蘇る町*5
そうして更に一週間もすれば、噂を聞きつけた商人やら冒険者やらがやってくるようになった。
……商人はまあ、予想していた。『ジレネロストで狩った魔物の毛皮です』と言って売っていたし、売る時に『その内ジレネロストを復興させるので、早ければ2週間後にも物品の流通を行えるようにしたい』などという話もしていたので。
が、冒険者達がぞろぞろとやってくることについては、ランヴァルドは全く予想していなかったのであった!
「成程な、確かに考えれば分かること……いや、分からん。なんだこれ」
ランヴァルドは、嬉々として山へ踏み入っていく冒険者達を見送って、『あいつらの死体を後で発見するのは御免なんだが……』と頭を抱えた。
……冒険者らがここへやってきた理由は至極簡単。『ジレネロストで魔物が狩れると聞いたので』だ。
ジレネロスト産の、品質の良い毛皮が売られるようになった、とハイゼルで聞きかじった冒険者達は、どうやら、『どうもジレネロストの魔物は狩りやすくなったらしい』と判断したようなのだ。
実際には、今生き残っている魔物の中にはまだまだ、とんでもない強さのものが潜んでいる。ネールが日々凄まじい速度で魔物を狩ってはいるものの、それだけで元居た魔物を狩り尽くすことなどできるはずもない。数は当然、減っているが……それも、全体の数が分からない以上、どの程度減ったものか、判断できない。
つまり、まあ、魔物は別に、弱体化していない。魔物狩りが簡単になったというわけでもない。毛皮が流通しているのは、単にネールが強すぎるだけなのだ!
それ故にランヴァルドは、そこらの冒険者達がジレネロストへやってくるようになるとは予想していなかったのだが……彼らがランヴァルドの予想以上に愚かで向こう見ずだったために、今、こうして多くの人が集まってきている。
ランヴァルドはこれを見て……瞬時に、判断した。
この人数をただ野放しにして死なせるのは惜しいぞ、と。
ということで。
「ああ、冒険者達か。悪いが、ジレネロストの開拓業務は、こちらのネレイア・リンド嬢が国王陛下より直々に賜った任務でな。魔物狩りをするなら、一度こちらを通してくれ。厄介ごとは御免だろ?」
ランヴァルドは、冒険者達にそう声を掛けた。ランヴァルドの隣では、金剣勲章を胸に輝かせたネールがちょっぴり人見知りしながら佇んでいる。
……こんな2人組なので、冒険者達はまともにこちらに取り合おうとはしない。
なので。
「よし、ネール。彼らを殺さないように上手いことやっちまえ。1人か2人でいいぞ」
ランヴァルドはそう、さらりと命じた。
……途端、ネールの姿が掻き消える。
ランヴァルドは『魔法を使わずにこれか。腕を上げたな、おい』と内心で舌を巻く思いであるが、そもそも冒険者達の大半は、ネールが消えたことにすら気づいていない。
……そして。
「うわっ!?」
どさり、と音がして、冒険者達の1人が倒れる。上から降ってきたネールに、思い切り蹴りを食らわされたのだ。
ネールの小さく軽い体で蹴られたとしてもさしたる重症ではないだろうが……否、首の筋を間違いなくやっている。ランヴァルドは『後で治癒の魔法を使ってやるか。有料で』と決めた。
「お、おい!何が起き……ぎゃっ!」
更にもう1人。今度は、膝のあたりにネールの体当たりを食らってそのまま転倒する。
……ここまで来ると、流石の冒険者達も存分に警戒した。だが、ネールはそんな彼らの警戒を嘲笑うが如く、最奥に居た1人……後衛の射手であろう者から矢筒を奪い取ってしまったのである。
ランヴァルドは『こいつ、暗殺や魔物狩りだけじゃなくてスリの天才でもあったか』と感心しつつ、戻ってきたネールの手から矢筒を受け取った。
さて。
ぽかん、としていたり、緊張や怒りに表情を強張らせていたり。そんな彼らを静かに見渡して、ランヴァルドはもう一度言う。
「聞こえなかったか?厄介ごとにしたくなかったら、こっちで諸々、手続きしてくれ」
ランヴァルドの隣には先程同様ネールが居るが、ネールの目は油断なく冒険者達を見ている。
……そうして、冒険者達は大人しく言うことを聞くようになった。物事をまともに考えない手合いは、分かりやすくこちらの力を示して支配してやるのが手っ取り早い。ランヴァルド1人ではまず使えない手段だが、ネールが居ると、それがこんなにも簡単だ。
