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クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
第四章:薄っぺらい約束
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本物の家族*1

「……娘?」

 ランヴァルドは、頭の中でただ『聞いてない』とだけ思った。

 それ以外のことを何も考えられないほどに、衝撃を受けた。

「ええ……その、3年前、ジレネロストの災害の中ではぐれてしまって、それきりだったのですが……」

 目の前で男は言葉を詰まらせながら話す。

「……死んでしまったと思っていた娘が、ネレイアが、生きているかもしれない、と、聞いて……」

 ……ランヴァルドは茫然としながら、目の前に立つ男を見上げていた。

 苦悩に揺れる海色の瞳は、紛れもなくネールにそっくりだった。




 どうする、と一瞬考えた。

 ここでこの男を帰すわけにはいかない。『竜殺しの英雄ネレイア・リンド』の名は、王城から広まる噂によって各地に届いているのだから。

 人違いだろう、と言うこともできない。ならば本人に会わせてくれ、と言われるだけだろう。

 ……そもそも、ネールは親に会いたがるだろう。死んだと思っていた親が生きているというのなら、ネールは間違いなく、喜ぶ。

 それに、喜ばしいことではないか。死に別れた親子がこうして再会できるかもしれない、というのだから。

 だが……。


 ランヴァルドが答えあぐねている間に、さふさふ、と雪を踏む軽やかな音が背後から聞こえてくる。

 ……振り返るまでもない。こんな軽やかな足音を立てる人物は、ここに1人しか居ないのだから。

「……ネレイア?」

 男が、掠れた声で名を呼ぶ。そして、ランヴァルドのすぐ後ろで止まっていた足音は……一気に、ざっ、と大きな音を立てて前進していく。

 ネールは男の前に立ち、彼の顔をまるで信じられないものでも見るかのような顔で、じっ、と見上げていた。だが……やがて、くしゃ、と表情が歪む。

 ……そして、ネールは男の胸へと飛び込んでいった。

「ネレイア!ああ……!」

 ネールは彼女の父親と抱き合って、声を出さずにただ泣いていた。

 ……感動の再会だ。ランヴァルドは静かに、2人の再会を見守っていた。




 そこからは、凄まじい速度で情報が流れていった。

 ネールは父親との再会を心の底から喜んでいる様子であったし、それを見つけた兵士達も、『よかったなあ』『よかったなあ、ネールちゃん』と皆、喜んでいた。

 更には、集まっていた冒険者や商人達にも、『ああ!ネールちゃんのお父さんが見つかったらしい!』とすぐ評判になった。……ここ数週間の間に、ネールはすっかり人気者になってしまっているのだ!強くて可愛いこの小さな生き物は、誰からも好かれる運命にあるらしい。

 そうして多くの人々から再会を祝福されたネールは、父親にきゅうきゅうと抱き着いたまま泣いて、泣いて……そうしてようやく落ち着いたところで。

「ネレイア?どうしたんだい」

 ネールは父親の袖を遠慮がちに引っ張って、そっと導くと……ランヴァルドのところへやってきた。

 困る。ランヴァルドとしては、父親を連れてこられても、困る。

 色々と思うところはあるのだが、それら抜きにしても……ランヴァルドは今の今まで、ネールを相当に便利に利用してきた。ついでにネールの父親からしてみれば、ランヴァルドは自分の娘を誘拐したようなものだと思えるかもしれないのだ。実際、ネールの父はランヴァルドに何とも言えない戸惑いの視線を向けている。

 ……こんな立場の悪徳商人に実の父親を引き合わされても、困るのである!


「初めまして。ランヴァルド・マグナスと申します」

 だが、引き合わされてしまった以上、ランヴァルドは腹を括った。悪徳商人は面の皮が厚い。化けの皮もまた、厚いのだ。

「しがない旅商人ですが、今は王命を受けてジレネロストの復興に当たっています。……ネールとは、ハイゼル領の東で彼女を保護して以来、一緒に旅をしています」

 誠実で信頼できる人間に見えるよう、ランヴァルドはそれらしく笑って、ネールの父に手を差し出す。ネールの父は戸惑いながらも、ランヴァルドの手を握った。

「ああ、ええと、私はシモン・リンドです。ネレイアの父親で……元は狩人をやっていました。3年前に娘と生き別れてからは、王都近郊の畑と製材所で働いていました」

 ランヴァルドは笑って、シモンの海色の瞳を見つめ返す。……立ち上がって向かい合ってみれば、シモンはランヴァルドよりも背が低い。南部人らしい風貌だ。少し痩せて見えるが、生活は苦しいのかもしれない。

