本物の家族*6
ランヴァルドはネールと共にジレネロスト東部の魔物狩りに出た。
……まあ、特筆すべきことは特に無い。何と言っても、ネールはご機嫌で魔物を狩りに狩っていたし、後は兵士達が処理をしてくれるので。ランヴァルドがわざわざネールに付いてくる意味は、無いのである。本当に。
だが。
「あー……ネール。ご機嫌だな。どうした?」
ネールは、ご機嫌であった。
……ランヴァルドを見ては、にこにこする。魔物を狩って戻ってきたのをランヴァルドが『おお、また仕留めたのか。偉いぞ、ネール』と褒めてやれば、またにこにこする。そうして次の魔物を見つけてすぐ飛んでいくのを見送って……戻ってきたネールを出迎えれば、またにこにこする。
ネールは終始、にこにこしっぱなしであった。
これは一体何なのだろうか、とランヴァルドが訝しんでいると、兵士の1人がこっそり『いやあ、ネールちゃん、マグナスさんが居るからご機嫌ですねえ』と教えてくれた。
教えてくれたのは良いが、何故、ランヴァルドが居るとネールはご機嫌になるのだろうか。そんなにもネールは自分に懐いていたか、とランヴァルドは不思議に思う。
本物の家族が現れて、一緒に暮らせるようになったのだから、ネールはランヴァルドにこだわる必要はもう無いと思うのだが……やはり、ネールの考えることはよく分からない。
「……この調子だと、明日以降はもうちょっと南下していってもよさそうだな」
ネールがすさまじい勢いで魔物を狩っていくものだから、まあ、ジレネロスト東部は今日中に魔物がほぼ居ない土地になってしまうことだろう。
少なくとも、ネールがすぐにピンとくるような大きな魔力を持つ魔物は残らないであろうと思われる。となれば、後に残る弱い魔物の類は、冒険者達に任せてしまった方が効率がいい。
ランヴァルドはネールについてきたここでも、作業の進捗を書き留めておいたり、それを元に今後の予定を前倒しにするにあたって諸々の調整をしたり、と始める。
また魔物を狩ってきたらしいネールは、そんなランヴァルドを見上げて……やはり、にこにこと満足気であった。ランヴァルドが手帳に諸々を書いているのを見て、『これでよし』とでも言うかのように頷いているものだから……ランヴァルドは、『やっぱりこいつのことはよく分からん』と首を傾げるしかないのだった。
ランヴァルド達が戻ると、そこでは丁度、イサクが居た。どうやら、既に到着していたらしい。
「ああ、イサクさん!」
「おお、マグナスさん!いやあ、またこのあたりは随分と賑やかになって!」
イサクは冒険者の一団と話していたのだが、ランヴァルドの姿に気づくと、彼らとの話を笑顔で切り上げて、こちらへ駆け寄ってきた。
「冒険者や商人達が集まってきてくれるおかげですよ。人が集まってきたもんだから、食料やらなにやらの流通も始まりましてね。商人はここに買い付けに来るだけでなく、売りにも来るようになった。良いことです」
……最近は、ここへ来る商人がものを売りに来ることが出てきた。
ネールや冒険者達が集めた魔物の素材を買い取っていくだけでなく、ここに仮住まいしている冒険者達を客にして、薬や包帯、食料や武具の換えなどを売りに来るようになったのだ。
人が集まれば、そこに商売が生まれる。商売が生まれて人と金がより一層流れるようになれば……また、ジレネロストは交易都市として賑わうようになっていくことだろう。
「いやあ、ここまで急激に発展するとはなあ。これには国王陛下もお喜びですよ。やはり、あなたに任せてよかった、と」
「それは畏れ多いことですね。いや、より一層頑張らなければ」
笑顔のイサクに笑顔を返して、ランヴァルドは『まあ、下手すると俺はここの担当を下ろされそうだけどな……』と内心でため息を吐く。
……そうだ。ランヴァルドは今、窮地に居る。まだ、イサクとアンネリエをはじめとする王城の者達は、ネールの両親が現れたことを知らない訳だが……。
少し迷って、ランヴァルドはイサクに話しておくことにした。まあ、隠しておいてもどうせバレることだ。ついでに、隠しておいたらバレた時に心証が悪くなる。そんな危険を冒すだけの利がある訳でもない。素直に吐いてしまった方がいいだろう。
「そうだ、イサクさん。実は……その、ネールのご両親が、見つかりましてね」
……ということで、ランヴァルドはネールに『向こうで解体作業を手伝ってくるように』と命じておいてから、一通り、イサクに概ね真実そのままを話した。
『概ね』というのは、どうも、ランヴァルド自身の主観が混じった時、公平性を欠きそうな気がしたからである。あまりに酷いな、と自分で思うものや確証が無いものについては、ぼかして伝えた。また、『俺の主観が入りそうなので』と、そのあたりは先に断りを入れてある。
むしろ、その断りを先に入れておくことこそが、ランヴァルドの戦略なのである。
「まあ、そういうわけで……少々、参っていまして」