「ジレネロストの魔力の元は絶ったが、未だ、魔力が染み付いていることは確かだ。それに、元々いた魔物も駆除し終わってない。時が経てば生き残っている魔物も徐々に魔力が抜けて弱体化していくかもしれないが、少なくとも今の時点じゃ、カルカウッド東にある魔獣の森の最深部より酷いぞ、ジレネロストは」
冒険者達にも分かりやすく説明してやると、流石に冒険者達は自分達の愚かしさを理解したらしい。結構なことだ。
「だが、ここから西の方……ハイゼル方面と、あと、王都へ向かう方面か。そっちについては、ネールがかなり狩ったんでな。魔力が多少弱まった土地で新たに生まれた魔物は居るだろうが、酷く厄介なのはそうそう出てこないだろうよ。狩りに行くならそっちをお勧めする」
ランヴァルドは、彼ら冒険者を排除したい訳ではない。むしろ、彼らには是非、安全圏を広げる手伝いをしてほしいところだ。
彼らが歩き回るようになれば、人間の領域が広がっていく。魔物が遠慮して立ち入らなくなる区域が増えるだろう。
「もしそっちで魔物を狩ったら、素材はここで俺が買い取ろう。見たところ、あんた達は馬車の類を持っていないみたいだ。なら、ハイゼルまで運ぶのは骨だろ?できるだけ高値で買うよ」
ついでに、彼らが狩ってきた魔物の素材をランヴァルドが全て買い上げるようにしていけば……儲かる。ついでに、今後のジレネロストでの商売を全て、ランヴァルドが掌握することもできるはずである!
「宿は……まあ、ここの天幕を使うなら、声を掛けてくれ。融通する。尤も、金は多少貰うがな。それで良ければ、王城の兵士達と……それに、このネレイア・リンドが一緒に野営している安全な場所での野営を提供できるぞ」
更に宿代も吹っかけてみるが、経験の多い冒険者ほど、このありがたみは分かるはずだ。案の定、冒険者達からは不満の声は出なかった。もし宿代に不満があるならば、勝手に離れた場所で魔物に怯えながら野営するなり、半日かけてハイゼルへ戻るなりすればいいのである。
「そういうわけで、天幕を使うなら台帳に記入を。宿代は天幕1つで銀貨1枚だ」
……そうして、ランヴァルドはぼちぼち吹っかけた値段を提示しながらも、冒険者達を取り込んでいくことに成功したのであった!
冒険者達が来るようになってから、また一週間ほど。
その間もネールによって、南の方の魔物狩りが進んでいた。
元々大量に居た魔物を狩っていくのは中々骨である。だがそれでも、ネールが居るから大分楽になっているものはあるだろう。
「よし。これで今日の儲けは魔物20体分か。……で、冒険者達が持ってくる毛皮は今日は4枚くらいだろうな。小さいのを大量に持ってくる可能性もあるが……」
ランヴァルドは兵士達に指示を出して魔物の死体を運んでもらいつつ、勘定を始める。
冒険者や商人達が来るようになって、ランヴァルドは益々忙しい。冒険者達からは魔物の素材を買い取り、商人達にはそれらと、ネールが狩ってきた分とを売り捌くのだ。
冒険者達には是非、ここに居付いてほしいので、そこそこの高値で買っている。一方、商人達にもここに居付いてほしいので、相場より安く売っている。……損をしそうなギリギリの綱渡りだが、王城からの補助金があるのでなんとかなっている。
一方で、宿代はそれなりにちゃんともらうことにしている。というのも、『天幕の数が足りないから』だ。
……なので、『ちゃんとした宿は今建設しているが、それができたら今より安く快適にここで寝泊まりできるぞ』と言って回っている。
それを聞いた冒険者達は『ふーん』程度であったが、商人達は、『ならば資材をここに持ってくれば売れるか?』『建設に携わる人材を斡旋しようか?』と商魂たくましく動いてくれる。
ランヴァルドが狙ったのは、これであった。
不便があるところに商機がある。商人達が動けば、人も金も資材も動く。
そうして諸々が動き、流れるようになっていけば……ジレネロストはより一層、交易路としての力を増していくという訳である。
今は多少損を取ってでも、ジレネロストの発展を進めたい。それがいずれ、ランヴァルドの莫大な利益へと繋がっていくのだから。
……そうして商人や冒険者がちらほらと行き来するようになったジレネロストには、また別の客もやってきた。
「マグナスさん!ネールさん!お久しぶりです!」
視察および監視に来たイサクとアンネリエだ。
