ドラゴさんのみっかめそのさーん。
サラちゃんを連れてぽってぽってと村の中を歩いていたら、広場辺りからわやわや声が聞こえてきた。
どうやらあのへんで騒ぎになっているらしい。
「だから! オッサンはそんなヤツじゃねぇっていってんだろ!」
「ロン、お前は騙されてるんだよ」
「むしろお前らのがだまされてんだよあの外見に!」
ロンちゃんが大人相手にめっちゃがんばってる声が聞こえる。
でもやっぱロンちゃん何気にひどい。
「ロン、もうやめよう? こいつら頭がカタすぎるんだよ」
「リリンはいいのかよ! オッサンがこんなにいわれてて、ヘーキなのかよ!」
「ヘーキなわけないじゃん! でも大人がこんななんだよ!?」
思い切りディスられてる大人たちだけど、代表みたいに立ってるちょっと腹が出たおっさんが、ロンちゃんとリリンちゃんの肩に手を置いて真剣に諭す。
あれ、セクハラにならないのかな。
「ロン、リリン、お前たちは子供だからまだ分からんだろうが、信用してはいけない人種も居るんだ」
「へー、龍人族って信用しちゃいけない系の種族なんだ」
なるほどー。
「そういう意味じゃない。老人宅に押しかけて子供を盾に強請るような者が信用出来んだけだ」
「縦に揺する? え、それただの高い高いじゃない?」
高い高ーいだよね?
「そっちじゃない! って、お前……婆さんとこの大男! 何をしに来た!? おれたちはお前みたいなやつの脅しなんぞには屈せんぞ!?」
「どし? なんて? ごめん早口で聞き取れなかった」
ていうかこの人今になって気付いたの? 遅くない?
他の人は気付いてたけどなぁ。この人がにぶいのかな。
「あぁ、いつものオッサンだなぁ」
「ちょっとロンちゃん、やめてよ初対面の人にまで変な人だって思われるじゃん」
「もうすでに思われてっけど」
「えー、まじー?」
そんなに変じゃないと思うんだけど。
テンションだって昨日よりも下がってるしさぁ。
「なんなんだお前は!」
「あ、どうもはじめましてロンちゃんのお父さん、ドラゴ・アイスっていいます。職業はタンクです」
「は?」
何言ってんだこいつ、みたいな顔をされてしまった。なんでだ。
なお、サラちゃんは怖くなってしまったのか、ずっと無言でズボンを掴んでいる。正直そろそろ離して欲しい。
「オッサン、それうちのオヤジじゃねぇ。あとタンクってなに」
「え? 違うの? どおりで似てないと思った。えとタンクはね、敵の敵視を取ってね、引き付けてシバく役割の人」
「てきのてき……ん? なんて?」
「だからー、敵の敵視を取って、引き付けてシバくんだよ」
「それ職業なの?」
「はっ……! もしかしてこれ……職業じゃ……ない……?」
それは、もしかして、もしかすると、そういうことなんですか。
血の気が下がって、ついでにちょっと涙が出てきた。
「じゃあ、今、無職……?」
「たぶん」
「ど、どどどどどうしようロンちゃぁぁん……?」
「あーあー、オッサンなくなよー」
ロンちゃんが慰めてくれるけど、正直、ショックがでかい。
無職って、あれでしょ?
なんか、あの、社会のゴミムシでしょ? 近所のオバチャンが言ってたもん。
「無職やだよぉー。なんかない? なんか仕事ない?」
「んー、仕事かぁ、村のみんながゆるせばあるんだろーけどなぁ」
「えええ、自分の何が許されてないの? なに? 何すればいいの?」
うえええ、無職やだぁああ。
自分がちょっとしたパニック状態になってるのはなんとなく分かってるけど、どうしようもなかった。なんか知らんけどマジでショックだった。
「なぁ、あんた」
「なに? 仕事くれんの?」
ふと話しかけて来たオバチャンに、瞬時に返す。
「いや、それより、あんたはなんで婆さんとこに居るんだい?」
「え? えーと、なんかなりゆき」
「……いや、そこんとこ聞きたいんだけど」
つまり、細かく話せばいいんかな?
