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第4話 帰路とメアリーの授業

(7)「マンション」への帰路


 バスが発車し、大通りから右へ曲がり雑踏とした街中を通ると、かつての商業ビル群だったが現在は倒壊してそのままになっているビルが多くなっていく。ここらへんはまだ開発が放置されたままの地域だ。


 その道路上のがれきは最低限取り除き、割れた道路を土などである程度平らに舗装した道を、がたごとと土埃を立てながら走り、倒壊したビルとビルの谷間をバスは通る。


 途中途中のバス停で降車ボタンが鳴らされ、様々な人々が乗り降りしていくが、降りる人間の方が多く乗客が段々減っていく。なにせこの先の終点は「壁」のゲート前で、そう用事があって行くようなところではない。


 そう窓の外を見ているといつの間にか俺に俺の住まいである「マンション」が車窓から見えてきた。俺は降車ボタンを押し、バスはしばらくすると止まり扉を開く。

 


 走り去るバスを後ろに、倒壊した真っ黒なビル群が両脇に立ち並ぶの中で、焼け焦げで真っ黒く変色し、ところによっては数千度の洗礼を受け鉄筋が溶け出した部分があるビル群の谷間を歩く。


 そして周囲よりはかなりマシな状態な、倒壊せず補強や多少リフォームがされてる俺の住まいである「マンション」に、割れたプラスチック板で無理やり補強している扉を開いて入る。


 ヒビの入ったところどころ危なっかしい階段を上り4階の自分の部屋へと戻り、「登山」用の作業靴を脱ぐ。


 スリッパに履き替え寝室に入ると、疲労がどっと出たようで、急に身体が重くなったように、ベッドに倒れるように寝ころんだ。


 それにしてもあの家庭用ロボ、30万は堅いと思っていたのに、20万とはちょっと買い叩かれたかなと失敗したとか考えていると、そういえばここのところ仕事の後やってた到達度テストを見ていないなと思い、「メアリー、ステータスオープン」と声をかける。


 「ピレネー、仕事の方おつかれさま。結果は結構良かったわよ?」という言葉とともに、首に付けているチョーカー型個人端末が俺の脳神経とリンクする。


 連動させているスマートコンタクトレンズで擬似的に空中に投影されたスクリーンにメニューが開き、「トレーニング」の項目に目を合わしさらに「ミドルスクール」を視線で選ぶと、今の学習の進捗状況と、この前の定期テストの結果が表示された。


 一応は手ごたえがあったので自信はあったが、評定はBプラスが4つ、Aマイナーが1つで、報酬として11ポイントが得られた。


 また目標に近づけたと嬉しくなって喜びを隠せないでいると、バディAIであるメアリーから「おめでとうございます、ピレネーはすごく頑張っていましたものね、良かったわ」と祝い褒める言葉を言われ、さらに有頂天になった。


 「ピレネー、Cプラス判定の『現代社会A』についてもう一度学びますか?個人的には学び直すのをおすすめします。そうすれば再試験できるし、今度こそAプラスを取りましょう?」とメアリーが言う。


 俺は「そうか、それじゃ頼むよ」と頼んでDiveすると、講義をメアリーはし始めた。


(8)「現代社会A」のメアリーの講義


「21世紀前半まで、世界は私達の知っているこのような、自由で幸福な戦争の無い平和な『グローバルソサエティ』とは違いました。『国家』と呼ばれる、暴力での『権力』で人々を支配する存在が、世界中をバラバラに無秩序に各地を支配していました」と、確かに聴いた覚えがある内容だと思い出す。


「『国家』という存在は、人々を『国民』としてあらゆる事について支配し、国境を作って人々を分断し、人々のあらゆる自由を束縛して制限しました。また暴力により生命を脅かし、財産の権利も大きく侵害したり取り上げたりして、世界中の人々は抑圧され搾取されていました」とメアリーは講義口調で言った。


 その言葉が終わる瞬間、Diveビジョン、まるで居合わせるかのような感覚を得られる没入型のDive映像で、自分もその一人であるかのように感じて、そこに臨場しているように感じる空間が広がる。


 ごみごみした街頭に集まる大勢の人々に対し、ガードマンのような黒い制服を着た者達が発砲し絶叫が響くシーン。切り替わり、貧しさで飢えて道路に転がる子供達がざらにいる街中の暗い雰囲気。


 さらにシーンが切り替わり、作業着のような、特殊な制服を着た人間達が、エンターテイメント番組で見かけるような大量の銃弾を機関砲から発射して、その先に居る、異なる制服を着た人々を撃ち殺され、逆に次の瞬間、爆発で機関砲を撃ちまくってた人々が吹き飛ばされて血だらけのバラバラの肉片が飛び散るシーン。


 そして、真っ白な世界にも戻ったが、当時の紙媒体らしき、無数の灰色の紙がまき散っていて、それには「虐殺」「戦争」「粛清」「原爆投下」「飢餓」「独裁」「衝突」「世界大戦」「公開処刑」「強制収容所」「弾圧」…などの、今では歴史の教科書でこのように見かけるくらいの古い単語が使われた様々な見出しの灰色の紙が花吹雪のように舞って俺を中心に舞っているのを、こう没入した状態で見るのは2度目なのにも関わらず、俺は圧倒された。


「『国家』は人々のためにある、『人民の、人民による、人民のための政治』…そのような言葉で、『政治』という名で自分たちの権力による支配を正統化しました」とメアリーは少し冬会館を隠せないように言った。


