本物の家族*5
ランヴァルドは頭を抱えていた。というのも、王都で調査してきてくれた兵士達の報告があまりにも……あまりにも、頭の痛い内容だったので。
「借金まみれ……一体、何をどうやったらこうなるんだ?」
ランヴァルドが見ているのは、王都近郊の金貸し数軒分からかき集めた情報である。兵士が『ランヴァルド・マグナスからの手紙』を渡せば、彼らは喜んで協力してくれたらしい。……まあ、ランヴァルドが今回調査した金貸し達は、それぞれランヴァルドが一枚噛んで『仕事』をしたことがある連中なので。
……そして、彼らが照会してくれた諸々を見て、ランヴァルドは只々、頭を抱えている。
「あいつ……ネールの父親以前に、とんでもないバカってことは確かだな……」
ランヴァルドが見ているのは、シモン・リンドの借金の記録である。
今回調べてもらったのは、シモン・リンドが借金をしているかどうか、であった。
そしてその結果、彼の借金の記録があちこちから出てきたのだ。
いくつかの金貸しから金を借りていて、それら返済は大幅に滞っていたということである。
……これについては、まあ、大方想像がつく。
ジレネロストの領民であった彼らには、3年前のあの日の後、国王からの慈悲ということでまとまった金が与えられたのである。
まあ、要は『この金を使って生活を再建しろ』ということだ。
ついでに言ってしまえば『国王の配下たるジレネロスト領主が生死不明である以上、国王がジレネロスト領民の生活再建の支援を担う』ということで……国王からしてみれば痛い出費だっただろうが、まあ、それのおかげで国王の支持が民衆にも拡大したのは記憶に新しい。
ランヴァルドも当時、悪徳商人としてこの機会に乗り遅れてはならない、と、あちこちで一枚噛んだ覚えがある。……まあ、つまり、まとまった金を急に手に入れて浮かれる元ジレネロストの民を狙って高額な買い物をさせる、という風に。
……そして恐らく、シモンもその類に引っかかったのだろう。急にまとまった金を手に入れてしまって、それで調子に乗って生活の水準を上げてしまったら、元に戻れなくなった。そういうことなのではないだろうか、と推測できる。
これについてランヴァルドは『愚かな』と思わないでもないが、自分もそうした人間達を唆して儲けた側なので何も言えない。
だが、シモン・リンドの借金についてはまあ、ランヴァルドはある程度予想していたのだ。
……つまり、ランヴァルドはまだ、シモン達への疑いを拭いきれていない。『ネールの稼ぎで美味い思いをしたいから、急に親だと名乗り出たんじゃないのか?』と疑っているのだ。
ランヴァルドらしからぬことに、どうにも、割り切ることができていないのかもしれない。本当に珍しいことで、ランヴァルド自身も困惑しているのだが……。
とはいえ、ランヴァルド自身は一応、『まあ、シモンがあくどいことを考えていたとしても、頭は良くはなさそうだ。俺は協力者の立場につけば甘い汁を吸えるから、そのためにもリンド一家のことを調べた方がいい』と思う理性はあるのだが……。
……だが、そんなことも、言っていられなくなった。
それは、金貸しから受け取った記録に、とんでもない事実が記されていたので。
「支払い済み、ってのが余計に怖いんだよなあ、おい」
……シモン・リンドの借金は、一月ほど前のある日を境にして、突如、全額キッチリ支払われているのである。
ランヴァルドは考える。シモン・リンドや妻のヘレーナ・リンドが、急に金を稼いで、急に借金を返済できただろうか、という可能性について。
答えは『否』である。
何せ、彼らにはそんなに稼ぐ能力が無い。
今は冬。一月前だって、十分に冬だ。作物は育たない。小作農がまとまった金を手にすることは不可能だ。ヘレーナが内職の類をしていたとしても、やはり同様であろう。そんなに大きな額は稼げない。
一方で、製材所での仕事は多少、潤っていたかもしれない。何せ、ジレネロスト復興に向けて、資材がかなり動いていたので。……だがそれにしても、雇われ人でしかないシモンにまで、その潤いが一気に行き届くとは思えないのである。
では……例えば、シモンがその製材所の金を盗んだ、というようなことは考えられないだろうか、とも思うのだが、それならシモンがネールを王都へ連れて行こうとした理由が分からない。自分が犯罪者として捜査されているであろう場所に戻る馬鹿は居ないだろう。
……となると、シモンは特に後ろ暗くない理由で金を手に入れた、ということになる。
つまり……。
「……既に誰かが後ろに居るな、こりゃ」
どうも、商売敵の気配がしてきた。そういう訳である。ランヴァルドは頭を抱えた。
シモンが誰かの指示でネールを手に入れようとしているとなると、非常に厄介だ。ランヴァルドは『どうするのがいいか……』と考えるのだが、考えても考えても、良い答えは見つからない。
唯一、それらしいものが見つかったとすると……『ネールをしっかり懐かせておいて、他の人間に尻尾を振らないようにしておく』というくらいだろうか。
だが、ネールは意思ある1人の人間である。
ランヴァルドに多少懐いていたからといって、何から何までランヴァルドの思い通りになってくれるわけではないし、彼女には彼女の思うままに動く能力があるので……まあ、どうしようもない。そういうことだ。
「ああくそ、本当に頭の痛い……」
何より嫌なのは、これが全て思い過ごしである可能性がある、ということである。
シモンは真面目にこつこつと働いて金を貯めていて、それを使って全ての借金を一気に返済したのかもしれないし、何か大きなヤマに当たったという可能性も無いわけではないのだ。一応は。それは、ランヴァルドにも分かっているのだが……。
そうしてランヴァルドが頭を抱えたままぼやいていると、ネールが戻ってきた。その後ろにはリンド一家が居る。どうやら自分達の家を見終えて戻ってきたらしい。シモンやヘレーナの荷物袋が膨らんでいるところを見ると、まだ使えそうな物品は持ってきたのだろう。
「ああ、お帰りネール。……ネール?」
1つ、気になることがあるとすると、ネールの様子だ。ネールは何やら困ったような顔をしていて……ランヴァルドを見上げて、じっ、と見つめてくるのだ。
ランヴァルドは内心で『何だ?ネールの奴、父親に何か吹き込まれたか?』と焦ったのだが、そんなものはおくびたりとも表面に出さないまま、ただ微笑んでネールを見つめ返す。
……そうしていると、ネールは『やっぱりそうだ』とでも言うかのような顔で、うん、うん、と頷いた。……何か、納得したらしい。何にだろうか。全く分からないが。
一方、後ろから来ていたシモンやヘレーナは、ランヴァルドを睨むかのように見てくる。ランヴァルドとしては、彼らと協力することもやぶさかではないのだが!彼らだけでネールを利用するよりも、ランヴァルドが分け前を持っていったとしても、それでもランヴァルドが間に入った方が間違いなく、儲けさせてやれるのだが!
