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クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
第四章:薄っぺらい約束
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薄氷の上*1

「誘拐!?俺が!?」

「お、落ち着いてください!その、リンド夫妻がどうも王都で手続きをしてしまったらしく、その……」

 落ち着けと言われて落ち着けるわけがない。

 何せ、逮捕である。……それが既に提出されているとなると、実質、『こいつは犯罪者です』と公に宣言されていることに他ならない!

「い、いや、流石に早すぎる。大体、今までリンド夫妻からそんな話は聞いていませんよ」

 が、ランヴァルドは疑い深い。落ち着きを失いつつも、一応、リンド夫妻の虚偽申告を疑えるだけの冷静さは残っている。

 のだが……。

「ええ……その、こちらがその、リンド夫妻がお持ちになっていたものです。王都に提出されているものを含めて、正式にこれを確認していただけるのは後日、王都に召喚された後になるので、今はお見せすることだけしかできないのですが……」

 ……アンネリエはそう言って、懐から折りたたまれた紙を取り出した。

「うわあ……」

 ランヴァルドはその紙に目を通す。

 ……どうも、王都で手続きをしたというその書類の控えであるようだ。

 王城で手続きをした書類にだけ押されるはずの印章までしっかりある。ということは間違いなく、王城で手続きが成されたものであろう。

「……まあ、俺が捕らえられることがあっても、ステンティールの領主アレクシス様と、ハイゼルの領主バルトサール様が証人になってくださるはずです。民間人で良ければ、ハイゼオーサにも1人、顔馴染みの宿屋が居ますし……後は、ドラクスローガにも何人か……いや、そもそも国王陛下が……」

 ランヴァルドはぶつぶつと呟きつつ、『いや、大丈夫だ。完全なる名誉回復の方法はほぼ無いにせよ、逮捕後に無罪になる道は望める。それに何より、ここでまだ俺自身が噂を聞いていないんだからまだそれほど広まっていないはず……』などと1つずつ考えていく。

「その、そういうわけで、マグナスさん。近々、王城へ召喚されることになるかと思いますが……」

「あ、あああ……厄介なことになった……いや、仕方がないですね。アンネリエさんにこれを言っても……」

 アンネリエはなんとも言えない顔をしているのだが、ランヴァルドとしては最早何から手を付ければいいのか分からない状態である。全てを放り投げて逃げ出したくなるような厄介ごとだが……仕方がない。

 ……ランヴァルドは深々とため息を吐いた。

 本当に、碌なことが無い!




 ランヴァルドは只々頭を抱えつつ、まずはできることから片付けていく。

 ランヴァルドが王城へ召喚されて『ネール誘拐』の嫌疑を掛けられるということならば……ついでに逮捕までされてしまうというのならば、まずはジレネロスト復興計画を誰かに引き継いでいく必要がある。

 更に言ってしまえば……ネールのことを、誰かに頼んでいかなければならないのだ。

「じゃあ、ネールのことを誰かに頼んでいかないとな。ええと……いや、ご両親が居るのか。いやでも、ご両親に狩りに同行して頂くのはあまりにも……」

 ……案外、ここが悩みどころであった。

 ネールの両親にネールを任せると、ランヴァルドにとっては碌なことが無いだろう。だが、他に任せられるアテも無い。

 強いて言うなら、ここの兵士達に頼んでいくのが一番良いだろうか。彼らならば信頼もおけることだし……。

「それでしたら、私が。しばらくはここへ滞在する予定ですので」

 ……と考えていたところ、アンネリエがそう申し出てくれた。だが、ランヴァルドは苦笑しつつそれを断ることになる。

「いや、私が王城でどれくらいかかるか分かりませんので。王城でも仕事がある方にお任せするわけにはいきませんよ」

「それでしたら、私は休暇ということにしてここに残っても良いのです。ジレネロストは私の故郷でもありますから……」

「それに、あなたに狩りの指揮は厳しいでしょう」

 アンネリエは食い下がってくれたが、ランヴァルドがそう言えば、口籠って俯く。

 ……力になろうとしてくれているのなら、ありがたいのだが。それでもやはり、彼女に任せるのは忍びない。

 何せ、ネールに狩りの指示を出すということは、ネールを死地へ赴かせるということに他ならないのだ。

 ランヴァルドは無慈悲にネールをこき使っている訳だが……そしてネール自身も、死地で全く死なない類の人間なので、何の苦も無くそれを片付けてくる訳だが……それを、ネールを可愛がっている者が同じように指示を出せるか、というと、きっとそれは難しい。

 ランヴァルドはそれが分かっているので、他者にはネールのことをあまり頼みたくない。その点、一緒に狩りに付いてきてくれている兵士達なら、ネールの力を間近に見ているだけに、ネールの能力に見合った仕事をきちんと割り振ることができるだろう、と思われる。


