みんないっしょのいつかめそのよーん!
「本当に申し訳ございませんでした」
なんか知らんが冒険者組合の受付のお兄さんに全力の謝罪をされてしまった。
まぁ、理由はドラゴさんが通報された結果出てたあの調査依頼が取り下げられてたことなんだけど。
実はこれがちょっとした騒ぎになってたらしい。
「早めに戻って下さって本当に良かったです……、あなたが依頼を受けたすぐあとに取り下げになってしまって……」
「あー、なるほど」
騒ぎとは言っても、信用に関わる問題だからとここの支部長がプンプンしてた、ってくらいらしいけど、受付や他の組合員さんからすれば大変なわけで。まぁ、仕方ねェやな。
ちなみに、ドラゴさんは保護した希少種族だと門番さんが判断してくれたので特に問題なく普通に街に入れました。残り全員冒険者だしね。
そんなわけで、冒険者組合にやって来たらこれである。
「そういうことはたまにあるんですけど、それでもやはり問題ではありますので……、ただでさえとある事件のせいで支部長から色々言われてたのに……」
「そうなんすねー」
お兄さんの相手というか、ちょっとした愚痴みたいなのを聞きつつ、何かの書類を渡された。
書いてあることを読むに、同意書というかなんかそんなやつっぽいんだけど、なんかこれを書くとお金が貰えるらしい。
「うーん、でも受けた依頼、該当の人物が知り合いだった場合は無報酬、って前提なんすよ」
「その場合でも依頼を受けたことには変わりないので、保証金が出ます」
書類をよく確認すると、受けた依頼金の半分が保証金として払われるらしいことが分かる。え、これいいの?
「なんかそれはそれで申し訳ないっすね」
「そこは信用問題なので受け取ってください」
「じゃあとりあえず受け取っときます」
信用問題なら仕方ねェやな。
「では、ユーリャ・ナーガさま名義の冒険者組合口座に入れておきますね。引き出すのは冒険者組合の支部か、出張所、または役所、役場で出来ますので」
「え、口座作った覚えないんすけど」
「冒険者組合では報酬の受け取りに組合口座を使用しておりますので、登録の際に皆さん自動で作られているんです」
「なるほどー、そういえば説明された気がする」
「細かい規定って忘れちゃいますからね。良ければこちらの冊子をどうぞ」
「ありがたく貰っときます」
渡された冊子をポケットに入れるように見せかけてアイテム欄にぶち込みながら、同意署名として書類に名前を書く。
筆記体にも似たその文字は改めて見ても、明らかに見たことないもので、ホントに異世界来たんだなぁと思ってしまった。
そして、今後はきっと日本人として生まれ育ち、使っていた慣れ親しんだ“永見 結莉弥”も使うことが無いんだろうと考えると、ちょっとしんみりしてしまった。
しゃーないとはいえ、寂しいもんは寂しいわけで。
……そういえばあの二人はどう思ってるんだろう。
ミルガイン君がいるところでそういう話は出来ないから、正直二人がどう思っているのか、予想しか出来ない。
ミルガイン君に三人の事情を話すのはまだ早計な気がするし、それこそどこかでちゃんと三人で話し合わないとアカンすよね。
書類を書き終え、一通りやること全部終わらせたら、ふと周囲が騒がしいことに気付いた。
なんだなんだと辺りを見回す。
「いやー、ホントにイイ筋肉だよね、どうやって鍛えてるの?」
「特になんもしてないよ?」
「またまたー! モティには分かるよ! これは一朝一夕で手に入る筋肉じゃない!」
まって、なんかドラゴさんが黄緑色した派手なイケオジに絡まれてるんすけど、なにこれ。
「やっぱ大豆? あ、それともルルソン肉?」
「ルルソン肉ってどんなやつ?」
「高タンパク低カロリーな、筋肉野郎御用達の鳥の肉だよー。アビャビャって変な鳴き声で鳴くのと、鳥類では最大であんまり鳥っぽくないのが特徴でめっちゃ美味しいんだけど、山奥とかにしか居ないんだー。依頼なんて毎日出てるよ!」
なにそのボディビルダーのために生まれたみたいな鳥。
「えっ、あの鳥そんな名前だったんだ」
そんな中ぽそっと呟いたのはハーツさんだ。
いやまってハーツさん心当たりあるの? え、食ったの?