「それ以外にも国家は人々に、例えばデモクラシズムやリベラリズム、ソーシャリズム、コミュニズム、ナショナリズム、ファシズム、ミリタリズムなどといった『イデオロギー』や、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、仏教などの『宗教』により、『政治』という名の暴力による支配を正当化しました」とメアリーは語気を荒げ、俺は多分この部分は重要で、再提出のレポートで書いた方がいいな、と思いながら聴いた。


「そしてバラバラな各国家は人が人を殺す『戦争』という愚行を繰り返し、各『国家』は罪のない人々に銃や爆弾を持たせて、お互いに戦い合わせ殺し殺される戦場へと送り込み死なせ、21世紀前半までに、二度の世界大戦で罪のない数千万人の人々が殺し合いで死にました。そして21世紀前半も何も学ぶ事がなく、悲劇が繰り返されました」とメアリーは怒りを隠せないように言いながら、言葉を切った。


 そして次の瞬間、俺はどうやら21世紀前半のどこかの街が投影される空間へDive先が変わったようだ。と、あの場面だ!と全身の身の毛がよだつ感じがし、「やめろ!!!」と叫んだ。


 崩れもしていないノーストウキョウのような綺麗なコンクリのビル群が遠くに見える、子供達が遊ぶ公園らしきところで、母親達と思われる女性らが顔をひそめて深刻そうに何かを話している。


 と、その瞬間、凄まじい閃光とともに轟音が俺を包み…俺は、視覚と聴覚、嗅覚のDiveしかしていない状態のようで、眩しさと轟音しか感じないが、先ほどの子供も、母親と思われる女性らも、ものすごい悲鳴を上げながら身体が恐ろしい業火に包まれ、しゃがみ込むように身体を折って黒炭へと変わっていく。そして猛烈な爆風が襲う中、切り替わり、真っ白な世界へ戻った。


「2033年12月23日、標準時間で23時07分、世界各地のいがみ合う『国家』達が、ついには地球を何度も破壊できるほどの大量の核兵器…主にプルトニウムなど放射性物質の核分裂反応を利用した非人道的兵器ですが、それをお互いに相手の主要都市へとミサイルなどで発射し、第三次世界大戦が起きました。人々は誰も戦争などしたくもないのにも関わらず、核戦争は何も産み出さず勝者などいないのにも関わらず、『国家』の都合で、です」とメアリーはとても悲しげに怒りを押さえるかのように言葉を震わせて言った。


「結果は、わずか数時間でミサイルの打ち合いが終わり、世界中で何の罪もない人々が、約9億人がその爆発で瞬時に、そしてその後も1年間以内に放射性障害と飢餓による餓死で、さらに約32億人が死ぬことになりました。『国家』はいくつかは残っていたものの、ほとんどは崩壊し、残された人々は絶望し、『国家』の無い、平和で戦争のない世界を望みました」


 そう、暗く沈んだ声で言うメアリーを、思わず慰めたくなったが、次はまた違う追体験にdiveし、焼け焦げボロボロの、建物のほとんどが倒壊し、黒焦げの夥しい死体がそこら中に転がっている、黒い雨の中、俺は居た。


 嗅覚の追体験もオンなため、猛烈ななんとも言えない吐き気が襲う人間の黒焦げた死臭を感じ、このレッスンにDiveするのは二度目にも関わらず吐きそうになった。


「そして生き残った人々は、もう『国家』はいらない、飢えたり殺し合う事をしたくないと『国家』の廃止を求め、かろうじて残存していた『国家』も力はなく、5年間の混乱期を経て、『社会』の構築が行われました」と少し冷静さを取り戻したようにメアリーは言う。


「できあがったこの社会、グローバルソサエティは、さらにいくつかの混乱を伴った改革を経ながら、2041年10月23日、世界各地の、残存していた国家政府、残存していた地方自治体、既に国家が崩壊していた地域の有力者が集まって、完全な終戦宣言と国家の解体を宣言する、話し合われた都市である名を取って、『ノヴォシビルスク平和議定書』がなされました」


「その後2041年12日23日、第三次世界大戦の追悼日に、現在の『原初契約』に基づく、俗称で『統一法典』と俗に呼ばれる『ルールブックス』によって形成される社会の原型が作られ、市民社会の中でも、審判を唯一行える地位である、『統一機構』が設立されました」と、いったんメアリーは誇らしげに言いながら、ふと気が付いたように言葉を切った。


「ピレネー、吐き気は大丈夫ですか?」と周囲のヴィジョンを宇宙空間で地球を見下ろすような形に変更して、メアリーは心配げに気遣ってくれた。

「大丈夫だよ、続きをお願い」と気持ちが落ち着いてきたので頼むと、「分かりました」といい、メアリーは講義の続きを始めた。


「そのような『国家』とは異なった、様々なな各社会集団をファースト・コントラクト…『原初契約』から導き出される契約に基づき、各人や各社会集団の揉め事を調停する役割を持つ『統一機構』、通称『ユニティ』が成立しました」と遠い目をしながらメアリーは言う。


「そのように、私達は、イデオロギーや宗教から自由な、かつイデオロギーにしろ宗教にしろ、それを個人で信じるのはグローバルソサエティを否定しない限りは自由である、各人と各社会集団によるあらゆる枠組みの無い、理想の『グローバルソサエティ』、国家の無い市民社会の成立した新時代が始まりました」と言い、メアリーはまるで祈るような誇り高く思うような口調で言った。

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