だが……やはり、リンド一家はランヴァルドが嫌いな様子である。ネールにはまだそれらしい様子が無いのが救いか。
「ネール。昼ご飯を食べたら、また王城の兵隊さん達と狩りにいくことになるが、大丈夫か?」
一応、ネールにそう尋ねてやれば、ネールは力強く頷いた。やる気いっぱいらしい。
「あー……俺はここに残る予定だ。今日はイサクさんとアンネリエさんが来る予定でな」
一方のランヴァルドは、ネールの狩りには付いていかない。
ここ最近は、ネールと兵士達だけで行ってきてもらうことも多いので、ランヴァルドはその間、商人達や冒険者達の取りまとめの仕事を片付けられるのだが……。
「……ん?駄目か?」
……何故か、ネールはランヴァルドの服の裾を、きゅ、と握って、じっとランヴァルドを見上げてくるのだ。
どういう意図だろうか、とランヴァルドはネールを見つめ返す。ネール自身も、ネールの中の思いを上手く言葉にできないのかもしれない。何かもじもじして、そのまま俯いてしまった。
「ええとだな、ネール。俺はイサクさんとアンネリエさんと、打ち合わせなきゃならないことがある。まあ、あの人達は一日二日、泊まっていく予定ではあるらしいんだが……」
ちら、とネールの顔を覗き込むが、ネールはランヴァルドの袖を掴んだまま離さない。
……一応、ちら、とシモン達の方も見ておいた。『何かの罠じゃないだろうな』という疑念があるので。
だが、シモン達も困惑している様子を見る限り、これは単に、ネールがランヴァルドを連れていきたいのだろう。なら大きな問題は無い、と思われる。多分。
「……仕方がないな。なら出迎えは兵士の誰かに任せよう。で、イサクさんとアンネリエさんとの打ち合わせは、夜だ。或いは明日でもいいか。それが良いな。うん」
そういう訳で、ランヴァルドはそう決断した。
イサクとアンネリエとは、この後のジレネロストの建設計画を報告および相談する予定だったので、そちらもさっさと済ませてしまいたくはあるが……今はネールの機嫌取りの方が大事だろう。リンド一家が居るので。
……そしてランヴァルドの決定は、正しかったようだ。ネールは顔を上げて、大きな目を円くしてランヴァルドを見上げている。
「で、俺は狩りについていく。お前はその方がいいんだろ?よく分からないが……」
ランヴァルドがそう言ってやれば、ネールは、ほや……と息を吐き出して、それから、満面の笑みで頷き、ぴょこん、と跳んで、ランヴァルドにぎゅうと抱き着いてきたのであった!
「ネール!急にくるな!脚ならいいが、急に胸の高さに来られるとうっかり腰をやりそうだ!」
ランヴァルドはネールに文句を言ってみるのだが、ネールは何やら嬉しそうにきゅうきゅうくっついてくるばかりで人の話を聞いていない。
……だが、まあ、先程までのどこかしょんぼりした様子は見られなくなったので、これで良いとするしかないだろう。仕方がない。今、ネールに離れられてしまうと、ランヴァルドは永遠に、ジレネロストごと全てを失いかねないのだ……。
と、ひとまず決まったのだが。
「あー……ではその間、シモンさん達には天幕でお待ちいただくことになりますが……いや、この近辺なら魔物も少ないので、歩き回って頂いても結構です。村の様子も気になるでしょうし。ただ、新しい家はですね、建設中なのでまだ、すぐに引っ越せる状態ではなくてですね……」
……シモン達、リンド一家を放置することになるので、それはやりづらい。彼らの家を片付けてそこに仮住まいしていてくれ、と言うこともできるが、それをこちらから言うのも躊躇われる。
ランヴァルドがなんとも歯切れの悪いことを言っていると、その言葉の間にも、リンド夫妻は何かひそひそと話し合っていた。
ランヴァルドは完全に蚊帳の外なので『どうしたもんかな』と思っていると……少しして、シモンがようやくこちらを向く。
「分かりました。お気をつけて」
「はい。ネールの安全は我々が必ず……いや、彼女自身が一番強いんですがね……」
……何を相談していたのかは分からないが、まあ、特に何もゴネずに居てくれたのだからまあ、いいだろう。
ランヴァルドは若干の不安を感じつつも、ランヴァルドの脚にしがみ付いてご機嫌のネールを見て、『仕方がないな』と笑うのだった。