「へぇー、見付けたら焼き鳥にしなきゃ。あ、鍋もいいなぁ……」
そしてドラゴさんはいつも通りである。
いや、めっちゃ背中とか腹筋とか二の腕とかぺたぺた触られてるけど良いのアレ。そんでドラゴさんなんで服作る時の採寸されてる人みたいなTの字の姿勢で止まってんの。黄緑色の人めっちゃ触りやすそうだけどさ。
ミルガイン君は、……なんだあの顔。なんか、感情が読めない顔してる。なんかをめっちゃ我慢してる顔には見える気がするけど、なんだアレ。
まぁ、考えていても仕方ないし、とりあえず声をかけてみるとしよう。
「おおーい、みんなー、なにしてんすかー」
「あ、ユーリャさんおかえりー」
「終わったんですか?」
黄緑色のイケオジに色々言われながらぺたぺた触られつつ出迎えてくれるドラゴさんと、なんか普通なハーツさん。なにこれどういう状況。
「うん、こっちは滞りなく終わったすけど、そっちは? ドラゴさんの登録とキトさんへの証明どうなったんすか?」
「はい、こちらも滞りなく終わりましたよ。キトさんは“なんや紛らわしわ!”って捨て台詞吐いてどっか行きました。でもなんか、全部終わったら支部長のモティさんに捕まっちゃいまして」
どうやら、ドラゴさんを眺めたり触ったりしているイケオジは、ハーツさんの知っている人らしい。
え、なんで止めないの。
「この人、ここの偉い人なの?」
「らしいです」
偉い人なら止められないか。…………いや、それでもドラゴさんは気にしようよ。なんでそんな平気なの。セクハラじゃないのそれ。そろそろTの字やめよ?
そんなこと考えてたら目の前にひょっこりその黄緑色のイケオジが、ちょっと興奮気味にやってきた。
「へぇー! この人もハーツさんの仲間? いいねぇ、こっちのチャラそうな方はハーツさんと同じで着痩せするタイプっぽい! でもちょっと細いかなぁ!」
「この人何の話してんすか」
「主に筋肉ですね」
「なんで?」
話が全く読めなくてさっぱり意味がわからんのんすけど。
「あ、気になっちゃいますよねぇ! 実はモティ、筋肉が付きづらい種族なんです! だから筋肉への憧れが強くて、いい筋肉してる人見るとモティはこうなるんです!」
いや、そんなドヤ顔で言われてもそれ、セクハラじゃないんすか。本人全く気にしてないぽいからセーフだけどさ。
しかし、異様にドラゴさんをぺたぺたしてると思ったら筋肉触ってたんか。なるほど。それは仕方ない気がする。ドラゴさん無駄にいい筋肉っすもんね。
……いや、仕方なくはないけど仕方ない……訳分からんなってきたな?
「え、鳥獣人って筋肉付きにくかったっけ?」
「鳥獣人は鳥獣人でもモティは小型種族なんだよー」
「あぁ、なるほど」
鳥獣人って鷹とか白鳥とかの大型からインコやスズメみたいな小型までいるからなぁ。確かに体格や筋力に違いはありそう。
「そんなわけで、この人の筋肉とか体格の凄さとこの絶妙なバランスにハスハスしてるんですよー!」
モティさんとやらの言葉で、色々と納得した。
「あー、ドラゴさん、すげェ逆三角っすもんね」
「そうなんですよ! ここまでの筋肉をつけながら、腰の細さを保ってるなんて、なかなか出来ることじゃないですよ! しかもそれが全然キモくない!」
「分かります!!!」
ものすごく真剣な顔でものすごく急に話に入ってきたミルガイン君に、さすがにちょっとビビる。
「ミルガイン君どうした」
「ずっとずっと気になってたんです、どうしたらそんな筋肉を維持出来るんだろうって!」
「お、おう」
なんか語り始めたけど、そういえばこの子筋肉が憧れとか言ってたな?
「分かる! トレーニングじゃ作れない、普段から使ってるからこその筋肉だよね! つまり、長年の蓄積! 種族的な体格ってのも少しはあるだろうけど、それ以上の自然さ!」
「はい! 人間族には出せないこの絶妙な角度!」
「チッチッチッ、実はこれ、鍛え方次第では人間族でも出せるんだなぁ」
モティさんの情報は、ミルガイン君にとって衝撃の事実だったようだ。
驚愕に目を見開き、興奮気味にモティさんへと詰め寄るミルガイン君。
「出せるんですか!?」
その様子を見て、モティさんは不敵に笑った。ニヒルな笑みだった。
「出したい?」
「出したいです……!」
真剣な表情でモティさんを見つめるミルガイン君と、同じくらいには真剣な表情でミルガイン君を見つめるモティさん。
甘い雰囲気や、たるんだ空気など一切無い。そこにあるのは筋肉に対する情熱だけ。
「そっか、わかった。モティの修行は厳しいよ?」
「耐えてみせます、そして、あの逆三角を手に入れてみせる……!」
そんなミルガイン君とモティさんのやり取りを、周囲は固唾を飲んで見守っていた。
「なにこれ」
「さあ?」
「お腹空きましたねぇ」
巻き込まれたアタシらはというと、正直どうでもよかったのでボーッと見ているだけだった。
全然わからんのんすけど、なにこれ。




