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拙の聖女学院《ヒーラーアカデミア》

作者: 黒岩ルイ


「この子は聖女になれません」


 拙が聞いた中で、二番目にショックだった言葉は、まだ幼い頃にかけられたように思う。


 聖女。


 この世界において人を救うカリスマを、人は聖女と呼び称える。男女の性差の都合上、人を癒す魔法は女性にしか使えない。だから人を癒す魔法使いは聖女と呼ばれ、女性だけに限定された存在なのだ。


「どうしても?」


 震える声で問うたのは拙ではなかった。魔法の才能を見出す教会において、一緒についてきた姉のモノ。お姉ちゃんは、拙がどんなに聖女に憧れ、その未来を望んだか痛いほどに知っている。なにせ、自分が学院でも優秀な聖女見習いの魔法使いであるが故に。


 一夜が明けた。


 公爵の屋敷の拙の部屋で、拙ではなくお姉ちゃんが泣き続け、拙の胸に頭部を埋めていた。ごめんなさいと。申し訳ないと。一語一句は正しくないけれど、お姉ちゃんの懺悔は一晩中続いた。この身が手にした魔法のキャパは、一人分の治癒能力のみ。つまり自分という人間しか治癒できない限界。


 それを強く意識すると、とてもではないが胸が張り裂けそうだ。あんなにも可憐で壮大で優しく涼やかなカリスマが……拙からはとても遠いというディスタンスに。


 聖女学院。


 魔法の才能がある女性に開かれた学術機関は、拙にはとても叩けば開く門ではなかった。


「いたッ……」


 乙女に近くなり、常に自己修復を続ける傍ら。けれど拙はナイフで指を切っていた。その切り傷は瞬く間に治るも、同じことを他者に出来るわけでもない。自分の肉体は幾らでも治せるのに、その原理が他者には通じない。


 聖女とは怪我、病、呪詛から他者を癒す奇跡の徒であり、他者を治せない治癒魔法使いを聖女とは呼ばない。


「う……ぐ……」


 公爵の家に産まれ。何にも恵まれて育った十数年。けれど一番欲しいものを拙は持たず。その栄光を一身に受けているお姉ちゃんへの羨望は、時間を経るほどに憎悪と嫉妬にすり替わる。そのことが嫌だった。大好きなお姉ちゃんを、自分の都合で嫌いになるなんて、そんな不条理を味わいたくは無かった。けれど、でも、なんでお姉ちゃんに出来ることが拙に出来ないのか。鬱屈するには至極当然だった。


 王都には至高の聖女がいる。闇夜の聖女と呼ばれる奇跡の存在。すでに四百年を生きているという聖女の中の聖女。拙の最も憧れた聖女で、彼女のようになりたかった。闇夜の聖女のように皆を救って感謝され、そんな愛おしい感情の渦に包まれながら生きて見たかった。けれど拙に出来るのは自己保存だけで。


「……はぁ」


 聖女学院への学術入学試験も近づいている。治癒魔法への知識に関して言えば、拙は誰より詳しいだろう。ペーパーテストだけなら満点をとれるかもしれない。聖女に憧れ、誰よりも愛される聖女になる。そのために幼い頃から聖女になるための知識は貪欲に修めていた。けれど、そんなことが何の意味もないと知る絶望は希望を塗りつぶして余りある。


「アイネ……」


「いいですね。お姉ちゃんは。誰かのために魔法を使えて」


 嫉妬による言葉じゃなかった。それは羨望に満ちた声。だから何よりお姉ちゃんに刺さってしまった。決して悲しませる気は無かった。けれど無力ゆえにルサンチマンは才あるものを焼かずにはいられない。


「あ、ははは、あははははは」


 拙には才能が無かった。聖女になるための才能が。その治癒魔法はいかな傷をも治せない。まして病や呪詛など癒しようがない。ソレを納得させるのに、さらに一年の時間を必要とした。