「お久しぶりです。そちらお二人は、お変わりなく?」
「ああ。おかげ様でね。いや、それにしてもすごいな!ここは既に、小さな宿場のようだ!」
やってきたイサクは、周囲を一通り見回しては笑みと感嘆のため息を零す。
……彼の言う通り、ここは既に1つの集落のようになっている。ネールや王城の兵士達が常に誰かしらか滞在している天幕の群れ。魔物も最早、このあたりには全く寄り付かず、安全が保たれている。
安全が保たれるようになって、商人がやってくるようになり、彼らが買いに来るだけでなく売りにも来るようになり、そうこうしている内に、『建設の仕事があると聞いて』とやってきた者達が住み始め……。
「もうすぐネールの家ができます。やっと、こいつの夢が1つ叶いそうです」
今、ネールの家が完成しつつある。
「わあ、これ、ネールさんのお家なんですね!」
アンネリエが歓声を上げる中、ネールはちょっぴり胸を張っている。『自分のお家!』という気分なのだろうか。
「竜殺しの英雄の家にしては、少々慎ましやかですね。うーん、もっと大きな屋敷を建ててもよかったのでは?」
イサクはちんまりとした家を見て首を傾げていたが、ネールは『これがいいの!』とばかり、むっ、としている。
……家は、ネールの元々の家の大きさを概ねそのまま再現している。つまり、まあ、ちんまりとして慎ましやかな家だ。
ランヴァルドも、ネールの家として立派な家を建ててやることも考えた。だがネールはやはりこれがいいらしい。ランヴァルドとしても気持ちは分かるので、ネールの家はちんまりとしたものになったのであった。
……小さい方が早く建てられる、という目論見もある。
「それにしても本当に賑やかになりましたね。我々も広報活動を行ってはいますが……まさか、これほどの短期間で、これほどに人が集まるようになるとは」
「広報?」
ふと、イサクがそんなことを言ったのでランヴァルドは思わず聞き返す。するとイサクは笑って頷いた。
「ええ。我々としても、是非、このジレネロストを人の手に取り戻したいのです。ですから、まあ、人をすぐさま集めることはできずとも、せめて話題に上るようにはしよう、と」
……どうやら、彼もまた、ジレネロストの為に働いてくれていたらしい。ありがたいことである。
「『ドラゴン殺しの英雄ネレイア・リンド』については、既に王都に名が広まっていますよ。逸話には事欠きませんからね。暗い情勢を明るくしてくれる、善い話題です」
イサクがにこにこと続けると、ネールは少々照れたようにもじもじした。それを見たアンネリエが『かわいい!』とにこにこしている。
「そういう訳で、この地はネールさんによって守られている、と印象づけられてきているのではないかと。まあ、それ以上にネールさんとマグナスさんの働きによるところが大きいのでしょうが……」
「いえ。人の噂になることの力は私も良く知るところです。ありがたい。今後も是非、よろしくお願いします」
ランヴァルドは笑ってイサクの手を握る。この、人の良い使者は味方につけておくと中々ことを有利に運べそうであった。
……そうして、イサクとアンネリエは『案外、天幕も居心地が良いですね……』と一晩野営同然に泊まっていき、それから翌朝、『時々様子を見に来ますので』と帰っていった。
彼らは王城に今のジレネロストの様子を報告するのだろうが……まあ、然程心配は要らないだろう。
唯一、アンネリエが元々ジレネロストの出身だった、という話に気になるところはあるが、だからどうだ、ということも無い。ランヴァルドは『ま、清く正しく見えるようにやってりゃいいだろ』と、翌日以降もまた、ジレネロストに生まれつつある小さな町の運営に奔走するのだった。
……だが、唐突に、とんでもないことは起こるものである。
「あの……すみません」
「ああ、はい、何でしょうか」
その日も、広場に出した『受付』の机に向かって台帳の管理を行っていたランヴァルドの元に、声をかけてくる者が居た。
……顔を上げたランヴァルドは、目の前に立っていた中年の男を見て、ふと、違和感を覚える。何せ、冒険者にも商人にも見えない。
そして何より……鳶色の髪はさておき、その、海のような青い瞳には見覚えがある。
まさか、と思うランヴァルドを前にして、その男は言った。
「ここに、娘が……ネレイア・リンドという女の子が居ると聞いて来たのですが……」