みんないっしょのむいかめそのななー!
そんな紆余曲折を経て村に入った三人と頭髪の侘しいひと、もとい、カーム・クレイヤーさんだが、案の定ものすごく機嫌が悪い。
にも関わらずその四人で村長さんのお宅へとお邪魔することになった。なんか、署名が必要な書類があるらしいから仕方ない。とはいえ、怒らせてしまったのは今更変えようもない現実だった。
「ねーねー、謝ったのになんで許すとかそういうのないの?」
そして、空気は読まず、ぶち壊していくのがドラゴさんである。
「そんな簡単に許されるようなことだと思ってるんですか」
「ええー、だから謝ってるじゃん。ちゃんと悪いと思ったから謝ってるんだよ。許す許さないは別として、謝罪くらいは受け取ってよ」
「無理です誠意が感じられません」
完全にヘソを曲げてしまっている。
ところでこのヘソ曲げるって物理的にどういう状況なんだろう。腹踊りでもしてンのかな。
ものすごくどうでもいいことを考えつつ村長さんの住む鍛冶屋さんへと足を進める。
「ちぇー、分かったよ。じゃあお詫びに毛生え薬作ろうと思ってたけど要らないね」
「分かりました受け取りましょう」
受け取るんかい。
「うわぁものすごい手のひら返し」
「それとこれとは別なんです」
さすがのドラゴさんも彼の豹変ぶりに目を丸くしているが、当の本人はまったく気にせずドヤ顔である。
いや、別なんそれ。
「ドラゴさんそんなの作れるんですか?」
「作れるよ。多分」
「多分か」
作れるって言ってンだから作れるんかもしれんが、多分って付けたら一気に不安になると思うから止めた方がいいぞ。
「錬金術師のクエストで毛生え薬を作らされたから、そのレシピを使えば出来ると思う」
「今も出来るんでしょうか」
「まぁ、材料とレシピさえ分かれば、どっかの錬金術師に依頼するのも出来るし」
「たしかに」
それもそうだな、と納得しつつ、ドラゴさん、そういうレシピ覚えてるんだな、と妙に感心してしまった。
「作れないのなら謝罪は受け取りませんよ」
「大丈夫だって多分」
「多分じゃダメです確約してください」
「分かった分かった頑張るよ」
「本当ですね?」
「ほんとほんと」
疑わしげに何度も確認するクレイヤーさんに、ドラゴさんは無駄に軽く答えているが、それ逆に不安になると思うよ。
「本当に本当ですよね?」
「しつこいなー、分かったってば」
「絶対作ってくださいね!?」
「はーい」
わあ、良いお返事。
とかやってたら村長さんのお宅へと辿り着いたので、クレイヤーさんが率先して扉をノックしてくれた。
扉の向こうから、はいはいー今行くよー、という村長さんの声が聞こえる。
「あらまぁ、冒険者の皆さんと、アンタは……カームさんじゃないか。久しぶりだねぇ。移住の件かい?」
扉を開けた村長さんの第一声は、顔見知りが相手であるゆえの気軽さがあった。
「ご無沙汰しております、はい。その件で参りました」
「それにしては随分早いけど、なにか問題でも?」
「移住予定の冒険者たちがどんなひと達なのかも気になりましたし、村の視察もそろそろしなきゃいけなかったですからね」
店内へと案内されながらの会話である。
あー、なるほど。ちょうどいい口実にされた訳か。
それが真実かは分からんが、まあいいや。警戒は解かずに観察しておこう。
一人くらいはアタシみたいなの居ないと、マジで何に巻き込まれるか分からんしな。
「そういやなんで村の入口で立ち止まってたの?」
「抜き打ちの視察ですから、村人の普段の様子を観察していたんです」
「なるほど〜。一歩間違うと不審者だね!」
必要書類を村長さんに渡して目を通してもらっているクレイヤーさんに、ドラゴさんが明るく言い放つ。
それは確かにそうなんだけど、ドラゴさんマジで落ち着いてくれ。なんで思ったことすぐ言っちゃうの。
「なんかあなた逐一失礼なんですけどなんなんですか!?」
「ごめんってば、毛が少ないひと見るとテンションおかしくなるんだ、自分」
「毛生え薬マジで早く寄越してください」
「うん、がんばる」
ドラゴさん、今はそっちよりも思ったこと言わないように頑張るのが先なんじゃ……?
そんでクレイヤーさん……そこまで毛生え薬にこだわってるとこ見ると、……切実なんだなぁ。
そんなドラゴさんとクレイヤーさんのやり取りを見て、村長さんが楽しそうに笑った。
「随分と仲良くなったんだねぇ。よかったよかった」
「どこが仲良く見えるんですか!?」
「いやー、早くも友達になっちゃったね。これからよろしくねハゲイヤーさん!」
ちょっと待ってドラゴさん?
