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亡国の王都シリウス

 進展のない盗賊団セフィナのアジト探しとファクトの知り合い探し。他の依頼をこなしつつ、何か手掛かりの一つでも見つかれば幸運だ。そんな空気が漂い始めた頃、ティミアが朗報を持って帰って来た。なんとファクトの知り合いだという精霊を海上で見つけたと言うのだ。


「ステリアって言う精霊なんだけど、詳しい話をするための条件って言って幾つか出されたんだ。」


 亡国ナズムの王都シリウスに来ること、風の精霊ミラも必ず同行させること、必要最低限の人数で来ること。ナズムは海に面していない国だった。ステリアと出会ったのは海上だというのに、なぜわざわざ内陸に待ち合わせ場所を設定するのか。なぜ風の精霊ミラが必要なのか。なぜ魔物の巣窟と化しているナズムの王都に呼び出しているのに最小限の人数と指定するのか。

 幾つもの疑問が脳内を駆け巡る傭兵団の面々に対し、ミラは一言だけ放つ。


「従いましょう。」


 理由も何も教えないまま、決定事項のように告げた。しかしそれに異論がない人ばかりではない。まずアンが自分と契約しているのに一柱で向かうつもりかと抗議を入れ、ナズムなら自分にも関係があるはずだとナイアも声を上げた。たったたった二人と一柱で行くなんて無謀とカイトスも口を挟む。


「他の人間なんて連れて行かないわ。プレウラなら構わないけど。そうね、セタスならステリアも興味を持つかもしれないわね。ああ、ナイアはナズム出身だったかしら。特例として認めてあげる。」


 譲歩する気など一切なさそうだ。行き先は滅んでしまったナズム王国の王都シリウス。ナイアとアンが冷静に探していた理由を説明できるか分からず、ミラも理解しているか怪しい。言葉を発することのないセタスに説明は不可能だ。だからこそカイトスは冷静に自分たちの目的や要望を伝えられる人を傭兵団の代表として同行させたかった。

 食い下がるカイトスの言葉は届かず、ミラはナイア、アン、セタスを連れて船を出る。カイトスにはナイアの説明できるという言葉を信じるしかなかった。ミラの同行が絶対条件であった疑問も解消されないまま、ファクトの知り合いだというステリアを迎えに行く。分かっていそうなミラにも追及できないままに。



 少々厳しい王都までの道のりも、ミラの精霊としての力を最大限に生かす形で通り抜ける。こんな人のいない場所に情報屋ファクトからも情報収集に長けていると言われる人物がいるとは思えない。そう一瞬思ってしまう一行だったが、その人物というのが精霊なら話は別だ。ステリアならと一切疑うことをしないミラもここで何かが得られると確信している。

 ミラが先陣を切り、ナイアが零れた敵を排除する。アンが全員の安全のために術を発動し、セタスがアンを守る。そんな連携で一行は進んだ。魔物の群れが落ち着いた所で、ナイアはステリアについて尋ねる。


「星の精霊ステリア。最も古い精霊と言われている存在よ。始まりの精霊、星のステリア。色々な呼び方があるの。この世界で私より古い精霊はもうステリアだけになってしまったわ。」


 ナイアとアンにとっては懐かしい場所を行く。ここで失ったものも多く、思い出すのも辛い出来事だって沢山あった。そのせいかアンの顔色は徐々に悪くなっていく。何が起きたのか瓦礫の山ばかり、近づくにつれて建物らしい建物もないことに気付く。看板を見ればそこに何かが建っていたと、ここがもう亡国王都の街中なのだと分かるが、それだけだ。その看板も薄れて読めない物が多く、何が建っていたのかは分からない。

 見るも無残な思い出の場所。まだ歩けてこそいたが、とうとうアンが躓いて転んでしまった。立ち上がれず、その手も足も震えている。それは単に疲れのためだけではなかった。


「私、ここ、知ってる。」


 亡国の王女アンは幼い頃、ここで暮らしていたはずだ。城はもはや跡形もなく、ここに建っていたと聞かされなければ分からないほどの惨状。最初からここが崖であったかのように、大きな円状の空洞が空いてしまっている。その穴を見下ろすように、アンは語り出す。自分が死んだその日のことを。


 アンはその日、兄リラと共に出かける約束をしていた。城下町からも離れて自然と戯れよう、王子と王女ではなくただの子どものように遊んでみようと。両親に見つかれば怒られるだろうけど、きっと楽しいから。そんな小さな企みに手を貸してくれたのが、ナズム王国の戦闘指導教官スピカ。彼の協力が得られるのは城下町と外の世界を隔てる、魔物から身を守るための壁を出てから。待ち合わせ場所は門の近くだ。二人は自分たちを縛り付ける城の者たちから身を隠し、王族だけが知る秘密の通路まで用いて、城下へ降りた。

 青い空の下、自分たちを縛り付ける牢獄を見上げる。健在だった王都シリウスの城、青い空に映える白と灰の塔。美しいと感じる心もないまま、二人は待ち合わせ場所へと急いだ。しかしその歩みを阻む者が現れる。おそらくは両親のどちらかが手配した追っ手。二人に自由などなかった。