「……それにしても、早かったですね。シモンさんが王都に滞在している間に、よく手続きが終わったものだ」

 ……それから、ランヴァルドは少々落ち着いてきて、ふと、疑問を抱く。

 よく考えたらこれ、かなり怪しくないか、と。




 シモンが馬車でここを出て、王都で荷造りをして戻ってきた、となると……片道で1日を見込む旅路だ。乳飲み子が居る旅程では2日をかけてもいい。となるとやはり、荷造り諸々にかけていた時間は精々、2日程度しか無かったはずである。

 荷造りは元々進めていた、としても……それでも、あまりにも早すぎる。

 アンネリエはなんとも不思議そうな顔をしていたが、ランヴァルドには、この類の願がきちんと受理されて証書になるまでに、5日か7日は掛かるように思われた。

「それに……いや、何でもありません」

 ……そうだ。冷静に考えてみると、やはりおかしい気はする。

 何せ、リンド夫妻が王都で書類の手続きをして、ランヴァルドを逮捕すべく動いていたというのなら、ここへ戻ってきてすぐ、ランヴァルドにそう告げるべきだろうと思われたのだ。

 ここへ戻ってきた時には既に手続きが終わっていたというのならば、『ここでランヴァルドの様子を見て、それによって願を取り下げることも考える』などという猶予も無い。

 そしてやはり、早すぎる。

 ……となると、ランヴァルドが導き出す結論は1つだ。


「ああ……すみません。俺は早速、王都へ戻る準備を始めます。こんなことになり、申し訳ありませんが」

 ランヴァルドは思い出したようにそう言って、さっさとイサクの方へ向かうことにした。




「イサクさん」

「ん?マグナスさん。どうなさいましたか」

 イサクが居る天幕の中へ入れば、イサクは先程アンネリエに言われた書類について、諸々を片付けたところであったようだ。……やはりこの人も、優秀であることは優秀なのだろう。アンネリエの尻に敷かれているようなところもあるようだが。

「1つ、つかぬことをお伺いするのですが……私を逮捕する旨で要請が出ているとか?」

「は!?」

 ……そして、イサクに尋ねてみれば、イサクは素っ頓狂な声を上げた。

「ご存じないですか?」

「ええ、そんな話は全く……」

「成程」

 ……アンネリエも、今しがた、リンド夫妻から話を聞いた、ということだろうか。

 だが、だとしたらアンネリエが最初に報告すべき相手は、当事者であるランヴァルドではなく、上官であるイサクなのでは。

「ところでまたつかぬことをお伺いするのですが、逮捕の願や開業の願など、王城に申請して受理される類の書類に使う印章は、書類の種類によってそれぞれ図柄が異なっていたり?」

 更にランヴァルドがそう尋ねると、イサクは首を傾げた。

「いえ……それらは一律で、受理した者が王城から貸与されている印章を使うので。書類の種によって異なるのではなく、受理した者によって異なる、といった方が良いかもしれませんな。一応、それらは同じ図柄ですが、細部が微妙に異なっているのですよ」

「成程……ところで、イサクさんもその類の印章をお持ちだったり?」

「ええ。国王陛下の使者として各地を回らねばなりませんし、その場で国王陛下の代理として、諸々の決定を行うことも、印章を使うこともございますので」

 イサクの返答を聞きながら、ランヴァルドはいよいよ、核心に迫りつつあるのを感じる。

「では、その印章は普段、アンネリエさんの……」




 だが、そこまでだ。

 しゃっ、と天幕の入り口が開かれて、そこには……息を切らしたネールが居た。

「おいおい……ネール、どうした?」

 話の腰が折られてしまったな、と思いつつ、ランヴァルドはネールと視線を合わせてしゃがみ込む。

 ……体力の塊のようなネールが息を切らしているということは、何かあったのだろう、と思われるので。


「よし、よし、ネール。落ち着いて書け」

 ネールはランヴァルドを引っ張って連れて行こうとしていたのだが、ランヴァルドが紙とペンを手渡せば、『そういえば書けばよかったんだった!』とようやく思い出したらしい。

 慌てて、ネールは紙に文字を書き連ねていく。

 ……元々が拙い書き文字が、急ぐことによって更に読みにくくなっているが、ランヴァルドはそれらを難なく読んで……青ざめた。

『エイナル いせきにはいっちゃった どうしよう!』と。そう、書いてあったのである。


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― 新着の感想 ―
サスペンスとしてもスゴイ面白い!
アンネリエさんなんかきな臭いなー
まだ黒幕がいる可能性もありますが、十中八九犯人はあの人でしょうね。元々古代遺跡の研究員で、実験によってネールちゃんがどれだけ可愛くなったのか調べる為にこんな事を!まぁただの妄想ですが!
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