールの補佐官、イサクとアンネリエを引き続きジレネロストの担当、という風に配置していく。
……こちらも、まあ、多少イサクが国王に進言するだけで実現可能であろうとは思われる。
というのも、国王としても、ネールを完全に野放しにするつもりは無かろうと思われるので。監視が必要だと思うなら、誰かしらかは付けておきたいだろう。
だが同時に、国王がランヴァルドを排除して、ネールだけを利用したがる可能性もある。その時にはイサクとアンネリエが全力で、『ネールさんはマグナス殿と引き離されると危険です!』と主張することになるだろう。
さて。そして、問題であった、アンネリエの書状偽造については……イサクが正式にあれを認可し、そのまま正式な書状として提出する。
つまり、アンネリエの文書偽造は無かった、ということになるのだ。
……勿論、そうなるとランヴァルドが『ネールの誘拐犯』として罪人になってしまうのだが……そこは、ランヴァルドである。何とかすることはできるのだ。
そして、ランヴァルドがそうして汚れ役を背負いつつ、アンネリエの文書偽造の罪を消してやる見返りとして……ランヴァルドは、貴族位を得る。
そう。貴族位だ。
このために、ランヴァルドは今までずっと戦ってきた。
その貴族位が、ようやく手に入るのである。
「ま、そういう訳だ。結果だけ見りゃ、何もかも上手くいったな」
ランヴァルドはネールの天幕に戻って、大雑把に話をして聞かせてやった。……アンネリエがネールのことを処分したがっている、といったことは省いて。
「だから、ネール。お前はジレネロストを治める領主様になるんだからな。しっかり頼むぜ」
一方で、領主のことについてはちゃんと伝えた。伝えるにつれ、ネールはすっかり、ぽかん、としてしまっていたが!
「ああ、当然だが、いきなり領主の仕事をこなせ、なんて言わない。仕事は俺とアンネリエさんとイサクさんがやるから、お前は特に心配しなくていいぞ。……まあ、領主を辞めたくなったら、1年くらいした後に、イサクさんかアンネリエさんかに領主の座を渡しちまえばいいさ」
……ランヴァルドとしては、ひとまず王城とネールの繋がりが欲しい。ネールが処分できないくらい有名になって、ついでに国に貢献した実績を挙げてしまうことが目的だ。
逆に言えば、それさえできてしまえば、ネールをジレネロストの領主にしておく必要は無い。領主の座、というのは、あくまでもネールを守る盾のようなものである。
なので……ネールが望まないなら、1年くらいで解放してやろう、とランヴァルドは思っている。
……のだが。
「……ん?やる気か?やる気なのか、ネール」
ネールは妙にやる気たっぷり元気いっぱいに頷いてくるのである。
……ランヴァルドとしては、少々不思議であった。ネールは領主業に興味があったのだろうか。いや、まさかそんなこともあるまい。
では何故、と考えてもよく分からなかったが……ピンとくるものがあるとすると、アンネリエが言っていたことであろうか。
「まあ、お前の故郷だもんな。ジレネロストは」
ネールもまた、自分の故郷に思い入れがあり、故郷の復興を目指している。そういうことなのだろう。
……と思ったら、ネールは少し首を傾げつつ、『まあ、それもそう』とでも言うかのようににこにこと頷き始めたので、ランヴァルドは『他にも理由があるのか……?』と首を傾げる羽目になったが。
……まあ、ネールのことがよく分からないのは今に始まったことでもない。ランヴァルドは『ま、その内分かるだろ』と思いつつ、ひとまず今は置いておくこととした。
そうして翌日。
ランヴァルドはイサクとアンネリエ、そしてネールと、更には休暇の為に帰る兵士達も一緒に王都へ向かった。