 その表情には未だ、娘との再会の喜び以上に困惑が強い。まあそれはそうだろうな、とランヴァルドは思いつつ……早速、悪徳商人として、情報を買い叩くことにした。

「ここは冷えますし、天幕の中へ入りましょうか。お聞きしたいことが山ほどありますので……ええと、それから、ネールの活躍についても是非、お聞かせしたいので。……な、ネール」

 ランヴァルドがネールを見て微笑めば、ネールは満面の笑みで、こくこく、と頷いた。

 それを良いことに、ランヴァルドは早速、『どうぞこちらへ』とシモンを連れていく。シモンは困惑した様子ではあったが、ネールとランヴァルドとににこにこ連れていかれてしまえば抵抗できるはずもない。結局、3人は手頃な天幕の中に入って、そこで話をすることになったのであった。




 それから、ランヴァルドがまずはペラペラと喋りに喋った。

 途中で茶を淹れたり、商人が最近持ってきた菓子類を出したりしたものの、主にはひたすら、喋っていた。

 ……語るのはネールの英雄譚だ。ハイゼルの古代遺跡の件は話せないが、魔物狩りでとてつもない成果を上げていたことや、ステンティールで岩石竜を倒したこと、そして華々しい竜殺しのくだり……果ては、王城での叙勲式の様子まで。

 シモンは、自分の娘の話だと思えないような顔でそれらを聞いていた。ぽかん、という言葉が正に相応しい。

 それと同時に、ネールはもじもじと照れた様子であったし、3年ぶりに会った父親相手に、まだ少々ぎこちない様子を見せていた。

 まあ、そんな状態のネールとシモンを相手に、ランヴァルドはひたすら話しに話したのだが……。

「そういう訳で、まあ、ネールはそんな調子でした。私が知らない間は、1人でカルカウッド東にある魔獣の森の魔物狩りをして生きていたようですが……そうだな?ネール」

 ランヴァルドが尋ねれば、ネールはこくんと頷いて、ふや、と笑った。ランヴァルドもそれに笑い返してやって、それから改めて、シモンを見る。

「それで……ネールは恐らく、あなたの話も聞きたいのではないかと思いますよ。何せ、3年も会えていなかった家族ですから。是非、お聞かせください」

 ……彼の情報は、一欠片も逃したくない。ランヴァルドは内心でそう、強く思った。




 それから、シモンは3年前から今までの出来事を話し始めた。

 ……あの日、魔物が出たと聞いても、まさかジレネロスト全域がそうなっているとは思わなかったということ。

 それ故に、シモンはネールを家に残し、妻と2人、魔物退治に出たということ。

 しかし、予想に反して魔物の数は異様なまでに多く、シモンも妻も避難を余儀なくされて……家へネールを助けに向かうことができなくなってしまったということ。

 そうしている内にジレネロストの領主の兵がやってきて、村の方への立ち入り禁止を言い渡されてしまい、いよいよネールを迎えに行けなくなってしまったこと。

 兵士にネールの救助を依頼したが、結局、その兵士達も戻ってこなかったこと。

 ……そんな話を聞いて、ネールはしょんぼりとしていた。『もう大丈夫だよ』というように、横に座ったシモンの顔をじっと見上げていた。

「……それから私と妻は、王都郊外の入植者の募集に応募して、そこで暮らすようになりました。王都に居れば、ジレネロストの情報は入ってきやすいと思ったので」

 シモンはそんな話をしながら、ふと、自分を見上げるネールを見て、『そういえば』というように目を瞬いた。

「その……ネレイアは、声が?」

「ええ。私が出会った時には、既に。……ということは、声が出なくなったのは3年前の災害以降、ということか?なあネール、そういうことか?」

 ランヴァルドがネールに尋ねれば、ネールはペンと紙を手に取り、『おへや もえた すったら あつかった やけど』と書き綴って見せてくる。

 ……ランヴァルドは、『成程な。火事の時の火を吸い込んで喉が焼けたか』と理解して声に出してやれば、ネールはこくこくと頷いた。

 ネールが昔は喋っていたのだろう、ということは、なんとなく分かっていた。文字の読み書きを練習する間にも、ネールは口を動かしていることがあったので。あれはつまり、声を出していたことがあった、ということなのだろう。