    ***






「闇夜の聖女が下町に降りるらしいぞ」


 そんな噂が駆け抜ける。


 シュテルン王国の王城にて保護されている大陸最高の聖女。闇夜の聖女は時折下々の前に姿を現して、ボランティアのように癒して回る。単純に闇夜の聖女の治癒を受けるには政治的な承認と莫大な治療費を必要とする。そのカリスマ性は、一国で収まるレベルですらない。


 見たかった。


 美術館で見た絵画ではなく。商人の話のネタではなく。聖女学院の生徒らによるピンク色の妄想でもなく。この目で闇夜の聖女を見てみたい。


 気付けば公爵の屋敷から飛び出していた。貧民街に行けば闇夜の聖女に逢える。サインを貰おう。なにか話してみよう。すっかり諦めた聖女の道でも、なにか消えつつも残った残滓のような夢の炎が少しだけ熱を増す。


 一目見たい。


 あのどんな致命傷からも治癒してしまうという奇跡の聖女を。


 それ故に、誰からも愛されるという闇夜の聖女を。


 下町は既に人垣ができていた。道を作るように多くの人間が水平に二つのラインを形成し、その大名行列のように羨望する我が国の住民が、馬車の窓から見える聖女の少し影の差す笑顔を見て感激していた。簾が馬車の窓に取り付けられていて、顔の下半分しか見えなかったけど、それでも一挙手一投足が伝説を思わせるほどに優美で静謐で魅力に満ちている。


「闇夜の聖女様!」


 大名行列。その聖女と、聖女を護衛する百名騎士団の列を、一人の妊婦が止めた。青ざめた顔。膨らんだお腹。その意図は透けている。


「聖女様! 是非とも我が子に祝福を!」


 妊婦にとって聖女による魔法の行使は安産にも繋がる重要な要因だ。けれども普通は聖女にそれを依頼すると法外な請求がかかる。今こうして闇夜の聖女が庶民の前に降り立ったのが、あるいは吉なのだろう。


「どけぃ! 妊婦!」


 百名騎士団の一人が剣を抜いて威嚇する。そもそも闇夜の聖女に魔法を使わせるには、政治的な理由が無い。ある意味で唐突に現れた妊婦の安産祈願すらも、考慮には値しないのだ。


「闇夜の聖女様は貴様如きに至高の魔法を授けるような安い御方ではない!」


 警告するように騎士が吐き捨てると、


「いえ。いいでしょう。魔法くらい使いますよ」


 馬車の中から透き通るような声が聞こえた。闇夜の聖女様だ。フワリと重力が軽そうな仕草で地面に立つと、闇夜の聖女様の姿が現れる。綺麗な銀色の髪。四百年も聖女のトップに君臨していながら、その外見年齢は今も十代のソレ。可憐。静謐。とても十代では獲得しえない落ち着いた笑みを、けれども童めいた若い御尊貌で表現してみせる。


 豪奢なドレスによって包まれた聖女様の威容は、まさに聖人と呼ぶにふさわしい。


「貴女のお子さんが無事産まれますように」


 騎士団の制止を手の平の所作で牽制し、聖女様は妊婦の前に立つ。魔力が駆動し、フォトンが蛍のようにチラチラと立ち上っては消えていく。治癒魔法だ。光子に包まれた妊婦が感激に瞳を潤ませる。