イサクとアンネリエは王城への報告のために戻る。そしてランヴァルドは、必要な物資の買い付けや、人員の確保、そして最高級の魔物の素材の販売、といった目的があるが、一番の目的は……『汚れ役』である。
「……マグナスさん。その、例の文書をもみ消す、というのは、一体……」
「アンネリエさんは知らなくてもいいとは思うんですけどね……」
アンネリエは自分がやったことの始末の方法が気になるらしい。ランヴァルドとしては、仮にも王城に仕える官吏がそんなことを知っているのもどうなんだ、と思うのだが……まあ、イサクは大方見当がついているようであるし、ランヴァルドはさっさと話してしまうことにした。
「正しく取り消しの手続きを踏むだけですよ。まあ、つまり、『訴え出た本人』に頼みます」
……簡単なことだ。
正式な手続きによって受理された書状を、正式な手続きで取り下げてもらう。訴え出た本人であるとされている『シモン・リンド』であれば、それが可能なのだ。
「えっ、あ……ああ、そういうこと、でしたか……」
「ただ、彼らはまだ俺を訴えられる可能性があると分かったなら、それに縋りたい気持ちもあることでしょう。素直に応じてくれるとは思えない」
が、当然ながらリンド一家がランヴァルドに罪を着せたい可能性は高い。『ここでランヴァルド・マグナスを逮捕できれば、ネールが手に入るのではないだろうか』とでも考えるかもしれないのだ。
「なので……まあ、金で釣ろうかと」
「えええ……?そんなことが可能なのですか……?その、どう考えても、そのまま訴えを取り下げずに得られるであろう金銭は大きいのでは……」
「ああ、まあ、あの手合いはそうですよ。長い目で見た時の利益より、目の前の端金の方に釣られがちです。それに、一回、『失敗』した後ですからね。可能性と今確実に手に入る利益とを天秤にかけたら、後者に傾きがちでしょう」
ランヴァルドはしれっとそう説明しつつ、『何の話だろう』ときょとんとしているネールの頭を撫でてやる。
……ちなみに、ランヴァルドの見込みでは、リンド一家が多少の金で釣られてくれる可能性は五分、といったところである。だが……ランヴァルドは、アンネリエには明かしていないものの、金貸しの『友達』が沢山いるのである。
そのあたりから囲い込んでいけば、まあ、リンド一家に頷かせることは可能だろう。
ということで、ランヴァルドは王都に到着したところでイサクとアンネリエと別れ、ネールを兵士達に預けた。
……この兵士達は今やすっかり、ネールのことを『皆の妹!』と思っているらしい。今日、ランヴァルドが『すまないが、俺は野暮用があってな。夕方まで、ネールを預かってもらえないか』と打診してみたところ、『じゃあネールちゃんと一緒に王都巡りしていいんですか!?やったー!最高の休暇!』と快諾してくれた。
ネールはつくづく、人気者になったものである。まあ、良いことだ。ネールが親しい人間は、どんどん増やしていくべきなので。
そうして兵士達が『ネールちゃんを連れて観光するぞ!』と意気込んで去っていったので、ランヴァルドもまた、『野暮用』の方を片付けにかかる。
最初に、いくつかの金貸しを訪ねて挨拶し、『ところで今後ジレネロストへの投資は惜しまない方がいいぜ』と情報をもたらしてやりつつ……リンド一家の新しい借金が無いかを探った。
すると、ランヴァルドの頼れる『友達』連中は、『そういうことなら確か西の裏通りのところが1件、やってるはずだぞ』と教えてくれたので、早速ランヴァルドはその金貸しを訪ね、新たに『友達』になり……。
……そして。
夕方。兵士達がネールをあちこち連れ回して、にこにこ顔で約束の宿へ戻ってきた時には、ランヴァルドは既にそこでにっこり、余裕の笑みを浮かべつつ待機していることができたのであった!
