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クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
第四章:薄っぺらい約束
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化け物の責任*3

「まず、俺達の目指すところをそれぞれハッキリさせましょうか」

 ランヴァルドはうきうきと紙を広げて、ペンを走らせる。

「最初は俺だ。……俺は貴族位が欲しい。所領はまあ、どちらでも構いません。あったら責任をもって治めるし、もし無ければ無いで、まあ……北部の所領をバカにできるくらいの立場があればそれで構いませんよ」

 ランヴァルドの目標は至極単純である。

『貴族位の会得』。そしてそれによって、生家を見下してやることだ。

 ……だが、ついでにランヴァルドは、ネールのことも目標に入れねばならない。

「そしてネールについては……このジレネロストの復興。あと、自分の家があること、ですかね。その他の目標は、彼女が今後、自分で見つけることでしょう」

 ネールも、目標は単純だ。何せ彼女にはまだ、目標らしい目標が無い。

 今、ネールはそれを探しているところなのだ。……ネールが目標を見つけられるように補佐するのが、ランヴァルドの役目でもある。

「……恐らくは、マグナスさんと一緒に居られること、というのも追加しておいた方がいいのではないかと」

「……まあ、そうかもしれない」

 アンネリエが何とも言えない目でランヴァルドを見ているので、ランヴァルドはそっと、視線を逸らしておいた。


「まあ、俺の方はこんなところですね」

「ネールさんに貴族位を、とは仰らないのですな?」

「ええ。まあ……それは目標ではなく、手段なので」

 イサクの確認に答えると、イサクは『成程なあ』という顔をして頷き……それから、彼の番がやってくる。

「ならば次は私が。……私の目標、目標……うーん、そうですなあ、まあ、最終的な目標は国の安寧、なのですが……」

 イサクは少し考えて、それから、ちら、とアンネリエを見て苦笑を浮かべた。

「……できれば、アンネリエは手放したくないですな」

「……イサクさん」

 アンネリエは複雑そうな顔をしている。それはそうだろう。アンネリエはイサクを裏切ったのだから。

「彼女は優秀なので。彼女が来てから、書類仕事が捗って捗って!」

「ああ、うん、まあ……それはよかったですね」

「はい!」

 一方のランヴァルドは『まあそうだろうなあ』と思いつつ頷く。……やはりこのイサク、ステンティールの領主殿に似ている気がしなくもない。

「ですが、アンネリエには罰が必要だとは思っています。誤ったことをした者は罰せられなければならない。それは、印章の管理を怠った私についても同じことです」

 実に公正なお方だ。ランヴァルドは少し感心しながら、『俺はこうはなれないな』とも思う。

「まあ、無論、別に国が罰を与える必要は無いとは思っておりますが」

 ……イサク殿はやはり、柔軟なお方でもあった。ランヴァルドは『やっぱり多少はこうじゃないとな』と頷いた。

「ジレネロストの統治については、国が管理することも、アンネリエやマグナスさんが管理することも、一長一短ではあると思っています。まあ、国が管理するとなると公正さは望めますが、どうしても、『災害のあった土地』としての印象は残り続けるでしょうからな。復興という点ではどうしても……」

 イサクの言うことは分かる。同時に、アンネリエも、ランヴァルドも分かっていることである。

 だからこそ、『自分が』と思っているのだから。

「まあ、私個人はジレネロストにゆかりがある訳ではありませんので、国王陛下のご意思に従いたいとは思っております」

「成程」

 ということで、イサクについてもまあ、分かった。そして残るはアンネリエだが……。

「……私はやはり、ネールさんは処分すべきだと考えています。しかしそれが難しそうだ、ということは分かりましたので……」

 アンネリエはそう言って、ちら、とランヴァルドを見つめた。ランヴァルドは『そりゃ難しいだろうよ。俺が居るんだから』と堂々としている。

「ならば最低限、王城がネールさんを管理すべきだと考えています。そしてジレネロストは、できることなら私が管理したい。交易都市ジレネロストのために培った知識と経験がありますし、ある程度、裏の事情を知っている者ですし……何より、やっぱり、故郷ですから」

 ランヴァルドには故郷へのこだわりは分からないが、だからといってアンネリエの意見を無価値なものとするつもりもない。ネールがジレネロストにお家を構えるとなって大喜びしていたのを知っているから。

「ただ、最終的に目指すところは国の安寧です。そこはイサクさんと変わりません。ただ……マグナスさんとは選び取る道が異なるようですが」

「成程、分かりました」

 ランヴァルドは頷くと、さて、と考える。

 ……三者の利害は、まあ、それなりに噛み合うなあ、と考えて。




 さて。ランヴァルドはまず、イサクの方を向いた。

「イサクさん。現実的に考えて、アンネリエさんがジレネロスト領主になることは可能なんですかね」

「いやあー……どうだろうな。今、ジレネロストは扱いとしては直轄地ですから。むしろ、ジレネロストの血筋であったならば猶更、忌避されるかもしれません。ですがまあ、そこは交渉次第、かもしれませんね」