「ありがとうございます! このことは一生忘れません!」


「それは嬉しいですね。今度はお子さんと一緒に逢いに来てください」


「はい。はい。はい」


 何度も感謝に頷いて、妊婦さんは重そうなお腹を抱えて離れていく。


 穏やかに笑む聖女様の、その笑顔に魅かれて拙はフラリとそちらへ歩き出す。まるで誘蛾灯に惹かれる虫のように。


「なんだ小娘。近づくな」


 剣が突き付けられる。その鋭い切っ先に冷や汗が出る。けれども、聞かねばならないことがある。


「聖女様!」


「はい。なんでしょう?」


「治癒魔法が使えなくても! 聖女になれますか!」


 馬鹿なことを聞いた、と思う。拙の拙い願いに、シンと沈黙が下りた。一瞬白けたような空気が支配した後、それは大笑によって打ち破られた。


 騎士も民衆も、ここにいる全ての人間が笑った。


 治癒魔法が使えないのに聖女になれるのか。その矛盾した疑問の滑稽さに、誰も彼もが笑った。


 拙は儚い希望を手繰るように尋ねた質問は、あるいは笑われる以外に使い道がなかったらしい。






    ***






 惨めだった。あの場にいることもできず、拙は逃げ出した。公爵令嬢ではあるけども、そんな貴族の立場をあそこで掲げられるほど肝は太くない。


 治癒魔法を使えない人間は聖女になれない。


 分かっていたはずじゃないか。すでに拙の素質は他者に治癒を施せる段階にないことは。


 けど。それでも。笑わないでほしかった。否定しないでほしかった。


 嘘でも「頑張れば夢は叶う」と言ってくれれば、あるいは拙も救われたのか。


 トボトボと惨めに歩いていると、


「やあ。乙女よ。元気がないね?」


 こっちの気落ちを汲み取って誰とも知らぬお姉さんが声をかけてくれる。金髪でお茶目な雰囲気のお姉さんだ。とてもキャピッとした軽そうなオーラだけど、どこかの誰かと重ねて見えそうな。


「いえ。その。ほっといて下さい」


「まぁまぁそう言わず。なんならチリコンカンおごるよ? 一緒に食べよう」


 出店のチリコンカンを二人分買って、一つを拙によこす。


「笑われたね」


「いたんですか? あの場に?」


「うん。まぁ。中々剛毅ではあった。治癒魔法を使えないのに聖女になりたい……か」


 チリコンカンを咀嚼しつつ、お姉さんは苦笑する。


「変ですよね」


「否定はしないよ。ここで安い同情を言っても説得力無いし。でも」


「でも?」


「聞いてもいいかな? なんで聖女に?」


「承認欲求が人より強いんですよ」


「それでも限度がありそうだけど」


 あはは、と拙は笑う。


「闇夜の聖女様に助けられたことがあって」


「あー」


「あんなに鮮やかに怪我を治してくれる聖女様に憧れて。だから聞いたんです。拙も聖女になれるでしょうかって」


「聖女様はなんて?」


「待ってるって。拙が聖女になって闇夜の聖女様の隣に立つ日を」


「うん」


 でも、拙には才能が無い。


 人間には二つのスピードがある。


 修復速度。


 崩壊速度。


 生まれた頃は前者の速度が速く、年を経るごとに後者の速度が速くなっていく。


 この二つが両立して、人は成長し老化していくのだけど、まれに魔法という形でこのスピードに干渉する異常なスキルが存在する。それが魔法。女性は修復速度に干渉して、人の肉体を癒すことが出来る。逆に男性は崩壊速度に干渉して人を傷付けることが出来る。