「おお、ネール。楽しかったか」
ランヴァルドが出迎えると、ネールはそれはそれは嬉しそうに、にこにこと頷いた。
「どうもありがとう。助かった。それに……ネールもこんなに嬉しそうだ。本当にありがとう」
「いや、こちらこそ!ネールちゃんがにこにこ笑顔で、俺達も嬉しいんで!」
兵士達に礼を言うと、彼らもまた、にこにこと笑顔である。……まあ、ネールは実によく好かれたものだ。ありがたいことである。
「で……その、大丈夫だったんすか?ネールちゃんの、ご両親のことだったんですよね?」
……そして、敏い兵士達は心配そうにそう尋ねてくるので、ランヴァルドは苦笑しつつ、そっと声を潜めて答えた。
「ああ。大丈夫だ。すぐ必要な書類にはサインして貰えたよ。もう、彼らはネールを傷つけることはできないさ」
リンド夫妻とのやり取りは、然程難しくなかった。彼らが新たに拵えていた借金をランヴァルドが買い取って、それを盾に『訴えは虚偽のものであり、不当なものでしたので取り下げます』という公的な書状にサインさせただけである。
……多少、脅さないでもなかった。二度とネールに近付くな、という念を押すために。
ついでに、『お前達の借金は全て筒抜けだぞ』とも思い知らせてきたので、まあ……エイナルとセルマが両親の浪費癖に苦しむことは今後減る、と思いたい。
……そして、ランヴァルドはその書状を持って王城へ向かい、『訴えを出した本人に確認が取れた。本人達も虚偽であったと認めて、訴えを取り下げてくれるそうだ』と手続きをしてきたのである。
無論、こうなると今度は、リンド夫妻が虚偽の訴えを出した罪人、ということになる訳だが……そこは口八丁のランヴァルドだ。『どうやら、俺が連れていた子が、ご夫婦の死んだ娘にそっくりだったらしい。それで思わず訴えを出したらしいんだが、彼らも我に返って後悔しているところだった』と作り話をでっち上げたのである。
ついでに、『流石にあまりにも哀れなんで、どうか穏便に済ませてやってくれないだろうか。ご夫婦には新しく生まれた子供も居るし、何より、当事者同士でもう話が付いたことだし』と繋げれば、王城でも『穏便に』という方向で話が済んだ。
……ということで、多少の汚れ役ではあったものの、ランヴァルドは無事、それなりに穏便に事を済ませてくることに成功したのである。
そんな話を、ごくごく表面だけ兵士に伝えてやれば、兵士はほっとしたように笑い、そしてネールに、『よかったなあ、ネールちゃん』と声を掛け、ネールを抱き上げて、くるくるくる、とその場で回る。
ネールはくるくる回されて、にこにこご機嫌であった。……こうしてみると、本当にただの子供に見えるのだが。
「ま、そういう訳で、今後もよろしく頼むぜ、ネール」
ランヴァルドが笑えば、ネールも笑い返してくる。
「……後は、イサクさんとアンネリエさんが上手くやってくれるといいんだがな」
ランヴァルドはそうぼやきつつ、気を引き締める。
「ま、俺達は俺達にできることをやるだけだな。それも、可能な限り急いで」
……ネールの無事が確かな内にやらなければならないことはあまりにも多い。
まず、ネールが領主として正式に任命されるまでに、ジレネロストを一定以上の規模にまで復興させておかなければならない。少なくとも、アンネリエが『他の貴族とやり合うのは得策ではない』と思うくらいには、他の貴族が手を出したくなるような状態にしておきたい。
そして、そのためには魔物狩りを進めなければならない。ついでに……多少、街道の整備もしたいところだ。
「さて。また戻ったら忙しくなるぞ。覚悟しておけ、ネール」
ランヴァルドが告げれば、ネールはまたにこにこと頷いた。健気なことである。ランヴァルドは苦笑しつつ、早速、明日からの計画を立て始めるのであった。
……『さて、俺はどういう名目で貴族位を頂けることになるのかね』とも、気になりつつ。