一通り話した後、ランヴァルドはイサクにそう言ってみせた。
「親御さんからしてみれば、私は怪しい他人でしょう。信用できないというお気持ちも分かります。だが私はジレネロストの復興に携わっていたいと思いますし、そのためにはネールの協力が不可欠です。ですが……どうにも、ね」
適当に言葉を濁せば、後はイサクが勝手に勘違いしてくれる。『リンド一家からランヴァルドへ、直接何らかの悪意を向けてくるような何かがあったのだろう』とでも思ってくれるというわけだ。
「それは……あー、心中お察し致します。うーむ……難しい話ですね、これは」
「ええ。とても」
苦笑しつつ、ランヴァルドは視線を地面に落とす。
「……私は、ネールは1人でも生きていけるようになった方がいいと思っていました。私があいつを拾った時には、まあ、金が無くてね。養ってやろう、とは言えなかったもんで……」
事実から拾える情報を限りなく嘘で水増ししながら話しているようなものだが、まあ、一応は事実だ。『養ってやれない』どころか、『こいつで一儲けしよう』がランヴァルドがネールと一緒に居ることにした理由なのだが、そんなことは黙っていれば分からないことである。
「だが、親御さんからしてみれば、あの子は小さな子供でしょう。何故うちの子を危険な場所で働かせるんだ、と言われてしまえば、こっちには返せる言葉が無い」
……ランヴァルドの肌感覚では、どうも、リンド一家はネールを働かせたくないのではなく、むしろ働かせたいだろうな、と思われるのだが……そこはランヴァルドからは見えない部分なので、深くは言及しない。
「それに、まあ……私は他人ですが、あっちは家族だ」
そして最後にため息交じりに吐き出す言葉は、本心だ。
……『家族』とは、ランヴァルドにとっては呪いのようなものである。ランヴァルドの家族も、他人の家族も、本当に……本当に、ランヴァルドにとって、碌なものではない。
「……成程。それはお辛いですね」
「いや、辛いかと言われると、まあ……うん、どちらかと言うと、あちらの方が辛いかもしれませんね。得体の知れない商人に娘が懐いてしまっているんだから」
「いやいや、マグナスさん。向こうよりあなたの方が大変そうですよ。向こうはあなたのことをどうにでもなれと思っているでしょうが、あなたはそうではないようですし……」
そうしてランヴァルドは、イサクを味方に付けてしまうことに成功した。
できればアンネリエも同席しているところでやりたかったのだが、彼女は今、ここに居ない。視察には来ているはずなので、どこか別の個所を見ているのだろうが。
まあいい。アンネリエはあくまでも補佐官。イサクだけでも落とせればこちらのものである。ランヴァルドは内心でひっそり笑う。
だが。
「あー……その、黙っていて申し訳なかったのですが……実は、そのネールさんのご家族、という方々の話は、先に伺っていましてね」
「は?」
イサクが苦笑するのを聞いて、ランヴァルドは背筋が凍るような思いをする。
『先に何か吹き込まれていたんじゃないだろうな』という考えが過ぎり、同時に『やっぱりバレると見込んで先にこちらから話してしまっておいてよかった!』という考えも過ぎり……まるで薄氷の上を歩いているような気分にさせられる。
「今はアンネリエが彼らの話を聞く係を買って出てくれたのでね。任せていますよ。まあ、彼らの話は長くなりそうだったのでね、うん……」
イサクが少々遠い目をしているのを見て、ランヴァルドは『ああ、アンネリエさんも大変だな』と思う。まあ、リンド一家はそういう具合の話をしているのだろう。聞いてみたい気もするが……まあ、概ねランヴァルドについて先に何か吹き込もうとしているのだろうと思われるので、やめておいた方が良いだろう。
ついでに、警戒すべきだ。
イサクは既に、その『長話』を欠片程度には聞いているのだから。
イサクは既に、リンド一家から何かを聞いて、その上で、ランヴァルドを判断することができ……。
だが。
「……ですからね、マグナスさん。あなたは『主観が混じって公正を欠くかもしれない』と仰っていましたが……私の目には、あなたこそ正しいように見えますよ」
イサクがそう言ったのを聞いて、ランヴァルドは拍子抜けする。
「彼らは、あまり良い親だとは言えないのではないかな。うん、私にはそのように思えますな」
「……そう、ですか」
まさか、そんなことを言われるとは思っていなかった。
『実の両親を差し置いて何をしようとしているのか』と言われてもおかしくないだろうと思っていたのだが。
「まあ何はともあれ、マグナスさんは王の御前で大それたことを言ってしまっていますからね!それに、ここまで成果を上げているのです。ここまで来てしまった以上、もう今更逃がしてもらえませんので、お覚悟を!」
「……ははは、嬉しいなあ、それは」
にっこりと笑うイサクを前に、ランヴァルドは少し遅れて笑みを浮かべる。何せ、自分の中に生じたものを、咄嗟に受け止めきれなかったのだ。