 一方で、シモンはネールの手元を見ていた。『字が書けるようになったんだな……』と呟いているところを見ると、やはり彼は、ネールは読み書きができないものと思っていたようだ。ネールは『読み書きできるよ!』とばかり、自慢げに胸を張っていた。


「それにしても、驚いたな、ネレイア。まさか自分の娘が勲章をもらっているなんて。……立派になったものだ」

 それからシモンは、ネールを褒め称える。ネールはなんとも嬉しそうににこにこしているが……。

「ネールの強さは当時からのものではなかったのですか?」

 ふと、気になってランヴァルドはそう、何気なくシモンに尋ねてみた。

「ええ、まあ……片鱗は、ありましたがね……うん。物怖じしない子ではありましたが、まさか、勲章をもらうほどの戦士になるとは思っても居なかった」

 シモンは少々言葉を詰まらせながらもそう言って、ネールに笑いかけた。ネールもまた、嬉しそうに笑い返している。


 ……シモンは、ネール自身が天性の狩人であることを本当に知らなかったのだろうか。

 ネールは魔獣の森で生き抜いていたのだから、恐らく、3年前の当時でも相当に強かったはず。ならば……むしろ、ネールは連れて行った方が、安全だったようにも思うのだが。




 それからしばらくすれば、もう辺りは薄暗くなってくる。広場では大鍋で大量の煮込みが作られ、それが皆に振る舞われる。ランヴァルドは兵士達と諸々の確認を行いつつ夕食を摂り、一方のネールは久しぶりに父親と一緒の食事を楽しんでいるらしかった。

 ……2人の様子を見ていると、やはり、ぎこちなさはある。何せ、3年間の隔たりがあった親子だ。ぎこちなくもなるだろう。

 だが、『お母さんとも、すぐに会える』『今まで辛い思いをさせたね』とネールに話しかけるシモンは、なんとかネールの父親としての自分を思い出そうとしているように見えたし、ネールもまた、娘であったことを思い出そうとしているかのようで、まあ、健気なことであった。


 夕食後、ネールとシモンには天幕を1つ、貸し与えた。というのも……ネールはどうも、シモンもランヴァルドも一緒に寝ようとしていたようなのだ!流石にそれは気まずいにもほどがある、と慄いたランヴァルドは、即座にネールを言いくるめ、『今まで離れてた分、お父さんとゆっくりすごしなさい』と2人を天幕に押し込んだのだ。


 ……そうしてランヴァルドは随分と久しぶりに、1人きりの部屋に居ることになる。

 ネールの居ない天幕の中、ただ1人、ランヴァルドが何をしていたかといえば……小さな明かりを点けて『それ』を読んでいた。

 日記だ。ネールの生家にあったものである。




 ……ずっと、不思議だったのだ。

 ネールの生家には、本があった。つまり、『本を読む』者が居たことになる。

 日記が書かれていたところから考えても、まあ、ネールの両親が読んでいた本なのだろう。つまり……ネールの両親は、文字を読むことができていた。

 だがネールは、ランヴァルドと出会った時には文字を読むことはできなかったのだ。かろうじて『ネール』とだけは書けるようだったが、『ネレイア・リンド』を書くことはできない程度に、読み書きに不自由していたのである。

 ……ジレネロストで災害があったのは、3年前。ネールは今も幼くはあるが、それでも、3年前なら既に、文字を教えても良い年頃であったはずである。

 文字を読み書きできる両親に育てられたはずなのに、何故かネールは読み書きができなかった。それがずっと、不思議だった。

 ……だが、その理由はこの日記を読んで、なんとなく察せられた。


 日記から読み取れたのは、穏やかで敬虔な狩人の父。優しく慎ましやかな母。そして……突然変わってしまったネールの姿だった。

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― 新着の感想 ―
あまり考えたくはありませんが、ネールちゃんをあえて置き去りにした可能性もありますよね… 突然変わってしまったネールちゃんっていうのが、可愛さマシマシお肌ぷにぷにになったとかなら良いのですが!
おお、本物の父親だった!? しかしそうなると、日記の内容が気になりますね。両親とネールの間に何があったのか。 そして母親は? 先を読むのが楽しみなような、怖いような。ちょっと複雑な気持ちで次回の更新を…
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