なんだろうこれ。
『いやー、ありがとうございました! 素晴らしい映像でした!』
「ただ音に合わせてルンルンランランフンフン言ってただけなんすけど」
「ハンハンも言ってたね」
「そこだけ抜き出すとなんか卑猥ですね?」
「おだまりオッサンども」
『いやいや、そこがいいんじゃないですか! イケオジ達のプライベートって感じが!』
「あぁ……そう……」
何がいいンかさっぱり分からんが、なんか嬉しそうに飛び回ってるワタナベさんの姿が目にチカチカする。よっぽどはしゃいでいるのか、無駄にめちゃくちゃピカピカしているので、出来れば光量を落として欲しい。目が痛え。LEDライトかお前。頼むから落ち着け。
『あっ、はいこれ、新規販売予定のブロマイドとポスターです。サインお願いします』
「……サインって言われても」
サッと渡されたペンとその他色々だが、目がシパシパして一瞬何か分からんかった。
ゴシゴシ擦って確認する。
「えぇ……」
そして目に飛び込んで来たのは、隠し撮りされた三人の写真をブロマイドに加工したものだった。
なんも仕事無くてぼんやり遠くを見てる時のアタシだったり、美味しいご飯を美味しそうに頬張るハーツさんだったり、それから、真剣な顔で何かの材料を選別しているドラゴさんだったり、なんというか、なんかアレである。
つーかこれ、どう見てもここ数日の様子じゃん。
いや、色々撮ってるってのァ知ってたけどさ、うん。なんだこれ……。
「うわっ、なにこれ、いつ撮ったのこんなん」
「こういうのって盗撮って言うんじゃ……?」
左右からアタシを挟むように覗き込んできたドラゴさんとハーツさんの二人からもそんな驚きの言葉が零れている。
よく確認すれば、あの、なんか、寝起きの三人も居るんだけど、えええ……なんかちょっと欲しくなってくるのが腹立つ……。めっちゃイケオジ……。
これ自分じゃなけりゃ欲しかったな……。なにこの良いブロマイド……。
『お風呂やトイレ、その他ヤバそうなのは撮ってませんよ?』
「いや、許可取れって話よ」
なに勝手に色々写真撮ってしかもグッズ化してんのよ。実際こんなんになってるとさすがに気になるわ。つーかもっとこう、良い顔で撮られてェわ。いや良い写真だけどな?
『そこは、これが対価でわたくしのサポートを受けていられるんだと思ってください』
「おま……、ほらやっぱり裏があると思った! タダでこんな都合いいことばっか起こるわけねーもん!」
何してくれてんだよ悪魔か!
そんな声を上げるアタシに反して、ドラゴさんとハーツさんは楽観的だ。
「えー? でもさー、自分ら特に害なくない?」
「……たしかに、お触り接近ストーカー禁止で、神様の世界にだけ写真が出回ったりするだけですしね」
「直でぺろぺろされる訳でもないしさ」
「そりゃそうだが……」
改めて言われればたしかにそうなんだけどさ。
つーかむしろそんなんされてたまるか。全力の拒否ボイス出る気しかしねェわ。“お゛あ゛あ゛ああぁぁぁ”みたいなやつ。
「それにさー、家とか家具とか、メニュー画面とか、そういうのの対価なら安くね?」
「うぐ……」
正論だった。
ちらりとハウスを見る。
現実的に考えても、現代日本の物価的に考えても、安くて一億クラスの豪邸である。
ゲーム内通貨でも家具込みでそのくらいかかったから、現実に置き換えたらもう、どちゃくそセレブなセレブハウスである。
……そう考えるとファンサだけでタダで住めるとか、めっちゃ安いな?
いや、でも盗撮されるンはちょっとなァ……。
でも家賃って考えたらアリか……?
うーーーーーーん……。
「……しゃーねェ、おい、ワタナベ」
『はいっ! なんでしょう!?』
「儲かった分ちゃんと還元しろよ?」
『もちろんです! むしろイケオジ達に還元させろ! 貢がせろ!』
「は?」
実質タダで住めるという魅力に負けたら、なんか予想外すぎる返事があった。
……え、なに?