 イサクはそう言うが、まあ、あまり現実的ではないように思われる。

「アンネリエさんご自身としてはどのようにお考えで?」

「現実的に考えるならば、王家の傍系の方がジレネロストの領主になり、その方の補佐官を務められれば、と思っています。……ご本人にその気が無いようでらっしゃいますが」

 一方のアンネリエも、現実は分かっていると見えて、ちら、と……見ている。イサクの方を、見ている。

「……イサクさん、あなたまさか」

「あ、はい。傍系も傍系、ほんのちょーっぴり血が入っているだけではありますが、一応は」

 ……なんと。イサクは相当な血筋であったらしい。ランヴァルドはぎょっとした。また、それと同時に『ああ、なら魔法に秀でているわけだよな……』とも納得する。高貴な血筋というものは、概ね、高い魔力を得ているものなので。

「……知らなかったとはいえ、今までとんだご無礼を」

「あああ、いや、私は本当に、ちょっぴり血にそうしたものが混ざっているというだけなので!マグナスさん、どうか、今までの通りに!」

 ランヴァルドが深々と頭を下げると、イサクは慌てて立ち上がりかけ、中腰のまま言い募る。……まあ、この状態でいるのも建設的ではないので、『ではお互い、そういうことで……』と両者納得の上、元に戻った。

 ……未だ、居心地は悪いが!


「ま、まあ、そういうことで……つまり、アンネリエとしては、王城に繋がりの深い誰かがジレネロストを統治するのが妥当で、その補佐をしたい、と考えているわけだね?」

「ええ。……そうすれば、故郷に携わることができます。責務を果たすこともまた、できますから」

 ひとまず、これで三者の希望は出た、だろうか。

 ランヴァルドは『よし』と考えつつ、ふと、気になってアンネリエに確認してみる。

「一応、確認ですが。あなたの言う『ネールを王城が管理する』という状態は……どのようなことを想定しておいでで?」

「王城から出さない、という想定です。……いえ、でした」

 アンネリエは、確認されて少し言い淀むと……じっ、とランヴァルドを見つめた。

「……『手遅れ』なのですね?」

「ええ。間違いなく」

 ランヴァルドは臆することなく頷いた。

 そうだ。ネールを隠そうとしても、もう手遅れだ。

 国王は叙勲式を大々的に開いてしまっているし、そうしてネールのことを広めていく方針なのだろうし……何より、ステンティールやハイゼルの古代遺跡に何かをした『誰か』が居ることは間違いないので。

「……その詳細は、お話しいただけない、と?」

「そうですね。少なくとも、2人以上の領主の方にかかわる話です。もし話すことがあったとしても、彼らの許可を得た上で……国王陛下に直々に、まあ、つまり、使者であるイサクさんだけに内密にお伝えする、ということになるかと」

 ランヴァルドが答えると、アンネリエは少しばかり、迷ったようだった。

 ……だが、彼女も何か、決意を固めたらしい。顔を上げて、ランヴァルドを確かめるように話し始める。

「ならば事情が変わってきます。……国王陛下の叙勲式とドラクスローガの一連の功績のみならば、まだ、ネールさんを隠してしまえると思いましたが……それでももう『手遅れ』だというのならば……私は『ネールさんには常に監視がついているべき』と考えを改めます」

「つまり、ジレネロストに居るネールにあなたが付いていればよし、と?」

「はい。……しかし、彼女に対する認識は変わりません。居ない方が安全だとは思っています」

「成程。そこはまあ、折れて頂くしかないな。俺は、ネールが居た方が安全だと思っているので」

 一歩前進だ。アンネリエは、まあ、譲歩できる余地があるようなので。

 ならば、交渉できる。

 相手を交渉の場に引きずり出して、損得を売り買いする。それは、悪徳商人の得意分野だ。


「アンネリエさん。あなたには2つ、利益を提供できる。1つはイサク殿とあなた自身の処分を回避すること。そしてもう1つは……あなたがジレネロストの運営に携わる権利だ」

「えっ」

 ランヴァルドが提示した条件に、アンネリエは目を見開いた。

 それはそうだろう。彼女からしてみれば、思ってもみない好条件なのだから。

「……どういうことですか?」

 アンネリエが警戒の目を向けてくるのをいっそ楽しく感じながら、ランヴァルドは説明していく。

「簡単なことです。ネールがここの貴族になればいいんですよ。……あくまでも名ばかりの、で結構です。だが、ネールが、少なくとも名目上は、ジレネロスト領主になる必要があります」