 いくら戦闘訓練を受け始めているとはいえ、まだ実際に武器を手に取ったことはない二人だ。戦いを本職としている人間に敵うはずもない。怪我一つなく二人は保護されてしまう。不服そうな二人が護衛の必要性を説かれている時、地響きが王都シリウスを襲った。

 聳え立っていた塔が低くなる。地面が落ちていく。自分たちの今立っている足元さえ、崩れていく。護衛のおかげで二人は城下町を守っていた壁の外へと逃れることができたが、多くの者はそのまま落ちて行っただろう。ひとまず安全な所へ。そんな護衛の声に従い、二人はシリウスの周囲を移動する。その道中、二人は両親と合流した。


「ああ、良かった。この悲劇を、終わらせなければならない。それが、王族としての務めだ。」


 父は跡形もない王都を見た。母は二人を真っ直ぐに見据えた。


「生贄を、欲しているわ。」


 誰が欲しているのか。そんなことを聞く暇もなく、二人は自分たちを守っていたはずの護衛に捕らえられる。死の淵が自分を呼んでいる。そんな恐怖から抵抗するアンの耳には、この災厄が治まりますように、世界樹の怒りが鎮まりますように、という祈りの声が聞こえていた。

 牢獄はもうない。安心して眠れた寝室もない。かつて自分たちのいた王宮の破片が沈んでいるだけ。そんな場所に連れて行かれる。大きな空洞、深い闇。生贄が捧げられるという安堵の言葉を聞いて、どこか現実味を欠く兄の悲鳴を眺めた。次はあなたの番、とアンもまた地の底へと落とされる。

 気付けばアンと兄は浮かんでいた。アンは光の精霊として、リラは闇の精霊として。自分のこともなぜそこにいるのかも分からなかった。しかし目の前の存在が精霊であること、そしてその名前だけはなぜか分かった。互いの名を呼び、二柱はそれを互いの存在の証とした。闇の精霊は新たな自分の誕生だと受け入れ、アンに感謝と愛情をと告げ、この世界を旅するとその場を去る。光の精霊はともかくその場にいたくないと穴の底から飛び出した。しかし淵から穴の底を見た時、自分が生きていることに疑問を抱いてしまった。自分は落ちて死に、悲劇を終わらせるはずではなかったか。何も覚えていないのに、生きていることだけは自分の感覚と合致しなかった。

 アンは再び目覚める。今度こそ、何も分からず、生きているという自覚もないまま、ただ王都の近くを放浪した。


 震えるアンは王都を見据える。その時の記憶を見ているように、自らの心を抉るように。


「その時にね、ミラが見つけてくれたの。一緒に過ごしましょう、って。」


 手足と声の震えもミラの話になった途端収まる。林檎と桃の果樹園にミラの思い出が宿っている。そんな話を聞いた時、ミラも大切な何かを亡くしているのだと感じた。自分が何かを亡くしているという自覚もないまま、そう無意識に思っていた。

 思い出話に意識を取られていると、一行の足元に不思議な文様が浮かんだ。ついで針葉樹の葉のような物や岩の欠片のような物が突き刺さる。慌てて戦闘姿勢を整えようにもなぜか体が動かない。そこに嘲笑が降りた。


「勝負は付いたよ。殺す気なら殺せたね。」


 動けなかったのは一秒ほど。しかし戦闘における一秒は生死を分ける大きなもの。それを深く理解しているナイアには一言も反論できなかった。そんな彼らを見下すような視線で見上げるのは花を散らす少女。腕の一振りで周辺に突き刺さった葉や岩を消す時も、頭の花冠は一切ずれることがない。赤い髪に白い花冠がよく映える一方、青い目は冷たい色を宿していた。

 動けるようになっても一行は攻撃を仕掛けられない。勝負は既についている。殺せるのに殺さなかったということは殺し合いたいわけではないということ。しかし攻撃の意図もその発言の意図もナイアたちには読めなかった。


「久しぶり、ミラ。今はその人と一緒にいるんだね。」

「うん、使役精霊なんだ。」


 古くからの知り合いだというミラとステリアの会話は静かながら盛り上がりを見せ、ステリアはミラが使役精霊となっていることに興味を示すなどしていた。それと同時にステリアの目はナイアとアンにも向けられていた。

 二柱の会話が落ち着き、ステリアはナイアとアンを凝視する。首を傾げ、ああ、ううん、と誰に語るでもなく呟いている。二人は彼女に覚えがない。精霊なら人間を一方的に知ることができるのだろうか。そんな疑問を抱いていると、ああ、と一際大きな声を上げた。