「うん……嬉しいな、本当に」
……じわり、と滲むような喜びは、久方ぶりに味わったものだった。
さて。
ネールが解体作業をすいすいと進めていくのを眺めていると。
「ああ、マグナスさん。お戻りになっておられたのですね。お疲れ様です」
アンネリエがやってきた。……リンド一家の長話を聞いていたというのだから、彼女も大変だっただろう。
「そちらもお疲れ様です。イサクさんに先に報告してしまいましたが、まあ、交易地としての発展は概ね順調ですよ」
「ふふ、聞かずとも分かります。ここの様子を見れば、ね」
アンネリエはにこやかにそう言うと……それからイサクに向き直る。
「そしてイサクさん。こちら、王城から届きましたよ。もしかして、例の書類の提出をお忘れでは?」
「うん!?そんなものあったかな!?」
「はい。こちらに」
イサクはアンネリエに手渡されたものに目を通すと、『ええー、聞いていない気がする……でもアンネリエが私に伝え忘れるということは無いだろうし、となると……私が忘れていたのか!』と厭そうな顔をしつつ、ランヴァルドに断りを入れて、しょぼしょぼ、すごすご、と消えていく。
……イサクはイサクでそれなりに重要な立場に居る人間だ。色々と大変なのだろう。そんな大変な時にジレネロストの復興が始まってしまって、余計に大変に違いない。ランヴァルドはイサクに深く同情した。
ランヴァルドとアンネリエが揃ってイサクを見送った後……アンネリエは、ふと声を潜めてランヴァルドに尋ねてきた。
「ところで、マグナスさん。先程、ネールさんのご両親からお話を伺ってきたのですが……」
アンネリエの、少々暗い面持ちを見てランヴァルドは大いに警戒する。『どうか何も無いままでいてくれ』と内心で祈りつつ、アンネリエの言葉を待ち……。
「その、お二人はどうも、マグナスさんの業務を他の方に引き継いでほしい、と思っておいでのようです。ネールさんの傍にあなたを置いておきたくない、とか……」
「……成程」
ランヴァルドは、『やっぱりか』と思いつつ、深くため息を吐いた。そんなランヴァルドを見て、アンネリエは申し訳なさそうな顔で言葉をつづけた。
「勿論、正当性の無いことです。そもそも王命が下ったことですから、そう簡単に覆せるものではありませんし……ただ、お二人がネールさんのご両親でいらっしゃることは間違いないことで……ドラゴンの分の褒賞金は、自分達に権利があるのでは、と……。そのために、裁判も辞さない、と……」
「そうですか。うーん、参ったなあ……」
ランヴァルドとしては、只々『面倒だな!』という思いでいっぱいである。
……ジレネロストの復興業務については、王命である以上、早々はこの立場を奪われることは無いだろう。
だが、ドラゴン殺しの褒賞金については、まあ……両親がその権利を主張すると、非常に面倒である。
「ちなみに、参考までに、なのですが……ドラゴン殺しの分のお金は、今、どこに?」
「……名義はネールの金ですが、管理は私がやっています。ネールの望み通り、ジレネロストの復興を進めるにあたって、まあ、ここの天幕の代金と、冒険者達への支払いと、街道の整備費用と、家屋の建設とその資材の調達と……まあ、とにかくここの復興に片っ端からつぎ込みましたので……」
……何せ、ドラゴン殺しの褒賞金は、その半分程度を既に使用済みである。尚、もう半分は残してあるのだが、それは内緒である。
「そうですか。名義はネールさんのまま、と。分かりました。しかし……困りましたね」
「国王陛下の面子を潰すことはしないでいただけると助かるんですがね」
「ええ、そうですね……」
裁判、となると、どう転ぶか分からないのが痛い。何せ、前例が滅多にないことだろうから。両親と死に別れたと思っていた子供が竜殺しの英雄となり勲章も得て……その後で両親が生きているのが見つかった、など!
だが、最悪の場合、ランヴァルドが『子供を騙して金を独り占めしていた悪人』ということにされかねない。国王がどう考えるかは分からないが、『面倒ごとになるくらいなら、商人1人くらい切り捨てて穏便に済ませてもよい』とでも考えてしまえばそれでおしまいではある。
……こうなってくると、ネールの両親を和解金で手を打たせることも視野に入れるべきだろうか。痛い出費だが、それはそれで諦めも付く。
だが……ネールの両親の後ろには、間違いなく、何者かが居る。
ネールの両親だけを黙らせても、きっと、この話は終わらない。
ということで、ランヴァルドが『さて、どうするか……』と考えていたところ。
「そこで、ですね、マグナスさん……その、大変申し上げにくいのですが」
アンネリエが、更にとんでもないことを言い出した。
「そもそもですね……あなたに子供の誘拐ということで、逮捕の願いが出ておりまして」
……本当に、とんでもないことを言い出したものである!




