情報屋
鴉に化けられるティミア、風の精霊としての特性を生かせるミラ、商人とも知り合いの多いカイトスなどによる捜索は思わしくなかった。しかし盗賊団の情報を握っているかもしれない人物に関する噂は仕入れられた。その噂というのは情報屋が王都に来たというもの。長く滞在することがないため、カイトスがすぐに王都内を探しても見つけられなかったが、どちらの方向に向かったかは聞き出すことができた。しかしそこは一般人が立ち入ることのない、そして戦闘を本職とする人でも立ち入ることを躊躇するような険しい山岳地帯。不思議に思いつつも、カイトスは同行者を募った。
山岳地帯。そこは天候の変化も激しく、場所による温度の差も大きい。細い崖際の道だって当然あるだろう。前衛が何人もいても戦闘は困難だ。背後から襲われれば簡単に挟み撃ちにされる。先頭を行く一人と、殿の計二人が前衛を務められれば十分。今回はナイアやアンの様子が心配なこともあり、前衛として参加する一人はカイトス、もう一人はセタス。他に含むべきは地形に左右されない人や精霊、遠距離射撃や後衛からの術による攻撃が可能な人員。
「僕が行きます。空中からの支援は有用なのでしょう?」
真っ先に立候補したのは盗賊団セフィナの追跡でも活躍したティミア。現状、空を飛べるプレウラは彼一人だ。次いで精霊のミラを連れて行ける上、自身も魔術での援護が可能だとアンが立候補した。本心は教官と呼び慕った人が賊になっていることを考えないために何か集中できることを欲しているだけかもしれないが、ミラやアンの戦力も非常に頼もしいものだ。それから双銃やライフル銃での攻撃も可能なビハムが自己推薦をする。
現在候補に挙がっている情報屋捜索班は、カイトス、セタス、ティミア、風の精霊ミラ、アン、サダル村のビハムの五人と一柱。そうすると戦闘時の役割分担としては、カイトスとセタスで先導と殿を分担し、ティミアが上空から敵の背後を狙う形となる。さらにアンが支援、ミラも相手の背後からの援護が可能だ。ビハムは射撃での援護が可能で、少しであれば撤退しつつ罠を仕掛けることもできる。ただし今回は敵対していない相手の捜索が目的のため、罠の出番は少ないだろう。
「いや、その情報屋は非常に身軽に足場の悪い所でも移動するという話を聞いた。それにも対応できる面子で行くべきだ。」
ティミアは鴉となって飛べるため地形など何も関係がない。強風の箇所では飛べないが、その場合は跳んでの移動も危険なため、特段弾く理由にはならない。ビハムは戦闘時の動きも身軽で素早い。足場の悪い場所での戦闘も十分に対応できるだろう。一方、アンは空中からの攻撃なども術で防げるものの、その体の小ささもあり、急な斜面や飛び石のようになった足場には対応が難しい。風の精霊であるミラなら地形も関係なく行動できるが、使役者であるアンが行けないなら行かないと言い張った。
情報屋のいるかもしれない山岳地帯に行くのはカイトス、セタス、ティミア、ビハムの四人。術を得意とする人がいないのが不安な点だが、身軽な移動が可能な人員に限るとこうなってしまうのは仕方のないことだ。そう諦めて四人は早速、噂の情報屋を探し出すため、件の山岳地帯へと向かった。
剥き出しの岩肌、ちらほらと見える木に背の低い草、高く羽ばたく鳥たち。最初こそ小さな馬車なら通れるような道幅だったが、徐々に人間が並んで歩くことすら困難な物へと変わっていく。飛び越えるには幅の広い崖まであり、この先にいるとは到底思えないと引き返して別の道を探すことも多々あった。
「地図なんて役に立ちませんねぇ。」
「あちこちで陥没が起きてるのと同じように、ここでも崖崩れが起きてるみたいだな。」
用意していた地図通りに進んで、何度も行き止まりに行き当たってしまった。これでは情報屋の捜索も順調には進まないとティミアが率先して周囲の様子を見て回る。情報屋が人間なのかプレウラなのかもはっきりとは分からないため、人間であれば行けないだろう場所にも入り込んでしまっている可能性があるのだ。その懸念は的中し、幅の広い亀裂を飛び越えた先に、特徴的な杖を持った女性が座っていた。
きっとあの人だ。こんな場所に遊びに来る人なんて他にいない。四人ともがそう確信し、その人に呼び掛ける。驚いて話ができない状態になると困るため、ティミアも人間の姿のまま、彼との会話も試みた。
「やあ、よく来られたね。君たち、大変だったでしょ。何かあったの?」
一人で、その上武器と言えそうな物を一本しか持っていないその人はファクトだった。見覚えのあるその武器は片側がくるりと折れ曲がっている杖であり、それを器用に操作して飛び出た枝に引っ掛ける。その勢いも利用して彼女はカイトスたちのいる側に飛び移って来た。こうしてこんなに奥まで移動して来たのだろう。
険しい地形を好んで移動する人だったのか。そんな内心を隠しつつ、用件を告げた。
「盗賊団セフィナ、ね。情報屋としての仕事なら報酬を求める所なんだけど、傭兵団の一員として依頼を達成するって形でもいいよ。どちらにせよ報酬は要るか。」
「もちろん報酬はある。詳しく聞きたいから、一緒に船まで来てくれるか?」
カイトスの提案に快諾を返してくれるファクト。ゆっくりと安全に配慮して歩くカイトスやセタスと異なり、ファクトは身軽にぽんぽんと下りていく。それに釣られてビハムも遊んでいるかのように後を追う。危ないから慎重に行けと注意するカイトスの声など聞こえていないようだ。
「ビハム君、この杖もないのに器用だね。魔物が来ても銃と剣ですぐやっつけちゃうし。」