『推しが自分達のお陰で生きていける、そして推しの血肉を育てられる、なんと素晴らしいことか!』
「……あ、うん……」
『ゆえにわたくし達は推しを推すのです!』
「…………うん、そっか」
何コイツ、こわ……。
「ユーリャさんドン引きしてるーウケるー」
「推しがいるオタクってこうなりますよねぇ、分かる」
分かるの?
「それなー」
そうなの?
「え、なにこれそういう問題なん? つか分からんのアタシだけなん?」
それはそれでちょっと寂しいんですけど?
『あ、すみません、サインお願いします』
そして空気を読まないワタナベさんである。
欲に忠実だな?
「……サイン……えーと……こう?」
ペンを渡されたドラゴさんが、自分が写ったブロマイドに無駄に達筆で“ドラゴさん”と書き込んでいた。
さすがドラゴさんである。なんで自分をさん付けしてんだこの人。
「サインとかあんまり書いたことないですよねぇ」
「ハーツさんなんで手馴れてんの」
なんかめっちゃサラサラ書いてるハーツさんに思わずツッコミを入れてしまった。なんか星とか付いてンだけど。すげえちゃんとしたアイドルっぽいサインじゃんなにこれ。
「わたしはイラスト描きなのでね。SNSにイラスト載せる時、目立つ所にSNSの名前でサイン書くんです」
「へぇ」
「そうじゃないと勝手に商業利用されたり、アイコンにされたり、自作発言されたり、色々めちゃくちゃめんどくせぇトラブルになるんです」
「まじか、怖ッ」
絵の界隈ってそんなんあるんだ。
そういえばハーツさんは絵が上手いもんなァ。アタシぁ画伯タイプなンで、歌しか出来んけども。
なおドラゴさんはハンドメイド作家なンで色々めっちゃ器用です。絵はアタシよりゃ上手いけど。
『あ、皆さん上の方にゼット・イェニークさんへ、ってお願いします』
「誰」
『鍛治の神です』
「あ、そう」
えーと、こうかな……。つーかサインなんか書いたことねェからこれでいいのかも分からん……。
とりあえず書いたけど、下手くそだな自分。まぁ、意外と字が下手なイケオジってよく居るから大丈夫だろう。多分。知らんけど。
「筋肉ムキムキ?」
『ムキムキのショタです』
「なんで?」
『さぁ……?』
「知らんのかい」
そんでドラゴさんとハーツさん、なんつー会話してンだよ。どーでもいいだろそんなん。
『それじゃあ、今から録画するので、ハク・アシンさんって呼んで、それから一言お願いします』
終わったと思ったら終わってなかったでござる。
「えええ」
「まあ、家建ててもらったんだし頑張りましょう」
「そうそう」
やるけどさァ。がんばってみるけどさァ。
『いきますよー』
「へーい」
やる気の無い返事と共に撮影が開始されてしまった。早いっつーの。
「えーと、ハクさん、こんなんを応援してくれてるとか、まァ、ありがとね」
「ハクさーん! すごい家とか色々ありがとうー!」
「ハク・アシンさん、応援してくださってありがとうございます」
ワタナベさんの構えてるちっこいカメラへ向かって三人ともがテキトーに思い思いの声かけをしつつ手を振る。
「こんなんでいい? あ、足りない? えーと、肉とかいる?」
「野菜もいります?」
「え、じゃあ料理した方がいい?」
ワタナベさんの様子を確認したら、なんか全力で否定されてしまったので、とりあえずテキトーに続けたら、ハーツさんとドラゴさんもノってきた。
うん、でもそれどういうこと?
なんか料理作って送るンか。オッケーなンすかそれ。
「まァ、感謝してるンで、その気持ちは受け取ってくれや」
「ホントにありがとうー!」
「ありがとうございます」
マジでテキトーに喋ってもっかい手を振る。
「じゃーねー!」
最後にそんな感じで別れの挨拶したら、ワタナベさんのカメラが降ろされた。
「………………こんなんでいいン?」
『バッチリです!』
ものすごいドヤ顔してそうな返事だけど、本当にこれで良かったのかさっぱり分からない。
「……なんかさ」
「うん」
「地味に申し訳なくなってくるんすけど気のせいかなコレ」
「分かる」
めっちゃテキトーにやっちゃったンすけど。