 なので優秀な聖女になると自分の修復速度を強化して数百年生きても若い姿のままというのもザラだ。


 そんな魔法の素養を拙は持っていても、その出力があまりに残念。自分の修復速度に干渉することが出来ても、そのリソースを他者に注ぐことが出来ない。


「なるほどねー」


 チリコンカンを食べ終わると、お姉さんは喫茶店に入った。


「お姉さんは……」


「オールナイトっていうんだけど」


 お姉さん……オールナイトはカフェオレを嗜みつつ、拙の自虐に付き合ってくれた。


「たしかにそれで聖女になるっていうのは絶望的かもしれないけど」


「オールナイトもそう思うの?」


「安い同情はしないようにしてるの」


「無理……か」


「でも笑われるようなことは貴女はしていない」


「治癒魔法を使えなくて聖女を目指しているのに?」


「どんな無謀な願いでも、笑われていい夢なんてないんだよ?」


 カチリと受け皿にコーヒーカップを戻し、穏やかにオールナイトは笑っていた。


「ありがとうございます……」


「いいの。私が貴女と話したかっただけだから」


 さっき大衆の前で笑われた拙を心配したのだろうか。そうなら少しうれしい。


「オールナイトも聖女なので?」


「そうね。そのようなもの」


「人を助けるって、どんな感じです?」


「嬉しいよ。誰かのためになれるって能力は、それだけで救いになる。あなたの前では憚られるけど、けれどもそれが本音でもある」


 そう言って苦笑した。


 だから拙はやっぱり力なく笑った。


 ああ、この人はいい人だ。


「おい」


 そうしてオールナイトとお茶をしていると、一人の男性がこっちを睨みやっていた。


「何か?」


「グレイトフルデッド」


 声をかけられて、答えたオールナイトに、男の魔法が襲い掛かった。衝撃波が駆け抜け、彼女の肉体を崩壊魔法が圧搾する。


「聖女は殺す」


 男の目に光は無かった。まるで夢遊病のように虚ろにオールナイトを見つめ、そして殺すのだと暗い瞳が語っている。その男の放った衝撃波から拙は余波を浴びて、けれども自己修復魔法によって事なきを得る。その拙の隣で、オールナイトは不屈に無事だった。けれどもそこにいるのはお茶目で優しい金髪のお姉さんオールナイトではなく、銀色の髪に静謐な表情を宿す乙女で。その御尊貌はこの国……あるいはこの大陸にいるのなら誰もが知っている。


 闇夜の聖女。


「オールナイトって呼んでくれると嬉しいな」


 けれども、お茶目具合は変わらないようで。


「オールナイトが……闇夜の聖女様?」


「からかったつもりはないんだよ? あそこまで真摯に聖女を目指すあなたと話がしたかった」


「嘲笑っていたの? 闇夜の聖女様の名前を隠して……」


「違う。違うよ。私は貴女の名前を聞きたかったの。どうしてそこまで……と」


「無様な拙を見下して悦に入っていたの……?」


「だから違うと」


 聖女様が、拙に何を思っていたのか。それは聖女様にしか知りようがない。本当に拙を嘲笑っていないのなら、では何故他人のフリをしてまで拙に声をかけたのか?


「ひ、はは、ははは。お前、闇夜の聖女様か?」


 ひどく暗黒めいた視線で、いきなり襲撃した男は、自分が喧嘩を売った相手を認識する。闇夜の聖女様。オールナイトは不敵に笑う。


「誰に喧嘩を売ったのかはわかったみたいね。けれど本当に現実を認識しているのかな」


 どんな攻撃からも再生する闇夜の聖女様は、この大陸でも比肩するものが少ないほどの不滅性を有する。彼女を殺す算段をするくらいなら国を滅ぼした方がまだしもコスト的に安価だという噂すら流れるくらいだ。


「上等だ!」


 嗜虐的に笑むと、男は次なる魔法を構成する。


「ホワイトアルバム!」


 急に凍えるような冷気が辺りを包み、そうして空間が氷結する。


 魔法使いが行使する崩壊魔法は四つに分類される。


 火。氷。風。雷。


 いわゆる物質を生み出す魔法は現在確認されず。エネルギー干渉が魔法の主だ。


 呼吸するだけで肺さえ凍る冷気に、けれどもオールナイトは無事息災。


「で?」


 たしかにそれで殺せるほど容易くもないのだろうけど。艶やかな銀色の髪は、一つも損なうことなく輝いている。


「だったらこれだ。レッドホットチリペッパー!」


 今度は火炎が猛った。その業火は、オールナイトではなく、少しズレて拙を狙う。あっさりと暴虐を起こした炎は、どうにも対処の難しい拙を焼こうと襲い掛かり、


「――ガッ」


 その拙を庇ったオールナイトを焼いた。もちろん修復は可能だろう。けれども何故か。オールナイトの修復が遅い。灼熱で燃える周囲の状況を見渡して、それから拙は悟る。


「まさか」


 喫茶店にて巻き込まれた人間全てに治癒を施しているのか。たしかに先の衝撃波も凍結も火炎も、すべて店ごと巻き込んでいる。じゃあ何故こうまでの暴虐に、拙らが無事なのか。簡単な話だ。オールナイトが癒している。