行きは作戦通り先頭がカイトス、上空にティミア、真ん中にビハム、最後にセタスと安全に配慮して行動していたのだが、帰りはもうそれに従うつもりもないらしく、ファクトとビハムが先頭を歩いている。
苦労しつつ追いかけるカイトスとセタスを気にすることなく、二人は本題に入ってしまう。まずビハムたちがどこまで把握しているのかという話からだ。既に海上にあるようだということまでは分かっている。しかしそれでは捜索するにも範囲が広すぎる。ティミアだけを乗り込ませるわけにもいかない。
「ああ、海上にあることまでは知ってるんだ。じゃあ私じゃあんまり力になれないかも。私もそこまでしか知らないし、報酬は受け取れないね。海上なら、私の知り合いの精霊に詳しい子がいる。彼女がどこにいるかは知らないけど。」
自分たちで盗賊団セフィナのアジトを探しつつ、その情報を知っているかもしれないファクトの知り合いの捜索も並行して行う必要がある。情報屋としてその情報を入手したなら売ってほしいとの希望は述べた。ファクトも情報料を支払ってくれるならと了承してくれる。また各地への移動に協力してくれるなら、盗賊団セフィナのアジトもしくは知り合いの居場所について積極的に情報収集するとも約束した。
下山が進み、険しい地形を乗り越えた頃、カイトスがようやくファクトとの会話に参加できた。様々な物が売られている王都でもファクトの持つ杖のような武器は売っていないらしく、先程の使い方も合わせて興味を示している。
「これ?さっきの山とか探索するには優秀だよ。フックの部分で木に引っ掛けられるし、支えにして跳ぶにも使える。相手の首引っかけて捻ってもいい。」
涼しい笑顔での説明にビハムも面白そうと興味津々だ。既に長剣、短剣、拳銃、ライフル銃と四種類も武器を使用しているのに、さらに特徴的な杖も使いこなせるようになりたいらしい。まずは鈍器としての使い方を学ぼうかと検討している。殴る武器として杖を使う人が傭兵団フォルティチュードには少ないため、ファクトが最も適任かと呟いた。それがファクトにも聞こえたのか、意味深な笑みを浮かべる。
「教えてあげてもいいよ。もちろん授業料はいただくけどね。」
「同行させてくれるだけでいいですよ。盗みますから。」
サダル村では懇切丁寧に教えてくれる人もいたが、多くの武器を戦闘中に切り替えて戦う方式は誰に学んだものというわけではない。自分で工夫し、様々な人の戦闘を見て、取り入れたいと思った物を取り入れて来た結果だ。その取り入れるものの一つにファクトの武器も含めようとしているだけのこと。ビハムにとっては特別教えてもらう必要などなかった。
自信満々のビハムに意外そうな表情を向けるファクト。あまり流通している武器ではなく、ただの杖とは違った使い方をすることもある特殊な物だという自負があった。一見して見様見真似ができる類の物ではないと。しかし既にビハムはナイアにどこかで売っていなかったか聞いてみようと企み、カイトスに頼んで仕入れてもらおうと算段を立てていた。
「うん、それはいいんだけど、魔物と戦う気ある?」
「ありますよ、もちろん。援護射撃してるじゃないですか。」
カイトスとセタスはファクトと共に戦っている。ティミアは上空から魔物の動向を教えてくれる。しかしビハムは銃を構えているだけで発射はほとんどしない。その上、援護するなら全体に注意を向ける必要があるというのに、ファクトに視線を集中させていた。それでも道幅も落ち着いた今の場所なら問題なく退治できているため、カイトスも特に行動を改めるよう要求していない。
そんなファクトの戦う姿はナイアともビハムとも異なる。使う武器のせいもあるが、魔物でも人間でも確実に息の根を止める姿は鬼のよう。移動時は木の枝に引っ掛けるという平和的な使い方をしていたのに、戦闘時は首に引っ掛けへし折っている。人間以上の力で抵抗しているはずなのに相手を押さえつけるその力は相当なものだろう。
「意外とムキムキなんですね~。」
「力を込める場所だよ。どんな生き物でも呼吸できなければ力は抜けていく。」
前衛でブレなく武器を振るうに足る腕力はある。しかしカイトスやビハムと比べて腕が太いわけではない。力の入れ方かとビハムはよりその手や腕、杖の先端がかかっている場所に注目する。もはや援護という言い訳を通す気もなさそうだ。
ファクトは杖を噛まれても捩じることでその口から引き離させ、あるいはむしろ喉の奥を突くことで怯ませる。次は手足、そして首とその骨を折る。魔物相手でも骨のある相手なら有効な手段だ。
「人間なら手足に引っ掛けるだけで命乞いしてくるよ。何でも吐いてくれる。とっておきの方法だ。」
「わー、物騒。」
ふふふ、と楽しそうな声を上げるファクトにやれやれとカイトスは魔物を倒していく。セタスはどうしたのと言うようにカイトスの様子を時々伺いつつ、ファクトたちの会話には加わらずに周囲の警戒を続けた。
ビハムの戦闘参加率には疑問を挟む余地がありつつも、一行は無事に船アーシュレーシャーに到着する。次は盗賊団セフィナのアジト捜索とファクトの知り合い捜索だと、カイトスはすぐさま人員の選定に取り掛かる。
海上での捜索ならティミア。以前は海上捜索用の装備を整えておらず、休息も十分ではなかったため引き返したが、事前に準備をしているのなら捜索が可能だ。王都での捜索ならカイトスが聞き込み調査を行える。王国内ならファクトとリラ。世界中どこでも調査できるミラの力も借りられれば、絶対に見つけられる。そんな自信を持って情報収集は始められた。