「まず、確認なのですが……あなたはネールをいずれ処分したいにせよ、ジレネロストのことを思うなら、もうしばらくはネールを処分できないはずだ。違いますか?」

 最初にランヴァルドがそう言えば、アンネリエは渋い顔をする。

「……ネールさんにジレネロストの魔物狩りをお願いしたいはずだから、ということですか?」

「その通り!何せまだジレネロスト南部には、ネールでなきゃあまりに手を焼かされるような魔物が残っているはずなんでね」

 ジレネロストは本当に、交通の要所になり得る。西へ向かえばハイゼル。南西に向かえば王都。そして真南の方に向かえば南部の豊かな土地があるのだ。

 南側を諦めることは、したくないだろう。そしてそのためには、ネールが居た方が都合がいい。魔物を幾らでも倒せる、ネールが。

「……ネールさんを処分すべきと主張しながらにして彼女を利用しようとすることを、軽蔑されるでしょうね」

 アンネリエは、そのあたりに多少、罪悪感があるのだろう。そしてその上で、彼女はそれを選んでいる訳だが……。

「軽蔑?まさか!だって別に、間違っていないでしょう。俺があなたの立場ならそうします。善悪で言えば悪でしょうが……ちゃんと『賢い』選択肢を選べることへの敬意はありますが、軽蔑などしない。俺だって似たようなものだ」

 ランヴァルドは、アンネリエを歓迎したい。自分と同じ発想ができる奴は、自分と手を取り合える可能性がある者なのだから。

「そして……あなたは『しばらく』ネールを利用した後、もう、ネールを殺せなくなる」

 更に、ランヴァルドはアンネリエに『損得』をキッチリ説明していく。

「もしあなたがネールを殺したら、ジレネロストの領主の席は再び空席になるでしょう。そしてその時には、既にジレネロストは交易都市になっている。俺が、そうします。一日に金貨数百枚が行き来するような街にしますよ。……なら、まあ、あなたにとって不都合なことが一気に押し寄せてくる。……分かりますね?」

「……他の領地が、黙っていないでしょうね」

「でしょう?ジレネロスト割譲をせびり出す南部貴族にはいくつか思い当たるものがあるのでは?」

 ランヴァルドが煽れば、アンネリエは渋い顔で『確かに』と頷いた。

「ジレネロストが復活し始めている今この時、ジレネロストを欲する者は多いはず。だが、今ならば……正当にジレネロストを手にすることができるのは、叙勲式で言質を頂いているネールか、国王陛下ご本人だけでしょう」

 そしてランヴァルドが続ければ、これにはイサクも嬉しそうに頷いた。

『今』であるならば、確かに、ネールがこのジレネロストに最も近い。英雄として国王が利用したがっているのであろう、ネールこそが。


「となると……アンネリエさん。あなたがジレネロストにかかわり続けたいなら、選べる道は3つだけだ」

 ランヴァルドは笑顔でアンネリエに迫る。

「国王陛下に取り入るか、数多襲い来る南部貴族の手練れ相手に立ち回ってジレネロストを勝ち取るか……ネールを可愛がってやるか。その3つですよ。どれが簡単かは、お分かりですよね?」

 ……そしてアンネリエは、いよいよ、自分の手が届くものを間近に見て、目を見開いていた。




「アンネリエ。私は賛成しますよ」

 考えるアンネリエに、イサクが横から口を出す。

「この案を呑めば、アンネリエを処分せずに済みそうですのでね」

「イサクさん……」

 アンネリエが、揺れている。もう少し押せば、落ちそうだ。……ランヴァルドの望むとおりに。

「そうですね?マグナス殿。例の文書についてもお考えがおありなのでしょう?」

「はい。例の文書偽造についてですが……」

 イサクがどこか楽し気に尋ねてくるのに、ランヴァルドは自信たっぷり、答えた。

「あれは正式な書状だった、ということにしましょう」


 アンネリエが、ぽかん、としている。イサクは笑い出した。

「後出しにはなりますが、イサクさんがちゃんと認めたことにすれば正式に受理できるはずですし」

「えっ」

「そして俺はそのまま訴えられます」

「え……ええっ!?」

 アンネリエは、遂に声を上げ始めた。……流石の補佐官殿も、ここまで悪辣なことは考えなかったらしい。

「大丈夫です。訴えられたところで、俺が揉み消します」

「そ、そんなことが……」

「可能です。ああ、あなたは知らなくてもいいことですよ」

 ランヴァルドがそう言えば、アンネリエはなんとも言えない困惑の表情を浮かべている。……まあ、この世界は広く、そして深いのだ。アンネリエの知らない裏側くらい、いくらでもある。そしてランヴァルドはそれを知っている、というだけのこと。


「汚れ役は俺が被りますよ。ただその代わり……もう1つ、お願いしたい」

 そしてランヴァルドはいよいよ、笑みを深めた。

「所領は結構です。ただ、俺に貴族位をください」

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― 新着の感想 ―
一緒にやった悪い事、秘密の共有は人を縛り付けるのにはもってこいですからね!!! イサクさんもアンネリエさんもこれでずぶずぶですね!!!! やった!!!!
災害は祀り上げてご機嫌を窺うのが古来からの人間の生存戦略 言葉が通じて可愛らしい災害なんだから上等でしょ
アンネリエさんみたいな優秀な人材を遊ばせておくなんて勿体無いですからね。ネールちゃんの下でキリキリ働いて貰わねば!
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