たしかあの時は……。
「んんと、自分がなんか川流れてて、そこからおばあちゃんが見えて、おばあちゃんがコケて動けそうになかったからこの村まで運んで来たら、ご飯ご馳走になって、なんか泊まることになって、ロンちゃんが来て、一緒にご飯食べたりお手伝いしてたら、今日になった」
多分こんな感じだったと思う。
説明してたら少し落ち着いてきた。ありがとうオバチャン。
でも細かいところはあんまり覚えてないんだよね。夢だと思ってほんとになんも考えてなかったから。
その説明を聞いて、代表っぽく立ってたおっさん以外の村人達が集まってヒソヒソ話し始めた。
「……なぁ」
「うん」
「そうだな」
なにかの結論が出たらしく、おっさんを放置して集合した村人達が、うん、とひとつ頷く。
「はーい解散かいさーん」
「やっぱジムの取り越し苦労だったか」
「人騒がせな奴だよホント」
「どうせ自分は三つ子に懐かれないのにっていう嫉妬だろ」
「わー、ちっせぇな」
よく分からんけどこの感じからすると、この代表っぽく立ってたおっさんが噂のジムおじさんだったらしい。
「お、おい! お前ら! いいのかよ! こんな怪しいやつが村に居て!」
ぞろぞろと解散しようとしている人達に向けて、ジムおじさんが怒鳴る。
「つーか、薬師の婆さんがこの村で一番強いの、ジムのやつ知らねーんじゃね?」
「あぁ、どおりで変だと思った」
そうなの?
「えっ?」
「薬師の婆さん、元冒険者だぞ?」
「うそだろっ!?」
さすがのジムおじさんもこれにはびっくりしたのか、顎が外れそうなくらい口を開けて驚いていた。
その口に石とか挟んでみたい。きっと歯が折れるよね。やめとこ。
「うそじゃねぇよ。ジムのおっさん、ばあちゃんのぶゆーでんをしらねーのかよ」
「そーよ、有名じゃない」
「子供に聞かせるホラ話かと……」
ロンちゃんとリリンちゃんの言葉に、ジムおじさんががっくりと項垂れる。
短絡的な行動ってこういう時に仇になるよね。
「しかし困ったね。もう嘆願書出しちまったそうだよ。ジムが」
「えっ、何してくれてんだお前。今から取り消すにしても次の定期郵便は三日後だぞ」
オバチャンの言葉で判明した事実に、他の村人が困ったような声を上げてジムおじさんを責めた。
「い、急いだ方がいいかと思って……」
「ちゃんと確認してからにしろよ……」
それはそうだよね。確認って、ほんとに大事だよ。こういうの見るとしみじみ思うよね。自分はちゃんと気を付けようっと。
「他に連絡手段とか無いの?」
村の部外者だけど、一応被害者でもあるから、と口を挟んでみる。
自分だってこういうことは考えられるのだ。昨日までは夢だと思ってたからね。現実だと分かれば普通なんです自分。
「隣村へ行けばあるけど、丸一日はかかるね」
オバチャンの返答に、うーん、と唸る。
なるほど、隣村……隣なのに遠いんだ……。
森とか山とかあるのかな?
「仕方ねぇ、三人くらいで隣村行くか……」
「はーぁ、まったく、ジムのせいで……」
村人達がジトーっとした目でジムおじさんを見る。
そしたらジムおじさんが恨みがましくこっちを睨みつけてきた。
「いや、なんでこっち見てそんな顔してるの。自業自得でしょ。人のせいにしないでよね」
「……ぐぅ……! し、しかし、元はと言えばお前が村長に挨拶もなく村に居座るから……!」
「あー、それは申し訳ない。正直こんなに長居する予定じゃなかったんよ。挨拶しとくべきだったね、本当に申し訳ないです」
「ぬぅ……!」
素直に謝罪したら、ジムおじさんは、なんか唸りながら顔を真っ赤にして止まった。
ジムおじさんと違って、自分はちゃんと謝れる人なのでね。
おじさんもちゃんと謝った方がいいよー。あとが大変だよー。
「えーとアンタ、ドラゴさん、だっけ」
ふと、さっきのオバチャンがまた話しかけて来たので自己紹介する。
「あ、はい。ドラゴ・アイスって言います」
「あたしが今季の村長、ライアだよ。よろしくね」
「おお、女性の村長さん! 普通にすごい!」
「普通なのかすごいのか分からん感想だね」
「自分の基準で普通は無いことだからすごいって意味です」
「なるほど」
だって日本ですら女性が村長ってあんまり見ないもん。
納得してくれた村長さんは、改めて喋り始めた。
「まず、アンタに敵意が無いってのは分かった。そんで聞きたいんだが、アンタは、なんの目的もなくこの村に滞在してる、ってことでいいかい?」
「一応、お迎えが来るからそれを待ってようかなって」
「ふむ、そんじゃあ、その間は何してるつもりだい?」
うーん。
「おばあちゃんのお手伝い……かなぁ」
「薬師のシル婆さんとこの手伝いったって、そんなにないだろう」
「そうなんだよねぇ、洗濯したり薪割ったり料理したり、薬草園の手入れくらいで……」
もうちょいなんかして、無職から脱出したいところですね。
そう思っていたら、村長さんがニヤリと笑った。
「アンタ、鍛冶に興味無いかい?」
「家事?」
多分違うことは自分でも分かってるけど、いつも通り、咄嗟に漢字が出て来ない。
日本語って難し……あ、ここ異世界だから日本語じゃないや。えーと、言葉って難しいね。
しみじみ思いつつ、村長さんの言葉を待ったのだった。