「ひゃは。ひゃははは」


 その理屈を男の方でも納得したのだろう。グッと拳を握ると、男は最悪の魔法を行使する。


「キングクリムゾン」


 神火がその場に具現した。もはや物質であることを許さないような熱量が辺りを消し飛ばし、そして燃やし尽くす。呆然として立ち尽くしている拙の視界の中で、その暴力は閃光となって目を焼き、そして視覚を取り戻すとそこには消えた喫茶店と、クレーターが出来上がっていた。なのに巻き込まれた衆人は一人として怪我をしていない。一人。闇夜の聖女様オールナイトを除いて。


「ゲホッ」


 吐血。咳込んで血を吐き、そうやってオールナイトは倒れる。


「オールナイト!」


 拙は焼き焦げたオールナイトの悲惨な身体を抱き上げる。どこまでいっても闇夜の聖女様は至高で、博愛で、神妙だった。周囲の人間を救うために自己へのリソースを割く。その自罰めいた魔法の使い方に拙は戦慄する。聖女とはここまでの覚悟を持つ者かと。


「ま、人間の限界ってやつでね」


 肉体を焼かれた聖女様の息絶え絶えな声が聞こえてくる。


「さすがに四百年も生きていると肉体の崩壊速度もかなりのものだ。もう全盛期に比べると私が他者に回せる修復魔法のリソースはそんなに多くないんだよ」


 考えたことも無かったが、確かに言われる通りだ。人間の肉体は歳負うごとに崩壊が早まる。聖女であれば自分の修復魔法で若さを保てても、その崩壊速度に見合うだけのリソースを要求される。どれほど桁違いのキャパを持っていても、オールナイトの自己崩壊がこの四百年で加速する速度はあまりといえばあまりだろう。けれど、そんな自分を見捨ててまでオールナイトは周囲の人間を癒す。


「あ……あ……あ……」


 まるで両手で掬った水が零れ落ちるように、拙の抱き上げたオールナイトが腕の中で弱っていく。その脆さに拙は息を呑む。こんなにも人に優しい聖女の性根を拙は疑ったのか。


「ごめんね。揶揄うつもりじゃなかった。ただ私を真摯に見つめて聖女を渇望する貴女と話がしてみたかった。その思うところを。希望と絶望を。余さず受け止めたかった」


 だから拙に声をかけた。自分を慕ってくれる才能のない聖女志望がいったい何を思っているのか。どんな思想を持って他者に笑われているのか。


「ああ、けれど。それさえも貴女には皮肉か」


 どんどん老化していくオールナイト。その弱体化に拙は納得がいかない。こうまでして他者を救うオールナイトが、ここで力尽きて倒れる様を拙は見たくなどないのだ。


「癒せ。まるで月がそうであるように。陽がそうであるように。星の命よ。ここにあれ」


 呪文。術式の構築。


 拙には魔法を使うだけのキャパがある。けれどもそのリソースが全て自分に向けられている。つまり意図的に自分を救っているのだ。では、その自分を助けている干渉魔法を全て他者に向ければどうなるか。


「ガッ……ハッ……!」


 吐血した。当たり前だ。


 拙の修復魔法は全て自分に向けられて均衡を保てるレベル。その自分の修復を、今拙はオールナイトの修復に回している。それによって得られる結果など分かりきっている。つまり自分の崩壊。


 眩暈がする。内臓が弱る。視界が血に染まる。脳の機能が停止する。


 それでも。なお。オールナイトを死なせない。


「縫えよ命の縫合。称えよ魂の賛歌。我は此処にて生命を救う」


 ありったけの修復をオールナイトに捧げる。その意味するところを、もう拙は考えられない。ただ彼女を救えるのなら、今はそれでいい。


「――――――――」


 オールナイトが何かを叫んだ。けれどもその声も遠い。聴覚にすら支障をきたすほど、既に拙の肉体は崩壊の一途をたどっている。


 でも、これでいい。


 拙は聖女になりたかった。


 それは人を救うこと。であればここで朽ちようとするオールナイトを救うのはとても聖女らしい行いだ。簡単なことだった。自分さえ勘定に入れなければ、拙はこんなにも人を救えるのだ。そのことがとても誇らしい。