「アン王女によく似てるね。いや、でも、そんなはずないか。リラ王子とアン王女は民と世界のためにとかいう詭弁で殺されてるんだから。」


 精霊が個人にそこまでの関心を示しているとは。そんなことも思いつつ、しかしアンは事実をステリアに伝える言葉を発せない。


「他人の空似はある。そうか、上手く生贄に捧げられたなら精霊には転生できるのか。だとしたら今の状態が謎だけど。」


 何かに納得し、しかし新たな疑問が浮かんだ様子のステリア。その説明をしようか迷うアン。彼女は、一度は光の精霊に、そして身投げによりプレウラへと転生した。同じ名を名乗り、一部記憶を持っているだけの別人だ。アン自身、自分が王女としての意識を持っているのかと問われれば、迷いなく持っていないと答えられるくらいには、もはや亡国の民のことを意識の内に置いていなかった。

 生きているナズム王家の人間。そんな認識をナイアも心のどこかでは持ちつつ、今のアンには王女として生きるつもりがないと分かっていた。失われし王国の復興が叶うかもしれない。王女アン・ナズムがいれば、生き残り今や散り散りとなってしまっている亡国の人々もその目標に向かって団結できる。しかしそれはアンを追い詰めるだろう。王族として育っていない彼女に王国の復興や女王として立つことを求めるなど酷だ、とナイアはそれを諦めていた。

 アンの過去を想って二人が黙っている間に、ステリアの興味はセタスに移る。変わらない背丈だが、ステリアは上から手を伸ばした。よしよしと小さな子どもにするように頭を撫でる。珍しくセタスが嬉しそうに笑った。


「まだまだ小さいね。小さいのに、色んなことが起きてるね。ナズムなんて復興させちゃ駄目だよ。原因を無視して子どもを生贄に捧げるような人々なんだから。」

「今は亡き民すら愚弄するおつもりですか。いくら古き精霊といえど、それは許容できません。」


 敵意を見せるナイアにもステリアは意に介さない。人間の言葉など彼女にはどうでも良いものなのかもしれない。しかしなぜセタスに向けてそんな言葉を発したのか。ナズム復興の中心にさせられるであろう人間はアンなのに、と問いかけてもステリアは返事をしない。ミラもまたステリアと意思を同じくしているかのように、ナイアに冷たい視線を向けた。

 いつの間にか距離を取っていたアン。話の中心人物のはずなのにアンの意見が求められていない。ナイアが亡国復興を諦めるにしても、それは亡国の人間の意思で決められるべきだ、精霊に口出しされる理由はないと主張し、ステリアとミラはそれを黙殺する。アンにとってミラは生まれ変わってからずっと傍にいてくれた精霊だ。見たことのない厳しい態度に戸惑い、何も言えずにいた。そんなアンの様子に気付いたナイアは、ステリアたちへの主張の言い回しを変える。


「亡国の復興を俺が強く望むのは、過去の過ちをやり直したいから、失ったものを取り戻したいから。だけど復興したとしても一度逃げた事実は消えない、家族や友人が生き返るわけでもない。教官の指導を受けられた時間も、もう戻っては来ない。アンに、それを無理強いしようってわけでもないんだ。アンも亡国の人間の一人だから。」


 子どもだと言われるアンにもそれは理解できた。兄が深い闇の底へと突き落とされて広がった赤い血だまり、次はあなたの番という理性を失ったような言葉。それらをなかったことにすることはできない。何よりそれまで自分を殺すなどと考えたことのなかった人たちにそうされたことで、あの場所を復興したいという気持ちが、アンの中には欠片も生まれなかった。ナイアには良い思い出ばかりの、復興すれば幸福なあの頃に戻れるという希望が抱けても、アンにはそう思えない。ミラと静かに林檎と桃の世話ができればそれで良かった。こうしてセタスやビハムなどの友達ができた今が一番幸せだった。

 ふと足元に視線を落とす。そこに落ちていた一つの懐中時計。その文様はアンにとって見覚えのあるものだった。


「まだ、誰かいたのかな。」


 亡国ナズムに仕えていた貴族の家紋。貴族だけではなく一部の使用人にも与えられていたそれはどちらが持っていたのかも分からない。十数年ならまだ時計としても使える。それでもこんな物を見る度に思い出してしまうだろう。いやナイアは見ずともあの日のことを忘れてはいない。

 王女アンに跪き、あの頃を再現したい。そんな気持ちがナイアにもある。しかし同時に実現はしないとも分かっているから頼みはしない。仮にアンが女王としてナズム王国に力を尽くしたとしても、全てが元通りになるわけではない。いやその程度では済まず、何もかもが違った新たな国となるだろう。


「私は、王女じゃない。もう、人間でもないから。」

「そうだ。だから俺や他の人に期待されても知らない、でいいんだ。関係ないんだから。」


 人間として殺され、精霊としての生は一瞬、そしてプレウラとして関わったのは風の精霊ミラ程度という生活が長かった。精霊の中でも年長らしいミラとの生活では学べないことも多い。一方で学んだことも多い。果樹について教えてくれた。ミラ自身について教えてくれた。しかし人としての生活や情緒については教えてくれない。王宮にいた頃、戦闘に関することだけでなく様々なことを教えてくれたスピカとは違うのだ。

 スピカは今どうしているだろう。盗賊団セフィナの行方が早く知りたい。そんな気持ちが強まり、アンは亡国の話を心の中から追い出した。

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