たしかに彼はハゲを嫌がってるけど、それはあだ名だとしても酷くない?
「…………このひとなんとかなりません?」
「天然は、天然だから天然って呼ばれてンすよ……」
真顔での彼の言葉に真顔で返す。
なんとか出来るならすでにやってるンで、どうか諦めてほしい。
「ドラゴさん、このひとはハゲイヤーさんじゃなくてクライマーさんですよ」
「そうなの?」
「クレイヤーです!」
畳み掛けないでハーツさん。
アタシだって余計なこと言わんように我慢してンのに。
色んな衝動を誤魔化すために、村長さんへと声をかけた。
「あ、村長さん、今のうちに必要書類書いちゃいましょ」
「そうだねぇ。カームさん、署名が必要なのはどの紙だい?」
「村長さんまで髪の話しないでください!」
「書類の話さね」
「あっすみません」
「……めっちゃ気にしてんだなぁ……」
にも関わらずドラゴさんにあんだけ言われてんの可哀想……。
「よくぶちギレて戦闘にまで発展しなかったっすね」
忍耐力凄くね?
「エルフと龍人が居るパーティに、魔法使えるだけの人間が勝てる訳ないじゃないですか」
「えぇ〜、ちょっとやってみたかったのに」
「いやですまだ死にたくない」
真顔なクレイヤーさんである。なるほど、それぞれの種族のイメージが原因だったンすね。仕方ないね。知らんけど。
顔面にそういうのを出さないように頑張っていたら、何かを思い出したクレイヤーさんが懐から別の書類を取り出した。
「あ、そうそう。定期的に周囲の魔物を駆除し、その素材を納めて頂けるなら税金無し敷金礼金一切無しでどこにでも住まわせてあげましょう、との領主さまからのお言葉を頂いておりますので、それがもし可能でしたらこちらの書類に署名をお願いします」
「やったー! 超お得じゃん!」
早速引っかかってるドラゴさんは置いといて、確認しておきたい細かい部分を聞いておくことにする。
「それってどのくらいの量です? この書類には書いてないっすけど」
「出た魔物によって量が違いますので、そのあたりは臨機応変にご対応くだされば」
途端に感情が見えなくなったクレイヤーさんを、じっと見つめる。
「なるほど、じゃあ換金額としていくら程度なんです? そういうのは明確にしといて欲しいんすけど」
「それに関しても、流通の時期や流行り廃りによって変わって来ると思いますよ?」
まぁ、そりゃたしかにそうだね。うん。
「つまり、アンタ方が言う値で、言う量を、その都度取ってこないと契約違反になるンすね」
「そうなりますね」
へぇー。
「本来ならもの凄ェ高値で売れるモンとかも、そういう感じで徴集してくンすか?」
「………………」
無言。
そして表情はさっきから変わってない。
つまり、そういうことなんだろう。
気付いたドラゴさんがハッと目を見開いた。
「なるほど!? そっかー、そりゃ損だね」
「ドラゴさん、ちょっと静かにしときましょう?」
「はーい」
そしてすぐにハーツさんから窘められるドラゴさん。
しかたないね。今ちょっとシリアスな場面だからね。
見つめ合うこと数秒、クレイヤーさんはにっこりと笑った。
「頭が回る冒険者の方がいらっしゃってなによりです」
「は?」
「あっ、ごめんなさい」
思ったよりも低い声が出て、それにビビったらしいクレイヤーさんがちょっと慌てた。
ごめんさすがになんかちょっとイラッとしたわ。
「こ、ここは、領主さまがとても大事になさっている村です。ゆえに、簡単に騙されるような冒険者を住まわせる訳にはまいりません」
「なるほど、試したンか」
「はい、合格です。おめでとうございます」
なんで上から目線なんだろこのハゲ。心の中だけで悪態を吐きながら納得した顔をしていると、ドラゴさんが困ったように眉尻を下げながらクレイヤーさんを指さした。
「……ねぇ、なんか腹立つから残りの毛引っこ抜いていい?」
「ヒィッ」
反射的に頭を隠すクレイヤーさん。ざまぁ。
「やめたげなさいよ」
「さすがにそれは可哀想ですよ」
口ではそう言いつつ、なんか腹立ったから内心では爆笑である。
「ただ引っこ抜くだけじゃマダラに生えるでしょうし、どうせなら毛根から全部キレイに抜けるようにした方がいいんじゃないですか?」
にっこりと笑っているはずのハーツさんの目が笑ってなかった。
……え、そっちのが可哀想じゃね?