 血を吐く。意識が遠のく。肉体が崩壊していく。でもこんな聖女にもなれない存在が生き延びるより、オールナイトのような聖女が生きた方が、まだしも世界にはプラスで。そのためならここで散っても構わない。崩壊速度が極みに達した拙は、そこで意識を失う。






    ***






「…………」


 気が付けば、病院のベッドの上だった。目を覚ますとお姉ちゃんが感極まって抱きしめてきた。相当無理をしたのはわかる。けれど拙はなぜ生きているのか。聞けば王家が抱えている聖女を総動員して拙を修復してのけたという。そうまでされる義理を拙は感じていないんだけど。


 肉体にはあの時の感触が残っている。オールナイトを救った時の感触。オールナイトはアレ以降無事息災で、今も聖女として問題ないとか。拙が救った甲斐がある。


 聖女学院の入試はもう今年度の機会は終わっていた。まぁそれでも拙が受かるとは思えなかったけど。


「聖女……か」


 お姉ちゃんも帰って、一人病室で寝ている拙は、窓から外を見る。別に星空くらいしか見えないんだけど、そうでもしないと自分の無意味さに納得できない。


 聖女学院に通って立派な聖女になる。その夢に破れて、拙はどうすればいいのか。


「他の貴族と結婚とか?」


 まぁこれでも公爵令嬢なので、政治的には在りえるのだろうけど。


「ハーイ! イノシン酸!」


 なわけで窓から風景を見て自虐していると、意味の分からない言動とともに金髪のお姉さんが現れた。もちろんオールナイトだ。一応病院に聖女が来るのは問題なので、姿を変えているのだろう。


「どうも。息災で何よりです」


「ブラボー!」


 で、そんな拙をオールナイトは抱きしめた。


「あの……?」


「助けられました。私は貴女に助けられました」


「意味のない拙が生きるより、闇夜の聖女様が生きていた方が有益だから」


「そういうだろうと思っていたけどさ。自分が何をしたのかはわかってる?」


「自殺?」


「癒しだよ」


 何かしましたか?


「あの時、アイネは自分の命を捨ててまで私を助けてくれた。だから私も、私を貴女に捧げよう」


 そんな重い物を、拙に背負わせて何をしたいのか。


「とりあえずは、はい」


 カバンから取り出した書類を、オールナイトは拙に突きつける。書かれている文面は聖女学院への入学手続き。


「これ……は……」


 聖女学院。それは国内の聖女を育成するための学業機関。


「あんなにも人を救える貴女が、聖女になれない理由もないだろう?」


「でも、拙は……」


 魔法のキャパがあまりに残念だ。


「魔法なんて関係ないよ」


 なのにオールナイトは笑顔で拙を見つめるのだ。


「人を救いたいという心。それこそが聖女に必要な素質。そして貴女はソレを私に示してみせた。実際に私を救ってみせた。これは変えられない事実だ」


 スッとオールナイトの右手が、拙に左頬に添えられる。


「だからこれは闇夜の聖女としての命令だ。そして望みだ」


 拙の頬を優しく撫でる。


「立派な聖女になるんだよ。そして私を超える聖女になってくれ」


「あ……あ……あ……」


 とっさに零れた涙はいったい何のために在ったのか。人に認められるのってこんなにも心を揺さぶることだったのか。


「君は……聖女になれるんだよ。こんなにも私を救ってくれた君だからこそ」


 だから拙は聖女になるための一歩を、もうあの時に踏み出していたんだ。


 拙が聞いた中で、一番ショックだった言葉は、きっとこの言葉だった。


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